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「本当にすまない!」

「いや、もういいわよ。全然怪我とかしてないし」

「まぁ髪は切れたがな!くはははっ少し勢いがついたからと言って剣を手放すとは、未熟な腕だ!これが意図的に投げたものならまだ褒められたのだがな!ばーかばーかへたくそ―。どうするのだ、我の召喚した大切な部下だぞ、どう落とし前つけて――痛いっ」

天使か、少女漫画の王子様か――そんな華麗な容姿の勇者は、アタシに向かって勢いよく頭を下げた。

囃し立てる魔王に拳骨を振るいつつ、そんなふうに言うと、勇者はほっと安心したような微笑みを見せた。青色の、澄み切った海のような瞳が細められた。

申し訳なさで泣きそうだったのかもしれない。瞳は潤み、きらきらと輝いて見えた。

え―顔が最強に可愛い。美少年って強いわ。顔が綺麗だもの。

先ほどの目の前で刺さった剣は、勇者が魔王を狙って投げたものだった。

それがアタシの目の前を通ってすぐ横の壁に命中。ついでにアタシの前髪もちょっと切れちゃった。

勇者様はそれに直ぐ気付いて焦って2階まで登ってきて、そこで前髪を切れたアタシを見て顔面蒼白。

今に至る、ってワケ。

謝ってくれれば別にいいのよ。ただの事故だし。うん、アレンジ効くから若干伸ばしてたし、切れたの一部だからバランスおかしいけど。

でも、美少年に謝られたら許すしかないでしょ。だってアタシ綺麗なものも可愛い物も大好きなんだもん!

まだ申し訳なさそうにしている勇者と、頭を抱えて蹲っている魔王をアタシは交互に見た。

――イマイチ魔王って感じも勇者って感じもしないのよね

と、いってもアタシの“感じ”なんて日本の漫画やゲームでみるファンタジーのイメージによるものだから、現実はこんなに緊張感が無いのかもね。

そんなアタシの思考を遮ったのは、オズさんの鈴の鳴るような可憐な声だった。

「ダルク様、お茶会の準備が整いました」

「おお!では行くか、エステル、マコト!」

魔王はこちらを振り向くと、にぱっと小さな口から牙を覗かせて笑った。

ホント、なんなのかしらね。この状況。

魔王を締め上げて普通に帰るハズだったのに、気絶してべッドで介抱されるわ、魔王と勇者の戦い眺めるわ、前髪ちょっと切られるわ。散々すぎる。

それでも、なんだか少しだけ、嫌じゃないのは――


「このタルト美味しいわ~!!」

オズさんのお茶菓子本当おいしい。思わず叫んじゃった。

案内されたのは中庭の、綺麗な白のテーブルとイス。じっくりみると日本ではまず見ないようなファンタジーの生き物、ユニコーンかしら?ともかく何か綺麗な動物の繊細な彫刻が施されていた。周りには色とりどり多種多様の手入れされた花々。

目の前には赤い木の実のタルト。さっき言ってた薔薇のジャム。綺麗な透き通った赤色の紅茶。

完璧で最高のお茶会だわ!ウチ純日本風の一軒家だからこういうの憧れてたのよね―。

なんかもう全部許せてしまう。召喚されてから、そんなに時間も経ってないし、そもそも今日は学校は休み。だったらまぁ少しくらいのんびりするのも悪くないんじゃない?みたいな気分になっちゃう。

紅茶はミルクティーの方が好きなんだけど、これはそのまま飲んでもおいしかったし、ジャムを入れたらさらに美味しい。

なんて銘柄かしら。異世界だから種類とか違うのかな。

「ふふん、オズの手料理はレーヴェン1だからな!」

「確かに、この前のパイも美味しかったけど、今日のタルトも素晴らしいよオズ・・・・・・そういえば何故兎の着ぐるみを……?」

「ふふ、よろこんで頂けたようで嬉しいですダルク様、エステル様。これ、可愛いでしょう?」

「うん…・・・?いや、まぁ君が楽しそうなら何よりだ・・・・・・?」

口元を果実の赤で染めながら自慢げに言う魔王。にこにこと笑っていたが途中から不可思議な顔をする勇者。たのしそうな声色のオズさん。……平和だ……魔王と勇者が同席してるのに平和だ・・・・・・

と、そういう感想より気になることがあった。

「どうかしたかい、苦手な味でもあったかな?タルト余るようだったら食べていい?」

勇者様が聞く。

紅茶にわんさかジャムをつっこみながら。さすがに入れすぎじゃない?その調子で毎月そんな激甘紅茶飲んでたら将来絶対病気なるわよ。自制なさいよ。あ、魔王がそっとその腕を掴んでスプーンを取り上げた。

その動作の間中、視線はアタシのタルトに注がれていた。このタルトはアタシのもんよ。あげないわよ見んな。

「いや、なんていうか来たばっかりで全然名称とか分かんないからさ。レーヴェンって国の名前、でいいのかしら?」

文脈的にそんな感じな気がする。っていうか、お茶会でおいしいお菓子と紅茶を摂取して冷静になってきたけど、召喚されてから間もないうえ何も説明されてないからアタシ、いまいちこの世界のことよく分からないのよね。

とりあえず、周囲を見渡してみた。

この位置から見えるだけだけど、このお城の周囲は大きな木々に囲まれているようだった。森の中に建てられてる城ってことで、でいいの?

