2話
「ライル。よかったじゃないか。タダで学園なんてなかなか行けないからな。楽しんで来いよ」
「そうねぇ。でも娯楽も多いから、グレないか心配だわ」
「大丈夫さ。俺たちの息子なのか疑うくらいよく出来てる」
あっはっはと豪快に笑う父さん、グレン。
「それもそうねぇ」と穏やかに笑う母さん、クレハ。
彼らの姿を見て、俺も自然と笑みが零れる。
明朝にすぐ出発を命じられた俺たちは、すぐさま家に帰り家族に今回の報告を行った。
旅支度を済ませ、家族との晩餐を迎えている。
両親は今回の学園入りについて、まるで自分のことように喜んでくれた。
ありがたやありがたや。
「しかし、変な貴族に睨まれる可能性があるな」
「ほんとほんと。ライルちゃん、ぶきっちょだから」
「……貴族、か」
村に馴染みのある貴族は辺境伯ぐらいなので、偉いんだろうなという感想しか浮かばない。
「一応俺たちも低位だけど貴族だったんだぞ? まあ、騎士爵だったけど」
「私も男爵家の一員だったのよ? ただ、お金がなかったから殆ど平民みたいなものだったのよね~」
「確かに! 今の方が余程いい暮らししてらぁ!」
「ふふふ、そうね」
和気藹々と両親が昔話に華を咲かせている。
両親が貴族だった話は前々から聞いてはいたが、どっちみち長男ぐらいしか継げないような家だったらしく、ヤマをあてた現在の方が暮らしがいいらしい。
貴族といっても、中級以上じゃないと厳しいというのは、悲しい現実だと思う。
「それはそうと、変な相手に絡まれた時の話をしないと! お母さん心配だわ」
「まあ、そういう時はガツンと実力で跳ね返してやればいいのさ! お得意の槍でな?」
そう言って父さんはくいくいっと腕を動かす。
俺が戦闘で使っている槍や槍術の極意は、全て父さんからの仕込みである。
ただ、三年前――第八魔物討伐隊を組むぐらいの時から、てっきり手合わせをしてくれなくなってしまったのだ。
一向に勝てない中、そういわれてしまったので、最初は見限られたのかと思った。
ただ、慌てるように「もう教えることはないんだ」と言われて、誤魔化されたのは今でも覚えている。
本当なのか定かではないので、とりあえず日々鍛錬を続けてはいる。
「もう、グレンったら。ダメよライルちゃん、そんなことをしたら。……そういう時は脅すように魔力を練り上げて、相手にさっさとどいてもらえればいいの」
「クレハ。それはそれでダメだと思うぞ」
父さんが困ったように物騒なことを言う母さんを見つめる。
母さんは魔法使いで特に炎を扱うものが得意だ。
それについても受け継いでいるが、これまた三年前から教えてくれなくなった。
魔法は基礎は教えられるが、基礎以上は感覚による上達しかないらしく「そこはライルちゃんのセンス次第よ」と言われたことも覚えている。
閑話休題。
「何よ。お父さんだって暴れ回ってじゃない。喧嘩売ってきたチンピラみたいな同級生をばっさばっさと――」
「おおい! やめろ! そんな恥ずかしい黒歴史をライルに暴露するな!」
「お父さん、昔は本当に一匹狼みたいな感じでね~? 一度話かけたときに――」
「ストップ! ストーーーーーップ! 終わり! この話終わり!」
「え~、かっこよかったのに~!」
両親が夫婦漫才を始めだすが、ライルはそれをいつものように眺めていた。
本当にこの両親から生まれたのかと思うくらい、両親と俺は性格が異なる。
父は自由奔放(暴力上等)だし、母は天然気質(理不尽上等)。
双方とも昔は冒険者として第二開拓村で、それこそトップクラスの戦果をあげる冒険者だったと村長から聞いている。
現在は村のパン屋として生計を立てているが、それだって父親のケガがなければ今でも冒険者を続けられていただろう、と言われたぐらいだ。
「お母さんには困ったものだ……それはそうと、ライルの出発は明日だよな?」
「冬の新年空けに入学式があるから、今ぐらいから行かないとね」
「母さんの言う通りだよ」
「南東の開拓が進んでた分、ちょっと勿体ないな。手柄横取りみたいな形じゃないか?」
「……元々、みんなの支援があってのことだし。別に問題ないよ」
本音を言えば、仕事を完遂して終わりたかった。
南東部は主に植物系の魔物が生息しており、綺麗な湖や、その近くに珍しい鉱石があることは確認していた。
ただ再生能力の高い雑魚が多く、狩っても次の日には同じところに同じように敵がいる状況が続いていたため、少し悔しい結果になっていた。
土属性の魔法で根元から掘り返す、また炎属性の魔法で燃やし尽くすといった作戦は失敗に終わっているため、もう少し今後を練る必要があると考え始めていた矢先でのコレである。
――引き継ぐ第一魔物討伐隊の今後の戦果が気になるところ。
「……ちょっと寂しくなるわね」
しんみりしたように母さんがそう呟く。
「何を言ってるんだクレハ。俺たちだってこの頃のは実家を出てバイトしながら寮生活していただろう。もうそういう年代なんだよ」
「……それもそうね」
「それよりライル。ナギとソフィアも一緒なのか?」
「言ってなかったけど、そうだよ。ナギとソフィアも一緒に」
「良かったわね、仲良し三人で行けて」
「異郷の地。一人は心細いからな。まあお前たちなら色んな問題もすぐ吹き飛ばせるだろう」
うんうんと二人で頷く両親。
「……本当にそうなら、いいんだけど」
不安は山ほどある。
まず俺自身の実力は、ナギに対しては武術、ソーニャに対しては魔法で、それぞれ劣っている。
つまるところ、器用貧乏なのだ。
そんな俺で、王都の防衛学校でやっていけるか、不安ではある。
「「――――」」
弱音を零したところ、なぜか驚いたような表情を両親は浮かべている。
何か変なことを言ってしまっただろうか。
そんな風に思っていると、すぐさま顔を和らげ、
「大丈夫さライル」
「もし嫌なことがあったらすぐ戻ってきなさいな」
父さんは快活に、母さんは朗らかに笑いながら、そう言ってくれた。
励ましが身に染みる。
ここまで言われているんだ。男なら応えなければ。
「ありがとう。大きな連休があればまた実家にも戻るよ。その時は宜しく」
「おう、いつでも俺の自家製パンを食べに来な!」
「気を付けてね。体壊さないように」
その後はいつもと同じように、試作パンの討論会になっていく。
揚げ物とパンは絶対に合うと豪語する父と、素材の味を活かしたパンの制作を進めたい母のバトルによって、今日も賑やかな晩御飯となった。
誤爆してた……。
誤字などないか確認して再投稿。