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魔王♀とアタシ♂と勇者♀とウサギ頭とティーパーティー

祖父は、多くのことを教えてくれた。


喧嘩の仕方だったり、お茶の淹れ方だったり。

虫の採り方だったり、野菜の育て方だったり。

どの花の蜜が甘いかだったり。

いろんなところに行って、いろんなことを教えてくれた。

それはきっと幼い頃、人付き合いが下手で孤立しがちだった自分を気遣ってのことだったのだろう。


それにはとても感謝している。感謝してもしきれない。



なので、くそじじい、じゃなくて、お祖父ちゃんと呼びます。

お祖父ちゃん、この現象のことも知っているでしょう。教えてください。

いや、説明しろ、早急に。


貴方の部屋を片付けてたら謎の黒く発光する魔方陣のようなものに包まれてしまいました。

そして、気付くと不可思議な城に来ていました。

どうやら――



――どうやら、魔王に召喚されたみたいなんですが、お祖父様。

どうすんの、コレ。






「くははははっ!!ははっは、ひっい、い、息が切れた…」

目の前には馬鹿笑い、のちゼェハァと息を切らしてる小柄な少女が立っている。

(いや、立っていた。今は馬鹿笑いのしすぎで床に崩れ落ちている)

真っ黒で艶やかな長い髪。前髪はパッツン。もみあげもちょっと長くてパッツン。――まぁ、いわゆる姫カットだ。

額には2本の赤黒い角が生えていた。

瞳は真っ赤。ガーネットのように煌めいている。

小さな口からはちらりと犬歯が覗く。(馬鹿笑いの時に見えた)

服はひらひらとした黒を基調にしたドレス。たまに駅とかで見かけるゴスロリ服に見えるが布地や装飾は素人目に見ても高価で古風なものに見える。

厨二病の体現のような容姿だが、少女の端正な顔立ちのおかげか不思議とマッチしている。

見た目だけなら精巧に作られたドールのようだ。

だが先述の大口開けた馬鹿笑いから見て取れるように――すごい残念。美少女の美を圧倒的力とスピードで微に変えてしまった。

これが、“魔王様”だ。なんでこの子が魔王って分かるかって?

「ふ、ふぃ~、やっと落ち着いた……くはははっ異界人よ、この魔王、ダルク様に召喚されたことに感謝し、生涯仕えるがよい!くははははっげほっ」

自分で言ってるから。



どうやら、自分は異世界にやってきてしまったらしい。しかも魔王に召喚されて。

自分の家に居たのにこの場に来てしまったこと。魔方陣に吸い込まれて落ちてきた先が、この、何百年も掃除されてないような埃っぽい祭壇で、周りには何かの血のようなものがべっとりと飛び散っていること。目の前の魔王に角が生えていること。

もうどれもこれも現実だと認めたくないが、現実というものはいつだって残酷に自分を追い詰める。

認めるしかない。

認めてしまえば、することは一つ。


「ねぇちょっと魔王サン」

「くはははっ何――痛っ」

スパンッ、と小気味よい音が響いた。先週ぐらいに家でゴキブリを発見した時の音とまぁよく似ている。簡単に言えば履いていたスリッパで頭を叩いた。

可愛らしい兎を模した白のスリッパ。冬暖かく夏暑苦しいが、秋めいて少し肌寒さを感じる今の季節には中々に重宝する品だ。



『いいか、マコト。他人のペースに巻き込まれるな。自分が相手より上だと思っている人間は、不意打ちに弱い。隙だらけだ。その隙をついて、自分のペースに持ち込め、そうすりゃ勝てる』

――これは、小学校の頃、ガキ大将に目をつけられた時にお祖父ちゃんに言われた言葉だ。

のしかかってズボンを脱がそうとしてきたガキ大将は股間を思い切り蹴り上げた後でズボンを脱がして女子トイレに放逐した。


頭を抱え込む魔王の首根っこを掴んだ。

見たところ、小学校の低学年にしては少し身長高めかな、くらいの大きさだ。

対して自分は175cm、この年の平均より少し大きい。多少は体も鍛えている。この小さな魔王はすぐに持ち上がった。

「あっこらっ離さぬか!無礼だぞ!」

地面から少し足が離れ、じたばたと空でもがいている。

「ずっと馬鹿笑いされてちゃ腹立つし、帰してもらえそうになかったんでね――で、」

「で、?」

「戻りたいんだけど」

家の中を掃除機かけてる途中だったんですけど。気持ち襟元を締めてもつと「ぐえ」と魔王が苦しげな声をあげる。

高校2年生の貴重な休日なんですけど。

はよ帰ってお祖母ちゃんにお願いされた掃除終わらせて、雑誌とか読んでたいんですけど。

「くははっ馬鹿な事を言う!この大魔王、ダルク様に召喚されたのだぞ?身に余る光栄、一生忠誠を誓いますとかいう所だろうが。言うに事欠いて戻りたい?そんなこと許すわけなかろ――いひゃい!!」

