6話
ハウンドドッグは合計で一七万ゴルドとなった。
いくつか鑑定で魔力量が多少多かったり少なかったりして、この値段になったという説明は聞いた。
「「「――――」」」
前を行くコンラッドさんとウィンディさんが色々と喋っているが、全然耳に入らない。
ただ分かってほしい。
結局のところ、思った以上の大金が入ってきて、少し困惑している。
「……一七万ゴルド、か」
「俺、初めて金貨みたぜ。実際にあるんだなァ……」
「村だと銅貨だけで生活できるしね……」
俺を含め、ナギもサーニャもドン引きした様子を見せている。
それもそうだ。
家のパンが一つ三〇〇ゴルドくらいだ。
何個買えるんだ?
「その様子を見ると、君たちもまだまだ子供だってなぜか安心できるよ」
「同感だ」
うんうんと頷きながらそんなことを言うウィンディさんとコンラッドさん。
「その言い方、今まで子供に見えてなかったってことですか?」
「え、そんな更けてるの俺たち」
「ま、まさか……。え、嘘よね? 嘘って言ってライル!」
「違う違う! そういう意味じゃないんだけどさぁ……いやね? なんていうか……ほんと同じ人種なのかぁみたいな感じとか抱いちゃってたわけで」
「はぁ……」
要領を得ないが、見た目がって意味じゃないみたいだ。
「とりあえず、もう夕方だし、領主様も公務が終わったことでしょうし、そろそろ屋敷の方に向かいますか。さっきの待ち時間の間に領主様への報告してたら、今日は食事も用意してくださるみたいだし」
「……食事、ですか?」
「ん? どうした? ラッキーじゃねぇか」
「いや、ナギとサーニャって、マナーてか分かる人?」
「知らないに決まってんだろ。あんな村でそんなの必要になるか?」
「悔しいけど、ナギの意見に同じく」
「だよね……」
また胃が痛くなってきた!
え、大丈夫これ?
「大丈夫大丈夫。領主様はそんなこと気にしないわよ。……多分」
「多分!? 多分ってどういうことですか!?」
「冗談よ冗談。ほら、さっさと行くわよみんな」
そう言って、ウィンディさんがさっさと前を歩いていく。
コンラッドさんもニヤリとするだけで、何のフォローもない。
「……信用できない」
「案外このお姉さん、Sなのかしら……」
「もうなるようになるさ、の精神で行くしかなねぇなこれ。てか大丈夫だって、辺境伯のおっさんだろ? あの人結構優しいぞ」
どこ情報だよそれ。
てかその呼び方は完全にアウトのやつ。
「……下手したらさ、防衛学校の話おじゃんになったりしない?」
「そんなん俺が知るわけねぇだろ、俺は辺境伯じゃねぇんだから」
「そうだけどさ……」
「大丈夫よライル。もしダメだったらちょっと王都観光して帰ればいいじゃない」
「それか、普通にここらでクエストとかやるのもいいかもな。ハウンドドッグであんだけ金貰えるのは正直想定外すぎた」
「確かに」
サーニャとナギの先を見据えた意見に、思わず溜め息が出る。
こういう根本的なところで、二人と俺の差がでていると思うと、少し情けない。
「どうしたライル。そんな顔して」
「いや、相変わらず二人におんぶにだっこだなぁって、再認識してて」
「いやそれ、私たちの言葉なんですけど」
「ライルはところどころ抜けてるからなぁ」
あはは、と笑う二人。
二人の認識と俺の認識に差があることを気にしつつ、前の二人を追いかけた。
*****
冒険者ギルドから歩いて二〇分少々。
様々な人からよく分からない視線を受けつつ、歩いた結果。
「でかい」
「でけぇな」
「大きなお家ね」
辺境伯家は、それはもう今まで見たことのない大きさの規模だった。
俗っぽい金やら銀やらは使われていないが、良いものは明らかに使っていそうで、色々と権力なりお金なり持っていそうなのがすぐ分かった。
そして、門を見張る門番の二人がやけに屈強そうに見える。
「お疲れ、二人とも」
