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第81話 千春のカエル

 俺は西條さんに明日の予定を確認して、校舎の三階で授業の手伝いをしている、千春と麗奈を探しにレーナさんと一緒に向かった。


 教室を覗くと生徒達が静かに席に座って先生の授業を聞いている。ぱっと見た感じだと、騒いだり喋ったりして授業に集中出来ていない生徒はいないようだった。


 ここの小学校の生徒はとても優秀なのかも知れない。俺が小学生の時のクラスは騒がしいヤツばかりで、先生の声が聞こえなかったり授業が中断しちゃったりして、子供ながらに「何故こいつらは授業を妨害して来るんだ、騒ぐなら教室の外で騒げよなあ」って思ったし、クラスのみんなもイヤそうな表情をしていた。当時は良く分からなかったけど、何故か俺もモヤモヤしたイヤな気持ちになっていた。


 今にして思えば「周りの生徒も困っているだろ、なぜその事にこいつらは気づかないんだ」って、子供ながらに怒っていたんだと思う。


 子供の頃はそんな感じで、配慮の足りないヤツに対して怒るって思いがあったけど、今はクラスで騒いでいるヤツがいても「どうせクラスの誰かが注意するだろうから、それまでは好きにやってな」って感じで、俺がわざわざ怒って対応しなくても、俺以上に怒っている誰かが対応してくれるって分かっているので、最近はそんな人達にお任せしている。


 それに、周りの事を考えないで自分の好き勝手に行動が出来ちゃうヤツって、そいつのレベルに合わせて話しを噛み砕いて説明したとしても、なかなか話しを理解してくれなかったりする。するとそいつは、話しが理解出来ないし自分の思い通りにならないもんだから、怒鳴り始めたり物に当たり散らしたりして、結局は面倒くさい事になる場合が多かったりする。


 だけどクラスの中には、俺がわざわざ時間や労力を使ってまで、騒がしくて面倒くさいヤツを相手にしなくても、率先して面倒くさいヤツを相手にしてくれる人達が存在しているのだ。そんな人達は、騒いでいるヤツを言い負かしたり屈服させる事が、まるで生き甲斐かのように張り切る人達なので、俺はそんな人達に面倒くさいヤツの事はお任せしちゃっていた。


 授業を受けている生徒達を見ながらそんな事を考えていたら、二つ先の教室の扉の前で、廊下の天井に届きそうなくらいの長い棒を持っているおばさんが立っていた。空手着や柔道着ってよりは、剣道をする人達が着ているような道着姿で、廊下に立っていた。そしてよく見ると、棒の先が刃物になっていたのでビックリした。


 ん~、生徒の保護者の方なのかな。昨日学校が強盗達に襲撃されたから、生徒達を守るために警備をしているのかな。って思ていると、後ろを歩くレーナさんが


「薙刀ですね」


 小声で俺に言ってきた、でも何の事か分からなくて


「ナギナタ」


 って聞き返すと


「薙ぎ払う刀と書いて薙刀と読むのですが、女性のたしなむ武道として大正時代あたりから普及し始めたと、何かの文献で読んだことがございます。刀身や柄の形状は異なりますが、カテゴリー的には日本刀の一種とみなされる事もあるそうです」


「へ~、あれは薙刀って言うんですかあ」


 刃先で突いたり長さを活かして相手を薙ぎ払ったりして、槍みたいにして使うのかな。後で直樹に聞いてみよう。するとレーナさんが


「ちなみに、ヨーロッパでは類似の特徴を持つ武器のことを、グレイブとかパルチザンなどと呼んでたりします」


「何故にレーナさんはそんなに武器に詳しいのですか」


 レーナさんは少し頬を赤くすると、俺から目を逸らして


「武器が好きだからです」


 何となく恥ずかしそうに答えていたので、俺はフォローするって訳じゃないけど、ちょっと気を利かせて


「そうだったんですかあ、俺はてっきりボディーガードだから詳しいのかと思ってましたよ」


 すると、レーナさんは少しモジモジしながら


「仕事柄、相手の戦力を知るために、使用すると思われる武器の威力や形状について調べる必要がありました。いつの頃からか、色んな武器を調べてくうちに武器の世界の奥深さに気づいてしまい、それからは古代から近代、刃物から銃火器に至るまで、全ての武器の虜になってしまいました」


 ん~、こんな綺麗で格好良い人がモジモジしている姿はずっと見ていられるぞ。まだモジモジしているレーナさんに


「好きな事と仕事が両立出来るだなんて、とても素敵な事だと思いますよ。これからも沢山の武器に出会えると良いですね」


「はい、ありがとうございます」

 

 と言って、レーナさんは満面の笑みで頷いた。


 スゲー笑顔が可愛いかも。一瞬ドキッてしちゃったよ。これからも沢山この笑顔を見たいって思っちゃったぞ。これが恋ってヤツなのかも知れないな。って思いながら薙刀のおばさんが立っている教室を覗いてみると、千春と麗奈が白石先生と一緒に生徒達と戯れていた。


 席に座っている生徒もいれば、席を立っている生徒もいた。もしかしたら今は休み時間なのかも知れないけど、ちょっと分からないので一応教室の後ろの扉から入ろうと思い、俺は薙刀のおばさんが立っている教室の後ろの扉に向かって行った。


