第49話 仕込み
「いいか、指だけは切らない様に気をつけるんだぞ」
「はい、分かりました」
俺は人生で初めてキャベツの千切りに挑戦していた。今まで学校の授業以外で包丁を握った事がなかったので、調理エリアの威勢の良いおっちゃんから、包丁の握り方と食材の切り方を一通り教わった。
色々と教えてくれたけど、理解する前に次の説明に移ってしまって、教えてもらった事の半分も理解出来ていなかった。でも、おっちゃんが話しの最後に、やり方は色々だから、自分のやり易いやり方が見つかるまでは、切って切って切りまくれって言って豪快に笑っていた。
昨日の予定だと、今日は沙織達と一緒に帰宅するって話しだったけど、病院から避難して来た人達で学校の人出が足りないだろうから、今日はまだ学校で先生達の手伝いをするとの事で、沙織達の帰宅は延期になった。
直樹は体育館や飲食兼休憩エリアの掃除に参加していた。終わったら調理エリアで仕込みの予定だ。千春は今日も白沢先生と一緒に、学校の生徒に授業を行っている。
沙織と麗奈は西條さんと一緒に、病院から避難して来た人達と医療従事者達に生活魔法を教えている。
俺は調理エリアで大量の野菜を洗ったり、皮を剥いたり主に野菜の仕込みを手伝っていた。
学校の行事でカレーを作った時に俺は人参の皮剥き担当だった。その時の経験を活かして早速人参の皮を剥こうと思った。名称は忘れたけど皮を剥く時の道具が借りられないか近くにいたおばちゃんに尋ねると、土の着いていない人参は出荷の際にしっかり洗浄されていて、その時に皮も一緒に剥けているから水洗いだけで良いとの事だった。
ただ、表面が乾燥して固くなっているから、見た目や食感が気になるって人達は固い部分は剥いてから調理する人もいると教えてくれた。
俺の家では人参ってどう調理していたんだろうか、よく考えたら母親が料理しているのって見てはいたけど、どんな調理をしていたのかなんて、興味が無かったから全く見た事がなかった。既に知っている事かも知れないけど、帰ったら母親に人参の話しをしてみるかなって思った。
そして、俺は今キャベツの千切りに挑戦していた。
サク、サクって感じでキャベツが切断されて行く。ここまでじっくりと真剣に包丁を使った事がなかったので、包丁の切れ味の良さに驚かされた。後は、キャベツを押さえている指を切っちゃいそうで怖い。
俺は包丁の角度を変えてみたり、力の入れ方を変えてみたりして、色々と試行錯誤しながらサク、サクっと、ゆっくりキャベツを切って行く。
しばらくキャベツと戦っていると、首と肩の筋肉が硬くなって来ている事に気づいた、何かスゲー力を入れていたみたいだ。包丁をまな板の上に置いて、首と肩をほぐす。なかなか大変な作業だ、慣れれば問題無いんだろうけど、何か背中回りや腰回りの筋肉も硬くなっている。
首と肩をほぐしたり背中を伸ばしたりして、またキャベツを切り刻むかなって思っていると、直樹が現れた
「かっちゃん、交代するから少し休みなよ」
と言って、直樹は包丁を握ってキャベツを左手で押さえる。すると、トントントントントンッって感じで軽快にリズミカルにキャベツを切り始め、あっという間にキャベツの塊が千切りにされて行った。すると、またトントントントントンって感じで、次のキャベツの塊も半分くらい一気に千切りにしてしまった。
直樹はキャベツを切りながら
「俺はまだこの程度だけど、料理ってやってみると楽しいだろ」
控えめな感じで言っているけど、表情を見るとチョット得意げな表情をしていた。
ビックリだよ。直樹の包丁スキルの数値が高すぎるよ。俺は始めたばかりだから、まだレベルは上がっていなくて初期のままだとして、直樹は既に四か五くらいのレベルなのかも知れない。
競い合う事は面倒くさいから好きではないが、こう言う感じの競い合いは嫌いではない、むしろ切磋琢磨しながら成長出来るので俺は好きな部類だった。
「ふっふっふっ、直樹よ、俺は直ぐに追いつくから待ってろよ」
と言って、俺は直樹の隣で指を切らない様に気をつけながら、サク、サクっとキャベツを切り始めた。
俺と直樹は一緒になって大量のキャベツを切りまくって、包丁スキルのレベルを上げるべく経験値を稼ぎまくっていた。そろそろキャベツの塊が無くなるかなあって思っていたら、包丁の使い方を教えてくれた威勢の良いおっちゃんが、大量のシイタケを持って現れた。
