第37話 オニ型のヒトデナシ
ヤギ型のヒトデナシを駆除する為に向かった大人達が、新種のヒトデナシによって撤退させられた。
負傷者の中には心に傷を負って休んでいる人もいるそうだ。
撤退して来た人達って警察や消防の人達だよなあ、そんな人達が怪我するってどんだけ強い個体なんだ。新たなヒトデナシの特徴が気になったので聞いてみると
「特徴としては肌の色が赤くなり筋肉質になって、頭からは二本の角が生えたそうです」
北野先生は一度俺達をみて
「なので、私達はこの新種のヒトデナシの事を、おとぎ話に出て来る鬼に似ているので、オニ型と呼ぶ事にしました」
直樹が身を乗り出し
「オニ型は何が原因で人からヒトデナシに変化したのですか」
北野先生は難しい顔をして少し考えると
「我を忘れるほどの怒りが原因で、ヒトデナシに変化したのだと私達は推測しました。そして、オニ型のヒトデナシに変化したのは作戦に参加した人達です」
てっきり、ヤギ型のヒトデナシが隠れていた建物内を歩いているのを発見したのかと思ってたら、警察や消防の人達が変化してしまったらしい。ちょっと衝撃的な内容だったので驚いた。直樹も驚きを隠せない様子で、深く息を吸いゆっくりと息を吐いていた。千春は目を見開いて口が開いていた。
北野先生によると、ヤギ型が潜伏している建物に突入すると、そこでは複数の女性達がヤギ型に囚われていて、体の損傷が激しく正気を失っている人や、既に息を引き取っている人もいて、警察や消防の人達でさえ目を背けたくなる光景だったそうだ。
普段は冷静沈着な警察や消防の人達だが、あまりにも酷い状況を目の当たりにした為に、数人の隊員が我を忘れて、ヤギ型に向かって部隊から勢いよく飛び出した。すると、ヤギ型にたどり着く前に勢いよく倒れて、体の変化が始まり味方であるはずの隊員達に襲い掛かって来た。
オニ型のヒトデナシに襲撃されて部隊が混乱していると、ヤギ型のヒトデナシが襲って来て部隊は更に混乱してしまった。部隊に多数の負傷者が出てしまい、このままではヤギ型とオニ型を駆除する事は不可能と考え、その場から撤退し形勢を立て直す為に、何とか小学校に戻って来たんだそうだ。
北野先生の話しを聞き終えて、千春が
「僕はなんとなくヒトデナシって悪い事っていうか、身勝手で周りに迷惑を掛ける様な行動をしちゃう人が、なるのかと思ってたんですけど。なんか違うみたいですね」
「善悪による行為ではなく、その人の感情が作用しているのではないかと、私達は推測し始めてるよ」
俺も千春と同じで、周りの事など関係ないって感じの自分勝手な人が、ヒトデナシに変化するかと思っていたけど、感情が作用しているってどういう事なんだろう。
「感情の変化は人の心の内面の事なので、目に見えませんし数値化も出来ません。我を忘れる程の感情の昂りがどの程度なのかも個人差がありますし、明確な指標を表すことが出来ません。ですが、私達は感情が昂って頭の中が真っ白になった人達が、ヒトデナシに変化してしまったのではないかと考えました」
北野先生は一度俺達を見ると
「自分の思い通りに物事が進まなくて、激しく苛立ったり悔しがって変化した人達。女性に対して激しい性的な欲求を抑え切れなくなった人達。そして、激しい怒りの感情で我を忘れてしまった人達が変化してます」
ふむふむ。髪の毛が抜けてスキンヘッドになった、肌の色が緑のヤツ。頭部がヤギになって黒い毛に覆われているヤツ。そして、今回確認された角が生えて肌の色が赤くなったヤツね。
「私達は感情が作用すると考えましたが、他の人達は新種のウイルスの仕業ではないのかとか、夜に出現するオーロラが原因ではないのか、と色んな憶測が飛び交ってます」
なるほどね~、ウイルスとかオーロラかあ。でも、そうだったとしても、早く大人達が頑張ってヒトデナシに変化する原因を見つけてくれないと、世の中がヒトデナシだらけになっちゃうんじゃないかなあ。それに、自分がヒトデナシになっちゃう可能性もあるんだよな。早くヒトデナシについて解明してくれないかなあ。
「私達は引き続き、快適で安全なより良い暮らしを目標にして、地域の人達の不平不満を解消する事で、人からヒトデナシに変化させない為に、感情の昂りを抑制しようと試みるつもりです」
はあ、そうですか。ヒトデナシを増やさない為にも、ぜひより良い環境作りを頑張って下さいって感じだけど、何で北野先生はこんなに頑張れるんだろうか。別に先生が頑張らなくても他の大人達が、それこそ警察や消防の人達がやる事なんじゃないのかなあ。
北野先生は学校の先生なんだから、生徒の面倒だけを見てれば良いんじゃないのって思うんだけど違うのかな、大人になったら自然と誰かの為に何かをしたくなるのかな。
