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後編

契りの悪魔の物語は、昔々の物語


この物語は、昔の物語


じゃあ、今は…


「まさか、これ程とは…」


 駆除開始から僅か5分、辺りは文字通り死屍累々の絶景となった。レオンの砲撃の如き一矢でバラバラに、あるいはクラリスの魔法が直撃して消し炭にされたゼネラルホーネットの死骸があちこちに転がっており、巣に至っては仕上げに放たれた二人の攻撃が同時に着弾してしまい、中に居た女王蜂ごと木端微塵にされて消滅してしまった。

 そして、その一部始終を安全地帯で見ていたシャルルは戦慄した。幾らゼネラルホーネット自体が下位の、巣ごと相手にしたとしても中位程度の危険度しか無いとは言え僅か5分、それもたった二人で片付くような相手では無い筈なのだ。雇い主なのでレオンが無茶苦茶強いことは、今までの道中で嫌というほど理解している。だからこそ、そんな彼に匹敵する立ち回りを見せたクラリスに驚愕し、同時に彼女が希少な人材であると改めて認識する。


「お疲れ様ー」

「どうも」


 一方、そんなシャルルを余所に当事者二人は息一つ乱すことなく、まるでバイトの定時帰りのノリで互いに互いを労っているものだから、自然と彼は頬を引き攣らせる羽目になった。


「そちらの方面には疎いのですが、やはりレオンさんは冒険者としても上位の方なのですか?」

「まぁね」


 なんでも無いことのように返された肯定の言葉。しかし、あの凄まじい威力の弓矢、そしてそれを使いこなすレオンの腕前を目にしたら、それも納得せざるを得ない。しかも、彼はクラリスと違い魔法を使っていなかった。魔法無しであれだけの威力を出せるとなると、弓矢自体の重さ、更に弦の堅さも想像を絶する代物なのかもしれない。だが真に凄まじいのは、それを普通以上に扱うレオンの腕力だろう。あれなら、彼がギガントラプターを雑魚扱いするのにも頷けてしまう。

上位ランクの冒険者には実力的にも物理的にも化物染みてる奴がゴロゴロ居ると聴いていたが、どうやら本当らしい。


「そんな貴方が、どうして用心棒の真似事を…しかも、あんな人に雇われてるんですか?」


だがらこそクラリスは昨晩と同じような質問をしてしまい、そんな彼女のその問いにレオンは少しだけ苦笑を浮かべながら答えた。


「昨日も言ったけど、あんなのでも一応は信用しているんだ。金払いも良いし、仕事に対して必要以上に口出ししないし、あんな雑な扱いをしても何だかんだ言って結局は許してくれるし、人を見る目もある。雇い主としては、決して悪くないと思ってる」


 たまにバカなことをするが、それでも基本的には良い奴…それが、シャルルという男に対するレオンの評価だ。冒険者として、それなりに多くの人間と出会ったが、雇い主という括りで見てもレオンにとってシャルルは、比較的まともな方だと思っている。


「それに、口車に乗せられて随分と遠い場所に来ちゃったけど、毎日が新鮮で楽しいんだ」


 故郷の地で冒険者として、毎日のように魔物退治に明け暮れ、気付いたら富も名誉も手に入れていた。けれど、どれだけ魔物を倒そうが、どれだけ報酬を手に入れようが、どれだけ功績を讃えられようが、いつからか自分の人生がひどくつまらないものに思えてきた。毎日毎日、朝起きて飯食って魔物を倒して、また飯食って魔物を倒して飯食って眠って、そして次の日がくる。稼いだ金の使い道は決まらず、故郷で食べられる料理は一通り食べ尽くし、突き合わせる顔も毎日見慣れたものばかりで、とっくに飽きた。せめて他所の冒険者ギルドに移籍するという手段も考えたが、自身を手放したくない故郷のギルドの根回しと、自身の身体的特徴からくる諸事情により全て断られ諦めていた。故にレオンは、故郷を飛び出す切っ掛けをくれたシャルルには、本当に感謝していた。


「在り来たりな言葉になるけど、やっぱり世界は広いね。故郷から出なかったらお目にかかれないもの、味わえないもの、出逢えないものが数え切れない程ある。下手に干渉する機会を与えて邪魔されるぐらいなら、もう手柄も名誉も要らない。そこらの冒険者よりも冒険して、学会の奴等よりも凄い発見して、まだ誰も見たことの無い景色をこの目に焼き付ける。俺にとってそれは、とても心が踊ることなんだ」

「……そう、ですか…」


 クラリスにとって、あの村での暮らしは何一つ不自由が無い。最低限の生活費は実家が送ってくれるし、それが無くても村長である祖父が村で仕事を紹介してくれるので、金銭面の心配も無い。魔法の研究に関しても、資料も道具も取り寄せる術があり、命に関わるような危険も滅多に無い。将来を決める為、擬似的な独り暮らしを経験するという名目で住んでいるが、もうこのままあの村での生活を静かに続けるのが一番だと思っていた。


「そう言うクラリスは、どうしてあの村で研究を続けてるの。君ほどの実力があれば、王立研究所や宮廷魔導師だって夢じゃないだろうに。それにさっきの立ち回りを考えたら、冒険者としても充分にやっていけると思うよ?」

「私にも色々な事情があるんです……とは言え…」


 だが、ここにきてレオンの言葉と、彼の選択を前にその考えが揺らぎ始めていた。非凡な才能と実力を持ち、生きるのに不自由しない環境、その力を必要とする者、その両方を二人は互いに持っていた。けれどレオンは未知の世界を求め、環境を捨てて外へと飛び出し、そしてその選択を彼は微塵も後悔していない。その事に、クラリスは色々と思うことがあった。自分と似た境遇にあった彼にその選択をさせる程、外には…未知の世界には魅力があるのだろうか。自分も村から出たら、同じような考えに至るのだろうか。シャルルの旅に同行するというのは、それほど楽しいことなのだろうか。一度考え始めると、もう止まらなかった。

 だが、そこまで考えてクラリスはふと思った。


「そう言えば、シャルルさんがレオンさんだけでなく、私まで雇おうとする理由は何ですか。そもそも、シャルルさんは何を目的に旅を?」

「……説明されなかったの…?」

「されてません」


 そうなのである。出会ってからずっと、シャルルはクラリスに旅の目的を一切告げていないのだ。『一緒に旅しようぜ』とシャルルがひたすら誘い、その尽くをクラリスが断る、それが今日までずっと繰り返され続けてきた。クラリスもシャルルが悪い人で無いのは分かってきたが、旅の目的も告げられないままホイホイと着いていくほど心は許していない。

思わず無言になった二人はゆっくりとした動きで、シャルルへと視線を向けた。


「申し訳ない」


 既に綺麗な土下座をかましていたシャルル。その情けない姿に、『雇い主として悪くない』の定義が分からなくなりそうなクラリスは思わず隣を見やるが、レオンはレオンで既にしょっぱい顔を浮かべていた。


「いや悪かった、目的と理由も告げずに誘い続けたところで、そりゃあ首を縦に振る訳ないよな。ははは、俺としたことがとんだヘマをしたもんだでも誰にだってこういうことあるよなだからできればあんまり怒らないで欲しッ」

「シャルル」


 二人から漂ってくる雰囲気に諸々の危機感を感じたのか、怒涛の勢いで戯れ言を並べるも自ら雇った冒険者にバッサリされ、更に縮こまる雇い主。

 あ、もうこれダメな奴…心の中でシャルルが諦めの境地に入ると同時に、レオンは自身の指を前に差して口を開いた。


「あそこに見える奴、そうじゃない?」


 ただ、その指先が向けられたのはシャルルではなく、土下座する彼の後方、レオンとクラリスが破壊したゼネラルホーネットの巣があった場所だった。

 レオンが指差した先、巣の残骸と巨大蜂の死骸で埋め尽くされたその場所の中央、そこには、いつの間に現れたのだろうか、一つの『扉』が佇んでいた。

 クラリスの家より一回り小さい石造りの建築物に、繊細で複雑怪奇な模様や装飾が施された両扉が設置されている、そんな見た目だった。察するに、ゼネラルホーネットの巣に飲み込まれるような形で隠れていたのだろうが、どちらにせよこんな人里離れた場所にこんなものがあるのは謎に他ならない。


