第10話 街並み
停電が発生して五日目。電気は復旧しないし、車もバスも何故か動かない。学校の先生は何かイライラしているし、学校の非常食にも飽きた。
そろそろ家の布団で寝たいし、非常食以外の食べ物が恋しくなって来ている。
なので俺達は下校を始めた。
いつも利用しているスクールバスの運行ルートを、歩いて移動しているのだが、目に入る範囲の全ての自動販売機は破壊されていた。
車やトラック、路線バスが道路に停まって乗り捨てられていた。
車同士で追突していたり、トラックの横に車が突っ込んでいたりして、事故を起こした状態のまま、車やトラックが道路に乗り捨てられていた。
事故車を避けようとしたのか、ガードレールに突っ込んでいる車もあった。事故を起こして燃えたのか、焼け焦げた車も何台かあった。
トラックの荷台の扉は、全て開いていて荷物が散乱していた。
店のシャッターはこじ開けられていて、自動ドアは割れていた。そして店内は荒らされていた。
ビックリするくらい、スクールバスからいつも眺めていた街並みは変わり果てていた。
俺達がそんな変わり果てた街並みを歩いていると、スーパーの駐車場で何やら揉めている大人達を発見した。
スーツを着た細身のおじさん、トレーナーを着た太ったおじさん、ロングスカートの主婦って感じのおばさんが、何かの袋を足元に置いて言い争っていた。
「私が先に見つけたんだ」
「全部よこせとは言ってない、半分、いや少し分けてくれって言ってるんだ」
「家に子供と寝たきりの祖母がいるんです。だから譲ってくださいお願いします」
聞こえてくる会話から察するに、スーツのおっさんが見つけた荷物にトレーナーのおっさんが分配してくれとお願いしていて、主婦は子供とおばあちゃんがいるから荷物を全部譲って欲しいって言って揉めている感じだった。
大人が言い争っているのって、見ていてすっごいイヤな気分になるのはなぜだろう。
「しつこいな、私が見つけたんだから私の物だ」
スーツがトレーナーの肩を強く押した。
「だから全部よこせって言ってないだろ」
トレーナーが、押されたスーツの腕を掴んで離さない。
「うちには子供と祖母が待ってるんです」
主婦が二人の横に立ってお願いしている。
俺はこの大人達を放っといて、帰ろうと思うのだが、他のみんなはどう思っているんだろうか。
「なんか大人が言い争ってるのって、見ててイヤな気分になるわね」
「だねえ、僕は放っといて良いと思うんだけど」
「独り占めしないで三人で分ければ丸く収まるのに」
沙織、千春、麗奈、俺もそう思うぞ。
直樹は無言で大人達の動向を見守っている感じだ。
千春が嫌そうに
「やっぱ主婦が危なくなったら助ける感じかなあ」
沙織が
「そうね、もしそうなったら助けに行かないとかもね」
だよなあ、やっぱ主婦が危なくなったら止めに入る感じになるよなあ。って思っていると、スーツがトレーナーをぶん殴って二人がもつれて倒れ込んだ
「あっ、殴った」
「でも殴り方がヘタね」
「見た感じだとスーツもトレーナーも格闘技未経験者の様ですね」
千春は驚いた様子だけど、沙織と麗奈は殴り合いに免疫があるからなのか、冷めた目で大人達を見ていた。
千春が指さしながら
「あっ、主婦の人」
スーツとトレーナーが地面で横になって殴り合っている間に、主婦が袋を持って走り去って行った。
激しく殴り合っている二人の大人を見て、沙織が
「ん~、主婦の人はどっか行っちゃったし、あの人達はもう放っといていいんじゃない」
走り去る主婦を見ながら麗奈が
「ですね。帰りましょ」
俺達は大人達の殴り合いを止める理由はないので、下校を再開した。
〇
学校からだいぶ歩いて来たけど、街の景色は相変わらず殺伐としていた。
道路に停まって乗り捨てられた車や、荷物が散乱しているトラック。
出入口が破壊されて商品を物色された店。
しばらく俺達は周りを見ながら無言で歩いていた。
先頭を千春と沙織と麗奈が並んで歩いて、三人の後ろを俺と直樹が歩いている。
沙織が隣を歩く千春に
「こんなに様子が変わってると夢を見てるみたいね」
「うん、なんかまだ現実を受け入れられないって感じかなあ」
沙織が周りを見ながら
「お店を荒らしたりトラックから荷物を盗ったり、そこまで切羽詰まった状態だったのかしら」
千春がいつもより低い声で
「だよね、停電してても食べ物や飲み物って家にもあるよね」
麗奈も暗い声で
「停電が発生してからまだ五日しか経ってないのに、外がこんな状態になってたなんて思わないよね」
前を歩く三人の会話を聞きながら、俺は隣を歩く直樹に
「ほんと外がこんなになってるって、思わなかったな」
「だな」
「でも、停電になったからって街が、まるで世界が終わるみたいな感じになるもんかね」
直樹は少し考えて
「電話が使えないってのが必死に物を集める要因になったのかもな」
「情報がないから不安になったって言うのか、だとして自販機を壊したり店を荒らしたりするもんかね」
前を歩いていた麗奈が振り返って
「もし克也君のお気に入りのラーメン屋さんが、近いうちに閉店するかもしれないって聞いたらどうします」
