第5話 俺と直樹の魔法
千春が魔法を使えるようになったので、教室の窓から校庭に向かって魔法の試し打ちをしていたら、ちょっとした騒動になった。すると、騒ぎを目撃していた沙織と麗奈が、火の玉を飛ばしている生徒の中に千春がいたので、俺のところにやって来た。
沙織と麗奈に、千春が魔法を使えるようになった経緯を話し、魔法の原理や仕組みが分からなくたって、現実世界に魔法があって魔法を使えるのならば、好きに魔法を使えばいいじゃんって俺の考えを伝えた。そして、魔法を使うにはイメージと想像力が必要である。と説明すると、沙織と麗奈は教室を出てどこかに行ってしまった。
教室から出ていく沙織と麗奈を見送って、俺は後ろの席に座る直樹に
「なあ、俺達も魔法を使ってみないか」
「千春が魔法を使ってるのを見てるから否定はしないが」
直樹は一度考えるそぶりを見せて
「俺は魔法を使って何かするって言われても、何も思い浮かばないぞ」
沙織と麗奈に、千春が魔法を使えるようになるまでの経緯を話しながら、攻撃魔法は必要はないが生活魔法は使えるようになっても良いんじゃないかと思った。
だから直樹に
「今日って雨だから夜になったらオーロラが発生しないかもだろ」
「いつもより暗くなるかもな」
一応、ロウソクとアルコールランプは学校から支給されている。けど、もし今夜オーロラが発生しなかったら、だいぶ校舎内が暗くなると思う。
「だろ、だから俺は懐中電灯や照明器具の代わりになるような魔法を、使えるようになりたいと思ってる」
「明かりの魔法か、確かに使えると便利だな」
直樹は少し考えて
「やっぱり魔法で何かするって言われても、俺は思い浮かばないぞ」
暇つぶしに魔法が使えたら良いな。ってくらいにしか思っていないけど、どうせなら直樹も一緒にって思ったんだよな。
「そだ、魔法とか関係なく、直樹って願望って言うか、こうなりたいって思ってる事とかって何かあるのか」
直樹は腕を組んで
「強くなりたいかな」
「プロの選手と危なげなくスパーリング出来るのに、まだ強くなりたいの」
組んだ腕を解いて直樹が
「すまん、言葉が足りなかった。肉体を強くしたいんだ。腕立て伏せ、腹筋運動、スクワット、器具を使ったトレーニング、どれも負荷を増やしたり回数を増やしても、肉体が疲れるまでとか、その場に倒れ込むくらいの追い込んだトレーニングとなると、けっこう時間が掛かるんだ」
なるほど、普通の人達からしたら激しいトレーニングでも、直樹の筋力と体力だと全然物足りないのね。
直樹の体は縦にも横にもでかい。縦は高身長だから横は脂肪ではなく筋肉だ。首も太いし腕も太い、胴回りも太いし、足も太い。体質なのか直樹はトレーニングをすればするほど筋肉が太くなる。
「直樹の願望は、満足いくまでトレーニングをしたいんじゃなくて、筋力や体力とか身体能力を上げたいって事で良いんだよな」
「だな、肉体を強くしたいな」
「じゃあ、直樹は身体強化の魔法だな」
「シンタイキョウカの魔法」
ファンタジー作品に馴染みのない直樹には、身体強化の魔法って言っても分からない様子だった。専門用語とは言わないまでも、ファンタジー作品ではお馴染みなんだよね、身体強化魔法。
「直樹って、空手だけじゃなくて色んな武術に興味があって、本とか読んでたよな」
「ああ、本だけじゃなくてDVDとかも購入して鑑賞してるぞ」
「本でもDVDでも『気』について触れてたりするのかな」
「武術家によって色んな解釈がされてるが、触れてるな」
「魔力を気の解釈で捉えたら直樹は分かりやすいのかも」
直樹は少し考えると納得した様子で
「なるほど、確かに捉え方を変えると、俺でも魔力って物を受け入れやすいな」
「だろ、気の感覚で魔力を意識出来るようになったら、今度はその感覚を上手く利用して、一時的に筋力や体力を上げる魔法に変えれば肉体が強化されるかも、しれないぞ」
ファンタジー作品に馴染みのない人に、身体強化魔法について上手く説明出来るか不安だったけど、うまい具合に伝わったみたいだ。
〇
夕方になっても電気は復旧しなかった。
「今日も夜間の下校は危険と思われるので、校舎に残っている生徒は、学校に泊まる様にしなさい」と先生から言われた。
千春が一度クラスに戻って来た。
先生達は魔法についてはまったく理解を示さなかったらしい。結局千春達が規模のでかい火遊びをしていた事になり、校舎内でも校庭でも今後一切火遊びはしないと誓約書を書かされて話しは終わったそうだ。