「あぁ、その通りだ」


 そして、その扉を目にしたシャルルとレオンの雰囲気が、ガラリと変わった。どうやら、二人はあの扉の正体を知っているらしい。


「クラリス嬢、悪いが先に帰っててくれ」

「え」


 おまけに、ここにきて帰れときた。何が何だか分からず、クラリスは戸惑うしかなかった。仲間になる誘いを断った身とは言え、ここまで来て彼等の旅の理由も、あの奇妙な扉の正体も教えて貰えないで終わるのは流石にあんまりだ。

 しかし、そんな彼女の胸中を余所に二人は扉に近付くと、躊躇することなく開け放った。クラリスは二人の後ろから中を覗き込んでみたが、見えたのは地下へと続く階段だけだった。ただ、中は薄暗い上に、階段自体も随分長く続いているようで、奥が全く見えない。


「ところでクラリス嬢、厚かましいのは重々承知の上なんだが……って、レオン…?」


 そんな彼女の様子に気付いたのか、振り向いたシャルルが何か言おうとしたが、それを遮るようにレオンが前に出た。そして…


「ここでの用事が済んだら後でもう一度だけ、君を誘わせて」

「はい?」


 まさかの勧誘再開宣言である。突然の手の平返し、しかもまともと思っていたレオンの口から出た言葉に、クラリスは思わず固まってしまった。


「俺達の…シャルルの旅の目的を聞いた上で断ってるのかと思ってたんだけど、そうじゃないなら話は別さ。あそこでの用事を済ませたら改めて全部教えるから、その上でもう一度だけ俺達の誘いについて考えて欲しい」

「は、はぁ…」

「なぁに後悔だけはさせないよ、契りの悪魔に誓ってね。そんじゃ、また後で」

「あ、ちょっと待っ…!!」


 そして一方的に告げると、クラリスと同じように硬直していたシャルルの首根っこを掴み、レオンはさっさと扉の中へと入っていってしまった。

 彼らが中へと入った瞬間に扉は閉じられ、周囲には静寂が戻り、後に残ったのは途方に暮れ、立ち尽くすクラリスだけだった。





「……遅い…」


 それから暫く、日も傾いて夕方一歩手前。シャルルに先に帰るよう言われたクラリスだったが、彼女はその場に残って彼らを待っていた。別にここで待つ必要が無いのは分かっているが、どうしても去り際のレオンの言動が気になり、村に帰らず扉の前で彼らが戻ってくるまで待つことにしたのである。

 しかし、具体的にどれくらいの時間で戻ってくるか特に明言していなかったにも関わらず、すぐに戻ってくるだろうと高を括ったクラリスは、人生でも三指に入る待ち惚けを経験していた。

 持参した携帯食糧も食べ終わり、肌寒くなってきたので拵えた焚き火の炎を眺めるのにも既に飽きた。


「こんなことなら着いていくべきでしたか…」


 とは言うものの、それは今更過ぎた。あの二人が中に入ってから一度だけ扉を開いて覗いてみたが、やはり地下に向かって延々と階段が続いているだけだった。探査用の魔法を撃ち込んで中の構造を探ろうともしてみたが、内部には何らかの妨害(ジャミング)魔法が施されているようで、大まかに中が複雑な迷路のようになっていることぐらいしか分からなかった。

 今更シャルルとレオンを追いかけようにも、二人が中に入ってから結構な時間が経過している。こんな巨大地下迷路のような場所を、今どの辺に居るのか、そもそも未だに奥に向かっているのか、それとも戻ってくる最中なのかすら全く分からない二人を探し出し、合流するなんてほぼ不可能である。


「しかし、もう待ちくたびれ過ぎて限界です。かくなる上は、今からでも…!!」

「少しよろしいですか?」


 ふと背後から掛けられた声に、思わずクラリスの肩が跳ねた。視線を扉に向け、あれこれ考え込んでいたせいで近付いてくる気配に全く気付かず、普通に驚いてしまったようだ。

 クラリスが振り返ると、そこには五人の男が立っていた。一見すると聖職者のような格好をしているが、良く見ると金属製のパーツが所々に施され、軽鎧と呼べる代物と化している。おまけに、普通の聖職者ならまず持たない剣を一人残らず身に付けていた。

 彼らが何者なのか察したクラリスは頬を引き攣らせ、それと同時に五人の内の一人が前に出て口を開いた。


「はじめまして、私はガブリエル・トライス、ゼンティス教会直轄『異端審問隊』の者です。貴女の名前は、クラリス・レドラーで間違いありませんね?」


 善と正義を司る神、ゼンティスを主神として信仰するゼンティス教。その歴史は古く、この国でも国教認定されている由緒正しき宗教の一つだ。しかし長い歴史を持ち、巨大な組織だからこそなのか、一部の信者にはタチの悪い輩が居る。


「嗚呼、そんなに怯えないで下さい、多分誤解してらっしゃる。私は貴女を勧誘しに来たのです、我ら異端審問隊に」


 特に『異端審問隊』は、その代名詞と言えるだろう。

 彼等は異教徒の弾圧や魔女狩りを積極的に行い、多くの血を流してきたゼンティス教きっての武闘派にして過激派集団である。相手が神の教えに背いたと判断すれば、例え女子供であろうと容赦なく粛清し、酷い時には『罪人を匿っていた』として住んでいた村を丸ごと焼き払ったことさえある。おまけに構成員が貴族出身の信者で占められており、身分意識と選民思想が酷い。

 その行き過ぎた活動内容を国が問題視し、活動に規制を掛けたので被害の件数こそ減ったが、今でも国の目の届かないところで異端審問隊は活動を続けており、構成員の実家との繋がりを大事にしたい教会も彼等の活動を黙認していた。


「り、理由を伺っても?」

「それは勿論、貴女が優秀な魔法使いであると聞いたからです。我々異端審問隊は常に優秀な人材を求めています、これ以外の理由が他にありますか?」


 神の教えを守らなければ殺され、神の教えを守っても生まれが平民なら蔑ろにされる。そんな連中であるが故に異端審問隊は、そして彼らの行いを実質容認している教会は、民衆からの支持を急速に失いつつあった。国教認定されているにも関わらず、今やこの国では神の経典よりも、契りの悪魔の物語による教訓の方がよほど有名で、尚且つ重宝されるようになったくらいだ。

 

「ですが、こんな田舎に直接出向く程では無かった筈では?」

「時代は常に変化しています、故に我々も相応に変わらなければなりません。昨今は神から与えられた試練に背を向け逃げ出し、挙げ句の果てには邪教や悪魔の力に頼ろうとする、憐れな罪人達が後を絶ちませんからね」


 そんな現状を教会が容認する訳も無く、最近はあの手この手でかつての力を取り戻そうと躍起になっているそうだ。ただ、その為にやっている主なことは貴族や富裕層との繋がりを強化したり、異端審問隊の規模を大きくしたり。ここ最近の教会上層部は俗物と差別主義者だらけと聞くが、もしかすると彼らは、自分たちがこうなった原因を未だに理解していないのかもしれない。


「それで、お返事は?」


だから、そんな連中に『勧誘しに来た』と言われても正直な話、反吐が出るような思いしかしないのだ。


「すいませんが、お断りします」

「おや、何故です?」


 とは言えこの異端審問隊の典型ともいえる無駄にプライドの高そうな面構えのガブリエルに、流石に今の本音をぶちまけるような真似をすれば、面倒ごとに発展するのは確実。そもそも、それっぽい言葉を並べて誘いの言葉を述べておきながらこの男…


