第77話 ダーシャお嬢様
校長室のソファーに腰掛けると、車椅子に座っている女性が
「初めまして。ダーシャよ宜しくね」
右手を差し出して来た。俺はダーシャさんの手を握り
「初めまして川内です。よろしくお願いします」
なるべく失礼がないようにと考え、背筋を伸ばしてソファーに浅く座り直した。
鳥のシルエットがプリントされたトレーナーを着ている女性が、校長先生の机に腰掛けたまま、値踏みをする様な視線で俺を見ていた。
アレさんは俺の真後ろに立っていた。レーナさんは俺が座っているソファーの横で姿勢を正して立っている。アレさんとレーナさんの立ち位置って、俺が何か変な事をした場合に即座に対応する為の陣形なんじゃないのかなあ。俺は何もしませんよって思っていると、ダーシャさんが
「アリョーニャとレーナを助けてくれてありがとうね。私達も突入しようとしてたんだけど、色々と事情があってなかなか踏み込めなかったのよ。だから本当に助かったわ。ありがとう」
両手を膝の上に置いて丁寧にお辞儀をした。
「いや、病棟に行くって言い出したのは他の連中でして、俺はただついて行っただけなんで、お礼をするなら他の連中ですよ」
ダーシャさんが顔をあげると
「でも、あなたが魔法で彼らの傷を癒してくれたでしょ。それに関しても凄く助かったのよ。アリョーニャとレーナから話しを聞いたけど、あなたに回復してもらってなかったら、とてもじゃないけど現場に復帰できるような状態じゃなかったらしいからね」
「あれは、囚われてる人がもしかしたら、いるかも知れないって思ったので、せめて傷だけでも治してラクになってもらって、ゆっくりと救助を待ってもらおうと思っただけですから」
すると、ダーシャさんが微笑みながら
「でもね、結果的にあなたのお陰で私の大事なアリョーニャとレーナが救われたの。だから、理由はどうあれ私はあなたに感謝するわ」
俺は頭をかきながら
「う~ん、通りすがりのついでにって感じで回復魔法を使ってましたけど、アレさんとレーナさんが喜んでもらえる結果になったので、改めてあの時に魔法を使ってて良かったって思います」
ダーシャさんは頷きながら
「そうね、あなたにとっては些細な事だったかも知れないけど、私達からしたら物凄く有難い事なのよ。だから、私はあなたにお礼をしたいんだけど、何か望む事はあるかしら」
と言って、俺を見つめていた。やっぱこの人は目力が強い。後ろめたい事はないんだけど、ずっと見つめられていると目を逸らしたくなくな。
う~ん、俺にお礼がしたいのかあ。何が良いかなあ。でも、確かにアレさんとレーナさんの傷を回復したのは俺なんだけど、病棟に踏み込むって言い出したのは沙織達なんだよなあ。もし、沙織達と病棟に行かなかったら違う結果になっていたんだろうし、ことの発端は沙織達だし、直樹も千春も頑張ってたもんなあ。そういえば、沙織と西條さんが「上手くやって知り合いになっときなさい」って言っていたな。よし、決めた。
「えっと、俺達にダーシャさんから食事を御馳走してもらいたいです。病院では他の連中も頑張ってたので、俺だけじゃなくって他の連中と一緒に食事をお願いできませんか」
すると、ダーシャさんが少し驚いた様子で
「お金が欲しいとか、うちの会社に就職したいとか、もっと物欲的なお願いでも大丈夫なのよ。多分あなたが思いつくような要求だったら、大概の事は叶えられるし、あなたが望む事だったら、私はありとあらゆる手段を使って、叶える覚悟なんだけど。つまり、あなたはそれだけの事を私にしてくれたのよ」
「う~ん、自分から望んでこうしたいって思った結果だったら、そんな感じのお願いをしたかも知れませんが。今回はたまたま結果的にそうなっただけの事ですからね。だからなのか、まるで自分の手柄の事のように、何かをしてもらうってのは何か違うような気がしまして」
テーブルに腰掛けていた、鳥のお姉さんが驚いた感じで目を見開き、口元に笑みを浮かべて俺を見ていた、こっちのお姉さんも目力が強いんだよなあ。鳥のお姉さんはボディーガードには見えないし、何者なんだろうかって思っていると、ダーシャさんは少し首を傾げて
「御両親の教育方針が良かったのかしら。それとも、あなたの性格なのかしら。その年齢では珍しく我が弱いのね。あるいは、まだ学生だからお金ってそんなに必要としてないし、就職活動って年齢でもないから、知名度のある企業への魅力とかも芽生えてないのかも知れないわね」
するとダーシャさんは一度大きく息を吸うと
「オッケー、分かったわ。今日には学校を離れて家に戻る予定だったから、丁度良いわね。食事に招待するわ。いつまでも校長室を独占してるって訳にもいかないしね。明日の朝に学校の校門前にアリョーニャかレーナを向かわせるから、案内してもらってね。明日はみんなでランチにしましょう」
と言うと、ダーシャさんはパチッと片目をつむった。
「ありがとうございます。大丈夫だと思いますが、一応みんなの明日の予定を確認して来ます」
