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第54話 人の感情

 お昼の時間が過ぎたからなのか、学校の校庭に設けられた飲食兼休憩エリアで食事をする人達の姿はだいぶ少なくなって来ていた。


 俺は昨日ヒトデナシを駆除しまくった病院に勤務していた、小田先生と飲食兼休憩エリアでお話中だ。年上でしかも医者である小田先生と、何を話したら良いのか緊張していると、何の脈略も無く突然プラシーボ効果の話しをして来た。


 俺は今まで聞いた事が無かった話しだったので、そんな事があるんだなあ。って感じで新しい知識を得られた事で得した気分に浸っていた。


 すると小田先生が


「じゃあさ、有名店の料理とそこら辺のお店の料理だったら、川内君はどっちのお店が美味しいと思うかな」


 えっ、いきなり料理の話しですか。まあ、俺としては年上の人とどんな話をしたら良いのか悩んでいたので、話しを振って貰えるのはとても助かるので


「えっと、有名なお店の料理ですかねえ」


「だよねえ、じゃあさ、君が好意を向けてる人が作った料理と、見ず知らずのそこら辺にいるオッサンが作った料理だったら、どっちの料理が美味しいと思うかな」


「やっぱり、好きな人が作った料理ですかねえ。てか、オッサンの料理は食べたくないので勘弁させてもらいたいです」


「じゃあさ、そのオッサンが実は有名店の料理長だったって知ったら、どう思うかな」


 俺は少し考えて


「有名店の料理長が作った料理なら美味しいだろうから、食べてみたいって思うかも知れませんね」


 小田先生がウンウンって頷くと


「さっきの質問に戻るんだけどさ、君が好意を向けてる人とオッサン料理長とだったら、どっちの料理が美味しいと思うかな」


「ん~、やっぱり好きな人の料理になるのかなあ」


 小田先生がニヤニヤしながら


「え~そうなの、オッサンは有名店の料理長でプロなんだよ、それなのに君が好意を向けている人の料理の方が美味しいと思っちゃうのかな」


「う~ん、確かに本職の人と比較しちゃうと味は劣るのかも知れませんが、好きな人が作ってくれた手料理って思うと、そっちの方が美味しく感じちゃうと思います」


「貴重なご意見、ありがとう」


 小田先生は顎に手を当てて、ウンウンって頷きながら考え込んでしまった。


 何の話だったのかは不明だけど、確かにそこら辺を歩いているオッサンが、実は超有店の料理長だって事もあるんだよなあ。ただのオッサンだと食べたく無いけど、実はプロだって言われると食べてみたいって興味が湧いて来るから不思議だ。


「昨日さ、救助されてから学校でお粥を頂いたんだけどね」


 えっ、今度はお粥の話しなの、料理繋がりで何か話しがあるのかな。


「今までの人生で最高に美味しいお粥だったんだよね」


 昨日食べたお粥の味でも思い出しているのか、小田先生は目をつむってウンウン頷いていた。


「病院にいた時は、栄養補助食品や栄養補助飲料で空腹を満たしてたし、状況によっては静脈栄養も視野に入れてたんだけどさ、とにかくまともな食事を取ってなかったんだよね」


 普通の食事は出来なくても、病院には色々な物があったのかな、静脈栄養とかってちょっと良く分からないけど、後で西條さんにでも教えてもらうかな。


「後は六階で色んな事をされて、ボロボロだったって事も関係してるのかもだけど」


 俺は囚われていた人達が実際にどんな酷い傷を負っていたのかは、しっかりとは見ていないから分からないんだよな。近づくとヒトガタが動き出しそうだったからな。


 ん、ちょっと待てよ。昨日病棟の六階で男性二人と女性との会話で、オダって名前が出てた様な気がするけど、もしかしてあの病室には小田先生が居たのかな。


「体の傷が治って無事に保護されて、久しぶりに温かい料理を食べられるんだ。ひゃっほ~って感じでお粥を食べたんだけど、高価な食材ではなくて普通の食材を使って作ったお粥なのに、最高に美味しかったんだよねえ」