「こんな下賤な輩を我らの仲間になど…って、顔に書いてありますよ?」


 そう言ってやれば、ガブリエルの表情が固まった。やはり図星だったようで、思わずクラリスはため息が零れそうになるが、それは何とか飲み込んだ。


「信心深い、且つ上品な生まれの方々で占められた審問隊に、私みたいな芋娘が仲間入りするなんて恐れ多い真似、とてもとてもできません。ありがたいお話ですが、慎んでお断りさせて頂きます」


 そして、彼が欲しがりそうな言葉を適度に混ぜ込み、丁重にお断りさせて貰った。少しばかり嫌味も込めてしまったが、この程度はご愛敬として目をつむって貰おう。

 一方のガブリエルは、クラリスの返事を聞いて暫く硬直していたものの、漸く我に却って咳払いを一つすると口を開いた。


「結構、大いに結構。貴女は良く弁えていらっしゃる、かしこい選択をしたと言えるでしょう………これで心置きなく殺せまぐぶぅぇ!?」


 煌めく刃、唸る鉄拳、舞い散る血飛沫…と言うか鼻血。

 いきなりナイフを取り出し、クラリス目掛け振り上げたガブリエルだったが、彼以上に躊躇も容赦も無い彼女の顔面パンチが炸裂。もんどり打つように背中から地面に倒れ、ナイフは手からこぼれ落ちた。


「が、あがっ、鼻、がぁあ…!?」

「だから、顔に書いてあるって言ったでしょう?」


 冷めた視線を向け吐き捨てるように呟かれた言葉の通り、クラリスは自分に向けられる視線の中に籠められた悪意に気付いていた。最初はゼンティス教信者の多数を占める貴族出身にありがちな差別意識からくるものだと思ったが、入団を断っても嫌な気配は消えず、それどころか明確な殺意に変わってしまった。

 クラリスを渋々仲間にするか喜んで殺すか、それがガブリエルに用意された選択肢のようだったが意味が分からない。一応彼らの粛清地雷は避けた筈だし、一瞬“あのこと”がバレたのかとも思ったが、だとしたら最初に入団の勧誘なんて真似、彼等は演技でもしないだろう。

 そうなると、目の前で鼻を押さえながら地面をのたうち回る彼は何故こんな凶行に及んだのか、考えれば考えるほど分からない。とにかく、まずは話を聞いてみるとしよう。


「それで、何が貴方の気に障ったんですか、場合によっては謝りますけ…ど……ッ!?」


 その時だった。突如クラリスが、その場でガクンと膝から崩れ落ちた。手足に一切力が入らず、まるで糸の切れた操り人形のようにして、彼女の身体は地面にうつ伏せの状態になった。


「な、何が…?」

「ゆ、優秀な人材を求めている、のは、教会だけではない、ということです、よ…」


 混乱するクラリスの頭上から降ってきたのは、先程まで身悶えていたガブリエルのもの。どうにか目線だけ上に向けると、彼は既に立ち上がり、クラリスのことを見下ろしていた。ただ、鼻からは未だに血が滴り続けており、向けてくる視線に込められた殺意も一段と増していた。

 いかにも危険な状況だが、一先ずクラリスは自身の状態の分析を優先した。と言っても、既に大体の予想はついている。


(身体の様子から察するにこれは『魔力封じ』と『金縛り』、二つの魔法が同時に使われていますね。この即効性と精度から推測するに、使われている術式は教会の聖術、それも一つの魔法につき十人掛かりで発動させている、と言ったところでしょうか…?)


 周囲に意識を向ければ案の定、自身を取り囲む複数の気配にクラリスは気付いた。どうやら隠れていたようだが、スカウトマンの護衛にしては些か数が多過ぎる。魔法を発動させている者だけでも二十人、そして今、ぞろぞろとガブリエルの元に集ってきた者が十人、しかも全員が鎧と武器で身を固めた異端審問隊。先程の凶行と言い、どう考えても彼等は最初からクラリスのことを勧誘しにきた訳では無さそうだ。

 まだシャルルの方がマシでしたと、クラリスが眉間に皺を寄せ、不本意な形で彼への評価を改めていると、漸く鼻血の止まったガブリエルが口を開いた。


「貴女のような下賤で卑しい平民が、厚かましくも我々異端審問隊の一員になるのは非常に不愉快です。しかし、だからと言って、そのまま王宮や貴族、軍の連中に取り入り、そこで力を振るわれるのは、それはそれで不都合なのですよ」

「だから、殺すと…?」

「えぇ、殺します」


 予想よりも傍迷惑且つ身勝手極まりない理由で、腹が立つよりも先に呆れてしまう。要するに、以前の力を取り戻したい教会は信者と配下の数を増やす為に異端審問隊まで使っているのだが、同時に教会以外の勢力の力を削ごうともしている。その一環として優秀な人材の勧誘を、そして勧誘を断られれば将来の敵…悪の芽として他の勢力の手に渡る前に、その場で命を摘んでいるのだろう。そして、タチの悪いことで有名な異端審問隊の方々は平民相手だと、後者の展開を積極的に望んでいるようだ。

 本当に胸糞悪い、まったくもって反吐が出る話だ。取り敢えず、もう一発ぐらいガブリエルを殴っておこう。


「あっ…」


 そう思って身体に力を込め直そうとしたクラリスだったが、それは再び襲ってきた脱力感によって失敗する。教会の古くさい聖術などクラリスの魔法に比べたらロートルも良いとこで、先程のように不意討ちされても暫くすれば強引に振り切ることができる。なのに今のクラリスにはそれが出来なくて、その理由に思い至った彼女は思わず冷や汗を流した。

 ガブリエル達の魔力封じは、一時的にとは言えクラリスにも効いている。改めて身体に力と魔力を込め直せば破れそうだが、一応は効いている。そして、効いていると言うことは…


(あの魔法が解除される!?)


 それは、ぶっちゃけ非常に不味い。よりにもよって異端審問隊の前で『あの魔法』が解除されると、事態がより面倒なのことになってしまう。恐らく、勧誘の件を抜きにして命を狙われることになるだろうし、もっと酷い展開もあり得る。

 どうにかしようと慌てるも、その魔法が解除される反動によって襲い来る脱力感と倦怠感によって身体が上手く動かせない。


「おっと、あまり抵抗すると余計に苦しくなりますよ。大人しく殺された方が……って、おや…?」


 そして最悪なことに、ガブリエル達の目の前で変化は起きた。ほんの一瞬、強い光がクラリスの身を包む。その眩い光にガブリエル達は思わず目を閉じてしまったが、光はすぐに弾け飛んで収まった。そして視界が戻った彼等の目に写ったのは、施されていた魔法が…『擬装魔法』が解けたクラリスの姿。


「これはこれは、まさかこんな場所で出会すとは…」



 もうそこには、極々ありふれた茶色の髪と瞳を持つ平民の少女の姿は無かった。


 代わりに現れたのは、燃えるように鮮やかな深紅の髪。


 そして、エメラルドのような翠の瞳だった。




「確か悪魔の子供は息子が一人だけだった筈、そもそも年齢の計算が合わない。と言うことはクラリス・レドラー…いや、クラリス・フランデレン、貴女は悪魔の孫ですね?」




 ガブリエルのその言葉に、クラリスは苦虫を噛み締めたかのような表情を浮かべ黙り込む。しかし沈黙は肯定とみなすと言わんばかりに、一転してガブリエルは上機嫌になった。


「いやはや、悪魔の息子がどこぞの村娘を花嫁に迎えたという噂は耳にしていましたが、まさか事実だったとは思いませんでした。それにしても実に良い拾い物をしました、裁きの時間は延期です。あの忌々しい悪魔の血統、しかも直系ともなれば、様々なことに利用できますからね!!」


 教会にとって、神の敵とされる悪魔の類は須らく滅ぼすべき存在。中でも『契りの悪魔』は悪魔でありながら、この国の平民達から神ゼンティス以上の知名度と信仰を持っている、まさに教会にとって目障り極まりない存在。その為、異端審問隊を筆頭に幾度も討伐を試み、その尽くが返り討ちにされてきたが、教会は契りの悪魔討伐を未だに諦める気配が無かった。

