第32話 大人達との戦闘訓練
小学校の校庭の、飲食兼休憩エリアから少し離れた広い場所が、とても騒がしい事になっていた。
複数の体格の良い大人達が、格闘技のスパーリングや空手の組手のように、実戦形式での殴り合いをしていたり、柔道の乱取りのように投げたり抑えたり、取っ組み合いをしていて小学校の校庭が今は格闘技団体の道場みたいに様変わりしていた。
肉弾戦をしている場所から少し離れた所では、体格の良い大人達が光るサンドバックや光る壁を蹴ったり殴ったりしていた。やはり、そこだけ見ると小学校の校庭ではなく、どこかの格闘技団体の道場みないになっている。
魔法を覚えたい警察と消防の人達が、直樹達に魔法の使い方を教えてもらいに、校舎から校庭にやって来ていた。
直樹達の教え方が上手いのか、あるいは大人達の理解力が高いのか、直樹達の手本を見ると、参加した人達が一人二人とあっと言う間に魔法を使えるようになった。
そして怪我を治すことが出来る治癒魔法ヒールが大活躍している。
使い慣れていない魔法を使っての肉弾戦なので、訓練開始当初は怪我人が続出してしまい、大人達は魔法を使っての訓練が、思うように出来なくって困っていた。
でも、千春と西條さんが、一生懸命ヒールで怪我人を治しまくっていたので、怪我人だった人達が、すぐに元気になって訓練に参加して行った。その様子を見ていた大人達は、怪我をしてもヒールを受ければすぐに訓練に再開で出来ることを知った。
すると、力や技を加減していた大人達が、怪我を恐れる心配が無くなり気兼ねなく訓練が出来るようになって、一気に肉弾戦がヒートアップしてしまった。
なので今は、ヒールを覚えたい大人達や、ヒールの効果や能力を向上させたい西條さんが、怪我人を片っ端からヒールしまくっていた。
直樹と沙織は体格の良い大人達と一緒に、殴り合いや取っ組み合いを楽しんでいた。
千春は魔法を使って攻撃したり、大人達からの攻撃を魔法で防いだり、肉弾戦では無く魔法を使って戦闘訓練を行っていた。
麗奈は木刀を持って戻って来た白沢先生と二人で、戦闘訓練をしていた。
そして、西條さんは怪我人をヒールしまくっていた。
みんなが訓練している中、俺は飲食兼休憩エリアから格闘技団体の訓練を眺めている。ただボーっとしながら眺めているのではなく、訓練している一帯にサイレントの魔法を展開させて中の音が外に漏れないようにしているのだ。
何気なく自分の周りを見て気づいた事なのだが、ヒートアップしている大人達の威勢の良い掛け声や気合い。殴ったり蹴ったりする時に発生する肉と肉がぶつかる音。そんな掛け声や打撃音に慣れていない人が耳にすると怖かったり不快に感じるようで、飲食兼休憩エリアで休憩している人達や炊き出しを調理する人達が、掛け声や気合いで肩をビクッとさせたり、肉弾戦の音が不快なのかずっと浮かない表情の人達がいたり、表情を曇らせ飲食兼休憩エリアから離れて行く人もいた。
なので、俺はサイレントを発動して訓練の音を遮断してみた。
すると掛け声や気合いは聞こえなくなり、肉がぶつかり合う音もしなくなったので、不快な表情をする人もいなくなり、席を立つ人もいなくなった。
俺は掛け声や気合い、打撃音とかは慣れているから全く気にはならなかった。でも当たり前だが自分は全く気にしない事でも他の人達からしてみれば怖かったり、物凄く不快だったり、居心地が悪い事もあるって事を改めて実感した。
これからはなるべく、周りに気を配る事を忘れないようにしないとな。って思ったのと同時に、激しい訓練を眺めて楽しんでいた自分の事が少し恥ずかしく思えた。
〇
戦闘訓練を眺めていたら、校舎から子供達を連れて校長先生と北野先生、そして複数の大人達が飲食兼休憩エリアに近づいて来た。
校長先生と大人達は、子供達を連れて戦闘訓練が行われている場所へ向かって行き、北野先生は俺の方へやって来た。
停電で学校に残っている生徒達と先生達なのかな。