城といえば城下町とかあって賑ってるイメージだけど、そもそもここに住んでるのは魔王だからこういう鬱蒼としたところの方が似合うのかしらね……?

じゃあ森を抜けたらどうなってるのかしら。

一度考え始めるとどんどん気になることが湧いてくる。

まぁ私お茶会終わったら魔王つるし上げて帰るつもりだし、知る必要ないって言われたらそれまでなんだけど……

「ああ、忘れておった!レーヴェンはこの大陸の名前だ。それさえ分かれば問題ない!というかそれすら知らなくてもまぁ問題ないだろう!」

そういってくははははっとけたたましく笑いだす魔王。

「いや、問題あるだろう。というかマコト、だったね。君はやはり異界人だったのか、ダルクが先月のお茶会で言ってたし、恰好を見てもなんとなくそうかなとは思ってたけど……」

勇者様は紅茶を半分ほど一気に飲んだ後、アタシの方に向き直って言った。

そういや説明してなかったわね。まぁ見ればわかるかもしれない。

いかにもヨーロッパ!ファンタジーでーす!みたいな身なりの3人に比べ、アタシはジーパンとTシャツだし。だって家で掃除してただけだもん。

っていうか魔王、アタシ召喚した時に勇者倒す気みたいな空気出してたわよね?

何本人にぺろっと喋ってんのよ。いやもう2人の醸し出す雰囲気からして倒し殺され殺し合い、的なのイメージ湧かないし、らしいっちゃらしいけど。

「じゃあ、問題あるどころか大問題だな、地図か何かあればこの世界のこと理解してもらいやすいんだけど…いや、むしろブルーダの管理局に行って異界人用の説明書を貰いに行った方が早いかな……?」

ううん、と手を顎に添えて勇者は思い悩む。綺麗な柳眉が顰められる。

難しい顔してても綺麗ねーこの人。っていうか知らない単語増えたわ。ブルーダ?管理局?さっぱりだわ。

と、ここでパタパタとかけてくる音が聞こえた。

「ありました、地図です!」

「さすがだオズ!」

そういってオズさんは少し古ぼけた地図をエステルに渡した。何時の間に席外してたんだろ。

エステルは受け取った地図をアタシに見えやすいように開けてくれた。

その地図には真ん中に大きな円のようなひし形のような、また別の形の様なんとも表現しにくい大陸がかかれ、その周りを囲むようにしていくつかの島々が点在していた。

「これがレーヴェン」

そう言ってエステルは大きな大陸を指さした。まぁそんな気がしてた。

「このレーヴェン大陸には大きな国が4つ存在している、あ、国名は今教えても混乱するかもしれないし伏せておこう。その周辺にいくつかの小さな小国、村もあるが……この魔王城の位置は此処だね」

そういってエステルは地図の中央、あるいは大陸の中央を指さした。

「あ、ホント。よく見ると森だわ」

古ぼけた地図のせいかパッと見ではわからないけど、指さした周囲には木々のイラスト、つまりはモリを表現した絵が描かれていた。

「その直ぐ横を見てごらん。ここに書いてある、あ、言語も読めないかもしれないのか」

「いや、この国の文字はきちんと読めるように召喚した際に魔法を施してある、読んでみよ!そして粋な魔術をかけてくれたこの魔王ダルク様に感謝するのだな!」

「はいはいありがとね」

コレは結構助かったかもしれない。ちゃんと感謝したのに魔王サマは不満だったようで「雑!」と叫んでたけど。

エステルの指さした方を見ると掠れた文字で『シェルト』と記されていた。

いや、直接そう記されているわけじゃない。

記されている文字はこの世界の言語だ。英語でもない。不思議な文字。

それでも頭に流れ込んでくる文字は『シェルト』で、この文字列がその意味だと理解できてしまう。

不思議な感じ。

「この森を抜けたところにある街の名前だよ。賑やかでいい場所だ・・・と、場所の説明はこれ位にして他のことも説明すべきかな?」

エステルは魔王の方に向き直った。

「いや、今だらだら説明してもコイツもつまらんし覚えにくいだろう。ゆっくり身につくように教えてく」

いや、アタシ帰る気なんだけど。なんかそういう気遣う系の発言やめてよ。『帰りまーすうふっタルトごちそう様ー』みたいなの言いづらいじゃないの。

「ふむ、じゃあ机の上でのお勉強は終わりだな。というわけでマコト」

にっこりとエステルがこちらを見て微笑む。天使の微笑み。勇者だけど。

そっと恭しく手をとられる。えっ待ってちょっとどきっとする。

少女漫画も好きなのよアタシ。

「今から僕とデートしよう!」

笑みをさらに深くして、人懐っこい表情でエステルは言った。

「えっ」

「僕とこの街に出かけないか?」

何か応える前にエステルはもう一度、地図を、先ほど教えてくれたばかりの街を指さした。

そういや指もめちゃくちゃ綺麗ね。白魚の手って感じ。ピアノ上手そう。この世界にピアノあるのかしら。

っていうか、えっ何、急に。これってラブコメ?これって恋愛フラグ??

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