第56話 秩序が保たれた世界
「これは、可能性の一つとして聞いて欲しいんだけど。もし電気が復旧しなかったとしたら、今後、川内君が考えている以上に人の命の重さやら尊さとかが軽視されて、人々は生きる為に何の躊躇も無く殺し合いを始めるよ」
突然、人々が殺し合いを始めるだとか、急に物騒な話しになったぞ。
「人ってね物質的にも精神的にも余裕があれば、自分や周りと比べて程度の低い状態の人に対して優しくなれるんだけど、あっ、もちろん人によっては考え方が違って、劣ってる人を見て優越感に浸って喜んでる人もいるけど、今はそんな人達の事は放っとくとして」
小田先生が何を言いたいのか、俺はまだ察する事が出来ていないので静かに耳を傾ける。
「このままだと、この学校もそうだけど確実に食糧不足に陥るんだよね、そうなると人々は生きる為に食べ物の奪い合いを始めるよ」
飲食兼休憩エリアで休んでいると、小田先生が出来るだけ早く両親に会いに行く様にと勧めて来た。でも急に物騒な話しになったので俺は困惑していたけど、どうやら近い将来、色んな人達が殺し合いをしてでも食べ物の奪い合いが始まるって事なのかな。
「でね、自分の空腹を満たす為だけなら、良心との葛藤が生じて思い留まる人もいるかも知れない、でもね、自分の子供や家族の為に食べ物が必要ってなると、人って行動を起こすにあたって自分自身の正当性を主張する根拠があったりするから、不思議とどんな人でも邪魔な物を排除して食べ物を奪い取ろうとするんだよね。もちろん思い悩んだりもするだろし後悔もするんだろうけど、食べないと生きて行けないんだから、最終的には相手を殺してでも食べ物を奪っちゃうんだよね」
何か極端な感じもするし、そう簡単に人って誰かを殺めたり出来るもんなのだろうか。理解に苦しむので俺は
「ちょっと、話しが飛躍し過ぎな様な気がして、俺にはそこまで殺伐とした状態にはならないって思うんですけど」
「ヒトデナシっているじゃない、アレって感情の変化が影響してるかもって話しでしょ」
俺は素直に頷くと、小田先生は続けて
「極端過ぎる身勝手な行動や自分本位の考え方で変化したり、目の前の理不尽な状況にブチ切れて変化したり、良心の呵責に苛まれて変化したりね。変化する感情は様々だけど、食べ物の奪い合いが原因で変化する人達って、た~くさん出て来ると思うのよ」
まあ、食べ物じゃ無くても色んな状況で感情は変化するから、気づかないうちに、いつの間にかそこら中がヒトデナシだらけになっちゃうかもだな。
「それに、息を引き取るとヒトガタに変化して生存者を拘束して来るじゃない。食べ物は無くなって行くし、電気も車も使えなくて生活は不便だし、化け物には襲われるし、息を引き取った身内も襲って来るしって感じで、生きている人達はどんどん物質的にも精神的にも余裕が全く無くなるのよね」
確かにそう言われてみると、何となく、これからはやたらと面倒くさい世の中になりそうな気がするし、改めて参ったなあって思っていると小田先生が
「一般的に悪事を働いた人ってどうするんだっけ」
「えっ、刑務所で生活するんじゃ無いんですか」
「うんうん、そうだよね。じゃあさ、そこで働いてる人達の食料が無くなったらどうなると思う」
「えっ、家から弁当を持って行くとか、コンビニで買えば良いんじゃ無いんですか」
何故に突然、刑務所の話しなんだ。さっき話していた内容って何だったっけってなるから。コロコロ話しが変わるとついて行けなくなるんだよなあ。って思っていると小田先生が
「家にもお店にも食べ物が無かったら、どうなると思う」
「う~ん、仕事は休んで食材を探しに行くのかなあ」
「そうだよね、食べ物を探さないと生きて行けないんだから、自分や家族の為にも仕事なんて行ってられないよねえ。そしたら刑務所で働く人達が居なくなっちゃうね」
ダメだ、小田先生が何を言いたいのか察する事が出来ない。とりあえず、静かに耳を傾けておくかな。
「後は、服役中に心を入れ替える為とか自分の罪の深さを知る為とか、た~くさん理由はあるんだと思うんだけど、食べ物が無くなったらそこにいる人達はどうしようかね」
う~ん、刑務所って凶悪な犯罪者とかもいるんだよな。何も与えないってなると問題だけど食べ物が無いんだもんな。檻から出しちゃうのかなあ。
小田先生は腕を組んで
「先ず大前提として自分自身が不自由なく生きて行ける状態である事、そして人に分け与える位に物が余っている事、この二つが整ってないと世の人達は秩序を保つ事が出来なくなるんだよね、それに法律や規則とかモラルだとかは、秩序が保たれてる事が前提で成り立つシステムだしね」