普段ならもっと問題となって色々と面倒くさい事になっていたけど、今って停電で先生達は忙しいらしく、誓約書だけで済んだみたいだった。そんな千春とメンバー達は、火魔法は使えるようになったので、次は水魔法を頑張るそうだ。
そして千春は「お風呂に入る」と意気込んでいた。
沙織と麗奈のクラスでも魔法を発動させた生徒がいたそうで、千春は沙織と麗奈に少しアドバイスをして来たらしい。どうやら魔法を否定しないで受け入れる事が出来た生徒達が、魔法を使えるようになっているみたいだった。
この魔法がいつまで使えるのか不明だし、何で使えるのかなんて説明する事は出来ない。でも、使うことで便利になるのなら、受け入れて使っちゃえば良いのにな。と思うのだが考え方は人それぞれだし、もちろん俺の考えを押し付ける気もない。でも、やっぱり魔法って使えると便利だと思うんだけどなあ。
そして、俺は野球のボールくらいの大きさの光の玉を発動することが出来た。今は光の玉を大きく出来ないのか、個数を増やせないのか、もっと明るく出来ないのか色々と頑張っている。
直樹は魔力感知から魔力操作まで直ぐに出来た。今は、強化したい筋肉に魔法を発動すると、筋肉が肥大化してしまうので、見た目はそのままで筋力を増加出来ないか、イメージの調整を頑張っている。
「千春が火の玉を発動させたから、たぶん出来るだろうって思ってやってみたけど、意外と出来るもんなんだな」
右腕を強化しようとしているのか、真剣な眼差して右腕を見つめている直樹が
「だな、千春だけじゃなくてメンバー達も出来てるからな。だから千春だけが特別じゃなくて、誰でも出来るんだろうって思えるしな」
俺は右手の指先すべてに魔法を発動し
「直樹、ちょっと見てくれ」
「んっ」
光る指先を見て、直樹が目を見開いて驚いている
「イメージでけっこう色んな場所を明るく出来そうだぞ」
「俺はイメージが邪魔して上手く出来ないな。重い物を持ち上げたり力を入れる時って筋肉が太くなるだろ、だからなのか、強化したい部位に魔法を発動させると、どうしても発動した部位の筋肉が太くなってしまう」
「筋肉が肥大化したら何か問題あるのか」
「服を着ているから苦しいぞ、それに服を着たまま強化したら、服が破れるぞ」
「それは問題あるな」
さすがに裸になるのはマズイよな。直樹は苦笑いすると、また右腕に魔力を集中し始めた。
直樹は目が細い、居眠りしていても気づかないくらい目が細い。驚いた時かスパーリングで集中している時くらいしか、目が開かない。そして感情の起伏が穏やかなので、普段からあまり驚くことが少ない。
つまり、目を見開く直樹が見られる事は貴重な事なのである。
今日は千春のファイアーボール、そして俺の生活魔法。さっきも指先に明かりをつけたら目を見開いて驚いていた、また直樹を驚かせて目を開かせたい。俺は魔法で遊ぶよりも、今は直樹を驚かす方が楽しくなって来ているのだ。
何かインパクトのある明かりのつけ方はないだろうか。直樹をどうやって驚かせるか考えながら、光の玉で出来る事を確認していた。
左右全ての指先に発動する事が出来た。机の上に置いた消しゴムの上に光の玉を設置する事が出来た。教室の一番後ろの直樹の席から、教卓までの距離をゆっくりとだけど、光の玉を移動させる事が出来た。確認作業って名目で、直樹にも見てもらっていた。けど、もうこの程度では驚かなくなっているらしく、目を見開くことは無かった。
直樹が驚く、インパクトのある明かりのつけ方を考える。何かビックリするやり方はないのか、何か驚かせる方法はないのかと、ずっと考えていたら俺は閃いてしまった。
手品で突然トランプのカードが燃えたり、ハンカチが燃え上がる演出で、会場が盛り上がる場面を思い出した。突然光らせたら驚くのかもしれない。でも、直樹が集中している時に目の前で光らせるのは何だかずるい気がするし、集中しているのを邪魔するのは悪い気がするので却下だ。
直樹に声を掛けてこっちを見た瞬間に、光らせて驚かす方が達成感というか満足感がある気がす。でも、問題は何を光らせるかだ。
「直樹、ちょっと見てくれ」
俺は自分の目の前に二つ光の玉を発動する準備をする。まさか俺の両目が光るだなんて思いもしないだろう。直樹がこっちを見た。そして直樹と目が合う。今だ魔法発動。
「ぶっ」
「目があああ。うおおお」
光の玉を直視してしまった俺は、両目を押さえて床に転がっていた。