アタシと勇者と『テメェ喧嘩売ってんのか表出ろ』
……まぁ、恋愛フラグのはずなく。
「言葉で覚えたなら次は実物を見た方がいいと思ってね。それにせっかく異界から来たんだ。この城に籠りきりというのも寂しいものがある。マコトのことも知りたいし、何より街のことを教えるならこの中なら僕が適役だと思うよ、ね、いいだろう、ダルク」
というのが勇者エステル様のお言葉である。魔王に了承を得る勇者ってなんなのよ。
「うむ、確かにそうかもしれんな!エステル、悪いがマコトを頼むぞ!オズ、準備をしてやれ!」
勇者に頼みごとする魔王ってのもなんなのよ。
とは思うが、声に出すことはしない。だってちょっと気になるもの。
異世界の街ってどんなのかしら。
「シェルトは良い街ですよ。素敵なお店がたくさんあるんです。あ、ちょっとこれ着てみてください、ああ、ぴったりですね。この辺りの環境は果実を作るのに適しているらしくて、果実の加工品がいっぱい売ってるんですが、特に有名なのはアルメニアですね」
「あるめにあ?」
魔王の命令を守るため、アタシの準備を着々としながらオズさんが教えてくれた。
あ、また聞きなじみのない単語ね。
「果物の一種なんですが、皮は赤色で果肉は柔らかで少し甘酸っぱいんですよ。うちにも多少買い置きはあるのですが、やっぱり街に行ってエステル様に教えてもらって、見ながら、味わいながら、の方がきっと楽しく覚えていただけます。あ、これ袖を通してください。ダルク様の部下になるのですから、物事はいっぱい知っていてほしいですし」
「いや、あの、オズさんアタシは――」
部下になる気とか全く無くて、ちょっと遊んだら帰してもらうつもりです。
その魔王サマをつるし上げて。
とは言いにくくてもたついていると、オズさんの言葉に遮られる。
「それに、街はとっても賑やかで楽しいところですから。マコト様に沢山楽しんでもらえると思います!」
あ~~言いにく~い!帰りますとかホント言いにくい!めちゃくちゃ弾んだ声で言ってくる。
いい人~!!良い骨?ともかく短い時間話しただけでわかるレベル性格の良い人骨を悲しませるのは申し訳なさすぎる。
「はい、完成です!お似合いですよ」
「おお、やはりしっくりくるな!」
「確かに先ほどのも楽そうで良かったけど、こういう恰好もいいね」
べた褒めされると悪い気しないわね。魔王が気を利かせて(っていうかアンタ結構細やかね)鏡を出してくれた。これも魔術のようで、中庭の一輪の薔薇が枯れていったのを見た。
鏡を覗き込むとぴったりの丈のロングコートを着ている自分が居た。
黒基調の服で、袖や襟元に入ったラインやボタンや金色で統一されている。
胸元には真っ赤な薔薇が取り付けられている。いかにもファンタジー!って感じ。
エステルや魔王やオズさんの恰好を見るに、これなら派手ではないがこの世界でも浮かないだろう。
しかも長めのコートで、自分の足元のジーンズにも注意がいかない。
「異界人と知られると親切な輩が役所に連れて行こうとするかもしれんからな!バレないほうが都合がいい」
「マコト様、あとはこれを」
そういってオズさんはアタシに小さな袋を渡した。麻のような材質で出来た、片手に乗るくらいのもの。だが、いざ手に持つとずっしりと重い。
「これは……?」
「多少ではありますがこの世界のお金です。せっかく街にいっても何も買えずにいるのも寂しいでしょう、とダルク様が」
オズさんというフィルターでろ過された魔王の言葉は恐らく相当まろやかになっている。
っていうか。
「いやいやいやそこまでしてもらえないわよ!」
悪いでしょ、さすがに!いやそっちの都合でよばれて散々だけど、お茶会楽しんじゃったし、一方的にそこまでされるの悪いでしょ!
「おつかいだ」
慌てて拒否していると、ダルクがそう言った。
「その金でジャムを買ってくるがよい!あの街ではアルメニアを始めさまざまな種類のジャムが売っている。その中でも特別に味が美味い物を探して来い!我が部下の初仕事じゃ!マコト、お前のセンスを見極めてやろう!」
くははははっと馬鹿笑いをしながら魔王は言う。
「というわけで、お願いできますか?余ったものはお小遣いにしてください、ね?」
なんだかうまく躱された気もしないでもないけど、オズさんが言うなら、まぁ、うん。
多分二人ともアタシが気兼ねなく楽しめるように言ってるんだろうな、とは思うし。
魔王なのに、魔王の城にいる骸骨なのに、なんだか人が良すぎるんじゃない、この人達。
・・・・・・人でいいのかな二人とも。
「ふふ、すっかり丸め込まれていたね、マコト」
魔王の城を出て、二人で鬱蒼とした森を歩きながらエステルはそう笑った。
いや、丸め込まれてるの分かってたらちょっと止めてよ。
「だって微笑ましかったんだよ。召喚されたのは今日なんだろう?それにしては仲がいい、きっと相性がいいんだね」
「え~なんやヤダ。っていうか相性ならエステルも相当のモノじゃない?」
魔王と親しげな勇者ってなんなのよホント。っていうかこの世界だとそういうの許される感じなの?
