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「先に行っておるぞ!」
そう言った途端、バッと凄まじい勢いで部屋を飛びだしていった魔王の事を、アタシは追っていた。
だけど―――
「ひぃ、ま、待ちなさいよぉ~…」
途中までは追えていたけど、さすが魔王、というべきか。
人外は身体能力が規格外というセオリーに漏れず、あの魔王の背中はあっという間に見えなくなってしまっていた。
あーしんど。そういやさっきまで気絶したあとベッドに寝てたんだったわ。
病み上がりよアタシ。労わんなさいよ。
つーかここ何処よ。城だけあって広いのよ。
どこに向かえばいいのか分からず、真紅のカーペットが敷かれた廊下にアタシはぼんやり立っていた。
その時。
「大丈夫ですか?」
鈴の鳴る様な可憐な声が、アタシの背中にかけられた。心配そうな声色だ。
あの魔王の何倍もまともそうな声。よっしゃ、案内してもらおう。
アタシはそう思って勢いよく振り向いた――その先には。
「ああ、はい……うさぎ?」
うさぎがいた。
もとい、うさぎの着ぐるみを頭にかぶった、メイドさんが居た。
「あ、あの、私、先ほどお会いしたものです」
その声と、被り物や服の隙間からのぞく白いうえほっそい肌――別名、骨――を見て納得した。
納得と同時に2歩ほど後ろに下がってしまう。
「ほ、骨の人…!」
気絶する前にあった人?化け物?の一人、骸骨姿のメイドだった。
「ああっ、どうか怯えないでください。やはりクマさんのほうが良かったでしょうか?でもクマは人によっては恐怖の対象になることもありますでしょうし、やはり、ウサギさんのほうが無難かな、と……ウサギさんはかわいいですし、あっクマさんも勿論可愛いですよ?でも……」
「あ、あの、はい、大丈夫です…ウサギかわいいです……」
おろおろとしながら申し訳なさそうな声を出す相手に、アタシは少し冷静になってきた。
というか、この言い方からすると……
「もしかして、アタシの為にかぶってくれました?」
そういうと、こくりとウサギ頭は頷いた。頷いた拍子に頭が外れかかり、慌てて持ち直していた。
……なんか、悪い人じゃなさそう。というか、いい人なんだろうな、という感情がついつい芽生えてしまう。
ウサギ頭のメイドは此方を見て、頭をささえつつ、礼をした。
「私、この魔王城で働いております、オズと申します。先ほどは驚かせてしまいまして申し訳ありません…失礼ながら、ダルク様とのお話を盗み聞……拝聴しておりまして。これなら怖がらせないかと」
盗み聞いてたのね。別に怒るようなことでもないし、こんな風に申し訳なさそうにされるとこっちも悪い気がしてくる……いや、人?骨?の顔見て叫んで気絶したのは結構悪い気がするわ。
「それで、追っていたダルク様を見失っていたようでしたので……。私で良ければマコト様のご案内役をさせていただけるかと思いまして」
「それは助かりますけど……いいんですか?」
オズは「ええ」と答えた。ほんの少しだけ、被ったウサギ頭が揺れた。
礼をしたのか、笑ったのか、アタシには分からなかった。
「勇者が来たって言ってたけど……」
長い廊下を歩いたり、角を曲がったり、階段を降りたりしながら尋ねる。
「ええ、月1で来るんですよ」
「月1で勇者が!?」
普通RPGの山場で最初で最後のノリで来るもんじゃないの魔王のところに勇者って!
あ、逆に勇者と魔王が仲良しとか、そういう……あの魔王アホそうだし。
「月1で命を狙いに来てますね、あ、この扉の先が一番見やすい所ですよ」
そういってオズさんは扉を音も立てずにそっと開けた。命!?命月イチで狙われてんの!?
アタシの動揺は、扉の先で奏でられる激しい音にかき消されてしまった。
案内された先は吹き抜け構造の2階部分のようで、下の階は大広間のようだった。
アタシが立っている場所からは、1階部分には大ききな扉が見えた。悪魔やら蛇やらの装飾が隅々にほどこされているようだった。趣味わるっ。
構造や付近の窓からのぞく景色からしてあの大きな扉が玄関のようだ。
と、そこまで考えて脳みそは激しい音に支配される。
金属がぶつかりあう音だったり、爆発する音だったり……。
つまり。
「オズさん…これって…」
「オズでかまいません。お客様ですので」
「あの、オズ…これは…?」
「勇者様と魔王様が戦っております。負けたら首が切られるので大変なんですよ」
オズさん――オズが『雨の日は洗濯ものが生乾きになり易くて大変なんですよ~』みたいなテンションで言う。
大変ってもんじゃなくないソレ!?なんでそんな落ち着いてんの??