「これはウィンディ先輩。任務お疲れ様です」
「いやいや、今回はかなり楽な仕事だったわよ」
「コンラッド先輩もお疲れ様です」
「お疲れ。勤めご苦労」
「「はいっ!」」
門番の、ウィンディさんやコンラッドさんを見る目がやけにキラキラしている。
まるで村の冒険者が村長を見ているような、尊敬がにじみ出ている。
「案外、あの二人ってすごい人なのかも」
「どうなんだろうね~。全然興味ないけど」
いや、サーニャさん。少しは興味持ってあげてください。
「ほらほら三人。上に行くよ~」
そう言ってずんずん歩き出したウィンディさんに着いていく。
門を抜けると綺麗な並木道が続いている。その先には趣のありそうな玄関。
扉の前に着いた瞬間、
「おかえりなさいませ、コンラッド様、ウィンディ様。そして、ようこそいらっしゃいました、第二開拓村の皆様」
バン、と大きく開かれ、珍妙な恰好をした人が出てくる。
「……なんだこの女」
「こらナギ君。この女とか言わない。この人はユーリさん。領主様が雇っている敏腕メイドなんだから」
「メイドぉ?」
――メイド。
父さんから色々と聞いたことはあったが、本当に実在するとは。
本当に! 実在していたとは!
「どうしたのライル。ちょっと面白い顔してるわよ?」
「き、気にしないで……」
父さんが言うには、メイドとは万能であり、色々な技能を持つスペシャリストな人間らしい。
例えば――掃除。
例えば――接客。
例えば――暗殺。
本当かどうかは分からないが、あの表情を悟らせない無表情と、武器を隠せそうな大きめのスカート。
……何か隠していてもおかしくない。
「領主様までの部屋までご案内します。どうぞこちらへ」
そう言って歩きだすユーリさんに、着いていく。
全く足音がしないあたり、歩行術をマスターしているようだ。
恐ろしい存在である。
「すごい廊下だね。高そうなのいっぱ~い」
「こういうのって本物なのか?」
「そうねぇ。全部本物って話だけど、詳しいことは知らないわ」
ウィンディさんと二人が色々喋っているが、耳から抜けていく。
それくらい、メイドの一挙手一投足に目を奪われている。
とある部屋の前に着くと、三回ほどノックし、返事を待たずに部屋に入る。
「旦那様、お連れ様をお迎え致しました」
「お、おお……。ユーリ君。いつも言ってるけど返事してからって言ってるじゃないか……」
室内ではティーカップに手を伸ばした格好で固まっている男性がいた。
茶色の髪と眼からは、優し気な印象が受け取れる。
「ちゃんとお仕事されてるか見張る為です。ご容赦ください」
「ッたく……もういいけどさ」
困ったように目頭を掌で抑える男性。
来ている服は、絢爛豪華とは言えないが、上質なものを使っているのがよく分かる。
「おっと、客人を忘れていた。ようこそ、ナギ君。ソフィアさん。そしてライル君」
「は、初めまして!」
「こんにちわ~はじめまして~」
「久しぶりだな、辺境伯のおっさん」
ちょっと待って二人とも!
言葉遣い! 言葉遣い!
さっき言ってたじゃん! 学校の話無くなるって!
ていうかナギ! 完全にそれは近所のおっさんに話しかけるやつじゃない!?
「あっはっは! ナギ君は相変わらずだね」
「……えっ、ナギ顔見知り?」
「さっき言ってなかったか? 割かし親父と会いに来てるぞ」
「嘘……あっ」
そういえばさっきから匂わせるようなこと言ってた気がする……。
『ここはいつ見てもガヤガヤしてんな』とか。
『てか大丈夫だって、辺境伯のおっさんだろ? あの人結構優しいぞ』とか、言ってる。
嘘だろ、さっさと教えてくれよ!
「初めましての人もいるから、一応自己紹介。私がこのローランド王国の東側、リーベン領の領主をやってるアハト=リーベン=リンドベルグだ。宜しく」
そう言って領主様はニッコリと笑みを浮かべた。
とりあえず、めちゃくちゃ優しそうで良かった……。