 だからこそ彼女は、祖父母から受け継いだこの特徴的な髪と瞳を魔法で隠し、身内の居る村から出ようとしなかったのだ。教会のように悪魔と、それに連なる者達を目の敵にする存在は少なくない。例えそうでなくても、契りの悪魔の力を利用しようと下心満載で近寄ってくる腹黒い連中も多い。身の安全の為にも、悪魔の血族であることは身内以外には隠し通すべきことだった。


「尋問して情報を喋らすも良し、拷問と称して人体実験に使うも良し、悪魔を誘き寄せるエサにするも良し、異教徒共に対する見せしめに公開処刑を行うも良し。嗚呼、どれも素晴らしい、実に楽しみです!!」

「……流石はゼンティス教、随分と悪趣味な信者を抱えてますね…」


 そういった輩の中でも、この連中はとびきり悪質な部類に入り、クラリスにとって最も正体を明かしたくない相手だった。なにせ彼らは『神の為』という免罪符を子供の玩具のように振り回し、平気で人を傷つける連中だ。噂で聞いた話によれば先日、魔女裁判に掛けられた女が逃亡を謀れぬよう、四肢を切り落とされた状態で連行され、処刑当日も随分と惨い死に方をさせられたとか…


「口を閉じろ、卑しい悪魔の血族め。その目障りな赤髪と忌々しい翠の瞳を持って生まれた時点で貴様は既に罪人、生きているだけで罪なのだ、大人しく神の裁きを受けるが良い……おい、四肢を切り落としてやれ…」

 

 どうやら噂は本当だったらしい。さらりと物騒な指示をガブリエルが出し、その言葉に背後で控えていた四人が躊躇なく一斉に剣を抜いた。身体の自由はまだ戻らず、抵抗のできないクラリスの表情に本格的な焦りの色が浮かぶ。そんなクラリスを余所に四人の異端審問隊は淡々と彼女の周りを囲み、両手両足を一人一本ずつ切り落とすつもりなのだろうか、そのまま剣を振り上げた。そして、一斉に振り下ろし…



「へ…?」



 四人とも何かに殴り飛ばされるようにして、一人残らず吹き飛んでいった。



「何が起きぶぶぅお!?」


 突然の出来事にガブリエルが驚きの声を上げるが、それは顔面に叩き込まれたクラリスのものよりも固く、重い鉄拳によって中断させられた。再び噴水のように鼻血を吹き出しながら吹っ飛んでいったガブリエルと入れ替わるようにして、そこにはクラリスにとって見覚えのある背中が立っていた。


「彼女には先約があるんだ、悪いけど諦めてくんない?」


 その出で立ちはマントと皮鎧をベースにした旅装、フードを深く被って更に口元を布で覆っているという絵に描いたような不審者。けれど彼の顔で唯一布で覆われていない部分、そこから向けられる二対の蒼…サファイアのような瞳から向けられる視線には出会った時と同じように、こちらを心配して気遣う優しい色を感じる。彼は異端審問隊に立ち塞がるように、そしてクラリスを守るように立っていた。


「レオンさん…」

「ごめんね、ちょっと遅くなっちゃった」


 言うや否やレオンはクラリスが何か言うよりも早く、彼女の身体を抱え上げた…お姫様抱っこで。


「ッ!!!!????」

「あー重ね重ねゴメン、危ないからちょっと下がって貰おうかと…」


 家族以外に…それも幼い時にしかこんな運び方されたことが無かったせいか、クラリスの顔色が一瞬で真っ赤になった。そんな彼女の様子に少しだけ悪いと思いつつも、レオンは結局そのまま運びきった。

 そして、そこそこ離れたとこにあった木を背にクラリスを座り込ませるのと同時に、再び鼻血で至る所を赤くしたガブリエルが立ち上がった。加えて異変を察知したのか、先程まで遠方から魔法でクラリスの動きを封じていた別動隊も集まってきた。

 

「と、突然なにをする!! いや、そもそも何者だ貴様は!?」

「おやおやこれはこれは、ゼンティス教異端審問隊の方々じゃありませんか」


 癇癪染みた、叫び越えのような問いかけは、レオンの居る場所とは別の方角から飛んできた声に塗り潰されてしまった。クラリスを含めた全員が声のした方へと視線を向けると、そこにはレオン達が中へと入りこんでいった例の扉が、そして先程レオンが飛び出たと同時に開かれた扉の入り口にシャルルが立っていた。心なしかクラリスは、彼の背負っている背嚢が扉の中に入る前よりも膨らんでいるように見えた。

 一方、レオンに続く乱入者の姿に異端審問隊は戸惑い半分、苛立ち半分の様子を見せた。


「よもやこのような場所でお会いするとは、夢にも思ってませんでしたぞ。これも何かの縁、ちょっとそこでお茶でもいかがですかな?」

「いや誰だ貴様!?」


 だが、それに構わずシャルルはクラリスの言う『道化』を演じた時の調子で喋り続ける。そして、その人をおちょくるような態度に、なまじプライドの高い異端審問隊の連中は早々に声を荒げた。


「今は取り込み中だ、見て分からないのか!?」

「我らはゼンティス教異端審問隊だぞ!!」

「我々の責務を邪魔することは、神の御意思に背く事と同義である!!」

「貴様と言い、その女と言い、どいつもこいつも我らを愚弄しおって!!」

「沸点低いなぁ…そんなんだから民衆に嫌われる上に、契りの悪魔に勝てないんだよゼンティス教」


 シャルルが呟くように言った言葉にブチィッ!!っと、異端審問隊の何かが切れる音をクラリスは確かに聴いた気がした。


「もう許さん、粛清してやる!! 神の御名において、一人残らず裁きの鉄槌をくれてやる!!」

「つまり、殺すと言うことか?」

「それ以外にあるか!! なんだ、今更怖気付いたのか!?」


 憤怒しながら嘲笑という微妙に難しい表情を浮かべながら、怒れる異端審問隊代表のガブリエルはそう言った。既にガブリエルは剣を抜いており、他の面々も一人残らず武器を抜いて敵意と殺気を三人…特にシャルルに向けて放っていた。だが、それらを向けられた当の彼は肩を竦めながら、こう答えた。


「うんにゃ、『王族暗殺』の罪でお前達を処することに決めた」


 さらりと告げられた言葉に一瞬、その場は静寂に包まれた。だが、続けてシャルルが鞘から抜き放ったサーベル、その刀身に刻まれた犬鷲の紋章を目にした異端審問隊は、今度こそ背筋が凍り付いた。

 何故なら、この国において犬鷲の紋章を掲げることが許されいてるのは…



「そう言えば、まだ名乗ってなかったな。余はエルフィーネ王国第三王子、シャルル・エヴァンス・エルフィーネである」


 王族の直系だけなのである。



「エルフィーネ王国の、シャルル王子ぃ!?」


 幸か不幸か、貴族出身で固められている異端審問隊だからこそ、シャルルの剣に刻まれた紋章が本物であることを理解し、この国の第三王子の顔と名前を即座に一致させることができてしまった。一度そうなってしまえば、もう彼らに先程の勢いは無くなっていた。


「このエルフィーネ王国において、国の法こそが絶対だ。この国に生きる民は国の法によって生かされ、国の法によって裁かれる。それは、国教認定されているゼンティス教と言えど例外ではない。そして『生きてるだけで罪』に該当する法は存在せず、そもそも裁判官でもない一介の宗教団体には、我が国の民を裁く許可も権限も与えられていない。何か言うことはあるか、傷害と誘拐未遂の挙げ句に王族に殺人予告かました大罪人共?」


 そこに畳みかけるように投げかけられたシャルルの言葉に、遂には顔色が青を通り越して真っ白に変わる異端審問隊の面々。今まで平民相手に好き勝手やってきた彼らだが、流石に王族を害そうとしたとあっては話が別である。幾ら教会が貴族との繋がりを持っていようが、方針を巡って王家と揉めていようが、本格的に王国そのものと事を構えるような真似をすれば、十中八九潰されるのは教会だ。それを良く理解しているからこそ、貴族とのパイプの為に大抵のことは隠蔽し、庇い立てしてくれていた教会上層部も、今回ばかりは蜥蜴の尻尾切りの如く自分達を見捨てることだろう。

