第18話 再びヤギ
校長先生達との応接室での話しが終わり、少しゆっくりしたかった俺達は、学校の校庭に設けられている飲食兼休憩エリアに向かっていた。
土足のままで校舎内を歩いて良かったので、下駄箱に用事は無いので、そのまま通過し校舎の昇降口へ向かって行くと。
「ねえ、アレって沙織ちゃんと麗奈ちゃんじゃない、って、ヤギー」
昇降口を出た千春が、飲食兼休憩エリアの方を見て大声を上げた。
急いで昇降口を抜けると、飲食兼休憩エリアで沙織と麗奈が三体のヤギに囲まれていた。
沙織達の周りのテーブルと椅子が倒れて散乱していた。その近くでは女性に覆い被さり、ヤギに背中を蹴られている男性もいた。
なんと、飲食兼休憩エリアにヤギ型のヒトデナシが四体も出現していた。
沙織と麗奈はヤギ達の出方を伺っている感じで、怯えている感じではかった。けど、どちらかと言うと二人はかなりご立腹の様子だった。
ヤギは三体とも前傾姿勢で手は開いて腕を曲げている。殴る蹴るではなく、沙織達に抱き着いたり、掴みかかろうとしている雰囲気だった。
俺はヤギの出方を伺っている沙織の足の位置を見て違和感を感じた。
普段の沙織は、左足を前にして右足は後ろだ。そして相手の出方に合わせて直ぐに反応出来るように、前後に小刻みに体重を移動させながらリズムを刻んでいる。
でも今は、右足が前で膝を曲げてつま先立だし、左足が後ろで体重を乗せている状態だった。俺には右足の膝か足首を痛めていて、右足をかばっているように見えた。
麗奈はいつも通りの構えだった。相手に対して左腕を少し曲げて拳は肩の高さ、右腕は曲げて拳は顎の前あたりで構えている。左足が前で右足は後ろにし、前後に体重を移動させながらリズムを取っている。
そして、リズムに合わせて胸が大きく揺れていた。麗奈はいつも通りだった。
沙織も麗奈もまだ俺達に気づいていなかった。
「直樹と千春は沙織達をたのむ」
「おう」
「おっけ」
直樹達に沙織と麗奈を任せて俺は、体を張ってヤギから女性を守っている男性の方に向かって行く。
ん~、やっぱり遠距離魔法を使えるようにしとけば良かったなあ、相手との距離があるとこの先、色々不便かもなあ。ってな事を考えていると、沙織達を囲んでいるヤギ達が、何かに弾かれたようにふらつきながら後ろに数歩下がった。
直樹の衝撃波か千春が遠距離魔法を使ったのかな、やっぱ俺も遠距離魔法を覚えたいな。ってな事を考えている最中でも、女性を守っている男性はヤギにガッシガシ蹴られていた。
早く何とかしてあげたいなあ、ちょっと試してみるかな、俺は強くイメージした。
ヤギの目の前に突然ライトボールが炸裂した。ヤギが目を押さえながら後退り、背中を蹴られまくっていた男性から、ヤギを引き離す事に成功した。
この間、直樹を驚かすためにやって自爆した、ライトボールをヤギにお見舞いしてみた、意外とすんなり出来るもんだ。
ヤギは目を押さえて唸っていた。
俺はヤギにたどり着き駆け付けた勢いそのままに、左太ももにローキックを思いっ切り叩き込む。ヤギは奇声を上げ後退るが、左足に力が入らなくて地面に手を着き尻もちを着いた。
俺はヤギとの距離を詰め、蹴りやすい高さになったヤギの首から後頭部あたりに、右のミドルキックを振り下ろした。
ヤギは顔面が地面に当たる前に消滅した。
ヤギに蹴られまくっていた男性を見ると、呼吸は荒く顔色も悪くてイヤな汗が顔からダラダラたれていた。
千春を見ると沙織に治癒魔法を使っている。
男性はかなりツラそうなので、千春を待つよりも俺がやった方が良いかもなあ。
