第58話 思考に浸る
飲食兼休憩エリアで沙織達と、小田先生が病院で囚われていた時の話しを聞いた。かなり気持ちが悪くなる内容の話しだった。
小田先生が言うには、自分は医者だったから何とかなったって話しをていたけど、俺には医者とか関係なく、小田先生だったから乗り越えられた出来事だったんじゃないのかなって思ったし、小田先生の物凄く前向きな考え方に驚いた。
「でもね、救出されて学校で今の状況を聞いた時は、一瞬血の気が引いて倒れそうになったわよ。寒気はするわ、変な汗はダラダラ出て来るわ、動悸は激しくなるわで、もうビックリし過ぎてバイタルが安定しなくて不味かったもの」
そう言って、小田先生はお茶を一口飲むと
「だってさ、最先端の医療を使って体中を再生しようと思ってたのに、電気の復旧のめどは立っていないし、連絡手段も無いから情報収集も出来てないって言うじゃない。まさか世の中がそんな事態に陥ってるだなんて知らなかったからねえ。もし川内君の魔法がなかったら、私は体中がボロボロの状態のままで生活してたかも知れなかったんだよ。そう考えると私の胸に顔を埋めるくらい、どうって事はないんだよね」
すると沙織が少し表情を引きつらせながら
「だとしても」
と言って、麗奈を見る。すると麗奈が
「胸じゃなくても」
って言うと、西條さんを見る。西條さんが
「旦那さんもいらっしゃる事ですしい」
と言って、女子三人が複雑な表情を浮かべていた。
小田先生は笑いながら
「あ~、別に私の体は旦那の物じゃないんだし、この体は私の体なんだから好きに使うよねえ」
すると麗奈が
「でも、旦那さんが知ったら怒るんじゃありませんか」
小田先生が顔の横で手を振りながら
「あ~、それはないね。ご褒美の経緯を話したらたぶんうちの旦那なら、川内君の気が済むまで好きなだけ揉ませてあげなさいって、言うと思うよ」
沙織が驚いた感じで
「もっ揉むって。そんな事いっちゃうんですか」
小田先生が笑顔で
「他の家庭はどうか知らないけど。うちはそういう感じなのよ」
すると西條さんが首を傾げながら
「なら、仕方ないですね。小田先生の気が済むまで、川内君にご褒美を提供してあげて下さい」
う~ん、結果的に胸に顔を埋める事には変わりないんだけどなあ。つまりアレか、学校を風邪で休むのは許されるけど、遊びたいから休むって言ったら許されないみたいな、結果が同じでも納得の出来る理由があるならば、許されるちゃうってヤツなのか。
でもまあ、これで女子達の目を気にしないで、小田先生の胸を堪能出来る事が決定した訳だけど、旦那さんがいるって分かると、何だか旦那さんに申し訳なく思えて来るなあ。
本当に俺はこれからも、小田先生の胸を堪能しちゃって良いのだろうか。
〇
沙織と麗奈と西條さんは、食べ終わったお皿やお椀を片付けると、校舎には戻らず警察の武田さんから頂いたティーシャツに、エンチャントさせる言葉を何にするか、話し合っていた。
小田先生は何か考え事をしているのか、難しい顔をして腕を組んだり顎に手を当てたりして、チョコチョコ姿勢を変えながらウンウン唸っていた。
俺はテーブルに頬杖をついて、飲食兼休憩エリアでくつろいでいる人達を眺めたり、空に浮かんでいる雲を眺めたりしながら、いつもみたいに何か考えている様で実は何も考えていない、そんな感じの時間を楽しんでいたいのだが、今はいつもの様にぼ~とした感じにはなれなかった。
多分さっきまで小田先生から色々な話しを聞いたからだと思うんだけど、頭の中で色んな事を考えちゃって何が正解なのか、どんな行動が正しいのか色々と考えているんだけど、上手く考えが纏まらなくて気づくと同じ思考の繰り返しになっていたりする。
面倒くさいから思考を止めてしまえば良いのだけど、もう少し思考を続ければ、なんだか良い答えが見つかりそうな気がしていた。だから俺はどっぷりと思考に浸っていた。
しばらくすると小田先生が両腕を上げて、う~んと言いながら背中を伸ばすと
「どうもブラしてないと落ち着かないわね、患者も気になるから校舎に戻るわ」
と言って、席を立った。
すると、女子三人が話しを止めて、西條さんが席を立ちながら
「あっ、私達も戻ります」
沙織も席を立ち俺を見ると
「じゃあ、うちらは戻るわ」
と言って、両手を腰に当てて背中を伸ばしてストレッチを始めた。
麗奈も席を立ち椅子を元に戻しながら
「また、後でね」
と言って、女子三人も小田先生と一緒に校舎に向かった。