 自分たちの状況と未来に絶望し、異端審問隊の面々はすっかりお通夜ムードになっていた。しかし、そんな中一人だけ怯まずに声を上げた男が居た。二度目の鼻血が漸く止まったガブリエルだった。


「だ、黙れ背徳者め!! 貴様ら王家はいつもそうだ、人でありながら神の教えを軽んじ、それどころか国を挙げて異教徒や悪魔を守ろうとする!! 何故だ、何故人間でありながら我々の邪魔をする!?」

「与えた試練で人が苦しんでる様を観賞するような悪趣味な奴より、約束を守りさえすれば助けてくれる奴の方が、人間は好感を持てるのさ」

「……もう構わん、どうせ悪魔信仰の罪人であることに違いは無い。殺した後にその忌々しい剣を始末さえすれば、死人に口無しだ…」


 ガブリエルのその言葉に、絶望に包まれた異端審問隊の目に光が再び灯った。しかし、その光はお世辞にも真っ当なものとは言えなかった。追い詰められ、藁にも縋る思いで後先考えず、その場凌ぎで目先のことしか考えなくなった、狂気の光だった。 


「ゼンティス教異端審問隊、神の御名において、この罪人共に裁きを!!」


 武器を掲げ、狂ったような雄叫びを上げなが、異端審問隊は一斉にシャルルに襲い掛かった。


「正当防衛成立だな」


 しかし、純粋な殺意を漲らせ、暴徒のように迫る異端審問隊を前にしても尚、シャルルは落ち着いていた。何せ彼には、こんな猫を噛もうとする窮鼠達よりも頼もしく、心強い味方が居るのだから。


「第三王子の御名において許可する、遠慮なくボコボコにしちまえ」

「りょーかい」


 瞬間、シャルルに迫る審問隊、その先頭に居た一人が血反吐を吐きながら吹き飛ばされた。後に続いていた残りの隊員達は、いつの間にかシャルルの傍にレオンが立っており、彼の手には先程吹き飛んだ隊員が持っていた筈の槍が握られているのを目にする。そして、それに気付いた時には既に石突きが二人目の腹に叩き込まれていた。


「おぐぅぇ!?」


 一人目に勝るとも劣らない勢いで吹き飛んだ二人目、その光景に後続がたたらを踏んでいる隙を逃さず、レオンはそのまま一人目から裏拳を叩き込むと同時に奪った槍で襲い掛かった。

 突いて、叩いて、突いて、叩いて、そして凪払う。ある者は鎧を凹ませながら吹き飛び、ある者は兜を木っ端微塵にされながら崩れ落ちた。たった一人が振るう、たった一本の槍が嵐の如く暴れ回り、審問隊の鎧と心を次々と砕いていく。


「ば、化け物かコイツ…!?」

「怯むな、一斉に掛かれ!!」


 あっという間にその数を減らしていく仲間達を前に、残っていた審問隊は半ば恐慌状態に陥っていたが、これ以上好き勝手させるかと言わんばかりに、遂にレオン目掛け一斉に襲い掛かってきた。合計五本の剣が、彼の命を刈り取らんと同時に振るわれた。


 しかし、それを前にしても尚、レオンは動じなかった。彼は槍を捨てると腰に下げた剣に手を伸ばし、目にも留まらぬ速さで抜き放った。


 一閃で全員の剣を弾き飛ばし、返す一閃で全員の意識を刈り取った。


 キンッと音を立てて剣が鞘に戻されると同時に、審問隊は一人残らずその場に崩れ落ちた。


「あ、やばっ…」


 それと同時に、剣を振るった際に巻き起こった風が、レオンの頭からフードを脱がしていた。 レオンは慌てて隠そうとしたが間に合わず、クラリスはそれを自身の目で確かに見た。


 彼女の目に写ったのは、二つの白。


 北部に住む人間には色白の肌が多いが、彼の肌はそれよりも更に白かった。もしや日の光を浴びたことが無いのではないかと、本気で疑ってしまいそうな白だった。

 そして、更に目を引くのが彼の髪。彼の髪は最早、銀髪とすら呼べない、完全なる白。だが、白髪と呼ぶには艶も輝きも強過ぎる。まるで、光輝く雪原を見ているようだった。

 人の目を釘付けにする白だった。人が身に付けて良い色では無かった。いっそ、この世の者とは思えない姿だった。彼の双眸が、それに更なる拍車を掛ける。


 まるで雪のような白い肌に白銀の髪、サファイアのような蒼の瞳。


 彼の姿は、あまりにも浮世離れしていた。


 見る者によっては、彼の姿を見て不気味に感じたかもしれない、恐怖したかもしれない。


 けれでも、それでも尚、クラリスは思ってしまった。


 剣を振るい、風に白銀を靡かせるレオンの姿を見て、思ってしまったのだ。



「綺麗…」



 ただひたすらに、美しいと…



「そん、な、バカな……有り得ない、有り得てたまるかこんなこと、聖異端審問隊が、神の使途たる我々が…!!」

「御託は良いから早く来なよ、命だけは助けてあげるから」

「ッ、舐めるなぁ!!」


 ガブリエルが怒声と共に取り出したのは、手の平サイズの水晶玉だった。しかしクラリスは、その水晶玉に込められた過剰な魔力に一目で気付いた。そして彼女がレオン達に警告するよりも早く、ガブリエルは水晶玉を投げ術式を起動させた。

 その瞬間、水晶玉の中から炎が溢れ出し、あっという間に大きさを変え、小さな太陽と化す。


「うわ、熱ちちっ!?」

「こりゃヤバい」


 小さいと言っても、その大きさは家一軒丸ごと飲み込めそうなサイズで、魔法の核となった水晶玉を包む炎は本物の太陽さながらの熱を放ち、付近にあった木々を次々と燃やしていった。

 その熱気はレオン達にも届き、これには流石に彼らも先程までの余裕は保てなかった。


「罪人百人分の魔力と命によって作られた炎だ、どうにか出来ると思うなよ。全員この場で死ねえぇぇ!!」


 そんな危険な代物が、ガブリエルが手を翳すと同時に三人に向かって飛んできた。


「レオン、やれるか!?」

「一か八かだけど、とにかく撃ってみる!!」


 核となっている水晶さえ砕けば魔法は消滅するだろうが、あの火力ではレオンの矢でも燃やし尽くされる前に届く保証は無い。かと言って避けようにも、あの大きさと火力が相手にそれは非常に困難で、運良く直撃を避けられたとしても余波だけで致命傷を負ってしまいそうだ。

 やはり、正面から迎え撃つしかない。久々に感じる命の危機に心臓の鼓動を大きくさせながら、レオンは魔物殺しの強弓に矢をつがえた。


「レオンさん!!」


 その時、彼の名を叫ぶ声と共に光が舞った。身体の調子が少しだけ戻ったクラリスが複数のルーン文字を浮かび上がらせ、直接レオン目掛けて飛ばしたのだ。

 そして放たれたルーン文字は、吸い込まれるようにしてレオンの弓につがえられた矢へと集まり、強い輝きを放ち始めた。


「私の魔法だけでは威力が足りませんが、これなら…!!」

「……ハハッ、これは凄い…」


 レオンは冒険者だが、魔法は専門外だ。それでも彼は、クラリスが自身の矢に籠めた魔法の力を確かに感じていた。

 『氷精の加護』、『貫通力強化』、『耐熱性強化』…クラリスの施したルーン文字、その一つ一つに様々な、そして並外れた魔法の効力が籠められている。そして、それらが群がるように集まった一本の矢には、信じられない程の力が与えられていた。


「綺麗だなぁ…」


 光輝く矢を改めて正面の火球、その中心へと向け狙いを定め、弓の弦を限界まで引き絞る。この時点で微塵も負ける気がしなかった、既に危機も焦燥も感じなくなっていた。しかし心臓の鼓動は依然として大きくなったままで、むしろ更なる高鳴りを見せる。

