表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/12

綾瀬三姉妹

 綾瀬の家は『妖貸アヤカシ』の家。

 望みを叶えるため妖の力を封じた道具を貸し出す。

 屋敷に封じ込めた妖を見張るため、綾瀬の呪い子は家を出ることは出来ない。

 それゆえ綾瀬の家は『妖枷アヤカセ』の家とも呼ばれている。



 御葉白みはしらの地には三人のカミサマが住むという。

 正確には三柱と称するのだが、この地を治めていた綾瀬の巫女はイキガミ様とも呼ばれているのが由縁でもある。

 


 三人のカミサマと縁を結んだ綾瀬の家には血筋の違う『三姉妹』が住むという。

 『長女』『次女』『三女』と続柄ではあるが綾瀬に置いては尊称である。


 『長女』は火気を創り出し、

 『次女』は龍神の嫁になり、

 『三女』は土中の花を愛した。


 その『三姉妹』の声を聴くのが綾瀬の巫女の役割である。


 その一人。

 綾瀬の『長女』である、綾瀬つばさは齢十二歳で当主を継いだ。

 『長女』でありながら最年少だ。

 最年長である『三女』の朱葉は自由奔放で、当主のつばさのいうことなど全く聞く耳を持たない。おまけに大好きな兄と恋仲になっている有様である。

 兄の特異体質からすれば、綾瀬の巫女が惹かれずにはいられないのだが、胸につかえるモヤモヤは晴れることはない。

 とはいえ、つばさの気持ちも汲み取ってなのか兄に甘えることにとやかく言うことはなかった。

 共有することに抵抗はないが、いかんせん鈍感な兄にはその意図が全く伝わっていないのだろう。

 無邪気でお兄ちゃん大好きな妹を演じているに、最近では窮屈さを感じている日々だ。

「はぁああああ」

 大きなため息が零れ落ちた。

 朱葉の家を出て、『次女』の邸に向かう。師走の風の寒さに震えながら、ガラスドームに覆われたパンケーキは呑気に揺れている。

 うっかり崩してしまうものなら、澪に何と言われるか分かったものじゃない。

 足取りも重く、朱葉宅の小径を抜けると遠くから鳥の声がした。

『あるじ様―!』

 燃えるような紅い羽を翻し、文鳥ほどの大きさの守護獣はつばさの肩にヒラリと乗る。

 実態を持っているわけではなく、霊体に近い存在の鳥の本名は『紅蜂丸べにほうまる』というのだが、

「ピィちゃん」

 主人であるつばさはあだ名で呼んでいる。

『どちらに向かわれるのでありますか。私め、あるじ様の護衛として精一務めてまいる所存でありまするぞ!』

 小さい個体でありながら頼もしいことをいってくれる。とはいえ冬の帳は早く、濃紺の色彩が視界に映り込むと、途端に守護獣はポンコツになる。

『申し訳ありませぬ、あるじ様。私め、漆黒の支配者にはまだまだ打ち勝つことができませぬ。せめてこの身はあるじ様の防寒のお役に立てればよろしいのですが』

 なにしろ鳥目だからだ。夜は全く役に立たない。

「うん、ありがとう」

 炎を纏っているような気配を醸し出す守護獣は首元に居るだけでも温かい。

 もともと不死鳥を模しているのだ。

 炎から生まれ代わる存在は永遠の命を有している。綾瀬の当主が権力と能力の象徴として生み出すため、主人と共に成長する。

 そのため紅蜂丸は口調こそ堅苦しいが、存在自体は日が浅く、雛鳥と変わらない。

 基本的に守護獣は不調を主人には訴えないせいか、水の神を祀っている『次女』邸に何の心構えもなく挨拶に行った際、ひどく責められたものだ。

 ――雨が降る中に、おおいもなく蝋燭の炎を揺らすなんてどういった了見かしら?

 嫌味ではなくただ懸念しての言葉であったのだが、生まれてから両親に辛辣な言葉をかけられたことなどなかったつばさにとって、それは深く傷ついたものだった。

 もちろんその言葉の真意を知れば自分に非があることは明白なのだが、しばらくの間、気を抜くとその言葉が脳裏を支配し、落ち込んだものだ。

 『三女』である朱葉はその事態に気づいていながらも助け舟を出すどころか、傷口に塩を塗る……いや今はパンケーキか。

『ところであるじ様。先ほどから気になっていたのですが、お手にお持ちのそれは呪詛でございますか』

「あーやっぱりそう見えるよね」

 見た目はパンケーキだ。

 朱葉が兼ねてから欲しがっていた、柊護以外の使用人。

 探し出すのにそれほど苦労はなかった。

 なにより強い呪いを受けている人物。

 呪いを得意とする朱葉にとっては、自分の『呪』に影響を受けない人物が望ましいと白羽の矢が立ったのが石蕗なのだ。

 彼女の略歴を調べれば幾つもの勤め先である洋菓子店で、男性客同士のトラブルが頻繁に目撃されている。そのたびに石蕗は自主退職するしかなく、先日も小さな洋菓子店を解雇されたばかりだった。

 パティシエの腕は一流らしいが、どうも男運がなく幸が薄いようにも見える。

 それが前世からの呪いのせいなのか、彼女が作り出す洋菓子はすべて呪詛を含んでいた。

勿論、食べた者すべてに呪いにかかるわけではない。ある程度の、条件が揃うと発動するものなのだろう。

 眼の前に置かれたパンケーキが、ひと目で呪詛だと気がついたが、兄である柊護の手前公言する事は黙殺された。

 じわりと舌の上に広がる苦みは一瞬で消え、パンケーキ本来の味がする。

 すべてのアヤカシの気配を弾き飛ばしてしまう特異体質『清浄の者』である柊護には無効だとは思うが、念のため口にすることは阻止した。

 とはいえ朱葉とつばさが一口ずつ食べさせたのは、自分たちの唾液で抗体を作らせるためでもあった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