俺は男性の傷が完治出来なくても、痛みが少しでも緩和出来れば良いなって思ったのでイメージしてみる。
どこが痛いのか分からないので、大まかに上半身を治癒させるイメージで男性にヒールを使ってみた。
男性の上半身が淡い光に包まれると、荒れていた呼吸は落ち着いて顔色が良くなり、イヤな汗も引き始めた。意外とすんなり出来るもんだ。
男性に守ってもらっていた女性を見てみると、さっきヤギから助けた女性だった。ちょっとヤギとの遭遇率が高すぎなんじゃないかな。
直樹達を見ると沙織がヤギと戦っていた。
直樹は腕を組んで見守っていて、麗奈は腰に手を当てて見守っていた。
千春がこっちに向かって歩きながら
「怪我が治った途端にヤギに突っ込んでいったよ~」
「なんかすっげえ怒ってた感じだったもんな、ちっとこの人を見てくれ」
俺は千春に男性を見てもらい、女性の様子を伺うが怪我はしていなさそうなので沙織に意識を向けた。
沙織は右のローキックでヤギの動きを止めて、左の膝をヤギの右わき腹に勢いよくめり込ませた。ヤギが体を丸め右わき腹を手で押さえる。体を丸めたヤギの頭が沙織の胸の高さまで下がってきた。沙織がヤギの頭に体重を乗せた右肘を、思いっ切り打ち込んだ。
ヤギは左に倒れながら消滅した。
直樹は沙織がヤギを駆除したのを見届けると、倒れたテーブルと椅子を直し始めた。
麗奈は沙織に近づき何か話している。
校舎の昇降口から白沢先生と男の人が走って来るのが見えた。遅れて保健の先生も走って来るのを見て千春に
「保健の先生が来たみたいだぞ」
「二人とも怪我は平気みたいだけど、精神的に参ってるみたいだね。それと女の人ってさっき助けた人だよね、ビックリだよ」
千春は地面に座すわっている女性と男性を一度見ると、離れても大丈夫と判断したのか直樹の方へ歩いて行った。
沙織と麗奈の話しは終わったみたいで、麗奈がどこかに歩いて行き、沙織はこっちに歩いて来た
「油断してたわ」
「何が」
「攫われそうになったのよ」
「へー、誰が」
「私達よ」
「えっ、何でえ」
「絡んできた男達を適当に相手してたら、一人に突然後ろから抱きかかえられて、もう一人に足を持たれて私と麗奈が攫われそうになったのよ」
「こんな場所で、昼間っから」
「そうよ、普通そんな事されるなんて思わないでしょ」
「だよなあ」
俺が苦笑いしていると、息を切らしながら白沢先生がやって来て、沙織に
「大丈夫、だったみたいね」
「ええ、問題ありません」
「中井さんは、大丈夫なのかしら」
「大丈夫です、いま飲み物を取りに行ってもらってます」
麗奈がどっか行ったと思ったら、飲み物を取りに行ったのね、ありがとう。
ヤギに蹴られていた男性と守られていた女性が、保健の先生に連れられてどっかに行くみたいだ。たぶん保健室だろうな。
倒れたテーブルや椅子を直して、白沢先生と俺達が椅子に座ると、男の人が消滅したヤギの衣類を持ってこっちに来た。
どんな状況だったのか確認したいとの事なので、白沢先生が麗奈が戻ってから話しましょうって事になり、人数分のお茶のペットボトル七本を持った麗奈が椅子に座ったところで話しが始まった。
沙織達は俺達が北野先生と応接室に行くのを見送り、白沢先生と一緒に炊き出しを頂いた後は、職員室に移動して白沢先生の同僚に魔法を教えていた。そして用事のある白沢先生達と別れてからは、ずっと飲食兼休憩エリアで休んでいた。