 この心臓の高鳴りは何から来るものなのか、その答えは既に分かっていた。迫る火球に向けられていた筈の彼の視線が、一瞬だけ深紅と翠に向けられた。そして…


「本当に、綺麗だ…」


 彗星の如く放たれた魔光の矢は、核の水晶どころか火球そのものを消し飛ばした。





「認めない…認めてたまるか、こんなこと……!!」


 部下は一人残らず無力化され、切り札もあっさり破られてしまった。それを成した化物(レオン)を相手に勝算なんぞ皆無、かと言って命乞いなんてもっての他。そんなガブリエルに残された選択肢は、その場から全力で逃げることだった。


「異端審問隊が、神の使途である我々が、あんな奴らに…!!」


 憎むべき悪魔の手先に背中を見せ、脱兎の如く逃げる羽目になったこの現状にこれ以上ない程の屈辱を感じ、それを怒りという名の原動力に変え、ガブリエルは走り続けた。

走って、走って、走り続けて、いつの間にか随分と遠くまで来て、遂に足を縺れさせ、顔から地面に倒れこんでしまいました。


「力だ、もっと力が必要だ、神の敵を葬る為に、絶対的な力が…!!」


 それでもガブリエルは、自分にこんな屈辱を与えた三人に対する憎悪を捨てません。あの魔物より化物みたいな白髪頭も、忌々しい王族の味噌っかすも、穢らわしい悪魔の血を引く魔女も、必ず殺してやると、心に決めていました。

 特に全ての切っ掛けともなった魔女は念入りに苦痛を味合わせ、徹底的に人としての尊厳を奪い尽くして絶望の果てに殺してやる、そう改めて決意し立ち上がろうとした、その時でした。


『勇敢なる神の使途よ、汝は力を求めるか』


 唐突に頭上から、ガブリエルに語りかけるようにして声が降ってきました。その声は不思議と威厳に溢れ、荘厳な響きを持っていました。


「だ、誰だ、姿を見せろ!!」

『勇敢なる神の使途よ』


 ガブリエルは突然のことに狼狽えながらもその正体を探ろうとしますが、声は彼の問い掛けを無視するように言葉を続けます。


『もう一度問おう、汝は力を求めるか』


 そして、これまた唐突に天から光が降ってきました。まるでスポットライトのような光の柱が一本、ガブリエルの目の前を明るく照らしました。そして、その光の柱の中を誰かが降りてきました。光が眩しいせいで顔も姿もよく見えませんが、影で人の形をしていることは分かりました。

 しかし例え顔が見えなくても、その神々しい光景を前にガブリエルは、それが誰なのか分かった気がしました。


「あ、貴方様は…まさか……」

『応えよ、ガブリエル・トライス』


 光は天から降ってきました、神が住まうとされる天から降ってきました。神は信者を愛し、決して見捨てないと言われています。自分(ガブリエル)は熱心なゼンティス教信者であり、これまでに無いぐらい心身共に追い詰められています。救いの手が差し伸べられる条件は、少なくともガブリエルからしたら全て揃っていると言えました。


「嗚呼、神よ、我が主よ、一介の信者に過ぎないこの私が、その神々しいお姿を目にし、あまつさえ名前をお呼びしていただける日が来ようとは!! やはり私は正しかったのですね、悪魔も異教徒も、そして奴等を信じる下賎な輩も、すべからく滅ぼすべき罪人!! 一人残らず裁きを与え、地獄に叩き落とすことこそが我が使命!!」


 故に彼は歓喜しました、狂ったように笑いながら、禍々しい表情を浮かべながら、言い放ちました。 


「私は求めます、異教徒を一人残らず駆逐し、悪魔を魂ごと滅ぼす聖なる力を!!貴方様の…神の威光を世界に知らしめる、絶対的な力を!!」

『例え、命を捨てることになってもか?』


 まるで念を押すようなその問い掛けすら、今のガブリエルを止めることは叶いません。それどころか、彼は浮かべていた笑みをより歪んだものへと変え、自分の考えを信じきり、何も疑わず、声を大にして宣言しました。


「勿論ですとも!! 異端審問隊に身を置いた時点で私の命は既に貴方様のもの、神の威光を世に知らしめる為ならばこのガブリエル、命だけでなく魂すら捧げましょう!!」

『左様であるか』


 その途端、光の柱が一際強く輝くと、次の瞬間には消えてしまいました。目映い輝きに一瞬だけ目が眩みましたが、ガブリエルの視界はすぐに元に戻りました。

 戻った視界に映ったのは、走ることに夢中でいつの間にか入り込んでいた森の木々と、光の柱が降り注いでいた場所に立つ人影。ガブリエルはその人影に改めて目を向けました、そして…



『そんじゃあ、この契約書にサインよろしくねー』



 黄金の髪と、エメラルドの瞳が、彼のことを嗤っていました。





「殿下…と、お呼びした方がよろしいですか?」

「不敬なんぞ気にする性格してたなら、とっくにコイツを牢屋にぶちこんでる」

「礼儀作法とか全く分からないって言ったら、それでも構わないって言って雇ったのシャルルじゃん」

「あぁそうだよ言ったよ、許容しちゃったの少し後悔してるけどな!! でもお前しか居なかったんだもん、俺の話に興味持ってくれたSランク冒険者!!」


 すっかり日も暮れ空に星が輝き始めた中、異端審問隊を退けた三人は、各々がランタンや魔法で明かりを灯しながら村への帰路についていた。


「まぁとにかく、俺の生まれに関しては忘れてくれ。顔が多少利いて金を持ってること以外、特に取り柄無いから」

「そ、そうですか。因みにシャルルさん達は、私が悪魔の孫だと知っていたんですか?」

「いや全く、正直言って凄く驚いた。まぁ尤も、その件を抜きにしてもクラリス嬢のことは誘ってたと思うが。あぁそれと、教会とか貴族とか面倒くさい連中のことは気にするな、こっちでどうにかする」


 顔が多少利いて、金を持ってるだけ…なんてシャルルはそう言ってるが、やはり彼は本物の王族だった。ガブリエルが逃げ去った後、入れ替わるようにして現れた王国の騎士団が、シャルルの顔を見るや否や全員その場で跪くような光景を見たらもう疑いようが無い。

 因みにガブリエルの率いる異端審問隊による、あの悪質な勧誘の被害者はクラリスだけで無く、それどころか既に数名の犠牲者が出ていたらしい。無論、ガブリエル達の行いは単なる人殺しに他ならず、現れた騎士団はそんな彼等を罪人として捕らえるべく、王家直々に派遣されたそうだ。リーダー格であるガブリエルこそ逃がしてしまったが、大半はレオンが無力化させており、そいつらの身柄を引き渡したら『充分ありがたいです』と感謝された。

 しかし今回のガブリエル達の所業は十中八九、教会の指示によるものだろうが、当の教会は早々に蜥蜴の尻尾切りを敢行し、『ガブリエルの独断と暴走』として知らぬ存ぜぬを決め込んでいる。審問隊隊員の実家である貴族連中も、王家と正面きって敵対できるような大きな家は居ないので教会と同じような反応を見せることだろう。つくづく思うが、本当に録でもない連中である。


「しかし俺が言うのもなんだが、本当に良いのか?」

「えぇ、私も御二人に同行させていただきます」


 そしてクラリスの言う通り、彼女はシャルルの誘いに応じることを決めていた。村に向かっているのは旅の準備と、村長の祖父に話をする為だ。


「命を助けていただいた恩もありますし、旅の目的に関しても個人的に興味も湧きましたからね」


 異端審問隊を騎士団に任せて一段落したのを見計らい、シャルルは旅の目的と、あの謎の扉の正体を教えてくれた。


『俺達の目的はな、ダンジョンの研究さ』


 ダンジョン…それは、世界中に点在する謎の地下迷宮のことを指す。いつ、誰が、どんな目的で作ったのか未だに不明。分かっているのは計り知れない程の危険と、財宝が一緒になって眠っているということのみ。一獲千金を夢見た若者が足を踏み入れ、二度と帰って来なかったなんて話は腐るほどある。

