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第79話 車椅子利用者

 学校の校舎には、全速力で走ったらそれなりに息が切れそうな長い廊下がある。そして、その長い廊下にめんして、教室の扉があって室内に出入りする。ここまでは小学校だろうと俺の通っている高校だろうと同じだ。


 でも、廊下を歩いているのが看護師さんや白衣姿の医師だったら。そして、廊下の窓から外を眺めている人が、何か思い詰めた感じの暗い表情の大人だったら。


 階段から廊下に出て、そんな光景を見た時に、俺は一瞬ここが何処だが分からなくなった。


 あれか、先入観ってヤツなのか。校舎内には小学生がいると思っていたのにも関わらず、実際に目に映った光景が、看護師や医者だったりしたので戸惑ってしまったのかも知れない。





 すれ違う看護師さんに軽く会釈をしながら、教室を見て回っているんだけど、なかなか西條さんが見つからない。


 俺はダーシャお嬢様から、明日いつもの連中と一緒にランチに誘われたので、レーナさんを連れて西條さんの予定を確認しに来ていた。直ぐに見つかると思っていたんだけどなあ。


 校舎の四階は男性だらけの教室や、女性だけの教室があったり、車椅子を使用している人達だけの教室があったりと、病院からの避難者の性別と体の状態で、使う教室が別れているみたいだった。


 ただ、車椅子を使用している人達が利用している教室は、他の教室と比べるとベット数が明らかに少なかった。もっとベットの間隔を狭めれば、ベット数を増やせて沢山の人が寝泊まり出来るのに、何でこんなにスペース広げているんだろうか。他の教室を利用している人達から、もっとベットを詰めろとかって言われたりしないのだろうかって思っていたら、段ボール箱を抱えて歩いている北野先生を発見した。


「こんにちは。手伝いますよ」


 二つ重なっている段ボール箱の内の一つを受け取ると


「ありがとう。大きさはそうでも無いんだけど、中身が栄養補助飲料だから意外と重くてね」


「あ~、飲み物って意外と重いんですよね。ちなみにこれはどこまで運ぶんですか」


「今は看護師さんや医師達の待機場所として使ってる教室があってね、そこまで運ぶんだけど、もう少し先の教室だよ」


 するとレーナさんが北野先生に


「私もお持ちいたします」


 北野先生が段ボール箱をレーナさんに手渡し


「いやあ、申し訳ない。見栄を張って女性には持たせられないって言っても良かったのですが、実は腕がけっこうパンパンになってたので助かりますよ」


 北野先生は自分の腕をもみほぐしながら、レーナさんに頭を下げていた。すると俺を見て


「昨日は大変だったね。無事でなによりだよ」


「北野先生も無事で良かったです」


「私は四階で病院からの荷物の整理をしていたからね、中井さんと西條さんの活躍のお陰で無傷でしたよ」


 俺は北野先生と話しながら、西條さんが教室内にいないか覗きながら廊下を進んでいた。やっぱり車椅子利用者の教室のベット数が少ない。俺は気になったので北野先生に


「先生、車椅子を使用している人達の教室って、ベット数が少ないですよね。他の教室よりもスペースが広いから、他の教室から苦情とかって出たりしないんですか」


 すると北野先生がオヤッて感じで、意外そうな表情をして


「それは大丈夫だよ。車椅子の大きさにもよるけど、方向転換する時にある程度のスペースが無いと利用者が大変なんだ」


 俺は教室内の車椅子の人を改めて見てみた。車椅子の車輪の外側に着いているリングを握って、腕の力だけで移動している人もいれば、車椅子に座ったまま器用に足を使って移動している人もいた。


 北野先生も教室内を覗きながら


「ベット数を増やしてしまうと、空間が狭くなるからね。真っ直ぐに前進する分には問題は無いけど、後ろに下がる時に方向転換出来ないからね。そうなると、前を向いたまま後ろに下がらないといけなくなるから、けっこう大変らしいんだよ」


「なるほど~。そう言う理由でベット数が少なかったんですねえ」


 教室から廊下に出ようとしている車椅子のおばちゃんに、軽く会釈すると「ちょっと、前をごめんね~」って言いながら、おばちゃんは腕の力だけで、車椅子を動かしてゆっくり俺の前を横切って行った。


 俺も家族も今まで車椅子を使った事が無い。なので、普段から車椅子で生活している人との接点が無かった。車椅子の人を街で見かけたりはするけれど、特に気にも留めていなかったし、車椅子の人がこっちに向かって来ていたりする場合は、道を譲るくらいで、はっきり言って関心が無かった。


 けど、こうして実際に車椅子を使って生活している人達を目の当たりにしてみて、初めて自分の足が思うように動かなかったらって想像する事が出来た。


 ちょっと近くのコンビニに立ち読みって思っても、部屋から家の外に移動するのも大変そうだし、家からコンビニまでの道のりを考えると更に大変そうだ。これからは車椅子での生活って考えたら、毎日学校に行くのがイヤになりそうだし、何処かに遊びに行くってのも億劫になりそうだ。


 もし、自分の足が思い通りに動かなくなったらって想像してみたけど、自分の好き勝手に色んな事が出来なくなるって思うと、一気に気分が滅入りそうになる。のと同時に、自分の足が何不自由なく動くことに対して、ホッとした気持ちにもなった。けれど、車椅子で生活している人達を見て、このホッとした気持ちになるってのは、何か失礼な事なのかも知れないって思いもあって、物凄く複雑な気持ちにもなった。