でも、飲食兼休憩エリアには、普段何しているのか分からない大人達もいるんだよなあ。あの人達は地域の人達の為に何か頑張っているんだろうか。ただ、俺が何も知らないだけで、ここで休んでいる大人達も、何処かで誰かの為に頑張っていたりするのかな。
大人がみんな北野先生みたいな考え方なら、街は荒れ果てていなかったと思うしなあ。
ただ漠然と、大人は偉いって感じで普段から大人達が何を考えて、どんな行動をしているかなんて、気にしていなかったし興味も無かったもんなあ。ん~、でも結局。大人の人達にいっぱい頑張ってもらって、早く元の生活に戻して下さいって感じだな。
〇
「なあ、今まで生きてて、我を忘れるくらいの感情の昂りって経験したことってあるか」
千春は首を傾げて、直樹は腕を組んで目をつむって考えている。
「あとさあ、物凄く嬉しかったり、楽しかったりして感極まってテンション上がっちゃうと、やっぱヒトデナシに変化しちゃうのかな」
千春は眉間に皺を寄せて、直樹は少し唸りながら考えている。
俺達は北野先生と別れて体育館の宿舎へ向かった。
宿舎とは、小学校から支給された避難生活用の簡易間仕切りと、段ボール畳で作った俺達の寝床の事だ。
俺は段ボールで作った寝床に横になって、肘を着いて頭を乗せている。直樹は胡坐をかいて座っている。千春は壁に背を預け足を伸ばして座っている。
「ん~、僕は心が折れて、もうどうでもいいやって感じになった時に、感情を押し殺して現実逃避したって事ならあるかなあ」
さらに千春は腕を組んで
「ん~、我を忘れるって言うよりは、感情を遮断して何も考えないって感じになるのかなあ」
直樹が目を開けると
「俺は今まで我を忘れるって経験はないな。もちろん腹の立つ事もあるし、誰かを羨んだりした事もあるが。我を忘れるってのはやっぱりないな」
「そっかあ、直樹も我を忘れる程の感情の昂りは経験無いのかあ。俺もないんだよなあ。今まで何度か怒るって事はあっても、頭が真っ白になる事ってないんだよなあ。千春の感情をシャットダウンさせるってのも、強いて言えばテスト勉強を諦めて、もうどういいやって感じで、布団に寝っ転がるくらいの経験だもんなあ」
直樹が眉間に皺を寄せ
「でも、千春の現実逃避ってのはどうなんだろうか、ヒトデナシに変化する可能性が無いとも言い切れないかもだな」
「ん~、高校に入ってからは、うっちーが言ってた様なテスト勉強だとか、体力測定とかで最後まで頑張らないで諦めて投げ出しちゃう事ぐらいで、昔と比べると全然無くなったんだけどね」
千春が笑顔になり俺達に手の平を見せて腕を広げている。
直樹が組んだいた腕を解いて
「北野先生達の憶測に過ぎないが、感情の昂りがヒトデナシに変化してしまう要因かもって話しだから、たとえ良い感情の昂りでも、ヒトデナシに変化してしまうのかもだな」
千春が困った表情で
「でも、我を忘れる程の昂りだから、そう簡単に変化しないと思うけどね。嬉しい事でも声を上げて飛び跳ねるくらいで、頭が真っ白になった事ないもん」
俺は体を起こして
「ん~、だよなあ。そもそも我を忘れた事が無いから分からないよな。それに感情の変化が要因って北野先生達の考えで、他にはウイルスとかオーロラとかって考えてるみたいだしなあ」
直樹が苦虫を噛んだ様な表情で
「だな、でも感情が要因なら、俺とかっちゃんは普段から意識してるから大丈夫だが、ウイルスとオーロラに関してはどうしようもないな」
千春が首を傾げて
「なんで、感情だったら大丈夫なの」
直樹が笑みを浮かべながら
「頭に血が上ると冷静な判断が出来ないから、常に平常心を心掛けて感情をコントロールするようにしてるんだ」
千春が驚いて少し声のトーンを上げながら
「なんで、そんな事をやってるの」
「俺は直樹ほど感情の起伏は抑えられないけど、ジムに通ってるうちに出来るようになったな。対人戦で冷静に相手を分析しないと攻撃を予測出来ないし、感情的になると攻撃が単調になっちゃうからな、あと頭に血が上ってるとガードも甘くなるから良い事が無いんだ。だから俺と直樹はジムだけじゃなくて、私生活でも感情的にならない様に常に修行してるんだなあ」
俺がちょっと自慢げに話すと、千春が
「なにそれ。ちょっとカッコイイかも。僕も今日から感情をコントロールするように、修行を始めてみようかな」
直樹が頑張れよって感じで、千春の事を温かい眼差して見ていた。
結局俺達は、ヒトデナシに変化する事に関しては分からないから考えるのを止めて、眠くなるまで段ボールで作った将棋で遊んで夜を過ごした。




