第48話 もう少し慎重にね
千春がハンバーグを切り分けながら
「もっと色々と聞いときたかったのになあ」
沙織がシチューをフーフーと息を吹きかけ冷ましながら
「はっ、あれ以上はムリッ、気持ち悪過ぎたもの」
俺達は小学校の飲食兼休憩エリアで、夜の炊き出しを頂いていた。
入院病棟の六階で、ヒトデナシ達を駆除していると警察や消防の人達が合流して来た。大人達と一緒に六階に潜んでいたヒトデナシの駆除を終らせて、後は大人達に任せると、俺達は待合フロアで待機していた人達を誘導しながら、小学校に戻って来た。そして、少し早い夜ご飯を頂く事にした。
麗奈が焼き魚の身をほぐしながら
「消滅したって事は、あの人もヒトデナシだったのかしら」
沙織がシチューを頬張って
「じゃないの、ヒトデナシ達を操ってたみたいだし」
千春がハンバーグをモグモグしながら
「操る能力とかって、けっこう厄介だよね」
だよなあ。今後ヒトデナシ達を操れるヤツ等が増えてきたら、集団で襲って来る可能性があるんだよな。人間の強盗も襲ってくるし、何か面倒くさい世の中になって来たな。
西條さんがパスタの麺をフォークに絡めながら
「今回は何とかなったけど、もし普段から鍛えている人や格闘技経験者のヒトデナシだったら、危なかったかもね」
千春がコーンポタージュをかき混ぜながら
「個体数が多かったからねえ」
焼肉を頬張る前に直樹が
「もっと鍛えないとだな」
みんな複雑な表情をして頷いた。
すると、千春が
「でもさあ、あの人がさ、感情があれば生きていけるって言ってたよね。本当なのかな」
と言って、マッシュポテトを食べる。
麗奈が焼き魚の身を摘まんで
「他にもヒトデナシやヒトガタも、私達から感情を引き出す為に存在してるって言ってましたよね」
沙織がシチューの人参を掬って
「あー、私そこら辺の話しの時は、まだ気を失ってたわ」
直樹が豚汁を飲んで
「信じられない話しだったが、ヒトデナシ達を操っていたからな。もしかしたら本当なのかも知れないが、ヤツの勝手な思い込みだったのかも知れなし、何とも言えないな」
俺はレンゲにラーメンの麺を乗せながら
「本当か嘘か分からないけど、これからも危ないヤツ等が増えて来て、感情を引き出す為だって言って酷い事をして来るかも知れないんだから、もっと慎重に行動する様にしてくれ。頼むから、人質とかにならないでくれよな」
沙織が眉毛を吊り上げながら
「だって、切羽詰まった感じで助けてくれって声が聞こえてたんだもん、早く助けないとって思うと、焦っちゃうじゃない」
「分かってるよ、別に沙織を責めてるって訳じゃ無いんだ。けどな、今回は何事も無く済んだけど、沙織が捕まっていた時はみんなスゲー心配してたんだぞ」
沙織が肩を落としてしょんぼりすると、一瞬で場の空気が重くなった。みんなそれぞれ複雑な表情を浮かべていた。たぶん沙織がヒトデナシに捕まっていた状況を思い出しているんだと思う。
「冷たい言い方かも知れないけど、見ず知らずの人が何かされても多少は我慢は出来ると思うけど、俺達の誰かが何かされるって考えると、我慢出来る自信は無いし、物凄くイヤな気分になる。だから、これからはもう少し慎重に行動してくれ」
沙織が不貞腐れながら
「分かってるわよ、病室内を確認してから入ってれば、体当たりはされ無かったんだろうなって思ったもん」
「だな、だから、これからは慎重に行動してくれよな。もしかしたら俺達みんなが捕まって、酷い事をされたかも知れないんだからな」
俺は隣の病室でヒトガタに埋もれていた人達が、肉体的にも精神的にも酷い事をされていた事を知っている。だから、いつもより沙織に対して少しキツイ言い方になってしまったのかも知れない。
沙織が持っていたスプーンを置いて
「改めて、みんなゴメン。心配させちゃったし、危ない状況だったのかも知れない。今度からは気をつける」
と言って、頭を下げた。
沙織を見て何て声を掛けるべきなのか悩んでいるのか、みんな複雑な表情をしていた。すると千春がフォークを持ったまま手を上げて
「あー、僕はもしかしたら、そのうち何かやっちゃうかもだから、今のうちに謝っておくよお。ゴメンね」
