つぎの朝
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翌朝。
朱葉が目を覚ますと隣にあるはずの温もりはすでに温度を失っていた。
匂いだけを残した当人は背を向けて勉強に勤しんでいる。
朝型派だから仕方ないとはいえ、眼が覚めた時ぐらい気づいて欲しいものだと思う。
ふとぼんやりとする視界に、わずかに開いた部屋の戸から被布姿の三歳児の幼女が入ってくるのが視えた。
柊護には決して視えない。
綾瀬家『三女』のカミサマ。
物心がつく前に死んでしまった幼子はあまり言葉を発するのは得意ではなかったが、その代わり思考を共有することができた。
布団の上に圧し掛かられる。
どうやら昨夜、朱葉が眠りについた後ひと騒動あったようだ。
あれほど朱葉が忠告したにもかかわらず、柊護は言い付けを破ったようだ。
いや正確には侵されたというべきか。
柊護がぼんやりとした表情で石蕗のプリンを食べようとしたので『三女』は慌ててそれを阻止するため、ホーローバットをひっくり返したそうだ。
結果的に全部おしゃかになってしまったが致し方がない。
少し惜しい気もしなくはないが柊護に危険が及ぶよりはましだろう。
――それだけ強い毒なのかと思うと、考えを改めなくてはいけない。
教えてくれてありがとう、と『三女』の頭を撫でると満足したかのように部屋を出ていった。
『三女』は朱葉と柊護が恋仲になってからは気を利かせて一緒の部屋いることがなく、クロガネと過ごしている姿をよく目撃していた。
あとでご褒美あげなくちゃ。
そんなカミサマとのやり取りがあったなどつゆ知らず、のそりと布団から這い上がり、気配を消した朱葉は柊護の無防備な背中を指でなぞった。
「おわっ!」
突然のことに驚き変な声をだして柊護は身体を跳ね上がらせた。
「お・は・よ・♪」
「おはよう、ございます……」
元気がなかったのは昨夜しでかしたことの言い訳を考えているのだろうか。
「朱葉さん、そのすみません」
プリン駄目にしてしまいました。
意外にもあっさりと白状してしまうので拍子抜けである。そういった柊護の素直さが好きではあるのだが、どうにも意地悪をしたくなってしまうのは、困った顔も拝みたいと思ってしまう欲でしかない。
「ふーん。それで柊護は代わりにコンビニのプリン買ってきたわけだ」
他にもシュークリーム、チーズタルト、モンブラン、ティラミス、大福にどら焼き、三色団子と多種取り揃えたそうだ。
何しろプリンは三人分だったわけで、その穴を埋めるべく数だけは多く買ってきたようだ。
「じゃあ、シュークリーム食べたい」
「いま、ですか?」
朝食にはまだ早く、起きぬけに食べるにはカロリーが重いのではないかと心配したのだろう。
それでも最近までの朱葉は、ご膳の食事を一口食べては柊護にすべて譲ってしまうほどの小食であった。食にたいして意欲的な態度を感じて嬉しかったのか、柊護は素早くシュークリームを取りに席を立った。
戻ってくるとご丁寧に包みの袋を開けて手渡す。
――別に本当に食べたかったわけではない。
少しばかりのイジワルと困り顔が見たかっただけだ。
大きな一口でシュークリームを口に運ぶと、中に入っている柔らかいクリームはシュー皮から零れ、指先と寝間着の合間から見える白い太腿の内側に落ちた。
下手くそな食べ方だ。
もちろんわざと。
「手、汚れちゃったわ。どうしよう?」
すぐに文机の上にあるティッシュを取ろうとする柊護を制して、
「そうじゃなくて」
柊護の口元にクリームのついた指先を近づける。
「――舐めて?」
まぁきっと、慌てふためいてつまらない口実でも並べて断るのだろう。
変なところで頑固だし、硬派だ。
女性にたいして優しいところがあるのはいいのだが、もう少し朱葉を求めてくれてもいいのではないだろうか。
さぁどうする?
そう優位に油断していると、ふと指先が熱くなるのを感じた。
指先を強く吸われ、口内の熱と這う舌の感触がぞわりと背筋を痺れさせた。
「ん……っ」
漏れた声を慌てて押しとどめる。
引いた指先を逃すまいと柊護は手首を取り、血管を辿る様に唇がなぞる。
肘の関節で一度強く吸われ、二の腕の内側を再度、紅い痕が残るほど強く口づけられた。
戸惑う眼差しがかち合い、そのままキスを交わす。クリームの甘さが口内に広がり絡み合う舌が互いの熱を増長させた。
布団に押し倒され、息継ぐように離れた唇からはどちらのとも判断できない唾液が顎を伝う。
そのまま首筋に熱が移動するのかと思ったら、強引に脚を広げられた。
反射的に閉じようとすると、掴まれた手はさほど力も入れていないのにびくともしない。
指先と同じように内腿に落ちたクリームも丁寧に舐めとられる。
舌先で何度も弄られ、強く吸われ、甘噛みではあるけれど普段触れられない場所はそれだけで痙攣し高揚する。
それから舌先は這うように布越しでもわかるほどの蜜が零れ落ちる秘部に口づけた。
直接触れないのは焦らしているのか、それとも性行為にあまり不慣れなせいか躊躇しているのかもしれない。
「……っ、そこ、いいから……っ」
どちらにしても早く柊護を求めている自分がいる。
緊張して強張っている姿には気づかないふりをして、優しく頭を撫で汗ばんだ額の髪をかき上げてあげた。
「指で……触って」
おそるおそるという風に指先が布越しをなぞり、そのたびに朱葉は声を殺してくぐもった甘い嬌声が漏れる。
気がつくと布の隙間から指先は直接朱葉の中をかき回していた。
規則正しい律動に堪えきれず、
「……っ、もっと……っ!」
その途端、余裕のない柊護の眼差しは熱を帯び、肩に足をかられたまま荒々しく唇を求められた。
布越しでも分かる、熱く屹立した柊護の下腹部を強く擦り付けられる。
「すいません、朱葉さん……っ」
「う……っん、いいよ。いっぱい……ちょうだい」
下着を下ろされ、ゆっくりと柊護の熱が滴る露の朱葉の中に入り込むと、
「んっ、はぁ……ぁん」
互いの絶頂を高めあい同時に達すると、弛緩した身体は途端に気怠くなった。