俺は女性陣を見送ると、再び良い答えが見つかりそうな予感のする思考に浸り始めた。
いつもはただぼ~としていたりするだけだけど、たまに答え探しで底が見えない思考に浸って、色々と考え込んだり思い悩んだりしていると、その時には考えていなかった全く関係の無い出来事や、何かの本で読んだ事柄について、急にそういう事だったのかって理解出来たり、不意にこういう事だったんだなって閃いたりする時がある。
そんな時に俺は、数値化は出来ないんだけど、確実に今レベルが上がったんじゃないかって思えてウキウキして来る。
それに自分が理解出来なかった物事の本質というか、根本的な部分に気づけた時の嬉しさみたいな感覚や、理解出来なかった事柄の本当の意味というか、価値に気づけた時の喜びの様な感覚が好きだったし、今までよりも物事の見方や考え方が広がった様に思えて、急に視界がクリアになった様な感覚も好きだった。
だから俺はその時の気分にもよるけど、新たな気づきでレベルアップの喜びを噛み締めたいって思ったり、何気ない思考の先に何か答えが見つかりそうな予感がする時は、どっぷりと思考に浸ったりしていた。
飲食兼休憩エリアで休んでいる人達の会話が耳に入って来るけど聞き流し、時折俺の頬を撫でて来る緩やかな風の流れを感じながら、俺は再び思考に浸り始める。
こうしてテーブルに頬杖をついて思考している間にも、俺が一度も訪れた事のない地域で、一度も会った事のない人達が息を引き取っている。
当たり前の事だけど、停電が発生する前から、俺の知らない場所で俺が会った事もない人達が、寿命だったり病気だったり事故だったり、他殺だったり自殺だったり。朝も夜も、春も秋も変わらず何処かで、誰かが息を引き取っていた。
停電してから病院にいた人達だってそうだ、昨日になってやっと救出されたけど、俺達が学校の教室で乾パンを食べている間に、医療機器が止まって息を引き取った人達がいた。
俺達が、学校で暇つぶしに魔法で遊んでいる間に、病院で息を引き取った人達がいた、ヒトガタに拘束されて衰弱する人や、ヒトデナシに捕食されてしまった人もいたはずだ、そして感情を引き出す為に酷い事をされ続けていた人達もいた。
多分だけど、病院での出来事を知らなければ、こんな事を考えたりこんな気持ちにならなくて済んだのかも知れない。家族や友人、そして知り合いがそうなってしまったら、自分の周りがそうなったらって深く考えると、胸が痛むし目と鼻の奥がジーンと痛くなって来る。
でも、俺と関わりのない病院の人達に対してだと、胸は痛くなるけど、鼻の奥が痛くなる程ではない。
病院で酷い事をされた人達は、奥さんや娘や孫に会うまではどんな事をされても頑張るって言っていた。でも、俺にはどんな状況になっても絶対に会いたいって思える人は、まだ存在していない、強いて言えば家族と友人くらいだ。
もし俺が、あの病室で小田先生がされていた事と同じ事をされていたら、肉体や精神への痛みから逃れる為に、生きる事よりも死を選んでいたと思う。
色んな事を知る事で、自分自身が成長出来る喜びはあるけれど、色んな事を知る事で、自分自身がツライ気持ちになるのなら、目や耳を塞いで何も知らないままでいた方が良いのかな。だから「知らない方が幸せ」って言ったりするのかな。
思考にどっぷり浸かる事で、何か良い答えが見つかりそうな予感がしていたんだけど、今回の予感は外れたみたいだったな。って感じで考えをまとめていたら、突然テーブルが倒れて俺も一緒に倒れそうになった。
見知らぬオッサンが走り去って行った。どうやらオッサンがテーブルに体をぶつけていたみたいだ、そんなに急いで何処に行くんだろうか。
気づくと飲食兼休憩エリアが騒がしくて、色んな人達が走っていた。
何事かと思い周りを見てみると、バットや鉄パイプを持ったヤツ等が学校に侵入していた。
逃げ惑う人達を手当たり次第に、凶器を使ってぶん殴ったりうずくまっている人を凶器で殴打している連中がいた、刃物を使って斬りつけているヤツもいる。
俺は深く考え込んでいたので、全く周りの音が耳に届いていなかった。
昇降口付近では、地面に倒れている人に乗っかって、刃物を突き刺しているヤツもいた。調理エリアでは、鉈を持ったヤツに追い掛け回されている人もいた。
恐ろしい事に、威嚇の為に凶器を使っているのではなく、ここにいる連中は確実に危害を加えるか相手を葬り去ろうとしていた。
安全だと思っていた小学校が、突然罵声や悲鳴の飛び交う、凄惨な場所へと変わり果てていた。




