2つの眼には何が映っているというのか
私が学園1ダサくて、とろい女を演じているには理由について、話そうと思う。
それには少し、私の過去について触れておかねばならない。
あれは、母に連れられて行ったお茶会でのことだ。
誕生日を迎えたばかりの、七歳の私は、春らしいピンクのドレスを身にまとっていたことを覚えている。
ご婦人方の集会には、こどもたちもおり、一緒に遊ぶよう言い渡された。
早くも交流を持たせようという、親たちの思惑もあったのだろう。
日が照って、少し暑く感じるほどの春の日だった。
桜の木の下にシートを引いて、傍には焼きたてのクッキーやマドレーヌが、沢山かごに入っていた。
私は一回り年下の女の子の相手をして、一緒にお人形遊びをしていた。
その時に仲良くなった伯爵家のライラ・エボットは、今でもかわいい妹分である。
時々変な発言をする残念美少女になってしまったのは、また別の話であるが。
しかし、平和な時間は突然崩れる。
遊んでいたのに、男の子たちに人形を取られてしまったのである。
しかも獲った相手というのが、騎士兵団の隊長子息であったワルド・バーバンであるから皆口出しもできなかった。
剣術や武術も習っているらしく、体もがっしりしていたし。
そういうわけで、ライラは泣いてしまうし、相手は嗤うばかり。
解決の兆しはみえない混とん状態。時間が無駄に流れ、私までもイライラしてきた。
それなら口ではなくこぶしで語り合うべきかと、思ったわけだ。
幼少期の私は(今もある意味そうだけれど)典型的な猫かぶりで、おしとやかなご令嬢に見えてその実…手に負えないお転婆娘だった。
そしてその当時、竜を倒す王子様の話にあこがれ、剣術や体術の練習を積んでいたのである。(余談ではあるが、その習慣は今も続いている。)
先生替わりであったおじさまには、筋がいいと褒められていた。そして、実際、筋が良かったのだ。
私は幼いワルドを、穏やかな言葉で挑発して、逆行しつかみかかってきたワルドを投げ飛ばし…気絶させた。
慌ててやってきた大人には、「木の幹に躓いて転んでしまったみたいですの。大丈夫でしょうか・・・」とご丁寧にベッド脇に寄り添った。
周りの子は混乱していたようだが、ワルドがつかみかかって、そのまま勢いづいて自分で転がっていったと都合よく解釈したようだ。
真実を知るのはワルドのみ。
起き上がったワルドは私を見て悲鳴を上げた。
か弱い、自分が下にみていた者が、自分をまかしてしまったのだ。
悔しさ、そして恐怖に混ざりあったあの顔。
その時の、何とも言えない興奮。
私は、その興奮と愉悦に取りつかれてしまった。
其の後、本であの時にぴったりな言葉を見つけた。それが、「ぎゃふん」である。
わたしは、嫌な者がいると、やり返してきた。その時のあの「ぎゃふん」顔に、どんどん魅了されていった。
むしろ、「ぎゃふん」顔が見たいがために、自ら進んでいやな目に会う時もあった。
これをわたしは「ぎゃふん計画」と呼び、幾たびも実行していくこととなる。
「ぎゃふん計画」を実行するためには、それに見合う技術・知識が必要不可欠であったから、血のにじむような努力で自分を磨き上げた。実際けがも多くした。ヒールにより痕は残っていないが、あの訓練の日々…忘れることはない。
今では剣も魔法も、王国でトップレベルだと、王近衛兵に所属する叔父さんのお墨付きももらっている。
すべては「ぎゃふん」のため。我ながら、実直に歪んでいる。
そして、同じく7歳の夏、ある出会いをはたす。
「シェリー、こちらがアーノルド坊ちゃんだ」
「息子と仲良くしてやってくれないかな。
その時点で、たがいに婚約者になることは、両家のうちで合意していた。
普通なら、もっと早く引き合わせるだろうが、アーノルド様は幼い時分体が弱く、初対面は、この日まで伸ばされた。
アーノルドさまは、綺麗な男の子だった。輝く金髪と、すっと通った鼻筋。外にあまり出なかったせいか、肌は白く、しかし頬は赤く色づいて。
空のような青い瞳は、生意気そうに少し吊り上がっており、実際わがまま三昧に育った生意気坊主であった。
しかしその事実を知らない私は、天におわします天使のように、思ったのだった。
しかし、その幻想はすぐに消えることとなる。
「お父様、ぼくこんなのと結婚するの?もっとお母様のような、美しいお人がいい」
赤く、小さな口から発せられた言葉は、無邪気で残酷であった。
「僕は綺麗なお姉さんがいいな」
今思うとませたことを言う幼子であると一笑できただろうが、幼気な私は衝撃を受けた。
まず私をこんなの、と表現したこと。
天使だと思った男子から、このような言葉がでてきたこと。
ある種裏切りのような、衝撃。
アーノルドさまは私の微弱な変化には気づきもせず、お父上にじゃれついている。
私はもう、視界に入ってもいない。彼はあれから一度もこちらを見なかった。興味などさらさらないとでもいうように。
横顔にのぞく赤いほほでさえ憎らしい。
私の脳裏に、ある欲望がもたげた。
皆さんご存知、「ぎゃふん計画」である。
ぎゃふん計画をより華々しくさせるため、私はとろくてみじめな女を演じた。7歳から…10年間も!
もちろんその間も己を磨き続けることは忘れずに。
計画のラストはもう、決まっている。
アーノルドの卒業パーティー。その前一週間が勝負だ。
きっとあいつは、驚きに、固まることとなる。そして・・・呆然な、間抜けな顔でこちらを見るのだろう。
想像するだけで笑いが漏れてしまう。そのために私は、この10年、過ごしてきたのだから。なんと心躍る10年であったことだろう。
他人から見たら、無駄な努力、無駄な時間。婚約者に恥をかかせるなんてと、咎められること。
このぎゃふん計画が終わったのち、婚約解消は致し方のないことだと考える。
私は責任を取って家を追い出されるだろう。私の愉快な家族によって。
私の計画を大まかに知っていてそれでいて面白がって推奨している家族は、もう本当に最高の家族だと自信をもって言える。
行き先は、わが家が所有している遠地の別荘、クイナ地方が関の山。痛くもかゆくもない。
そこで新たに、ワイン商売を始める。それが私の描く第2の人生。
しかし、私はその日が来るのを待ち望みながら、同時に逆の感情も持ち合わせていた。
10年の月日はあまりに長い。
こつこつ積み上げてきたものが、とうとう終わりを迎える。
クイナ地方でのワイン製造は、きっとうまくいくだろう。
しかし、私にとって大事なものが、圧倒的にかけていることは、想像に難くない。
―そう、ぎゃふんが。
早く、時が満ちればいい。でも、来なければいい。
満ちればもう、引くしかないのだから。