「ああ、親しげとはまた違うんだけど……いや親しげでいいのかな?まぁ僕とダルクの事は置いといて、そうだね。そこらへんを話そう」
「そこらへん?」
「魔王と勇者の話さ」
そう言って、エステルは話し始めた。
「異界人から聞いて知っているよ、君の世界では勇者は“選ばれしただ一人の勇敢な人間”で魔王は“最難関の倒すべき敵”だろう?でもここでは違う。勇者は一人じゃない。誰にでもなれるんだ」
「誰にでも?」
「うん、例えばマコト。君が今から“自分は勇者”だと名乗れば勇者になれる。誰もがなれる職業なんだ、勇者って。仕事内容は街や国からのお願いを聞いたり、モンスターを倒したり、魔法の果実を探したり……まぁ、何でも屋に近いね。なんの資格もいらないから腕に自信がある人もない人も――つまりこれといって職が見つからない人はとりあえず全員勇者と名乗っておくレベルだね。これで無職にはならない」
「あら、なんか……いや、なんでもないわ」
――これ言ったら失礼でしょ。と思ってアタシが言葉を濁すとエステルが悪戯っ子のようにニヤリと笑った。
「がっかりしちゃった?」
「いや、そんな、うん、まぁちょっとね?エステルが言った通り、選ばれし人間ってイメージが強いもの」
「ふふふ、この話を聞くと異界から来た人たちは皆ちょっとがっかりしちゃうんだよね。ただ、この先を聞くと、結構嬉しそうにするよ」
「アラヤダ、一気に言ってくれればいいのに。この先って?」
結構意地悪ね。っていうか顔可愛さでそれすら小悪魔的な魅力になってるからいいけど。
エステルはまた楽しそうに笑って続きを教えてくれた。
「そういうこともあってあちこちに勇者が居るんだけど、依頼を頼む側としてはその状況は少し困るだろう?強いドラゴンを倒したいから勇者に頼んだとして、頼んだ勇者がただ単に職が無いからそう名乗ってるだけで剣すら振るった事のない人間だったら意味が無。だから見分ける物を作った」
エステルはそう言って自分の襟元からごそごそと何かを取り出して見せてくれた。
ペンダントだ。
円形で銀色に輝くそれは、中央にはエステルの瞳と同じ蒼い宝石が埋め込まれている。表面には宝石を囲むように羽根を模した彫刻が施されていた。
ロケットになっていたらしく、ぱちん、と音をたてて中が開いた。
『――この者を我が国ブルーダの勇者として認める――』
書かれている文字は決して習ったことのないものなのに、すんなりと意味が頭に入ってくる。
ホント便利ねこの魔術。
「認定証だよ。街や国、あとはあまり無いけど個人が発行するもので『この国が責任もってこの勇者のの実力を保障します』みたいな意味って言えば伝わるかな?その国や街の依頼をこなして、相応の働きをすると貰えるんだ。・・・・・・まぁ情けないことにコネとかで貰えることもあるけれど」
最後のところはぶつぶつと言葉を濁しながらも教えてくれた。
「ふぅん……ひとり一個しか持てないの?」
エステルは一個しか持ってないみたいだし。魔王と戦っていたところ見ても、俊敏でかなりやり手のように見えた。ファンタジー世界の実力なんて知ったこっちゃないけど!
「ううん、何個でも持てるよ。それを集めるコレクターみたいな勇者も居るくらいだ。そうやって沢山もらって、見えるところに飾るのが普通さ。だってそちらの方が自分の実力を分かってもらえるし、それを見てまた依頼が増えるんだ」
「じゃあなんで……」
なんでエステルは首からぶら下げて、服の中に隠すように持ってるの?
それを聞く前に、察したのかエステルは笑って答えた。
「僕には見せる資格がないんだ……じきにわかるよ」
痛々しい笑顔だった。
きっと何か、アタシじゃ知ることが出来ない事情があるんだろう。
「……それ高そうだしね、見せてたら悪い人に盗られるかもね」
「そうだね、でも」
「だから隠して持ってた方が賢いと思うわアタシ。エステルは賢いわね」
「……そうかな、ありがとう」
ああ、ちょっと笑った。こっちの笑顔の方がかわいいわよ。