第51話 病院からの避難者
俺と直樹は調理エリアの人から、校舎裏に集められたペットボトルのゴミを潰して欲しいと頼まれた。なので、俺達は炊き出しが出来上がるまでは、ペットボトルを潰す作業をしていようと思っていたが、西條さんが手伝ってくれたのでやる事が無くなってしまった。
西條さんを見送って俺は、人気の無い校舎裏だから多少騒いでも大丈夫だろうと思い、久しぶりに直樹にスパーリングをお願いして、時間を潰す事にした。
魔法を使う事で攻撃の幅が広がって、いつもと違うスパーリングだったし、久しぶりの直樹とのスパーリングだったので、物凄く白熱した。気づくと俺達二人はスッゲー汗だくになって、肩で息をするくらいヘロヘロになった。
二人で地面に大の字になって横になっていると、風向きによっては美味しそうな香りが漂って来ていたので、直樹に
「そろそろお昼にしないか」
「だな、でもかっちゃんとのスパーリングは久しぶりだったから、楽しかった。また時間を作ってやりたいな」
「俺もだぞ、久しぶりに良い汗かいたって感じだったあ。つき合ってくれて、サンキューな」
俺達はスパーリングを切り上げてお昼にする事にした。
俺はいつもより賑わっている飲食兼休憩エリアを見回しながら
「う~ん。病院から避難して来た人達なんだろうな。いつもよりも人が多いな。座れる場所ってあるんかな」
直樹はゆっくり辺りを見渡すと
「向こうに空きがありそうだぞ。明日からは時間をずらすか、そうすれば今よりは人が少ないだろうからな」
俺と直樹は炊き出しを持って、空いている席に向かった。
スキンヘッドのおじさんと、細身のおじさんの席の隣が空いていたので、俺は
「すいません。隣って空いてますか」
「おう、空いてるぞ」
スキンヘッドのおじさんが、豚汁を飲みながらテーブルの上のお茶を動かして、隣のスペースを広げてくれた。
「ありがとうございます」
俺はお礼を言って腰掛ける。直樹は細身のおじさんに
「隣、失礼します」
「おう、構わねえよ」
と言って、焼肉をモリモリ頬張り始めた。
俺は今日もラーメンが美味しそうだぜって思いながら、レンゲでスープを掬ってゆっくり口へ運び始めると、隣の席のおじさんの話しが耳に入って来た。
「にしても。電気は使えねえし車も動かねえってのは、厄介ですよね」
「だなあ、まあ、子供時代に戻ったって思えば何とかなるが、だとしても不便でしょうがねえな」
病院からの避難者なのかな、学校の人達から今の状況を聞いて驚いているんだろうな。細身の人は子供時代って言っているけど歳は幾つなんだ、大人ってパッと見じゃ年齢が分からないんだよなあ。
「手持ちがねえけど、交通機関が麻痺してるって話しだから、交通費は良いとしても飯代をどうするか、ですよねえ」
「だなあ、ここみたいに炊き出しを配給してる場所を梯子しながら、移動するしかねえかもな」
やっぱり家族とかの事が心配なのかな。奥さんとか子供達が家で待っているんだろうな。
「早く電気が復旧してくんねえと銀行から金も引き出せねえッスよ。っつか、復旧するんですよね」
「どうなんだろうなあ。でも、このままだと俺は貯め込んだ金を使う事無く迎えが来ちまうぞ」
なるほど~。お金の問題もあるのか。俺はまだアルバイトで欲しい物を買うくらいだけど、大人達は大問題なのかも知れないな。
「それは辛いッスねえ。誰もが知ってる最大手の物流会社で退職まで勤め上げて、尚且つ結構良い肩書まで持ってましたよねえ。そうとう、貯め込んでんじゃないんッスか」
「おうよ、目玉が飛び出るくれえ貯め込んでたぜ。って言いてえところだが、飲む打つ買うの三拍子ですっからかんよ。後な勤めていた時はそりゃあ、ふんぞり返って顎で人を使ってたけど、もうとっくに組織は抜けてんだから、今はただの爺だ」
細身のおじさんが開き直った表情をすると、スキンヘッドのおじさんがニコニコしながら
「そういう考え方だから良いんッスよね。どっかの会社のお偉いさんだか知らねえけど、現役だったとしても退職後だったとしても、ずっと偉そうにしてるヤツっているじゃないッスか。俺はそう言うヤツ等を見てると腹が立ってしょうがないんッスよね」
「あ~。確かに出世してるんだからそれなりに実績もあんだろうし。組織のトップにいたんなら尚更、色んな苦労をして来たんだろうけど、組織から出たらただの人だって事に気づかないまま、人生を歩んで来ちまったんだろうな」
スキンヘッドのおじさんが嫌な事でも思い出しているのか、渋い顔をして頷いている。
「会社組織が有名なだけで、そこに勤めているヤツがすげえって事じゃあ無いんだけど、周りからペコペコされてると勘違いしちまうんだろうな。そんで、だ~れも、な~んも、そいつに勘違いを指摘してやんなかったんだろうな。そいつの事を親身に思ってるヤツが周りにいたら、チャンと注意してたんだろうけどなあ」
