第4話 千春の魔法と沙織と麗奈
お昼を過ぎても電気は復旧しなかったし、朝からずっと雨も降り続いていた。
「今日は一日中、雨なのかな」
「分からん、夜には晴れるのかな。かっちゃん、この勝負「待った」はありか」
「天気予報が見れないからなあ、スマホ使えないとやっぱ不便だな。うん良いよ」
「すまん、別の手を考える」
俺と直樹が暇つぶしに将棋を指していると、千春が小さくつぶやいた
「できた」
俺と直樹が千春を見ると、思わず声が出た
「えええ」
「うっ」
千春は俺達を見て、嬉しいような困ったような複雑な表情で
「できちゃったよ、ファイアーボール」
俺達の目の前には、野球のボールくらいの大きさの火の玉が浮いていた。
そして、千春が魔法を使える様になった経緯を、目をキラキラさせながら話し始めた。
停電が発生した夜にオーロラを見て、千春とゲーム仲間のメンバー達は、もしもに備えてファンタジー作品の話しに出て来る、魔法を使える様になりたいと思ったそうだ。そこで千春達は、魔法を使うためには魔力の感知が出来ないと話しにならないと考え、自分の体の中や空気中に魔力が存在していないか、ずっと意識していたらしい。
ちなみに「もしも」とは、千春達が立てた仮説「地球が異世界に転移した」の事だ。
そして、今朝になってなんとなく魔力の感知が出来たので、それからは魔力の操作を行っていたらしい、そろそろ魔法を使えそうな気がしたので、試しに魔法を発動させたらファイアーボールが出来てしまったそうだ。
千春は俺達に簡単な説明を済ませると「メンバー達に見せてくる」と言って走って教室を出て行った。
〇
俺や千春が好きなファンタジー作品の世界では、体内もしくは空気中に「魔力」と言われている物が存在していて、その魔力を使ってモンスターと戦ったりするんだけど、「魔力」ではなく「魔法」なら馴染みのある言葉なんじゃないかな。主人公が魔法を使う作品って映画や小説にもなっているし、子供向けのアニメとかだと、魔法を使って変身して悪者を倒したりするだろ。
俺は、沙織と麗奈に魔法について簡単な説明をしていた
「つまり、あの火の玉は魔法だったのね」
「私はガソリンとか、灯油を燃やして遊んでたのかと思ってましたけど。あれは魔法だったんですね」
「そうなるな」
「千春は魔法が使えたのね」
「羨ましいかも」
「えっ、麗奈は魔法に興味があったのか」
「さすがに今は無いですけど、子供の頃は魔法少女に憧れましたよ」
「分かるわ、私も変身して悪者を退治するとかって憧れたもの」
千春が魔法を発動させていたのを見て、もしもに備えて準備をしていたからなのか、メンバー達もすぐに魔法を発動させた。早速千春とメンバー達は、教室の窓から校庭に向かって試し打ちを始めた。すると、火の玉を目撃した生徒や先生が騒ぎ出し、ちょっとした騒動になった。
千春とメンバー達は職員室に連れていかれたって事だから、今はたぶん説教中なんじゃないかな。
火の玉を飛ばしている生徒の中に千春がいたので、沙織と麗奈が詳細を確認しに、俺のところに話しを聞きにやって来ていた。
「でも、なんで千春は魔法が使える事を隠してたのかしら」
「ねえ、千春君が魔法使いだったなんて、今まで全然気づかなかったよね」
「いや、千春は昔っから魔法が使えてたって訳ではないぞ」
沙織が呆れたような表情で
「だよねえ、一応ノリで千春が魔法少年って設定で話してたけど」
「うんうん。ところで結局あの火の玉は何なんですか」
「だから魔法だって」
「そんな物あるわけないでしょ」
沙織が一瞬目を細めて俺を見てからボソッと
「でも、千春が火の玉を飛ばすのを見ちゃってるのよねえ」
俺は沙織と麗奈に千春達が立てた仮説の話から始めて、ファンタジー作品が好きなら、魔法って存在を科学的な根拠がなくても、現実世界では有り得ないと感じながらも、何となく魔法の存在を受け入れてしまう心境を話した。