沙織と麗奈の二人でのんびり過ごしていたら、四人の男達が「遊びに行かないか」と声を掛けて来て、沙織達は「停電でどこもお店はやっていないでしょ」って感じでやんわり断ったのだが、男達は立ち去る事なく、沙織達の隣に座って話し続けていたんだそうだ。
そのうち沙織達は男達の相手をするのが面倒くさくなり無視する事にした。
四人の男達は席を立ち、離れて何か話し始めていたので、沙織と麗奈は男達がそろそろ諦めて立ち去るのかと思ったらしいのだが、男達は戻って来て、一人は沙織の後ろに立って話だし、一人は沙織の隣に座ってまた話しを始めた。
麗奈の後ろにも、戻って来た男の一人が立ち話を始め、もう一人は麗奈の隣に座って話し始めた。
男達の相手をするのが面倒くさいと感じて無視をしていた沙織と麗奈だったが、突然、後ろに立って話していた男が羽交い絞めして来て、隣に座っていた男には足を掴まれて、二人は男達に抱きかかえられてしまった。
男達の拘束から逃れるために暴れてい二人だったが、男達が急に沙織達を抱きかかえたままその場に倒れ込んだ。麗奈は上手く着地できたが沙織はテーブルと椅子を巻き込みながら、男達と一緒に倒れてしまい、その時に足首を痛めてしまったそうだ。
四人の男達はヤギに変化し三体は沙織と麗奈に迫って行き、一体は近くで休んでいた女性に迫って行った。
沙織達を囲んでいたヤギの三体のうち二体は、直樹が駆除し一体は沙織が駆除した。残りの一体は、体を張って女性を守っていた男性を足蹴りしていたので、俺が駆除した。
沙織達の話しが終わるとヤギの服を回収した男の人は、沙織達に怪我が無い事を確認して校舎へ向かって行った。
〇
飲食兼休憩エリアの細長いテーブルに俺、直樹、千春で並んで座っている。
テーブルを挟んで俺達の正面に白沢先生、沙織、麗奈って感じで並んで座っている。
俺はテーブルに肘をつき頬杖をついて座っている。
直樹は胸の前で腕を組んでいる。
千春はテーブルに組んだ腕を乗せている。
白沢先生は両手を膝の上に乗せて、姿勢正しく座っている。
沙織は左手でペットボトルを握り、右腕を椅子の背もたれに預けて、握ったペットボトルを見つめている。
麗奈は左手で右の手首を掴んで、両腕をテーブルの上に乗せ、胸もテーブルに乗せて座っている。
みんな考え事をしているのか、誰も喋らないから飲食兼休憩エリアで休んでいる人達の声がやけに大きく聞こえる。
俺達の休んでいる場所だけは、静かに時が流れていた。
すると、沙織が一口お茶を飲んで
「白沢先生から停電してからの事を色々と聞いてたから気をつけないとって思ってたけど、まだ認識が甘かったみたいね」
麗奈が真剣な表情で
「うん、私も今回の件で実感したよ」
白沢先生が椅子から立って
「未遂で終わって最悪の事態にならなかったとは言え、本当に申し訳ございませんでした」
突然、立ち上がって何するのかと思ったら、白沢先生が頭を下げた。俺が驚いていると沙織が
「先生、良いよ頭を上げて下さい」
そして麗奈が
「うん、私達は大丈夫だから、座って下さい」
白沢先生は頭を下げたまま
「でも私達のせいで、あなた達を危険な目に合わせてしまったのよ、本当にごめんなさい」
何で白沢先生達のせいなのか、俺は良く理解出来ていないのだが、沙織も麗奈も気にしていないみたいだから頭を上げれば良いのになあ。って思っていると沙織が困った表情をして
「先生は何らかの責任を感じて、本心で私達に頭を下げてるってのは分かるけど、私達が気にしていないんだから、頭を上げてください」
麗奈は席を立って白沢先生の手を握って
「本当に大丈夫ですから、座ってください」
白沢先生は、今にも泣きそうな表情で席に座った。