男子生徒は目をキラキラさせながら、体格の良い大人達のバトルを遠巻きに眺めている。女子生徒は白沢先生と麗奈の訓練や沙織を、やはり遠巻きに眺めている感じだ。
生徒達から歓声が上がっている。千春の戦闘みたいだ、魔法障壁で近接攻撃を防いだり、たぶん風魔法だと思うけど、大人達が豪快に吹っ飛ばされていた。
校長先生や先生達はかなり驚いた表情で、生徒達の後ろから大人達のバトルを眺めていた。
北野先生が俺の隣に座ると訓練を見ながら
「ちょっと、想像以上に凄い事になってて驚いてるよ」
「ですね、ちょっと激し過ぎますよね。俺も見てて思いますもん」
そして、北野先生はちょっと引きつった表情で
「上半身裸の人って、森下君だよね」
「ええ、直樹です。今は魔法で筋力を上げてるんで、体がでっかくなってます」
「じゃあ、あの人は吉田さんかな」
「はい、沙織も魔法で筋力を上げてるんで、体がでっかくなってます」
北野先生は少し困った表情で
「なんで吉田さんは、あんな格好なのかな」
「制服を脱いどかないと、破れちゃうからですね」
「何と言うか、あんな格好で吉田さんは恥ずかしく無いのかな」
「ジムでもあんな感じなので俺達は気にしませんし、本人も感覚がマヒしてるんだと思います。やっぱ世間的にというか、一般的にはあの格好はマズイんですか」
ジムではスパッツの上にショートパンツを履いているけど、俺は沙織のアンダーアーマーとショートスパッツ姿は見慣れているからなあ。でも、麗奈がジムの格好になったらヤギ型のヒトデナシが大量に発生しそうで、ちょっと怖いけどね。
北野先生は頭をかきながら
「マズイって事は無いけど、もう少し肌の露出を抑えた方が良いかもね」
そう言うと、北野先生は魔法を使った戦闘訓練を興味深そうに見始めた。
北野先生が訓練を見ながら、どんな魔法を使って訓練をしているのか、何度か質問されたので、それに答えたりしながら、俺もみんなが行っている訓練を眺めていた。
直樹が腕や足を大人達に掴まれて、身動き出来ない状態になっていた。どう対処するのか気になったので見ていると、直樹は力任せに腕や足を振り回し、大人達からの拘束を思いっ切り腕力で対処していた。
直樹は空手も習っているので、拘束状態からどんな対処方法で脱出するのか参考になると思い期待していたのだが、完全に力技での脱出だった。
でも、小学校の生徒達はそんな直樹のパワフルな動きを見て、大はしゃぎしていた。
沙織と千春が二人で複数の大人達と向かい合っていた。すると、一斉に大人達が沙織と千春に向かって走り出し、沙織が一人で大人達に向かって突っ込んで行った。
走り出した大人達の数歩手前に、扉くらいの大きさの障壁が数枚出現し、半数近くの大人達の動きを止めた。そして、障壁を避けた大人達の動きが急に遅くなった。
障壁を避けて動きが遅くなった大人達が、突っ込んで行った沙織の蹴りや肘を喰らって、吹っ飛んだり、ぶっ倒れたりしている。
沙織からの攻撃を受けていない大人達は、ゆっくりとした動作で千春に迫って行った。
千春に接近してきた大人達の動きが更に遅くなり、目の前に新たに障壁が出現した。大人達は前進出来なくなりその場に立ち止まった。千春が後ろに下がり大人達から離れて距離を取る。
すると、千春が風魔法を発動させたのか、障壁で足止めされてた大人達が、放物線を描きながら最初に立っていた場所まで吹っ飛んでった。
沙織を見ると、始めに障壁で足止めされていた大人達と乱戦状態だった。
何故か小学校の生徒達は肉弾戦をしている大人達ではなく、沙織を応援していた。そして、魔法を使った千春の事を、生徒達はキラキラした眼差しで見つめていた。
麗奈と白沢先生の戦闘訓練も見てみる。
麗奈は素手で白沢先生は木刀を持って、二人は距離を取り向かい合っていた。
白沢先生は木刀を剣道みたいに体の正面で構えないで、右腕に乗せていて、俺は初めて見る構え方だった。
左手で木刀の柄頭を軽く握って、腕は曲げて肘を肩くらいまで上げて、肘を前へ突き出した感じだ。