つまりどう言う事なんだろうか、全く話しが何処に向かって進んでいるのか分からないぞ。
「今までって、大小様々な不平不満はあったかもしれない、もちろん人によっては受け止め方が違うから、そんな事でって思う様な事だったとしても、当事者はそれこそ自害するくらいの不満だったりもする。けどね、今までは、それなりに平和な世の中だったんだよね」
小田先生はお茶を一口飲んで
「誰も手を差し伸べてはくれない、何もしなかったら野垂れ死ぬしかなくなる。だから奪わないと生きて行けない。今まで悪い事をして捕まってた人達が野放しになってるし、化け物もウロウロしてて襲って来る。自分や家族を守るのに必死なのに、他人の事なんて気に掛ける余裕は無くなるよね。そんな世の中で今まで通り、命の重さや尊さを尊重して生活が出来るのかな」
う~ん、ここまで色々と小田先生が話してくれたけど、何となく殺伐とした世の中になっちゃうってのは分かる気はするけど、やっぱり食べ物の奪い合い程度で人が誰かを殺めるってのはちょっと大袈裟に聞こえるんだよなあ。って思っていると
「そもそも、いつまでも変わらず炊き出しが続くって思ってたらダメだからね。川内君達はまだ学生だから何もしなくても、家に居ればご飯が出て来る生活だったから当たり前過ぎて気がつかないかもだけど、働きだしたら自分で食事の管理をするんだからね。今までだったら、進学して就職して家を出て親の有難みを実感して、親に改めて感謝したりして、徐々に精神的に大人に成長して行くんだけど、状況が変わりつつあるからね」
小田先生が一度ため息をついて
「こんな言い方をしたら気分を悪くしちゃうかもだけど、川内君は確かに同年代と比較したら考え方とか雰囲気は落ち着いているかも知れない。けど、所詮まだ十六年しか生きてないし、ずっと両親に大事に育てられてるから、世の中の汚い部分をまだ見た事がないだろうし経験するらして来てないと思うのよね」
確かにまだ高校生だから両親と一緒に暮らしているし、世の中の汚い部分って言われても正直良く分からない。
「それに人間のイヤな部分とかは社会に出てから色んな場面で、受け止めたり躱したりしながら、色んな経験を重ねて人間の醜さを理解して、徐々に成長して行けば良いんだけど、これからは、今までみたいに段階を踏んで成長して行くって事が出来なくなると思うのよ」
電気が復旧しなかったら今迄みたいに、大学へ進学とか会社に就職とかが出来ない世の中になるぞって事なのかな。俺は何の根拠も無いけど、そのうち電気が復旧して時間は掛かるかも知れないけど、元の生活に戻ると思うんだけどな。
小田先生は何をそんなに心配しているんだろうか。ちょっと理解に苦しむなって考えていると
「さっき話した事は、可能性の一つとして覚えておいてね、本当はもっと色々と人間がどんだけ汚い生き物なのかを知ってもらいたいんだけど、いっぺんに話しても覚えられないと思うからね」
と言って、片目をパチッと閉じた。俺は、何でここまで親切に色々と話しをしてくれるのか気になったので、聞いてみると
「そりゃ~、川内君がボロボロになった私を助けてくれたからよ。それにね、色んな物の見方や考え方があるって事を知る事で、迷った時の判断材料にもなるから年下には年上の経験や考え方を押し付けるのでは無く、参考例として成功例や失敗例とか体験談を話しておく使命があるって、私は思うのよね」
そっかあ、小田先生を助けた事は成り行きでそうなっただけなんだけど、参考例を話す使命ねえ、確かに色んな物の見方や考え方を知る事が出来るので、俺としては話しを聞けるのは本当にありがたい事に思える。だから
「どうも、ありがとうございます」
と言って、頭を下げた。すると小田先生はニコニコしながら
「後は、いつでも胸を貸すから必要になったら言ってね~」
って言いながら、肩と一緒に胸をゆらしていた。
俺は小田先生の胸元の香りを思い出して、顔が赤くなりそうになるのを必死にこらえようとしたが無理だった。
赤くなった俺を見て小田先生が
「お~、少年、赤くなってるぞ~」
と言って、更に動きを加速させて肩と胸をゆらしまくる。
「ほ~れほれ~」
ん~、目の保養になるけど、赤くなった顔を見られているのは恥ずかしい、でも、もう少しプルプルしている胸も鑑賞していたい。困った、恥ずかしいけど見ていたい、とても複雑な心境だって思っていたら
「鼻の下が伸びてるわよ」
「ちょっと、情けない顔ですね」
「やっぱりオスなのね」
沙織と麗奈と西條さんが、冷たい眼差しで俺の事を見ていた。