例えばだけど、家にテレビが在るから観るしスマホを持っているから使っている。でも、テレビが観れる事やスマホを使って会話が出来る事って、どんな原理でどんな仕組なのか、自分が理解していなくても、誰かに説明が出来なくても使っている。
それと同じで、魔法も原理や仕組みが分からなくたって、現実世界に魔法が存在していて、魔法が使えるのならば、好きに魔法を使えばいいじゃんって感じで、俺は魔法を否定していないって事も話した。
「だから、さっきからずっと魔法って言ってるけど、実際は火の玉が本当は何なのか分からないってのが本音だ」
「なるほどね、何でか分からないけど千春が火の玉を出しちゃったのね」
「千春君のあの現象を、現実世界だと理解出来ない事だけど、物語の世界で存在している魔法って思って考えると、受け入れやすくなるのね」
沙織と麗奈は黙って何か考え込んでしまった。
まあ、普通はそうなるよな。俺はすでに沢山のファンタジー作品を観たり読んだりしているから、魔法とかモンスターとか現実世界には存在しない不思議な現象や、不思議な生物に対しての抵抗というか、免疫は出来ていると思う。だから、現実世界で理解不能な現象が出現したとしても、何となくだけど、その存在を受け入れられるのかもしれない。なんて事を考えていると、沙織が
「ねえ、私達も魔法って使えるのかしら」
「頑張れば使えるんじゃないかなあ」
俺は魔法を使えないから実際に使えるかどうかなんて、分からない。だから、答えを濁した。すると麗奈が
「あら、克也君は魔法の存在を認めてるんじゃないのですか」
「認めてるって言うか、別にこの世界に存在していても良いんじゃないって感じだけど、今んとこ俺は魔法を使いたいとは思ってないんだよな」
なんだ、もしかして沙織と麗奈は魔法を使いたいのか、だったら補足事項として
「千春達は停電した夜から魔法が使えないか色々やってたみたいだぞ」
沙織が腕を組んで
「色々ってなによ」
「魔力って存在が世の中にはあるって事をイメージして、その魔力を使ってやりたい事を想像するって事かな」
沙織は難しい顔をしている。隣で麗奈も難しい顔をしていた。
ファンタジー作品に馴染みの無い沙織達と俺とでは、ファンタジーについての知識と言うか、認識に差があるからもう少し噛み砕いて説明しないと、上手く伝わらないのかもしれない。となると、沙織達の馴染みのある何かで説明してみるかな。
「千春は物語の世界のやり方で魔法を習得したけど、やり方は人それぞれだと思うぞ。魔法を使ってこうなったら嬉しいなってイメージしたり、こうだったらラクなのになって想像したり。つまり魔法は自分の願望というか、願い事を叶える便利な道具って認識で良いと思うぞ。子供の頃に観たアニメの主人公みたいに、魔法を使ってみれば良いし、アニメのマスコット的なキャラが、色々と手伝ってくれたりもしただろ」
ファンタジー作品に馴染みのない二人に、分かりやすく説明したつもりだけど、魔法で精霊を召喚して色々と手伝ってもらうやり方もあるってのを伝えたかったんだけど、上手く伝わったかな。でも、精霊についての説明は余計だったかな。ってな事を考えていると、沙織が
「つまり魔法を使う為にはイメージとか想像力が大切って事なのね」
「でも、物語の世界での話だぞ」
「だけど千春は使えたじゃない」
「そうなんだよなあ」
自分で魔法の説明をしておいて何だが、そんなに簡単に魔法って使えちゃうのかなあ。って思っていると、麗奈が
「千春君だけじゃなくて友達も出来てましもんね」
「そうだよなあ、出来ちゃったんだよなあ」
千春だけじゃなくて、千春のメンバー達も魔法が使えちゃってたんだよな。やっぱ魔法って使えちゃうのかなあ。すると、沙織と麗奈が目を合わせて大きく頷くと
「麗奈、イメージよ」
「うん、想像力よね」
「やるわよ」
「頑張ろうね」
「じゃっ、うちらはやる事があるから戻るわ」
沙織は片手を上げて、麗奈は手を振って教室から出て行った。