第69話 山口さん
「ちょっとしんみりさせちゃったね。ごめんね」
と言って、西條さんが話を終わらせてからしばらくすると、沙織達が校舎に戻ると言い席を立ったので、俺達は沙織達と別れて体育館へ向かった。
体育館の中も飲食兼休憩エリアと同じように、笑い声は聞こえないし大きな声で会話をしている人はいなかった。なので、全体的にどんよりとしていて、くら~い感じの雰囲気だった。
壁が剥がれて穴が開いていて、鉄筋が見えている個所があったり、床が壊れて穴が開いている個所とかはあったけど、魔法が使える大人達がクリーンを使ったのか、壁や床に血痕は見当たらなかった。
いつも使っていた俺達の宿舎は、昼間に物騒な連中が暴れていたので、破壊されていた。なので、俺達は手分けして小学校から支給されている、避難生活用の簡易間仕切りと段ボール畳を使って、新しい寝床を作成していた。
千春が段ボール畳を組み立てながら
「僕はいなかたかったけど、結構酷かったんだよね」
直樹が簡易間仕切りを支えながら
「ああ、ヒトガタが沢山いたな」
千春が渋い顔をして
「寝てても大丈夫なのかなあ、金縛りとかになったりしないかなあ」
段ボール畳を押さえながら俺が
「もしそうなったら、俺か直樹を起こせば良いじゃんか」
千春が手を止めると
「金縛りになったら声も出ないし動けないんだよう」
と言い、不安そうな表情をしていた。
すると直樹が
「魔法の刺繍で守られてるから、心配しなくて良いんじゃないのか」
千春が思い出した様で
「そうだった、白沢先生の無病息災があったんだった」
と言って、表情が明るくなった。
直樹も表情を明るくして
「俺とかっちゃんには、千春の準備万端があるから心配はして無いぞ」
と言い、胸を張り胸元の刺繍を千春に見せた。俺は組み立て終わった段ボール畳から手を離し、千春に親指をグッと立てて
「今日もぐっすり眠るぜ」
すると、千春が俺と直樹を見て、少し照れた感じで
「あんがとね」
って言うと、張り切って寝床作りを再開した。
しばらくして俺達の新しい宿舎が完成した。なので、三人仲良く横に並んで寝そべって他愛のない話しをしていた。
気づくと千春が気持ち良さそうに眠っていたので、俺と直樹も寝る事にした。流石に今日は色々あったので、眼を閉じたらあっという間に深い眠りに落ちていた。
〇
「うっちー、うっち~、うっちー」
俺の体を擦りながら誰かが俺を呼んでいる。
「ね~、起きてよ~、うっち~」
誰かが俺を呼んでいる。どうしたんだろうか、分かったからもう揺らすな。
「ね~、お願いだから起きてよ、うっちー」
ん、千春か、分かったから。もう起きてるから。もう俺を激しく揺らすな。
「うっちー、ねえ、うっち~」
なんなんだ分かったから。もう起きているんだから揺らすなっちゅ~の。はあ、面倒くさいなあ。俺は片目を開けて
「どうしたんだあ」
「ごめ~ん、トイレに付き合って欲しい」
ふむ。ちょっと面倒くさいので
「朝まで我慢できないのかあ」
「高校生なのに、おねしょはイヤだよ」
「う~ん、しょうがないなあ」
「ありがとう、怖くて一人じゃムリだったんだよ」
泣きそうな顔をしていた千春に起こされると、眠っている人達を起こさない様に俺達は静かにイレに移動した。
「うっち~、待っててね、どこにも行かないでね」
「あ~、分かったから早く済ませてこ~い」
俺はトイレの出入り口の前で、空いっぱいに広がっているオーロラを眺めていた。
ん~、初めて見た時は幻想的な光景に驚いてずっと見てたけど、何度見ても意外と飽きないもんだなあ。ってな感じで夜空を眺めていたら、校舎裏の方から何かが破裂した様な音がした。
しばらくすると、また音がした。何の音だろう。
何かが破裂した音に聞こえるんだけど、紙袋を膨らませて叩いて潰した時の音にも聞こえるし、風船を割った時の音にも聞こえる。今までにどこかで聞いた事がある音なんだけど、何の音なのか思い出せない。って考えている間にもまた音がした。