「そりゃあ、噂だったとしても閉店する前に急いで食べに行くでしょ」
「ですよね、それと同じ感じで、車が動かない電話は使えない。そうなると、いつ食料が手に入るのか分からないって状況だから、物がなくなる前に急いで買っておかなきゃって、みんな思ったんじゃないんですか」
千春が会話に入ってきた
「周りの人が物を買い始めれば、自分もなくなる前に買っておかないとって、思うだろうし、情報がないから、電気の復旧がいつになるのか分からなくて、でも、食料がないと不安だから、少しでも多く集めとかないとって、考えたのかもしれないよ」
すると沙織がこっちを向いて
「お店に商品がなくなれば、自販機とかトラックから荷物を盗り始める。普段ならそんなことなんて絶対にしないんだけど、いつ食料が手に入るか分からないから、不安になって誰かが盗り始める。そして、早くしないと物がなくなるから、焦って他の人も急いで盗り始めるって感じかしら」
俺は周りを見渡しながら
「だとしても、短期間でここまで殺伐とした街並みになっちゃうもんなのかね」
千春が浮かない表情で
「実際に物を盗っている人たちを見てないし、どんな状況だったのかも分からない。もしかしたらお店の人がみんなに配ったのかもしれないし、トラックの運転手さんがみんなに渡したのかもしれない。でもさっきのスーパーの駐車場で言い争っていた大人達を見ちゃうと、奪い合いとか盗り合いがあっても不思議じゃないって、思っちゃうんだよね」
沙織と麗奈が表情を曇らせて黙ってしまった。
千春が立ち止まると右手を腰に当てて、左手で顔を押さえながら俯いた。
「でね、盗るものがなくなると絶対に自分より弱い人から奪い取ろうって、考えるイヤな奴らが出てくると思うんだ。だからそんなイヤな奴らに絡まれるかもって、思うと不安になるし怖いんだよね」
千春に言われてその可能性は否定できないと思ったので
「確かに面倒くさい連中は出てくるだろうな」
「でしょ、麗奈ちゃんを家に送ったら僕は一人で家に帰る事になるんだけど、外がこんな状況だから、学校に戻ろうかちょっと迷い始めてるよ」
なるほど、千春は一人で帰るのが不安で怖いのね、直樹に目配せしながら
「もし千春の家でご馳走してくれるんなら、俺は千春を家まで送って行くぞ。なあ直樹」
「おう、送って行くぞ」
千春は俺と直樹を見て嬉しいような、申し訳なさそうな複雑な表情を浮かべると
「ありがとう、家でご馳走するから一緒に帰ろうね」
千春は笑顔になると、俺と直樹を食事に誘った。
〇
俺達は変わり果てた街並みを無言で歩いている。
俺達の足音と、鳥の鳴き声がやけに大きく聞こえる気がする。
すると、少し先の公園から人の声が聞こえた
「北野先生、そっちの二体をお願いします」
「はいっ」
何だか切羽詰まっている感じの口調だ。
沙織と千春が、公園の出入口を目指して急ぎ足で向かって行った。麗奈と俺は、公園の植木の隙間から公園内の様子を伺いながら、出入口を目指して歩いて行く。少し離れて歩いていた直樹も、公園からの声と俺達が動き出した事に気づいて、急ぎ足でこっちに向かって来る。
沙織と千春が公園の出入口から中の様子を見て止まっていた。
麗奈と俺も出入口まで来て中の様子を見て止まってしまった。
俺の後ろで直樹も止まっている感じだ。
服を着ているので人だと思うんだけど、髪の毛が無く、肌の色が緑色の五体の何かが公園内にいた。
そして、公園の出入口から右側にある滑り台の近くで、野球のキャッチャーが着ける防具を身に着けた中年のおじさんが、道路工事とかで車を誘導している、制服姿の二体の何かに向かって、バットを振り回していた。
さらに、滑り台の奥にあるブランコの近くで、剣道の防具の胴だけを着けた眼鏡のお姉さんが、工事現場とかで仕事をしている、作業着姿の三体の何かに向かって、木刀を構えている。
髪の毛が無く、肌の色が緑色の五体の何かは、歯をむき出し鼻にしわを寄せ、唸りながらおじさんとお姉さんを囲んでいた。
目の前の情報量が多すぎて処理しきれないで止まってしまった。
なんで、公園でキャッチャーの格好をしてバットを振り回している。
なんで、公園で剣道の防具を着て木刀を構えている。
そして、なぜ気持ち悪い緑色の何かが、歯をむき出し唸りながら、おじさんとお姉さんを囲んでいる。
公園内の状況を見て思考が停止していると、ブランコの近くで木刀を構えているお姉さんと作業着姿の何かが動き出した。
お姉さんの正面に立っている作業着が、木刀を掴もうと手を伸ばした。お姉さんは作業着の手を木刀で振り払って、力強く一歩踏み込むと作業着の頭に木刀を打ち込んだ。作業着は頭を抱えてその場から後づさった。
右側に立っている作業着が奇声を上げてお姉さんに掴み掛ろうとする。木刀を構えながらお姉さんは素早く後ろに下がって、迫って来た作業着の喉に木刀の切っ先を勢い良くめり込ませた。作業着は喉を抑えながら後ろにぶっ倒れた。
「直樹、キャッチャー」
「おう」
沙織が直樹に声を掛けて、公園奥のブランコの近くで戦っているお姉さんの方に向かって走って行く。
直樹は手前の滑り台の近くで、バットを振り回しているおじさんの所に走って行った。