 う~ん、ちょっと、小田先生が何を言いたいのか、話しについて行けなくなって来ているぞ。結局何を言いたいんだろうか。


「そう考えると、味覚って結構いい加減なんだと思えるよね。だって食材の良し悪しで美味しさが決定するでもなく、食べる人の感情で味が左右されちゃうんだから」


 小田先生は俺を見て笑顔になると


「さっきの質問でさ、プロの料理よりも好意を向けてる人の料理の方が美味しく感じると思うって答えたじゃない、あれって料理に対して完全に川内君の感情が移入してるって事でしょ。私も昨日食べたお粥は最高に美味しく感じたからね。だからさ、人の味覚ってそんだけ感情で左右されちゃうって事だと思うのよ。つまり感情って人体に及ぼす影響が大きいって事なんだけど」


 あ~、なるほど。さっきの質問はこの話の流れで必要だったのね。


「でね、相手が自分に向けて来る感情が心地良くて、尚且つその感情をエネルギーに変えて食事をしなくても良くなったって言ってたんだよね」


 いきなりまた話しが変わったぞ。


「どういう原理なのか不明だけどさ、今ってヒトデナシやヒトガタが現れて、更には魔法が使える世の中になってて、魔法に関してはイメージと想像力で使う事が出来ちゃったりするんでしょ」


 小田先生が顎に手を当てて眉間に皺を寄せると


「魔法で傷を治せるとかって、反則よね。もう私の仕事が無くなったも同然でしょ」


 今度はほぼ失業が確定した事に対して不満を漏らし始めた。


「私は彼の担当医でもないし、カルテを見たわけじゃないけど、たぶんクローン病を発症していたんだと思うのよ」


 彼って、昨日の病棟の六階にいたスウェットを着たお兄さんの事かな。


「普通に食事を摂取する事が困難だったから、普段から物凄く願ってたんでしょうね、そしてその強過ぎる思いが叶って、何故か食物からの養分摂取ではなく、感情を養分にして活動する事が可能な肉体に変化してしまったのかもね」


 俺の頭の処理能力が低いのか、小田先生の処理能力と言うか回転が速いのか、話しが色んな広がり方をするから、ちょっとついて行く自信がないぞ。


 小田先生は昨日のスウェットを着たお兄さんが言っていた、肉体の変化はイメージと想像力で変化してたんじゃなかろうかと、推測しているのかな。


「感情っていうか、人の思いは今の科学じゃ計測出来ないけど、もっと科学や技術が進歩すれば数値化や可視化が出来るのかも知れないし、それこそエネルギーに変換する事も可能なのかも知れない。植物にも感情があるかもしれないって何かの本で読んだし、食材に罵声を浴びせ続けた状態と、感謝の言葉や褒め言葉を言い続けた状態を比較したら、罵声を浴びせ続けた状態の食材の方が、痛みが早かったって話しも聞いたことがるのよ、早いとこ科学が進歩して感情が食材に与えた影響を解明して欲しいわよね」


 感情かあ。確かに敵意を向けられると警戒しないとって肌で感じる事もあるし、何故か傍にいるだけで心地良い人もいるもんな。いや、それは感情とはまた違うか。でも目に見えないけど相手の機嫌が良いとか悪いとか、雰囲気とかなら何となく分かる気がする。


 スマホ画面のアンテナじゃないけど、電波みたいに可視化出来たら、今は相手の機嫌が悪いから話しかけない方が良いとかって分かって、人付き合いとかがラクになるかも知れないな。


「イヤな事は今は考えないとして、例えば人の役に立ったり、手助けをしたりして、感謝されたりすると、心が満たされて心地良い気持ちになるでしょ、この心地良い感情を養分にして生活出来たら素敵じゃない、別に感謝じゃ無くても、楽しい話題で盛り上がって笑ったりでも良いわよ、何か目的を達成した時の達成感でも良いかもね。生きていると色んな感情が湧いて来るんだから、その感情をエネルギーに変換して生活出来たらって考えるとワクワクしてこないかしら」