音は徐々に近づいて来ている感じだ。
「何の音なの~」
千春にも謎の音が聞こえたらしく、トイレから声を上げていた。
校舎裏を見ていると一人の女性が現れた。辺りを見回しながらゆっくりとこっちに向かって歩いて来る。すると、立ち止まり胸の前で両手を擦り合わせ始めた。そして、校舎のフェンス傍に生えている立木に体を向けると、手を擦り合わせながら指先を立木に向けると手を叩いた。
「なに、なに、何なの~」
って言って、千春が慌ててトイレから飛び出して来た。
ああ、あの音は手を叩いた時に出る音だったのか。でも、何で手を叩いてるんだろうか。
手を叩いていた女性がこっちに歩いて来た。よく見ると午前中に俺と直樹にシイタケの切り方を教えてくれたおばちゃんだった。向こうも俺達に気づいたようなので俺は
「こんばんは、こんな夜更けに何をなさってるのですか」
「あら、野菜の仕込みを手伝ってた子ね」
「はい、あれから教えてもらった切り方で、大量にシイタケを切りまくりました。ありがとうございました」
するとおばちゃんの表情が険しくなって
「ちょっとごめんなさいね」
と言って、手を擦り始めるとトイレの出入り口に指先を向け、また手を叩いた。
「あっ、この音だったのかあ」
と言って、千春が表情を緩めた。
「ごめんなさいね、驚かせちゃったかしら」
千春が顔の横で手をパタパタ振りながら
「いえいえ、大丈夫ですよ~。でも、おばちゃんは何をしてるんですか」
するとおばちゃんは少し困った様な表情で
「ん~、掃除かな」
って言って、頭をポリポリ掻いた。
〇
おばちゃんの掃除はひと段落したとの事なので、簡単に自己紹介を済ませると、トイレの前で立ち話も何だからって事で、俺達は飲食兼休憩エリアに移動した。
流石にこの時間に飲食兼休憩エリアを利用している人はいなかった、そして焚火は消されていたので、明かりは空からのオーロラの光だけで辺りは薄暗かった。なので、千春がライトボールを発動させて、俺達が座ろうとしているテーブル付近を明るくした。
ライトボールを見ながら、おばちゃん改め山口さんが
「凄いわね、便利で羨ましいわ」
「停電になってから出来る様になったんですけどね」
と言って、千春が少し照れていた。
すると山口さんが
「停電してからなのかあ、環境が激変したのも停電が発生してからだから、何か関係があるのかしらねえ」
そう言われてみれば、魔法とかヒトデナシとか説明出来ないような事って、停電が発生してからなんだよなあ。
俺の正面に山口さんが座って、千春は俺と並んで腰かけた。
山口さんが一度大きく息を吸って
「はあ~、学校ってやっぱ広いわね、ちょっと歩き疲れたわ」
と言うと、足を組んでふくらはぎをモミモミし始めた。
「えっと、私がしてた掃除が気になったんだっけ」
俺は頷き山口さんに
「ええ、ちょっと気になってて何してたのかなあって思ってました。でも、もし話しづらい事でしたら無理に話さなくって良いですよ」
と答えると、隣で千春がウンウン頷いていた。
山口さんは足を揉みながら
「夜中に一人で出歩いてるんたんだから、やっぱ怪しいって思っちゃうわよねえ。う~ん、話しづらくは無いんだけど、どこまで話そうか悩んでるのよねえ」
千春が手をパタパタ振りながら
「いや、別に怪しいって思わなかったんですけど、ちょっと気になっただけなので」
ん~、確かに夜中に一人で出歩いて手を叩いていたら、それなりに怪しむもんだよなあ。俺も千春と同じで、そこまで別に怪しいとは思っていないんだけど、やっぱ何をしていたのかは、ちょっと気になるんだよなあ。でも、色々と人には話せない事情ってのがあるのかな。って思っていると山口さんが
「世の中には私達が怖いとか恐ろしいって思った時に生じる感情を、好んで吸収するモノが存在してるんだけど、君達は信じられるかなあ」
と言い、俺達の様子を伺いながら
「あははは、ちょっと難しいかなあ」
と言って、少し頬を引きつらせながら山口さんは俺達の返事を待っていた。