直樹が口元に笑みを浮かべると、千春のハンバーグを一切れ箸で摘まんで
「千春の言う、そのうちやらかす埋め合わせ分として、先に貰っとくぞ」
麗奈と西條さんが目を合わせて頷くと、西條さんがフォークで千春のハンバーグを突き刺し
「私も貰っとくわね」
麗奈もハンバーグを一切れ箸で取り上げ
「いただきま~す」
沙織が頭を上げて、みんなに
「ありがとね」
と言うと、笑顔になり場の空気が、重い感じからいつもの和やかな雰囲気に戻って行った。
〇
炊き出しを頂いてからも、俺達は飲食兼休憩エリアでくつろいでいた。
病院の生存者を小学校に避難誘導したからなのか、いつもより飲食兼休憩エリアの利用者が多い。クリーンで体も衣類も清潔になり、ヒールで怪我や病気が治った人達が久しぶりの食事を満喫していた。
ちらほらと車椅子を使って移動している人がいる。ヒールを使って治らないってどんな症状なんだろうか。そもそも、ヒールの効果をしっかり検証していないから、ちょっと気になるな。近い内に確認しておかないとだな。
俺はテーブルに頬杖をつきながら、飲食兼休憩エリアの人達を眺めていた。直樹は頭の後ろで指を組んで、テーブルの近くに設置されている焚火を眺めている。千春は、テーブルにうつ伏せになり、組んだ腕に顎を乗せて、飲食兼休憩エリアの人達を眺めていた。
沙織と麗奈と西條さんは念話の訓練中なのか、静かにしているけど突然、笑い出したりしていた。
千春が病院からずっと白衣を着たままだ。直樹は学校に到着すると制服に着替えていたのに、千春は白衣のままだった。誰かが千春の白衣姿に関して突っ込むと思っていたんだけど、誰も千春に突っ込まないし触れてもいなかった。
俺はずっと気になっていたので、千春に何で白衣を着たままなのかを聞いてみた。
「この白衣を貸してくれた先生が、これからも沢山の人達の治療に当たる事になるだろうから、白衣はあげるよって言ってくれたんだよね」
「いや、俺は何で着替えないのかを問い掛けているのだが」
「ふっふっふっ、白衣を着ていると偉くなった気がするし、カッコイイからに決まってるよね」
そして、千春はパーカーのフードを被ると
「しかもね、フードを被ったカエルバージョンになると生徒達の受けが良かったんだよね」
そう言って顎に手を当てると俺に向かって片目をつむった。
ふむ。もういいや、着替えない理由は聞けたから放っておこう。俺は沙織達が明日にでも帰るって話していたのを思い出したので聞いてみる。
すると、沙織が両手の平を俺に向けてジッと見つめて来た。俺が首を傾げると、麗奈が拳を握って頑張れって感じのジェスチャーをする。西條さんを見ると、沙織を指さしてゆっくりと指先を俺に向けた。
アレか沙織が俺に念話で伝えようとしているのか。俺は頬杖を止めて体を起こして沙織に向いて座り直す。直樹と千春が、俺と沙織がやろうとしている事を察して静かに見守っていた。
意識を集中して沙織からのメッセージを受け取るイメージを膨らませる。沙織も意識を集中しているのか真剣な表情だ。頭に思い浮かぶ何かを必死にイメージするが、全く何も浮かんで来ないし手応えが無い。
沙織がゆっくり立ち上がり、両手を俺に向けたまま近づいて来る。なるほど、俺との距離を近くして、沙織からのメッセージを受け取らせるって事か。相変わらず頭に何も思い浮かばないし、沙織からの声すら聞こえて来ない。
う~ん、全く変化なしだ。
沙織が更に近づいて両手で俺の頭を押さえた。でも、全く沙織からのメッセージは頭に思い浮かばないし、沙織の声も聞こえない。
真剣な表情で沙織が俺を見つめている。俺も意識を頭部に集中してメッセージが浮かばないか、何か声が聞こえないか頑張ってみる。
沙織のおでこがコツンっと俺のおでこにぶつかった。しばらく、そのまま沙織とおでこを重ねた状態で意識を集中する。相変わらず何も浮かんで来ないし、声も聞こえて来ない。全く沙織からのメッセージが届いて来ない。
すると突然、沙織のおでこが俺から離れた。
「なーんで、届かないんじゃー」
俺は頭に激しい衝撃を受けて、椅子ごと後ろにぶっ倒れた。
どうやら沙織の渾身の頭突きを喰らったみたいだった。




