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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

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作者: おおよそもやし

 「もう僕たち会わない方がいいと思うんです。」

目の前の青年にそう切り出された時、私はひどくうろたえた。「大事な話がある」と言われて期待していた自分がひどく滑稽に思えた。確かに、今でも精霊と人間の国はしょうもないことでいがみ合っているし、精霊である私と人間である彼が一緒にいるのは危険かもしれない。でも。

「カシウス、私は。」

あなたを愛しているんです、と言いたかった。でも言えなかった。言っても彼を困らせてしまうだけだとわかっているから。でも、でも。

「ねえ、アルト。僕だって君の_アルのことが嫌いになったからこんなことを言っているわけじゃないんですよ。」

私が言葉を探していると彼が私の手をそっと握った。触れた指先は冷え切っていて、じん、と冷たかった。驚いて私が彼の顔を見つめると、彼はハッとしたように慌てて私の手を離した。

「すみません。突然握ったりして。」

いや、別に触れられたこと自体はどうでも良かった。ただ大切なのはその手があまりにも冷たすぎたことで。

「カシウス。何かあったのですか?何に怯えているのですか?」

私は彼の顔を両手で包み込み、彼の目を覗き込んだ。アメジストのような瞳はいままでと変わりなくキラキラと輝いていたが、触れた頬もまた、氷のように冷たかった。

「・・・アルの手は温かいですね。」

彼は星屑のような銀の髪を揺らして頬に触れたままの私の左手に触れた。そして寂しげに微笑むと小さくかぶりを振って一歩後ろに下がった。

「ごめんなさい、アル。それは話せないんです。」

彼はそう言うと悲し気に笑って

「もう僕はここには来られないですが・・・もしも、もしも僕にまた会いたいと思うのなら、真実を望むのなら、『最果ての森』にある『月夜の祭壇』に来てください。僕としてはアルに来てほしくないですけど。」

危ないですしね、と困ったように笑いながら彼はそう言った。どこか彼の言い方に違和感を覚えたけれど、その時の私は気にしなかった。それよりも私はまた会いに行ってもいい、ただその言葉が希望のように思えて、頷くことしかしなかった。

「それでは。さようなら、アル。・・・どうかお元気で。」

「カシウスこそ体に気を付けて。ではまた。」

私がそう言うと彼は一瞬泣きそうな顔になった後、ふっと煙のようにその姿が掻き消えた。転移魔法で帰ったのだろうか、と私は暢気にそんなことを考えながら彼の告げた場所へ向かった。

 『最果ての森』は『最果て』と付くものの、それは人間の国からみた位置なので、精霊の国からはさほど遠くない。私は土の精霊だから風の精霊のように速くは飛べないけれど、それでも半日もあれば辿り着ける距離だった。私は彼が最後に何であんな表情を浮かべたのか気になったのでとても急いで_具体的に言うと土魔法でゴーレムを作ってそれに乗って移動した。精霊らしからぬ移動方法だけれど、こっちの方が飛ぶより早く『月夜の祭壇』に辿り着ける。だから私は休みなくゴーレムを走らせ続けて、彼と別れてから4時間後。『月夜の祭壇』に辿り着くことができた。

