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第64話 直樹のツノ

 沙織が大人達と揉めていたので、俺は沙織の腕を掴み


「ここは、大人達に任せて俺達は少し休むぞ」


 と言って、歩きだした。直樹を見ると頷いて着いて来た。


 沙織が俺に腕を引っ張られながら


「急に何なのよ」


 と言いながらも、歩き始める。


 体育館の壁まで移動すると沙織が不貞腐れた表情で


「どうして任せるのよ」


 俺は近くに人が居ない事を確認して


「そんな事より、直樹を見てみろ」


「何なのよ」


 と言って、沙織がムスッとした表情で直樹を見ると、直樹がおでこを指さして


「角が生えたぞ」


 沙織が目を見開いて


「何それ、触っても良い」


 直樹が返事をする前に角を摘まんだ。


「どうしたのコレも魔法なの」


 直樹が角を摘ままれながら


「いや、気づいたら生えてた」


 沙織が直樹の角を指ではじくと


「痛みとかって感じるの」


「いや、痛みは無いな、でも振動は伝わって来るぞ」


「ふ~ん、そうなんだ。その角は引っ込まないの」


「ちょっと、押し込んでみてくれ」


 沙織が直樹の角を摘まんでグリグリ押し込もうとしている。


「いや待て、痛いぞ」


 と言って、直樹は沙織の腕を掴んで角から引き離し、角の根元を擦りながら


「さっき摘まんで毟り取ろうとしてみたんだが、根元が痛むから止めたんだ。今回も根元が痛むぞ」


 沙織が口元を手で押さえながら


「ぷっ、それってもう完全に生えてるんじゃん」


 直樹が渋い顔をして


「だよな、生えてるよな」


 沙織が笑いを堪えながら


「でも、格好良いからオッケーでしょ。千春に見せたら絶対に喜ぶわよ」


 親指をグッと立てた。


 直樹は角を撫でながら苦笑すると、真顔になり


「オニ型を駆除しくれてありがとな」


「なっ何よ、急に」


 沙織は急に雰囲気が変わった直樹に、少し戸惑った様子で


「足を掴まれて危ない感じだったから、当然でしょ」


 直樹が俺に目配せして来たので


「ああ、駆け付けた時に床に頭を何度も叩きつけられていた」


 そういえば、叩きつけられていた人は、さっき沙織が言い合っていた人達の内の誰かだったのかな。


 すると直樹は真剣な表情で


「沙織は駆け付けて来た時に俺の状態って見てたか」


「血だらけで左腕がマズイ感じだったわよね」


 直樹は一度頷くと


「避難者達を守るのに必死で気づいたら体中傷だらけになってた」


 沙織は眉間に皺を寄せて顎を引くと、直樹の左腕や体を見回した。心配そうな表情をする沙織を見て、直樹が


「かっちゃんに傷は治してもらったから、もう大丈夫だ」


 直樹が表情を緩ませると、沙織も表情が柔らかくなった。すると、直樹が体育館の隅に集められているヒトガタをみながら


「警察や消防の人達と必死になって、斧や鉄パイプを持って暴れてるヤツ等や、刃物を振り回して襲って来る連中を撃退しようとしたが、中には間に合わない人達もいた」


 体育館の隅に目を向けると、衣類が破けて血だらけ状態のヒトガタが大人達に抱えられて、既に横たわっているヒトガタの隣に寝かせれていた。そして、ロープで縛られたヒトガタの近くで泣き崩れている人や、座り込んで泣いている人達もいた。


 直樹は体育館の隅の方で憔悴し、疲れ果てている避難者達を見て


「あそこで休んでる人達は、その時の惨劇から逃れる事が出来た人達だ」


 膝を抱えて震えている人がいたり、瞬きもしないで床だったり壁だったり、何処か一点だけを、ずっと見つめているだけの人がいたり、どう見ても普通の精神状態では無い人達が肩を落として座り込んでいた。知り合いなのか、肉親なのか、肩を寄せ合って震えている避難者達を見て、沙織は表情を曇らせていた。


 そして、直樹が怪我の治療をされないままで、ロープに縛られている人達を見ると


「俺達から受けた傷かもしれないし、ヒトデナシにやられた傷なのかもしれない」


 顔を腫らして鼻血を出して縛られているヤツや、頭から血を流して横になっているヤツもいる。中には明らかに腕や足を骨折しているって分かる怪我を負っているヤツもいた。沙織が何とも言えない表情で、苦痛に顔を歪ませながら縛られている人達を見ていた。そんな沙織に直樹が


「怪我をして弱っているかも知れないが、今後どうするのかは、ここにいた人達に任せて良いと俺は思ってる」


 沙織は直樹を見て俯くと、床を見つめて何か考えている様子だった。


 確かに、今回に関してはどんな行動が正しいのかって判断が難しいと思う。目の前に怪我人がいたら傷の手当てをするのは当然って思うけど、その怪我人に実は襲われて命の危険に晒されていたり、その怪我人が実は目の前で大切な人を傷つけ命を奪った人物だったら、当事者は当然ハラワタが煮えくり返っている心境だと思う。とてもじゃないけど、そんなヤツの怪我を治そうって思えるほど、心は穏やかでは無いはずだ。


 なのに、何も知らない部外者が、酷い事をされて簡単には許す事の出来ない最低な事をしたヤツの傷を治してしまったら。まだ気持ちの整理が出来ていない当事者達は、傷を治した人の事も、許す事が出来なくなってしまうかも知れない。なので俺は


「俺も直樹と同じ考えだ、ここにいた人達で対応してもらう方が良いと思う。もし直樹に何かあったら、俺はここにいた物騒な連中を、自分で確実にどんな手を使ってでも、全滅させてたと思うしな」


 沙織が深く息を吸い、ゆっくりと息を吐くと


「難しいね。さっきまでは早く傷の手当てをしないとって思ってたのに、周りの人達の心境を考えると、手当てなんてしなくて良いって思っちゃったよ」


 沙織が怪我の治療をされないままロープに縛られている人達を見ながら


「でもね、心の片隅では怪我して苦しんでるんだから、たとえ悪い事をしてたとしても、手を差し伸べるべきなんじゃないかって、思ったりもする」


 そして、直樹を見ると


「でね、もし直樹があいつらのせいで命を落としてたらって考えると、絶対に傷なんて治してやるもんかって思っちゃう。難しいね、やっぱ正解が分からないや」


 と言って、一度頷くと


「私なりに考えた結果、冷たい言い方かも知れないけど、私達の直樹はとりあえず無事だったんだから」


 体育館内を見回して


「もう、後の事はここにいた人達に任せちゃって、麗奈達の所に行こうと思う」


 と言って、直樹を見ると


「でも本当に直樹に何も無くって良かったよ」


 すると、直樹が頭を突き出して


「いや、角が生えたけどな」


 思い詰めた感じの表情をしていた沙織だったが、表情が柔らかくなって口元に笑みを浮かべると、直樹の角を摘まんで思いっ切りグリグリ押し込み始めた。


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