4面楚歌なんてそんなまさか
※少し、キャラが崩れます。
私のざまぁ劇は終盤に差し掛かる。
アーノルドに私の正体がばれることは、想定していた。
喉元に剣を突きつけるという最高のシチュエーションで、決め台詞も言った。
しかし、―…アーノルドが顔を赤くするのは想定外だ。
しかも、怒りや羞恥からではなく、なんといえばよいのか、興奮しているように見える。いうなれば歓喜という感じ。
どういうことだろう。心なしか息遣いも荒いような。想定外の反応に、背中がうすら寒くなる。
「シェルリ、やっと本音を見せたな」
声にも喜色がにじんでいる。
もうこの時点で傍を離れたくなってきたのだが、10年を無駄にするまいと我慢した。
「ええ、それが」なにか、と続く言葉は、彼の言葉にかき消される。
「10年、君が好きだった」
「はぁ?」
頭がおかしくなったのかと思ったが、声も、顔も真剣そのもの。アイスブルーの瞳はあくまでまっすぐだ。
そして私の知らない真実が、明かされようとしていた。
「10年前のお茶会を覚えているか?8歳の時の」
「…ええ」
「あの時、実は俺もいた。君が、あの騎士団の息子を沈めたのも見ていた」
あの場面を、見ていた?
「…あの集団の中に貴方はいなかった」
「体が弱かった俺は、室内で休んでいた。二階から、あの場所はよく見えた」
少しの動揺が走る。しかし表面上には出さない。
「…見ていたから何だというの」
「惚れた、のだと思う」
「はぁ?」
いけない。令嬢ともあろう自分が、はぁ?なんて優雅でない言葉を2回も言ってしまうなど。
それほどアーノルドの話は突拍子がなく、つながらない。
暴力をふるう女の子に、惚れたとでもいうのか。
「まず衝撃だった。少女が、自分より体格のいいものを、倒してしまうなんて。
幼い体の弱かった自分には、途方もなく、格好よく見えた。」
そういえば、幼い時の彼は、折れそうなほどに華奢な体つきをしていた。
体も弱く、そのせいで行動も制限されていたと聞く。
そんな彼にとって私は、強いヒーローのように映っていたのか…?
納得しようと思ったが、つまり、男の子を笑顔で引き倒すような暴力幼女にきゅんとしたわけで、訳が分からなかった。
「初めて婚約者として会った時には驚きだった。まさか、婚約者が君だったなんて、と。
あの時は緊張から心無いことを言ってしまった。すまなかった」
心無い言葉があれだとしたら、相当だ。コンパイル家の教育方針を見直したほうがいい。
興奮からか早口になっていく男は、本当に私の知っているアーノルドだろうか。私にさんざん悪態をついてきた、あの男が素直に謝るなど、信じられない。
しかしまぎれもなく、こいつはアーノルドだった。残念なことに、と言わざるを得ない。
これなら前の、悪態をついていた方がマシだったのではないか。
「次会った時君は前とまるきり様子が変わっていた。学園に入ってからは特に。しかし目は、変わらずに強い光を放っていた―・・・
安心したんだ。君は変わっていないということ。
だから、どうしたら君の本音が引き出せるのかと…いろいろやってみたが、まさか、ここで、出会えるとは」
いろいろ、というのが普段の態度のことを指すとしたら…こいつも私と同じくらい歪んでいるのでは。
じっとこちらを見る目。初めて、見つめあった。
アイスブルーの瞳は、冷たくなんてなかった。私の知らない感情がちらちら見え隠れするそれはむしろ―…
とうとう耐え切れなくなった私は、距離を置こうと、体を起こしかけ…
―アーノルドが腕を引っ張ったせいで、バランスを崩し、地に押さえつけられる形となった。
「これで、形勢逆転だろう」
一瞬のうちに周囲の煙が晴れていく。意図的に、風魔法で飛ばしたのだろう。
私たち―基アーノルドを見た観客は歓声を上げた。
「…!」
攻撃魔法を使おうと思ったが、とっさに出たのは擬態の魔法だった。私がここにいることを知られるのは、まだ早い。
擬態の魔法は便利だが厄介で、その道のエキスパートでなければ、いくばくかの時間と魔力を消費する。
その間に彼は、魔法で動きを封じ、首のチョーカーに手をかけた。
…攻撃する時間は残っていない。
するりと、首のチョーカーがとられるのを、黙ってみることしか、できない。
「煙でおおわれていたフィールドが今、明らかに!勝者は―…アーノルド・コンパイルだァ!」
黄色い悲鳴がこだまする。会場は大きな盛り上がりを見せた。
「いやぁ、やっぱり勝つかアーノルド!!」
「あァ、俺はタ―バルザンを推していたんだけどな」
「煙に隠れた三分間のやり取りが気になるところですね!!」
「真相は煙の中、というわけだなァ」
「先輩、面白くないですよ!!」
学園一の剣の使い手と、顔を隠した怪しい生徒。
そういえば、本の中ではいつも、人気者が勝っていた。王子であり、騎士であり。
人々の歓声に、優雅に手を振ることのできるような。
体を起こし、踵を返しフィールドを後にする。自分が負けた場所にとどまる理由などない。
「今の話、本当だから、一緒に…-」
振り向くことはしなかった。どんな顔で振り向けばよいというの。
私は負けたのだ。
これからについて、考えなければならない。
私は、あの試合でアーノルドに勝つ気でいた。そしてそのあと、優勝し、舞踏会で正体を明かしあいつに赤っ恥をかかせるつもりだった…しかし、負けた今となっては、正体を明かすのはこちらの恥にしかならない。
負けた時のプランも、あるにはある。
「こうなれば、そちらを。」
鏡の中の私は、口元をいびつにゆがめている。
「まだ、やることはたくさんある」
最後のチャンスは、卒業パーティーだ。しかし、一抹の不安がもたげた。
あの、アーノルド相手にこの手は通用するのか。いや通用する。するに決まっている。
もう考えることを放棄したかったので、準備に没頭することにした。
「しかし今日は体を休めて…明日のため…いいえ、卒業パーティーのために」
しかし、
「寝る前のベルガモットは、欠かさずにね」
この香りで、今日のことを鎮めよう。
まだ、チャンスはある。ぜったいに、ぎゃふん顔を拝まなければ。
そして、一週間後、卒業パーティーはやってくる―‥
ざまぁされてしまったのですがどうすれば?タイトル詐欺タグ付けたほうがいいですかね。そんなでもないか。