 前を歩いていた北野先生が振り返り


「ここの教室が待機場所だよ」


 教室の中に入って行った。俺とレーナさんも後に続き中に入る。


 教室の廊下側に段ボール箱が山積みにされていて、窓側には看護師さんや白衣姿の医師達が話し合っていたり、休憩中なのか栄養補助食品を食べている人が何人かいた。小田先生も看護師さんと会話中だったので、軽く頭を下げといた。


 北野先生が山積みの段ボール箱を見ながら立ち止まると、手を広げて


「この辺りに置いてもらえるかな」


 腕を上げ下げして場所を指定していた。俺もレーナさんも指定された辺りに段ボール箱を置く。すると北野先生が


「いやあ、本当に助かったよ。じゃあ私はまだやる事があるから行くね」


 俺とレーナさんにお礼を告げると、自分の腕を揉みほぐしながら、教室から出て行った。すると、白衣のポッケに手を入れて小田先生が傍に来ると


「レーナちゃんもだけど川内君が四階にいるなんて珍しいね」


「ちょっと西條さんを探してまして、四階にお邪魔してます」


「かなえちゃんなら、さっき渡り廊下側の教室で見かけたわよ」


 ふむふむ。このまま進んで行けば渡り廊下だから、西條祭はじきに見つかりそうだなって思っていると、丁度教室内から廊下を車椅子で移動している人が目に入ったので、気になっていた事を小田先生に聞いてみた


「先生、魔法で車椅子の人達は治らなかったんですか」


 先生は形の良い眉毛をハの字にすると


「ほとんどの人達は治ってるわよ」


 何で治っているのに、車椅子を利用しているんだって思っていると


「怪我や病気でずっと車椅子だったからね、機能は回復したけど筋力が不足してるのよ。だから、今は自立で歩行するために必要な色んな筋肉を増やすためのリハビリ中って感じね」


 魔法で直ぐに歩けるようにはならなかったのかあ。って思ていると


「ちゃんと検査してないから断言するのは難しいんだけど、骨折や靭帯の損傷個所は治ってるみたいだし、脳梗塞や後天的な疾患による機能不全や機能の低下があった人達も、脳や神経の損傷個所は治ってるみたいなんだよね、半身麻痺や言語障害も無くなったからね」


「俺の勝手なイメージですが、魔法を使えば怪我は治って、直ぐに普通の生活が出来るようになるのかと思ってました」


 小田先生は腕を組みながら


「そうね、色々と調べてみないと分からないけど、魔法を使う時に怪我を治すだけじゃなくて、相手の状況をしっかり理解したうえで魔法を発動させてたら、違う結果になったのかも知れないわね。でも、当事者たちは喜んでるわよ、自分の身の周りの事なのに、状況によっては誰かの手助けが絶対に必要な生活だったのが、改善されたんだからね」


 なるほどねえ、怪我してから年数が経っているから、その間に筋肉が衰えていたって事なのかな。確かにトレーニングを怠ると筋肉も体力も低下するもんなあ。って考えていると小田先生が


「後は先天的な疾患の人や、本人が回復を望んでいない場合だったりすると、また違ってくるのよね」


 俺はちょっと分からなかったので、首を傾げると


「これもしっかり検査してないから断言は出来ないんだけど、先天的な疾患の人の場合だと、生まれてから今までずっと手でも足でも動かしたことがない訳でしょ、だから後天的な疾患の人達と違って、動かし方が分からないのよ。時間を掛けてゆっくりと動かし方を覚えれば大丈夫なのかも知れないけど、医療機器が使えないから、本当に回復してるのか患部の状態を確認出来ないから、何とも言えないのよね」


 確かに何も考えなくても俺達は、意識すれば普通に手足を動かしているけど、生まれてからずっと動かしたことがない人達からしたら、初めての事だから戸惑うのかも知れないよなあ。


「そして人それぞれ色んな考え方があるんだけど、早くお迎えが来る事を望んでる人達もいてね。患部は回復してるのかも知れないけど、本人が生きる事に疲れてしまってて、前向きな考えが出来なくなってるから、無気力だったりして、体を動かせるのかも知れないんだけど、自分からは動こうとしないのよね」


 ん~、生きる事に疲れちゃうってどんな状況っていうか、どんな心境だったりするんだろうか。俺には全く理解出来ないなあ。小田先生が段ボール箱の中から栄養補助飲料を取り出すと、グビグビ飲んで


「でもまあ、時間はそれなりに必要だけど、殆どの人達が魔法のお陰で今までよりも明るい未来を見据えて頑張ってるって感じよ、だからそんなに難しい顔はしなくて良いわよ」


 俺は話しを聞きながら気づかないうちに難しい顔をしていたらしい。


「えっと、ありがとうございました。では西條さんを探すので失礼します」


「はいは~い。いってらっしゃ~い」


 小田先生が笑顔で手を振ると、レーナさんが


「私達は本日中にこの学校から離れる事になります。色々とありがとうございました。ではまた後程、ご挨拶に伺います」


 丁寧にお辞儀をしていた。


「そっかあ、帰っちゃうのかあ。じゃっ、また後でね」


 小田先生は少し寂しそうな表情をしていた。


 廊下に出ると俺は気になったので、レーナさんに


「ダーシャお嬢様って、先天的な疾患とかが理由で車椅子なのですか」


 すると、レーナさんは少し驚いたような表情で


「いえ、お嬢様が車椅子で生活するようになったのは、川内さんと同じくらいの年齢からです」


「つまり、今ってリハビリ中ってことですか」


 レーナさんは、少し表情を曇らせて


「いえ、お嬢様は自らの意志で歩くことをやめ、一生車椅子で生活する事を選びました」


 ん~、あまり触れてはいけない感じの話題みたいなので、俺は話しを広げる事はやめて、西條さんを探すために廊下を歩き始めた。


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