 ゼネラルホーネットの巣に埋まっていたあの扉は、数多くあるダンジョンの一つであり、シャルルは王命によりダンジョンの調査と研究、そして内部に眠る財宝や情報の回収を行っていた。ダンジョンから戻って来た彼の背嚢が膨らんでいたのは、その成果が中に詰め込まれていたからだ。

 そして、それこそが、クラリスに旅の動向を決意させる理由の一つでもあった。


「まさかダンジョンの中に、ルーン魔法の手掛かりがあるとは思いませんでした」


 半永久的に明かりを灯すランタン、周囲の気温を操る水晶、近辺の詳細を自動で表示する地図、小さな見た目からは想像もできない量の水を貯める水筒…シャルルが披露した背嚢の中には、従来の技術では再現不可能とされる伝説級の魔法道具がぎっしり詰め込まれていた。


 そして、その殆どにルーン魔法が、しかもクラリスの言うところの『本物』が施されていたのだ。


 そもそもクラリスは、悪魔である祖父の魔法に憧れて研究を始めた。途中で祖父の魔法は完全に悪魔専用の禁術であり、人間には使いこなせないと悟るも、それでも諦めきれず、祖父の魔法に通じるものがあり、尚且つ人間にも扱えるとされるルーン魔法に手を出したのだ。独学でどうにかここまで漕ぎ着けたが、実のところ最近は研究に行き詰まり、頭を悩ませていたところだった。

 そんな絶好のタイミングで持ち込まれた、本物のルーン魔法の塊。話を持ってきた人の身元も確かであることが分かり、断る理由は特に思いつかなかった。て言うか、むしろ最初に言えこの野郎言ってくれたら最初から誘いに乗りましたよとクラリスはキレた。


「しかし、こういった大掛かりな研究テーマは国を挙げて研究すべきでは?」

「そうしたいのは山々なんだがな、ダンジョンに眠る宝の価値は想像を超え過ぎた。上手く扱えば国の発展に大いに貢献するだろうが、逆に扱い方を間違えれば国が傾きかねない。そして、その存在が下手に知れ渡ろうものなら、新たな争いの火種になる恐れだってある。ただでさえ今の王室は、兄上達の…第一王子と第二王子の派閥争いでキナ臭いことになってるしな…」


 あのゼンティス教会や、権力欲と野心の強い一部の貴族は特に血眼になってダンジョンに眠る宝を求めるだろう。そして邪魔者に対して手段を選ばず、容赦をしない彼らが争えば、その過程で多くの血が流れることになる。それを危惧した国王は、ダンジョンに関する情報に箝口令を敷いた。それは次期国王の座を巡って派閥争い中の第一王子と第二王子も対象となり、今やダンジョンに眠るものの真の価値を知る者は国王とその側近、そして権力争いの類に巻き込まれるのが嫌で、王室の外に出る口実を作る為にダンジョンの調査を提案した…早い話が言い出しっぺである第三王子(シャルル)だけとなった。

 とは言え、そんな代物を国内に放置し続ける訳にもいかず、利用するにしても封印するにしても、一先ずダンジョンの調査自体は引き続き行われることが決定された。

 無論、周囲に悟られないよう秘密裏に、という条件付きで。


「予算と伝手は国王陛下が幾らでも用意してくれるから、その辺の心配は一切無い。ただ、あまり人員を増やし過ぎて規模を大きくすると周りに勘づかれるし、そもそも国の機関には兄上達や貴族の息が掛かった奴が大勢いるから、外で協力者を少しずつ集めなきゃいけないのが本当にしんどい」

「因みに俺が協力者その1」

「そして私が協力者その2、という訳ですか」


 周りの目を誤魔化す為、表向き第三王子は後継者争いから逃げ出し、国を巡りながら道楽に興じていることになっている。


「まぁ、所詮俺は第三王子で、王太子の予備の予備に過ぎない。だが、予備だろうが種馬要員だろうが俺はこの国の王族、最低限の責務は果たすつもりだ。故に改めて頼む、その為にどうか力を貸してくれ、クラリス嬢」


 しかし実際は道化を演じながらも、彼は彼なりに自分の務めを果たそうとしていた。その在り方にクラリスは少しだけ好ましいものを感じ、レオンの言うように彼の口車に乗っても良いかなと思ったのだ。

 

 そして、何より…


「レオンさんも、私が必要ですか?」

「うん」



 あの時に見た彼の蒼い瞳と白銀の髪が、目に焼き付いて頭から離れない。



「俺って職業柄さ、結構勘が鋭いんだよね。今までも勘を信じた結果、命懸けの状況で何度も命拾いしたし、シャルルに誘われた時も、結局最後は勘を信じて決めたし…」



 ただの吊り橋効果かもしれない、箱入り娘故のチョロさもあるかもしれない。けれどクラリスは、どうもレオンのことが気になって仕方ない。ここで彼とお別れしたら絶対に後悔する、そんな気がしてならない。



「その勘がね、俺にずっと言ってるんだ。『もしも、ここで君とお別れしたら、俺は死ぬほど後悔する』って。それにね、君が初めてなんだ…」



 それに家族以外では、彼が初めてだったのだ。



「俺の髪と顔を見て綺麗って言ってくれたのは」



 自分の魔法を『綺麗』と言ってくれたのは。







 幸せな日々を送る悪魔は、家族の幸せを常に願っていました。


 しかし悪魔は、伴侶の家族を生き返らせた代償として寿命が人間と同じぐらいになってしまいました。


 愛する伴侶の為に妥協はしないと決めていましたし、そのお陰で自分もまた新たな家族を得ることができました。


 それに彼女と同じ時を生き、共に死ぬ、それはそれで素晴らしいことであると思っています。


 なので寿命が減った、そのこと自体は後悔していません。


 しかし、そうなると自分が見守れるのは精々、孫か曾孫の代まで。


 自分達の子孫には、自分の死後も幸せになってもらいたいと、悪魔は思っていました。


 なので悪魔は、自分達の家族が子々孫々まで幸せになれるよう、伴侶とサンレイ家の血を継ぐ者に加護を授けることにしました。


 とは言え悪魔は寿命が減ったことによって、身体と魔力が衰え始めていました。


 契約書を使っても、全盛期のような力を振るえなくなっていました。


 せめて無病息災とか、商売繁盛の加護くらい授けておきたかったのですが、そうすると魔力が足りなくて、子々孫々まで加護が行き渡らない可能性があります。


 その上…



『あまり過保護が過ぎますと逆効果ですよ。それに、こう言うのは少し手助けしたり、背中を後押しする程度で調度良いんです』



 夫を公私の両面で支えながら息子を立派に育て上げ、使用人達の世話も含む屋敷の全てを取り仕切るようにまでなった妻に相談したら、そう言われてしまいました。


 確かに今まで悪魔と契約し、それに頼りきった者は御座をかいて堕落して、最後には自滅する者が殆どでした。


 そして思い出したのは、自分と上手く契約して加護付きの店を手に入れた商人のこと。


 彼は現在、大きな商会を自力で立ち上げ、自分の店を幾つも持っています。


 律儀に契約の対価として、悪魔の建てた店の売上は今も納め続けていますが、最早今の彼にとってその程度の出費、微々たるもの。


 彼はもう、契約で手に入れた加護付きの店を失ったところで困りません。


 たった一軒の店から始まり、見事に果たされた成り上がり。


 それは一重に、悪魔の力に依存しなかった商人の努力と執念の賜物です。



 『そっか、大切なのは切っ掛けか…』



 商人である彼を含めた、何人かの成功者達を思い出し、悪魔はふと思いました。


 悪魔はとても長い時を生きてきました。


 けれど、心から幸せを感じるようになったのは、伴侶シャーロットに出逢ってからです。


 長く生きていたからこそ、彼女に出逢えたと言えるでしょう。


 けれど例え最初から寿命が短くても、


 最初から彼女に出逢えていたなら、


 きっと最初から幸せになれた。


 悪魔はそう思いました。


 だから悪魔は決めました。



 『サンレイ家の血を継ぐ者は、運命の相手と必ず出逢う』



 魔法の契約書には、そう記されました。







「そしてクラリスは運命(レオン)と出逢い、3人の冒険の旅は、ついに幕を空けたのです……はい、今日はここまで…」


「えぇー」


「もう眠る時間よ、続きはまた明日ね」


「はーい……ねぇ、お母様…」


「なぁに?」


「いつか私も、おばあ様みたいに運命の人に会えるかな?」


「きっと出逢えるわ。なんせあなたは私の娘で、あの人達の孫だもの…」


「じゃあ、おじい様みたいな冒険者にもなれるかな?」


「お父様が泣いても良いならね」


「……分かった…」


「さぁ、もう眠りなさい」


「はぁい……おやすみなさい、お母様…」


「おやすみなさい、アリシア」






⚪クラリス

 一流の魔法使いにして、契りの悪魔オルドとシャーロットの孫。そして父は悪魔(オルド)の息子で、母は先祖代々続くザ・村人。因みに父は深紅の髪に翠の瞳、母は髪も瞳もブラウンである。