 彼はどこだろう、と辺りを見回していると、遠くから話し声が聞こえた。彼かもしれない、と思ってこっそりと茂みに隠れてその声のする方へゆっくりと近づいて行った。

「まさかこうも簡単に・・・」

「カシウス殿下も・・・」

どうやら声の主は彼ではない別の人間のようだったが、彼の名前が出てきたのが気になって、その場でこっそりと会話を盗み聞きすることにした。

「まったく。カシウス殿下の妄言には日ごろからうんざりでしたよ。『精霊と話し合いをしろ』だなんて。奴らのような化け物に話が通じるとでも思っていたんですかねえ。」

「愚かな考えでしたなあ。・・・まあ、もうそんな妄言聞かなくてすみますがな。なんせ、殿下は名誉ある『神の伴侶』に選ばれたんですからな!はっはっは!」

「そうでしたな!もうあの忌々しい顔を見ないで済むと思うと・・・ククッ、はっはっは!」

『神の伴侶』とは何のことだろうか。私は何となく嫌な予感がしてその場を離れた。彼は、カシウスはどこにいるんだろう。私は祭壇の周辺を探し回った。何時間も探し回って、でもカシウスの姿は見つからなかった。まさか。まさか彼の言った言葉が文字通り『祭壇』にいる、ということだとしたら?嫌な予感がする。身体からサーっと血の気が引いていった。そんなはずはない、と自分に言い聞かせながら私は祭壇のある場所へ向かった。祭壇は外から見ることができないように大理石でできた小さな窓のない、大きさだけで言うならばちょっと大きめの東屋程度の大きさの教会の中に設置されている。出入口は一か所だけしかないが、そこには見張りの人間が立っていたからそこからの侵入はできそうにない。だけど私は土の精霊だ。だから人間には無理でも、大理石の壁に素早く穴をあけられるし、塞ぐことだってできる。だから私は教会の壁に穴をあけて中へと足を踏み入れた。


 見なければ、来なければ。知らない方が良かった。私は祭壇を見た瞬間そう思った。信じたくなかった。白い大理石と似たよくわからない石材でできた祭壇には、色とりどりの宝石や瑞々しい果物などの供物が捧げられていた。しかし、祭壇の中央には。なんで、

「カシウス・・・?」

彼がいた。白と金を基調とした煌びやかな花嫁衣裳を思わせる衣を身にまとい、祭壇の中央に鎮座していた。それだけなら良かったのに。彼の顔からは表情がごっそりと抜け落ち、キラキラと輝いていた瞳にはもはや光は宿っていなかった。そしてなにより信じがたいのは、呼吸音が聞こえないことだった。背筋をぴんと伸ばして、まっすぐ前を向いているのに。それなのに、彼は。私が祭壇に座る彼を見上げていると、ふと彼が糸の切れた人形のように崩れ落ちて、祭壇から落下してきた。私は慌てて彼を受け止めると、彼は先ほどよりもずっと冷たくなっていた。よく顔を見てみると、頬には涙の跡がまだ残っていた。私は信じられなくて、守ると誓ったのに、ああ。

「・・・愛して、います。私は・・・カシウス、あなたをずっと・・・。」

私は彼の亡骸をぎゅっと抱きしめた。そして私は、現実を受け入れた途端、悲しみと絶望と、そして怒りに満たされた。なんでなんでなんで。なんで彼をあいつらは。犯人はもうわかっている。でも絶対にあいつら以外にもカシウスをこんな目に合わせたやつがいるんだ。だから。だから私は。

「復讐、してやる。」

私の宝物を奪ったやつらに制裁を。希望を奪ったやつらに死を。人間なんて、滅びてしまえ。ああ愛しい人。ごめんなさい。私は君のように寛大ではない。苦しみ続けて消えてしまえ。もう君の隣には立てない。一人残らず殺してやる。ごめんなさい。カシウス、君以外の人間はどうでもいい。

 私はなんだか愉快になってきて、なんだか眠たくなってしまって??もうどうでもよくて本当にどうでも良くなってしまったから壊し、地面は穴に変えて人間みんな落として塞いで、それでそれで___。

 アルトは狂ったように祭壇周辺にいた人間を手あたり次第殺し尽くすと、ぼんやりと夜空にぽつんと浮かぶ満月を眺めた。そして。

「・・・アハ。アハハ。」

彼女、あるいは彼は口の端を大きく釣り上げて笑みを浮かべると、カシウスの亡骸を抱えたままどこかへと消えていった。


 人間の国が崩壊したのは、この出来事からわずか三日後のことであった。

絶望描写練習のために書きました。アルトが狂っていくときの心情が伝わったなら幸いです。今度この子たちでハピエンの話書く予定なので救済欲しい方はそちらもどうぞよろしくお願いいたします。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。それではまた。

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