「次はこいつを頼むぞ」
おっちゃんがシイタケの入った籠を置くと
「昨日から炊き出しの利用者が増えたんで、仕込みが大量なんだ」
首に巻いたタオルで汗を拭きながら
「人手が足りなくて困ってたから助かるぞ、んじゃ、よろしくな」
と言って、何処かに行ってしまった。
俺と直樹はシイタケの切り方を知らないので、近くにいたおばちゃんに声を掛けると快く切り方を教えてくれた。
シイタケの切り方を教わりながら、おばちゃんが家族の事や先の事を考えると凄く不安な気持ちになるけど、こうやって仕事じゃないけど色々とやる事があると、変な事を考える暇が無いから良いそうで、率先して色んな事を手伝っているって言っていた。
俺達にシイタケの切り方を教えると、この先どうなるか分からないけど頑張って行きましょうねって言って、おばちゃんはどっかに行ってしまった。
確かに先の事が分からないから不安にはなるけど、おばちゃんみたいに忙しく動き回らないとダメって程に不安は感じていないんだよなあ。直樹に聞いてみると、俺と同じでそこまで不安を感じてはいないみたいだった。この違いは何なんだろうか、女性と男性で考え方が違うのか、もしくは年齢なのかな。
でも、とにかく今はシイタケだ、俺もだいぶ包丁の使い方が上手くなって来ていると思うんだよな。ただ、直樹と一緒に切りまくっているから、直樹とのスキルレベルの差が縮まらない、俺も上手くなって来ているが、同じくらい直樹もドンドン上手くなって行ってる気がする。
俺と直樹でシイタケを切りまくっていると
「頑張ってますね」
と言って、麗奈が飲み物を持って歩いて来た。
「おう、頑張ってるぜ」
俺は手を休めて答えると、隣で直樹も手を休めてタオルで汗を拭いていた。
「シイタケですか」
「何に使うのか分からないけど、とりあえず切ってくれって頼まれてな」
「へ~、カサの部分は薄切りで軸はみじん切りなんですね」
「名称は良く分からないけど、通りすがりのおばちゃんに教えてもらったのが、この切り方だった」
直樹が隣で頷いていた。麗奈は俺達が切ったシイタケを見たり、残りのシイタケを見たりしている。
「麗奈はここで何してるんだ、沙織達と一緒じゃないのか」
「じゃんけんで負けたから、飲み物を取りに来たんですよ~」
「そっか、んで、そっちはどんな感じなんだ」
麗奈が少し表情を曇らせて
「ん~、病院でつらい体験をしていたからなのか、今はゆっくり静かに休んでたいって人が多いですね」
「あ~、そうかもなあ。しっかり話しは聞いてないけど、停電してからずっと病院でヒトデナシとヒトガタに怯えながら過ごしてたんだもんな」
「うん、だからそっとしておいて欲しいって人が多いいですね」
すると直樹が
「ゆっくり休んで気持ちの整理が出来たら、考え方が前向きになって魔法を覚えたいって人が現れるかもだな」
学校での避難生活が不自由に思えて下校を始めて、小学校でお腹いっぱい美味しい炊き出しを頂いている俺達は、病院で生き延びた人達と比べたら、物凄く恵まれているのかも知れない。
麗奈が直樹に
「うん、だから今は心の傷が癒えるまでは見守って、私達は心の中で応援してる感じですね」
だよなあ、変に世話しても、相手からは大きなお世話って感じちゃうかも知れないから、今はそっと見守るしかないよな。そろそろ話しを切り上げてシイタケを切るかなって思っていたら、麗奈が
「私もシイタケ切るの手伝っても良いかな」
って言って来た。直樹を見ると頷いたので
「構わないけど、沙織達の所に飲み物を持ってかなくても良いのか」
持っていたペットボトルを置くと
「うん、直ぐに終わるから大丈夫」
と言って、麗奈は真剣な表情になった。
すると、切る予定だった山積みのシイタケが空中に浮かび上がった。と思ったら一瞬で切り刻まれた。麗奈が浮いているシイタケの下に容器を二つ置くと、薄切りにされたシイタケとみじん切りにされたシイタケが落ちて来た。
直樹が驚いて目を見開いていた。俺もビックリだよ。
麗奈がベットボトルを持って
「じゃあ、またね」
と言って、立ち去ろうとする。
俺は片手を上げて
「さっ、サンキューな」
直樹も片手を上げて
「あっ、ありがとな」
麗奈が満面の笑顔を浮かべて
「どういたしまして」
と言って、ブイサインをして歩いて行った。