親バカにして爺バカだった悪魔が溺愛した結果、彼の魔法に触れる機会も多くなり、憧れると同時に1割ほど理解していた。因みに悪魔の魔法は国の一流魔導師でさえ1%も理解できない高度な代物なので、彼女の才能は充分天才の領域にある。

 人間には使用不可能と言われた祖父(父方)の魔法を諦めきれず、独学で研究を続ける内、悪魔の魔法に近いものを感じたルーン文字に出逢う。独り暮らしの予行を兼ねて祖父(母方)の村での生活中にも研究を続け、いつの間にか国で最もルーン文字に精通する人物となっていた。しかし自身の出自が何かと特殊な為、教会や貴族に目をつけられると確実に厄介事を招くと思い、国の研究機関や組織に所属するつもりは無かった。

 だが、このたび悪魔の加護でガール・ミーツ・ボーイを果たし、助けて貰った恩、自身の目的、そしてちょっと気になり始めた白銀の彼についてく為、新たな旅立ちを決意する事となった。

少し未来の話だが、旅の中で愛を育み、運命の人と結ばれた後、自分の瞳と夫の髪を受け継いだ息子と娘が生まれ、娘の方はとある公爵家に嫁ぐことになる。


⚪レオン

エルフィーネ王国の北方、大陸で最も危険と言われるフロリア地方の冒険者にして若き最強、そして後にダンジョン攻略及び研究に貢献したことを称えられ、辺境伯の地位を与えられる男。

 北方の冒険者ギルドに保護された捨て子で、北方の大自然に囲まれながらすくすくと育ち、冒険者になってからは常人離れした身体能力と天賦の才で魔物を次々と仕留め、恐るべき短期間で北方最強の座を手に入れた。しかし、その常人離れした実力と白い外見のせいで化物呼ばわりされている。周りの空気が嫌になって何度か所属ギルドの移籍も考えたが、実力と実績は確かなレオンを手放したくないギルドに悉く話を潰されてしまった。結果、所属先のギルドでは腫れ物のような扱いを受けつつ、飼い殺し同然の毎日を送っていた。

 半ば人生を諦め、やけくそ気味に魔物を狩り続け、代わり映えしない雪景色と毎日に飽き始めていた。そんな最中にシャルルが現れ、彼の口車…もとい、誘いに乗ることを決断。その結果、故郷では味わうことが無かったであろう様々な経験と、化物と呼ばれた自分と肩を並べて戦える、そして尚且つ自分の外見を綺麗と言ってくれた、愛しい運命と出逢う。

 少し未来の話だが、娘の嫁ぎ先である公爵家で孫娘が生まれる。孫娘は祖父の戦闘特化な才能と白銀の髪、祖母の血筋である努力家気質と翠の瞳、そして運命の人と必ず出逢える悪魔の加護をしっかり受け継いでいた。


⚪シャルル

 エルフィーネ王国の第三王子。側室の子である第一王子と、王妃の子である第二王子が居るので、どうせ自分が王座を継ぐことは無いだろうと思っていた。しかし、その身に流れる血は紛れもない王家のもの、王侯貴族の陰謀や権力争いに幾度となく利用されかけ、すっかり人間不信になり、普段から『利用価値すらないバカ』を演じるようになってしまった。

 そんな王室での日々にうんざりし、王室の外に出る口実欲しさにダンジョン調査を提案し、その役目を彼自身が買って出たのがことの始まり。第三王子の自分に王族としてやれることなんて無いと思っていたが、調査の初成果を報告した際の国王の反応と、自分が手を出したモノのヤバさを認識してからは考えを改める。国内最強クラスの冒険者が集まる北方に自ら赴き、何度断られようがルーン魔法の使い手をしつこく勧誘し続けるぐらいにはやる気を出した。

 あの後、少しずつ仲間を増やしながらレオン達と国中を巡り、ダンジョンから持ち帰った魔法道具や、この国で最新式とされるマスケット銃が玩具に思える新型の銃、一部の分野において魔法すら凌駕する科学技術を元に、王国に産業革命をもたらした。そして、その功績を称えらる一方で父王は北方の開拓政策に失敗、上の兄二人は後継争いの果てに相討ちで死んでしまい、ちゃっかり次期国王の座を手に入れることになる。

 少し未来の話だが、兄達の二の舞を避けたかったシャルルは妃も世継ぎも一人しか作らなかった。それが項を制したのか、彼が息子に王位を譲るまでの間は至って平和だったと言われている。そして、王位を譲られた息子も優秀ではあったのだが、子育てには失敗した模様。自身の孫が、レオンの孫と婚約破棄騒動を巻き起こしたと知ったシャルルは、その場でひっくり返ったそうだ。


⚪ガブリエル

 歪んだエリート思想と性癖を正当化する為に、ゼンティス教に身を捧げていた男。

 あの後、彼に残された最後の選択肢は三つ。

 その1、気付かずにサインして力を手に入れた瞬間、その場で対価に命を奪われる。

 その2、サインする直前に気付き、敬愛する神と嫌悪すべき悪魔を間違えたことに憤死する。

 その3、サインする直前に気付き、敬愛する神を騙ったことに怒り狂って襲い掛かるが返り討ちにされて死ぬ。


⚪オルド・フランデレン

 愛妻家で親バカで爺バカだった契りの悪魔。寿命は常人並に減ったが、愛しい妻、そして家族や友人達と楽しい老後を過ごしている。

 自身の家族と、シャーロットの生家であるサンレイ家の人々の幸せを常に願っており、自分達の死後もそれが続くことを望んだ。その為に、自分とシャーロットのように『運命の相手と必ず出逢う』加護をサンレイ家の血に与え、その加護が子々孫々と続くようにした。加護の候補として他に『無病息災』とか『不死身の身体』、『幸運体質』も考えたが実現するには魔力と寿命が足りず、それに過保護が過ぎると人は堕落するし、ただ長生きすれば幸せになれる訳じゃないってのは身を持って経験しているのでやめた。

 因みに、普段は魔法で身内の危機を即座に察知し、すぐに駆け付けてくれる。しかし今回クラリスが異端審問隊に襲われた際は、彼女の運命がすぐ傍に居たので、我慢してギリギリまで見守っていた。

 今後は息子夫婦に森のことを任せ、諸事情により実現できなかったハネムーンを兼ね、旅立つ孫娘の活躍を妻と一緒に見守りながら余生を過ごそうと思っている。


◯アリシア・レインハート

 短編小説『我儘で幼馴染な御主人にクビにされたので…』の登場人物でありクラリスとレオンの孫、つまりオルドとシャーロットの子孫でもある。

 オルドの瞳、シャーロットの努力家気質、クラリスの逞しさ、レオンの白銀の髪と戦闘の才能、未知への憧れ、そして運命と出逢える悪魔の加護…その全てを、彼女は受け継いでいる。


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