う~ん。なんだろう、大人の会話って普段から聞き慣れていないからかも知れないけど、言葉の使い方が悪いと言うか、話し方が乱暴と言うか、ちょっと気になる話しではあるんだけど、品が無いと言うか程度が低い感じに聞こえて来ちゃうんだよなあ。
使う言葉が汚いからなのかな。もし、丁寧な言葉使いだったらもっと心に響くっていうか、受け止め方が変わるのかもな。ってか盗み聞きしている俺がとやかく言うのもおかしな話なんだけどな。
「だから、もしそんなヤツにまた出くわす事があったら、器のちいせえ残念なヤツなんだなあって感じで、適当にあしらって放っとけっ」
「ちげえねえッスね。つかこう言う話は酒でも飲みながらしたいッスよねえ」
「だな、停電してからずっと酒飲んでねえしなあ」
細身のおじさんが表情を曇らせながら
「ここの学校に酒は備蓄してなかったなあ」
「ですねえ。近くの店に行けば酒ってまだありますかねえ。もう盗られちゃって無いんッスかね」
ああ、やっぱお酒とか好きなんだ。俺の両親は家でお酒って飲んでいるのをあまり見た事無いけど、大人はみんなお酒が好きなのかな。
細身のおじさんが悪そうな表情で口元に笑みを浮かべてると
「とりあえず見に行くか。もしあったら拝借させてもうおうぜ」
「良いッスね、早速行ってみましょうぜ」
スキンヘッドのおじさんもニヤニヤして悪そうな表情をしていた。
〇
今日も炊き出しを美味しく頂きました。ご馳走様でした。って感じで、食後に調理エリアの人達に、心の中で感謝の言葉を述べていると
「今日は人が沢山だねえ」
白衣姿の千春が、炊き出しの焼きそばを持ってやって来た。
朝食を一緒に食べていた時は緑のパーカーだったよなあ。何で白衣を着ているのかを聞いてみると
「カッコイイし、やっぱ生徒達からの受けが良いからね。僕はこれからずっと白衣で行動するって決めたよ」
千春は真剣な表情で決意表明をして来た。特に問題は無いと思うので好きな様にさせておくか。って思っていると直樹が
「かっこいいぞ」
と言って、本気か冗談なのかグッと親指を立てて千春の白衣姿を褒めていた。
千春は席に着くと、ニヤニヤしながら俺と直樹に紺色のティーシャツを手渡して来た。
「ちょっと広げてみてよ」
俺は言われた通りにティーシャツを広げてみる。
背中にでかでかとPOLICEってロゴが入っていて、警察の人達が着ているシャツだった。でも左胸の所にデフォルメされたカエルが刺繍されていて、更に良く耳にする四文字熟語が刺繍されていた。
直樹もシャツを広げて
「これって借り物なんじゃないのか。刺繍とかして大丈夫なのか」
千春は焼きそばを食べながら
「うん、大丈夫だよ。そのシャツは警察の武田さんがくれたんだ」
この学校にいる、警察関係者の中で一番偉い人が譲ってくれたのなら大丈夫か。後でお礼をしに行かないとだな。
「んで、武田さんがこれからもよろしくなって、うっちーとなおっきーに渡してくれって言われたんだよね」
昨日の病院でのヒトデナシ駆除に対してのご褒美なのかなあ。気になったので聞いてみると
「うん、そんな感じだね。本当は感謝状とか記念品とかを贈呈したいって言ってたけど、今ってそんな事をやれる状況じゃないし、賞状とか紙切れ貰っても嬉しく無いだろうから衣類を提供するって言ってた」
まあ、感謝状を貰っても嬉しくは無いかな。あっ、でも、親には自慢出来るかも知れなかったな。まあ、警察のロゴ入りティーシャツを見せれば良いかな。
「あと武田さんがこれからもそのシャツを着て、色々と手伝いをよろしくなって言ってた」
ん~、どちらかと言うと、そっちがメインなんじゃないのか。
すると直樹が困惑気味の表情で
「この、胸の刺繍はどうしたんだ」
直樹が俺も気になっていた事を聞いてくれた。千春は紅ショウガを摘まんで
「今日の授業が家庭科だったから、生徒達と一緒に刺繍をしてたんだよね」
「何か懐かしいな。俺は苦手だったけどな」
確かに直樹は手もデカいから細かい作業は苦手なんだろうな。って思いながら四文字熟語の刺繍が気になったので千春に聞いてみると
「これはね、イヤな魔法攻撃を無効にする取って置きの方法だよ」
千春は得意げな表情で
「この四文字熟語を見てさ、ねっ気づくでしょ」
直樹を見ると首を左右に振っている。俺と同じで千春が言いたい事をまだ察していない様子だ。
千春が身を乗り出し
「準備万端だよ」
と言い切った。直樹が首を傾げている、俺も一瞬ポカンとしてしまう。
千春が俺達を見てまだ察していない事に気づくと、箸を置いて四文字熟語の刺繍を指でなぞりながら
「じゅんびまんたん」
と言って、俺達を見た。そしてもう一度刺繍を指でなぞって
「じゅ、ん、び、ま、ん、た、ん。ねえ、ま~だ分からないのかなあ」
しっかりとひと言ずつ告げて、ニヤニヤしながら俺達を見ている。
直樹が頭をポリポリかいて、気まずい感じで
「なあ、千春。準備万端と書いて、じゅんびばんたんって読むんだぞ」
「えっ」
千春はキョトンとした表情で直樹を見ていた。




