第7話 沙織と麗奈の魔法
朝から降り出した雨は、夕方になっても止むことはなく一日中降り続いていた。
雨が降っているからなのか、外が暗くなるのが早い気がする。
今は停電で照明が使えないから、教室内は徐々に暗くなり始めていた。
窓側はまだ大丈夫だけど、廊下側の席は明かりが無いとそろそろ厳しいかもしれない。
そんな薄暗い教室の窓側、後ろから二番目の席に俺、その後の席に直樹。
窓側から二列目、後ろから二番目の席、つまり俺の隣の席に千春。そして千春の後ろ、直樹の隣の席に麗奈が座って、机に沙織が腰掛けている。
俺は沙織に
「んで、沙織達はどんな魔法が使えるようになったんだ」
「私達は麗奈。直樹にアレやってあげて」
「おっけい、直樹君そのままでいいですからね」
麗奈は直樹に体を向け椅子に座り直した。そして、目をつむり何かに祈る様に胸の前で指を組む。すると直樹の体全体を淡い光が包み込んで、ゆっくりと光が消えた。
沙織がニヤニヤしながら直樹に
「どう、直樹、分かるでしょ」
直樹が目を見開いて、腕や足元を見ながら
「ああ、サッパリした、シャワーを浴びたみたいにサッパリした」
千春が椅子から腰を浮かし、直樹の方へ身を乗り出しながら
「えっ、なにそれってもしかしてクリーン」
俺もクリーンの魔法を知っていたのに、思いっ切り忘れていた。
そして、俺もサッパリしたいので麗奈に
「すげーな、俺もお願いしたいぞ」
「おっけい、克也君もそのままでいてね」
麗奈は俺に体を向け椅子に座り直すと、さっきと同じように目をつむった。そして、胸の前で指を組むと淡い光が俺を包み込み、ゆっくりと光が消えた。
「おおお、本当だ。シャワー浴びたみたいにサッパリしてる」
麗奈と沙織がハイタッチしている。俺達を驚かせる事に成功してご満悦の様子だ。
俺は素直に驚いたので
「すげーな、よくこんな魔法を使えるようになったな」
沙織が胸を張って
「でしょ、でしょ、凄いでしょ」
麗奈は髪を撫でながら
「お風呂は無理でも、せめてシャワーは済ませたいですからね」
沙織と麗奈は体全体を使って嬉しさを表現していた。上下に腕を振って体を右へ左へ揺らしながら、変なダンスを踊っている。
身を乗り出していた千春が、椅子に座り
「そっかあ、クリーンがあったんだよねえ」
「俺もクリーンの事を思いっ切り忘れてたぞ」
麗奈と一緒に左右に揺れながら、沙織がこっちを見て
「クリーンてなんなの」
「ファンタジー作品の中で、体や衣類を清潔に保つための魔法があって、クリーンってのがあるんだよ」
「へー、そんな魔法もあるのね。そっかあ、体だけじゃなくて衣類もかあ。ねえ、麗奈出来そう」
「うん、大丈夫だと思う。体も衣類も一緒に綺麗にするイメージで、魔法を使えばたぶん出来ると思うよ」
千春がなんだかちょっぴり悔しそうな顔をしていたので
「千春もクリーン使えるようになればいいじゃん」
「うん、風魔法よりクリーンを頑張ろうと思う」
左右に揺れるダンスを止めて沙織が
「なに、どうしたのよ」
「千春は火魔法と水魔法を使ってお風呂に入って来たんだ」
沙織と麗奈が目を合わせて何かに気づいたのか
「私は、千春が校舎の窓から火の玉を飛ばしてるのを見てたから、魔法の事を知ることが出来たんだし、こうして私が、魔法を使えるようになれたのは、千春のおかげだよ」
「実際に見てなかったら、半信半疑でこんなに早く魔法を使えなかったと思うよ。だから魔法が使えたのは、千春君のおかげだよ」
「ありがとね、でも僕そんなに落ち込んでる様に見えたのかな。そんな深刻な状態じゃないから。ただ知っていたはずの魔法を思いっ切り忘れてて、そんな自分にビックリした感じだよ。たぶん魔法が使えて興奮しすぎてたんだと思う。いつもならもっと効率の良い行動を取ってたはずだもん」
俺が勝手に千春が悔しがっているって思ってフォローして、沙織達は千春が落ち込んでいるって思ってフォローしたけど、実際は普段と比べて冷静さに欠けている自分に驚いていたのか。
人の考えている事って、やっぱ聞いてみないと分からないもんだな。
麗奈の使える魔法がクリーンって事は分かったけど、沙織の魔法がまだなので聞いてみると
「私はトイレの個室くらいの広さなら、音が外に漏れない魔法よ」
俺が千春を見ると、千春は察したのか
「サイレントだね」
やっぱりサイレントの魔法みたいだ。でも何でサイレントなのか気になったので、沙織に
「そんな防音っていうか、音を遮断する魔法って必要なのか」
「必要よ、必要だから頑張って使えるようになったんじゃないのよ」
沙織は少しムッとした表情で答えるが、何で必要なのかは教えてくれなかった。
すると千春が、ニヤニヤしながら
「女子って内緒話しとか好きだもんねえ」
沙織が呆れた表情で
「違うわよ、使う目的が全然違うわ」
すると麗奈が
「でも、人に聞かれたくない話しをする時には良い魔法かもね」
サイレント魔法の新たな可能性を見つけたみたいだった。
沙織が千春に使う目的が違うと言っているが、その目的ってのが分からなくて俺は首を傾げてる。
沙織は眉間に皺を寄せてこめかみを押さえていた、隣で麗奈は困った表情をしている。
直樹に目配せするが首を傾げている。同じく千春に目配せするが、両手の平を上に向け首を傾げている。
男子はお手上げみたいだ。でも、サイレントの使用目的は特に気にはならないので、俺は他に気になった事を沙織に聞いてみる。
「他にどんな魔法が使えるようになったんだ」
「麗奈はクリーンで私はサイレントだけよ」
麗奈の体を綺麗にしたいって事でクリーンは分かる気はするが、沙織は音を遮るだけの魔法に情熱を注いだのか。
俺は思わず沙織に
「クリーンは分かるがサイレントだけって」
むすっとした表情で沙織が
「なによ、なんか文句あるの」
暗い時に便利な光の魔法を使えるようになった俺は、音を遮るだけの使用目的が良く分からない沙織に対して、ちょっと勝った気分になった。
俺は沙織を見下す感じでライトボールを発動し
「俺は光で夜の闇を、明るく照らす事が出来るのに」
千春に目配せすると、ファイアーボールとウォーターボールを発動させて
「僕は水で喉の渇きを癒し、炎で冷えた体を温めることが出来るのに」
直樹は左右の腕に身体強化を発動し
「ふん」
でっかい力こぶを作った。
「筋肉でっかくする意味ってなんなのよ」
沙織が顔を赤くさせて直樹の腕を指さしていた。
「麗奈戻るわよ、男ってデリカシーが無くてホント子供だからイヤよ」
急に沙織が怒り出して、教室を出て行った。結局沙織のサイレントの使用目的は不明のままだったけど、そのうち分かるのかな。
夜になり暗くなった教室では、俺のライトボールが大活躍し、クラスメイトからは大いに感謝された。
そして、停電発生から三日目の夜は過ぎ、俺達は四日目の朝を迎える。