 薙刀のおばさんは俺の母親よりは歳は上って感じだけど、実際に幾つくらいなのかは見た感じでは分からなかった。そして、胸がとても大きいので気を抜くとずっと見つめちゃいそうになった。大きな胸をずっと眺めていたい衝動に駆られるが、必死になって胸から視線を逸らし、おばさんに軽く頭を下げた。


 すると、おばさんは優しそうな表情で軽く頷き、どうぞって感じで扉から少し横に動いてくれた。俺はどうもすいませんって感じで、少し背中を丸めておばさんの前を横切り、教室に入った。


 教室の前の方の席に白石先生と麗奈がいて、数人の生徒達が囲んでいた。教室の真ん中あたりに、千春と生徒達が戯れていた。


 廊下からだと気づかなかったけど、驚いたことに、麗奈の周りにはファンタジー作品や童話に登場するような、羽の生えた可愛らしい小さな妖精達が飛び回っていて、白石先生や生徒達の手の平や頭の上に、妖精たちが乗かって座っていた。


 そして、千春の周りにはカラフルなカエルっぽい何かが、ピョンピョン飛び回っていたり、ひっくり返って眠っていたりして、生徒達に突かれたり撫でられたりしていた。


 俺に気づいた千春が、頭の上にカエルっぽい何かを乗せたまま近づいて来ると


「うっちーが来るなんて珍しいね」


「ああ、千春達に用事があって来たんだが、これってどういう状況なんだ」


 すると、千春は頭に乗せていたカエルを手に取り、俺に見せつけて


「召喚しちゃった」


 と言って来た。すると、教室全体を見回していたレーナさんが


「厳密に言うと召喚ではなく、モノが反応して起きた現象ですね」


 首を傾げている千春にレーナさんを紹介し、山口さんと同じでモノの存在を知っている人だと伝えると、千春が


「えっと、コレって僕が召喚で呼び出したんじゃなくって、モノなんですか」


 手に乗せたカエルを見てレーナさんを見た。そんな千春にレーナさんが


「加藤さん達から発生した感情から生み出されたモノが、加藤さん達の気持ちに反応して具現化したモノです」


 千春が首を傾げながら


「モノって怪奇現象を起こしたり幽霊になったりするんですよね」


 レーナさんは少し考えると


「加藤さんの認識されてるモノと、今お手元に存在しているモノは同じモノです」


 ちょっとよく分からないので俺も首を傾げていると、俺を見てレーナさんが


「水は温めるとお湯に変化して、冷やすと氷に変化しますよね。お湯でも氷でも元は同じ水ですよね。それと同じように、ポジティブな感情からは人々にとって心温まるモノに変化して、ネガティブな感情からは人々にとって心を痛めるモノに変化しますので、一般的には怪奇現象だったり幽霊と呼ばれるモノに変化しますが、元は同じ人の感情から発生したモノです」


 レーナさんが千春を見て


「今回でしたら、可愛らしい何かを触れたり愛でたりする事で得られる、幸福感ですとか安心感、もしくは心が温まる感覚でしたり、そんな感情から生じたモノは更に人から感情を引き出すために、常にその人の幸福感や安心感に反応して、色んな現象を引き起こしてきます」


 千春がカエルに頬ずりしながら


「じゃあ、コレは幽霊って事なんですか」


 レーナさんが少し困った表情をして


「モノによって引き起こされた現象が、自分や周りの人達にとって都合の良い結果だった場合は善として、自分達に都合の悪い結果でしたら悪として捉えがちです。今回ですと、加藤さんにとって心温まる存在ですので、善となるモノに該当すると思われます。なので、一般的には精霊や妖精と呼ばれてるモノになるのでしょう」


 千春が手の平で大人しくしているカエルを見ながら


「え~、そうなんだあ。タオル生地のような手触りで、可愛らしいカエルを呼び出したくて、強くイメージして想像力を膨らませてたんだけど、この子はモノだったんですね」


 千春がカエルの頭を指先で撫でると、カエルは気持ち良さそうに目をつむっていた。そんなカエルを見てレーナさんが


「ええ、お話しした通り、漂っていたモノが加藤さんから感情を引き出すために、加藤さんの気持ちに反応して起こった現象です」


 千春の手の平で大人しくしているカエルを見て、レーナさんは微笑んでいた。う~ん、モノって存在が引き起こす現象に対して、俺達の受け止め方次第で善にも悪にもなるって話しは興味深いなあ。って思っていると、レーナさんが


「ですので、コレは加藤さんが呼び出したモノなのではなく、加藤さんが創り出したモノなのですよ」


 千春がカエルを頭に乗せると


「そっかあ、せっかく召喚士になれたと思ったんだけどなあ。でも、頑張ればそのうち何かを呼び出せるのかなあ」


 すると、レーナさんが真剣な表情で


「呼び出すことに必要となる対価の事を考えますと、とてもリスクが高い行為になるので、遊び感覚で行わない方が良いですよ」


 う~ん、レーナさんの真剣な表情も素敵だ、ずっと眺めていられるぞ。やっぱりこの感情って恋なのか。俺は恋ってヤツをついにしてしまったのか。


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