「ああ、そうね。それならレーナと一緒に予定の確認に行ってちょうだい。私達とのやり取りを短縮出来るからね」
ダーシャさんがソファーの横で直立しているレーナさんに目配せすると、レーナさんは静かに頭をさげていた。これで話しは終わりかなって思っていると、ダーシャさんが
「ねえ、ここに来る前に、目が充血してる集団に勧誘されてたって聞いたんだけど、あなたは集団に加わるつもりなのかしら」
あ~、昇降口前での久津とのやり取りの事かな、さっきアレさんが報告していたのかも知れないな。俺はダーシャさんに
「なんか世界を変えるって意気込んでましたけど、彼らの考え方や能力の使い方には共感が持てなかったので、集団に加わるつもりはありませんよ」
するとダーシャさんが片方の眉毛を動かして
「あなた達も色々と能力が使えるわよね、その力を使って世界を変えるとかって考えたりしないのかしら」
「怒られるかも知れませんが、自分の周りが平和ならそれだけで十分でして、世界の平和とかって俺にはどうでも良いんですよねえ」
ダーシャさんが少し呆れた顔をして、鳥のお姉さんは口元を押さえて笑いを堪えていた。俺って何か変な事を言っちゃったのかな。って思ったら急に恥ずかしくなって来たので
「では、みんなの明日の予定を確認して来ますので失礼します」
急いで席を立つと、後ろで控えていたアレさんが、軽く肩を叩くと小声で
「おつかれさん」
と言って来た。
〇
校長室から出ると、パイプ椅子に座って辺りを警戒しているマックスさんと目が合ったので軽く会釈をしといた。マックスさんは俺を見ると、無表情だったが会釈はしてくれた。
腕を組んで座っているんだけど、明らかにスーツは窮屈そうで、少しでも力を入れたり激しく動くと、簡単に破れそうなくらい腕回りがパンパンだった。
俺は一緒に部屋を出たレーナさんに
「病院からの避難者の身の周りの手伝いをしてると思うので、先ずは四階で女子達を探してみます」
すると、レーナさんは一度頷きマックスさんに目配をして、スタスタと階段に向かって歩き始めた。俺はマックスさんに
「では、失礼します」
俺はレーナさんの後に続いて歩くと、気になる事を聞いてみた
「えっと、ダーシャさんと一緒にいた方ってどなたなんですか」
「血は繋がっておりせんが、お嬢様の妹に当たる方でございます」
あ~、さっきアレさんが話してくれた世界中にいる養子縁組の人なのかな。って思っていると、レーナさんが
「たまたま日本にバカンスの為に来日されていたのですが、停電のため今はこちらに滞在なさっております」
「では、あの方もお嬢様って事になるんですね」
レーナさんがチラリと俺を見て
「御子息ならびに御令嬢の中では、お嬢様と幼少期の頃から懇意にされてらっしゃる数少ないお方の内の一人です」
へ~、仲良し姉妹って感じなのか。だから同じ感じのトレーナーを着ていたのかな。ってか、レーナさん日本語が上手だし難しい言葉を知っていて。ビックリだよ。って、思っているうちに階段に差し掛かった。
何気なく階段の踊り場を見ると、アンダーアーマーとショートスパッツ姿の沙織が、階段を一気に飛び降りる瞬間だった。
沙織は汗をかいているのか、肌が少し濡れていて宙に浮いた長い髪から、キラキラと汗が舞っていた。そんな沙織が俺に気づいて
「ジャマー。早くどきなさーい」
俺が横に躱そうとした方向に、沙織も階段の壁を蹴って方向転換した。なぜ人は、道を譲ろうとすると、同じ方向に移動しようとするのだろうか。
俺は汗まみれの沙織を抱き締めるかっこうで、背中から廊下に倒れ込んだ。俺は軽い潔癖症なので、いくら仲の良い沙織だったとしても、汗まみれなのは気持ちが悪いので勘弁して欲しかった。
「なあ、廊下は走るなって言われてるだろう。ましてや、階段を一気に飛び降りるなんてもっての外だろ」
沙織が少し息を切らせながら、両手で床に手を着いて体を起こすと、仰向けで寝そべっている俺を見ながら
「トレーニングしながら競争してるんだから、一気に飛び降りるわよね」
悪びれもせず、謝りもしないで言い放った。そして、沙織の汗まみれの長い髪の毛が、ペタペタって感じで俺の顔に触れた。
「わっ、分かったから早くどいてくれ、顔に髪が触れてるぞ」
すると、沙織は口元に笑みを浮かべて
「ほ~れ、ほれほれ~」
上半身を上手く動かしながら、俺の顔に汗まみれの髪の毛を当てて来た。
「やーめてくれー。知ってるだろうー。俺が汗とかダメだって事をー」
「にっしっしっし。知ってるわよ~。だから虐めてるんじゃない」
どうしよう、イヤ過ぎるから思いっ切り沙織をほん投げるかな。って思っていると、汗まみれの直樹が、俺の顔をのぞき込みながら
「楽しそうだな」
って言って、顔の汗を手で拭って俺のほっぺたに擦りつけて来た。
「もう、本当にやめてください」
俺は二人からの攻撃に耐えられなくて、泣きそうになっていた。