 なるほどね~。感情をエネルギーに変換かあ。出来る訳がないだろって思うけど、昨日のスウェットを着たお兄さんは出来ていたっぽいんだよなあ。


「私、思ったんだけどさ、幸福感とか達成感とかって体を動かす為の養分では無いけど、目標に向かう為の原動力だったり、何かアクションを起こす時の切っ掛けになってたりするでしょ。そうやって考えると、ある意味感情が体を動かす為の養分って言うかエネルギーになってるって思えるから、ちょっと面白いわよね」


 やっぱ大人だからなのか、発想力と言うのか着眼点とでも言うのか、考え方が違うよな。俺にはそんな考え方と言うか物の捉え方は出来なかったなあ。


「それに人類が食物からのエネルギー摂取を必要としなくなれば、世界中の争い事の半数近くが無くなるかもよ、だって殆どの地域が食料不足で争ってるんだからさ」


 いや、世界の平和については怒られるかも知れないけど、どうでも良いんだよなあ。自分の周りが平和ならそれだけで十分なんだよなあ。


「そして、さっき話したプラシーボ効果ね。人体って思っている以上に心と結びついているから、思い込みもそうだけど、必ず変化出来るって思う気持ちを強く持つ事で、例えば内臓の機能や麻痺して動かなくなった手足の機能とかを、意思の力で動かせる様に変化させる事も可能なんじゃ無いのかしら、原理は不明だけど魔法が使える世の中になってるんだからね」


 すると小田先生が突然


「あっ」


 何かに気づいた様子で俺を見ると


「もしかして魔法と言われてる現象って、本当は昔っから知覚するやり方や使い方があって、知ってる人達やちゃんと教えてもらった人達は、普通に使えるのかも知れないわよ。なんせおとぎ話や童話になるくらい、何気にみんな知っている事だもんね。でも、観測したり数値化したりする事が現代科学ではまだ出来てなくて、殆どの人達は知覚する事すら出来ないから、作り話の世界にだけ存在する現象になっちゃてるのかも知れないわね」


 あ~、そう言われてみれば、俺と千春にお馴染みのファンタジー作品だけじゃなくて、世界的に昔っから魔法にまつわる話しって沢山あるな。


 小田先生が顎に手を当てて頷き


「あるいはテレビやスマホみたいに、段階的に色んな事が解明されて行って、技術の進歩を繰り返しなが徐々に魔法が各家庭や個人に普及して行ったのかも知れないわね。だけど、何かの拍子に誰でも急に魔法が使える様になってしまったんじゃないのかしら」


 魔法に限らず、さっき話していた人の感情だって、もっと科学や技術が進歩すれば数値化や可視化を出来るのかも知れないし、遠い未来の話しになるのかもだけど、エネルギーに変換する事も可能になるのかも知れない。


 小田先生の色んな考え方にスゲーなって感心しながら、聞いた話が現実にあり得るのかも知れないって、妙な説得力を感じながらウンウン頷いている小田先生に


「確かに何でかは分かりませんけど、急にイメージと想像力で魔法が使えちゃってますもんね。頑張れば肉体を変化せて、心地良い感情をエネルギーに変換する事が出来るのかも知れませんよね」


「あっ、ほら、昔っから言うじゃない、仙人は霞を食べて生活してるって。あれって色んな修行をしながら意思の力で肉体を変化させて、私達では摂取出来ない物質から、エネルギーを摂取してるんじゃないのかしら」


 小田先生はウンウン頷きながら小声で


「絶対にそうよ、仙人は肉体を精神力で変化させたのよ」


 って言いながら、急に閃いた仮説に対して詮索している様子だった。


 俺は仙人って言われて、亀の甲羅を背負って若い女子の事が大好きな、戦闘能力の高いスケベなお爺ちゃんの事を思い浮かべていた。


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