右手は木刀の柄に軽くそえている感じで、右腕も曲げていて肩くらいまで肘を上げいる。そして右肘と右肩の腕に木刀を乗せていた。
木刀は地面に水平になる感じで、切っ先を後ろにさせて右腕に乗せている。切っ先を相手に向けるのではなく、柄頭を相手に向けていて、常に左肘と木刀の柄頭が相手に向いている感じで構えていた。
俺は始めて見る構え方だけど、直樹なら知っているのかな。でも実際に白沢先生と向かい合ったら、やりにくそうだな。
上から振り下すにしろ、右から左へ振り抜くにしろ、一度振りかぶる動作が必要になるけど、白沢先生の構えはすでに振りかぶっている状態に見えるから、上下なのか左右なのか、どんな攻撃をして来るのかが予測しにくいな。
あっ、でも右腕に木刀を乗せているから、右から左への横の攻撃はあるけど、左から右へ横の攻撃は無いのかな。
麗奈は左拳を肩くらいの高さに上げて、腕は軽く伸ばしている。右拳は顎くらいの高さに上げて、腕は曲げて構えている。左足が前で右足は後ろにして、小刻みに前後に体重を移動させてリズムを取っていた。前後左右に動いて白沢先生の出方を伺っている。
白沢先生は木刀の柄頭を麗奈に向けながら、左足が前で右足は後ろにして、静かに麗奈の出方を伺っている。
こっちから見る限り麗奈は一定の距離、たぶん木刀の長さ分の距離を縮められないようで、白沢先生が前に出たら後ろに下がるか左右に動いていた。
白沢先生がどんな攻めをするのか気になるし、麗奈もどんな攻防をするのか見ものだなって思っていたら、二人が構えを解いて横を向いた。
二人から少し離れた場所で、沙織が手を上げて何か言っているみたいだった。
小学生の生徒達は白沢先生と麗奈に、なぜか拍手をしていた。
大人達が戦闘訓練を止めて何やら集合し始めた。どうやら訓練が終わるみたいなので、俺は広範囲に展開していたサイレントの魔法を解除した。
大人達と直樹達が何か話していると、集団の中から麗奈と千春と西條さんが少し離れて横に並び始めた。何が始まるんだろうか。
麗奈は集まった人達に体を向けた。そして、目を閉じると何かに祈る様にして、胸の前で指を組んだ。千春も集まった人達に体を向けて、姿勢よく胸を張り両手を広げていた。西條さんも麗奈と千春と同様に、集まった人達に体を向けて、肩幅に足を開いて姿勢よく胸を張り、両手を高く上げている。
すると一か所に集まった人達全員を、淡い光が包み込むんでゆっくりと光が消えてった。集まっていた大人達から野太い歓声が上がった。戦闘訓練を眺めていた小学校の生徒達からは甲高い歓声が上がった。
汗やホコリで汚れた体をクリーンで綺麗にしたみたいだった。現実離れした光景で俺もちょっと驚いた。
大人達が一緒に訓練をした直樹達と握手をしたり、肩を叩いたりお互いに健闘を称え合っている感じだった。一通り直樹達と大人達との挨拶が終わると、大人達は校舎に向かって歩いて行った。
その場に残った直樹達に小学校の生徒達が、ワキャキャと騒ぎながら群がって行った。
直樹と沙織に握手を求める生徒や、千春に魔法障壁を発動させて触れさせてもらう生徒。白沢先生に色々質問している生徒や、麗奈と西條さんに握手を求める生徒達で、直樹達の周りが凄く賑わっていた。
直樹達が何か物凄く人気者になっていた。たぶん現実離れした戦闘訓練だったからだろうな。小学校の生徒達からしたら、テレビや漫画の世界みたいで、ドキドキワクワクしながら、訓練を眺めていたのだろうな。
白沢先生も木刀をぶん回していたから、生徒達の見方が変わったのかもしれない。
直樹を見てモジモジしている女生徒がいた。将来的には麗奈みたいになるのかと思うと、少しだけあの子の将来が心配になった。
生徒達はまだ直樹達と戯れたいみたいだったけど、校長先生や他の先生達に促されて校舎に向かって行った。
白沢先生はもっと訓練がしたかったと言い残して、北野先生と一緒に校舎に向かって行った。