最後に魔王があげた声は特に何でもない。ちょっと頬をつねってみただけだ。

「何なんだお前は!折角この我が召喚したんだぞ?感謝とかないのか?」

「急にこんな変なとこ召喚されて感謝できるわけないだろ!」

圧倒的正論である。

だが、この魔王をきょとん、とした顔で見上げてくる。

あまりにも幼い、子供らしい表情。思わず毒気を抜かれて持ち上げていた魔王を床にそっと下ろした。

それでもまだこの魔王はじぃっと不思議そうに自分を見上げてくる。

少し間を置いて、小さくこてんと首を傾けた。不思議そうな顔のまま。

「な、何?」正直に言って調子が狂う。

「いや、おかしいと思ってな!気にするな!」

そう言って再び顔を見つめてくる。いや、気にするでしょ。

自分の感情が顔に出ていたのだろう。魔王はふむ、と言ってから説明を始めた。

「よいか、異界人の召喚には厳密なルールが設けられている。別にルール破っても良かったんだが、魔王だし。感知されると面倒なのでちゃんとルールに乗っ取った。結果、望み通り、セイイチロウの孫を召喚出来た、だが――」

セイイチロウ、はお祖父ちゃんの名前だ。鬼瓦誠一郎――なんか厳ついね。

言葉を止めて、じっと顔を見つめてくる。おかしいこと、召喚……そこで、はた、と気付いた。

「あっもしかして容姿!転生とか召喚って容姿変わったりするんじゃないの!?」

クラスメイトの読んでいた小説がそんな感じだった気がする。

「元をみとらんからなんとも……あ、鏡あるぞ」

「えっどれどれどこどこ」

「ここ、ほれ」

魔王は部屋の片隅に置かれていたアンティークの大きな鏡を指さした。なんか血とかついてんだけど。

「前の儀式で使ったんだ」あ、そうですか。

恐る恐る鏡を覗き込む。

細身。身長は高すぎるわけでも低すぎるわけでもなく。目つきは若干釣り目。

髪色はこだわり抜いて選んだキャラメル・ブラウン――あ、根っこが黒くなってきた。染め直さなきゃな。髪は少し長め。

……優男、とかチャラそう、だとか言われがちの容姿。

鏡に映る“男”――紛れもなく、自分だった。


「変化は?」

「無かった、けど……」

「まぁそうだろうな。容姿を変えてこちら側に喚ぶ術もあるが、今回が使ってない」

じゃあ、おかしい――ってなんなの。

魔王はちらりとこちらの顔を見た。一瞬考えて、『まぁ、べつにどうなろうといいや我魔王だし』みたいな表情。


「異界の生き物をこちら側に喚ぶ術は複数ある」

まず魔王はそう前置きをした。

「私はお前を、セイイチロウの孫を手元に喚びたかった。だが、一応本人の意志も尊重しようと思ってな。できる魔王だから。だから、この術を選んだ」

つらつらと魔王は話し続ける。いやな予感がした。

「この召喚術は、相手も望まなければ成立しない。この場合の望む、というのは具体的なものでなくていい。この世界は合わない、とかどこか逃げ出したいという感情という感情を相手が持っていれば成功する術だ」

体温が急激に下がっていく感覚があった。拳をぎゅっと握ると自分の手の冷たさに気付かされる。

魔王は真紅の瞳をじっとこちらに向けている。


胸にはざわざわとした感覚があった。綺麗に整備した花畑を踏み荒らされるような感覚。


小さな口が言葉を紡ぐ。お前、と魔王の口は動いた。

「お前、あの世界に居たくなかったんだろう?」


心臓を鷲掴みにされたまま、時が止まった気分だった。

は、と引き攣った声が聞こえた。一拍おいてそれが自分の口から発されたものだと気付いた。

「そんなわけないじゃん。っていうか召喚の種類とかそういうのどうだっていいから。早く帰せよ」

自分の声は少し震えていた。

「いや、それは――む?」

魔王は片眉をあげた。そして直ぐにぷい、と視線をうつした。

つられて自分もそちらの方へ顔を向けた。その先には扉があった。

重々しい、黒い鉄のようなもので出来ている扉だ。

その先から、ぱたぱたと音がした。足音だ。それも1人では無いようだった。

それに対するリアクションが取れないまま、数秒後、黒い扉は勢いよく開けられた。

「魔王様!」「召喚の儀をされたのですか!?」

そう叫びながら飛び込んできたのは――


メイド服を着たものと、執事服をきたもの

言い換えれば、

骸骨とゾンビだった


詳しく言えば、メイド服を着た骸骨と、執事服を着たツギハギだらけの土気色の人間、だった


自分は気を抜いていたのだ。いや、そうではない。

腕を撃たれたら、腕を庇う。意識も腕だけにいく。そういう時、足を撃たれれば一溜りもない。

そういうことなのだ。

つまり、不意を突かれた。

不意をつかれて、今まで隠していた部分が露わになったのだ。


ゾンビ、死体、蛆虫、ホラー、グロテスクなものは全て、大の苦手だ。

だから、思い切り叫び声をあげた。

自分を偽ることも忘れて。心から。


「キャーッ!!!ヤダッ何よコレ――!!」

僕、俺、自分、私――いや、アタシ、鬼灯マコトは盛大に叫んだ。


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