三杯目 松岡さんのバトル
注・モラル的に不適切な場面があります。ですが、書きたかったので、フィクションとしてお許しください(年齢指定的なものではありません)。
喫茶店のヴィーナスは、夜は10時まで開いている。
「なあ、マスター、あの女、最近いつもいねえか」
常連客の小池が、小声で店主に言った。
店主はいつものようにコップを磨きながら、
「松岡さんとおっしゃるそうです。お姑さんと仲が悪いので、仕事終わりにうちで時間をつぶしているんだそうです」
小池が、少し意外そうに店主に聞いた。
「マスターが客のこと、そこまで知ってるのは、めずらしいな」
「僕が自分からお聞きしたんです」
店主はにこやかに言った。
「なんだ、ああいうのがマスターの好みか」
「ええ。僕の昔の彼女さんに似てるんです」
「ほー」
この店の店主は、いかにも草食系に見えていたので、これが噂のロールキャベツか、
と、小池は意外に思った。
◇
それからしばらくして、夜のヴィーナスに、松岡が黒づくめの恰好できた。
店主がその姿を見て、
「あれ、松岡さん、今日はお葬式だったんですか?」
といった。
もはや店の置物と同レベルに常連客に認識されている小池は、やはり今日もカウンター席にいた。
松岡も他の常連客と同様に、小池には目もくれず、
店主に歩み寄った。
なぜか顔が輝きに満ちていた。
「店主さん、聞いて! あの女、とうとうくたばったのよ!」
「あの女ってのは……、姑か?」
小池が引き気味に松岡に聞いた。
松岡は心底嬉しそうに、
「そうよ! 長い5年間だったわ! 私の勝ち!」
店主は静かに言った。
「松岡さん、いくら仲が悪かった相手でも、旦那さんのお母様がなくなったのに
そんなに嬉しそうにしては、罰が当たりますよ」
「いいの! 今夜だけは喜びに浸るわ!」
松岡は店主の忠告を聞いておらず、小池はこんな松岡に引いていた。
「毎晩うっとうしかったでしょ! はいこれ、おわび!」
松岡は高いテンションを保ったまま、ブランド物の財布からピン札を
何枚か抜き取り、店主に押し付けた。
「そんな……。いただけませんよ」
店主は返そうとしたが、松岡は
「今日はもう帰るわ! コーヒー飲みたくなったらまた来るから!」
と、北風のように店を後にした。
あとには、万札を数枚持ったまま立ち尽くす店主と、
カウンターに肩ひじをついて煙草を吸う小池だけが残された。
「……マスター、その金、いらないならくれ」
小池が静かに言った。
「……新しい豆を試してみたいので……、それに使わせていただきます……」
店主は静かに拒否した。
チッ、と、小池は灰皿に、まだ半分以上残っている煙草を押し付け、もみ消した。
三日月のきれいな夜だった。
<三杯目・終>
四杯目で終わります。気長にお待ちいただけると幸いです。間にまた短編を投稿することもあるかもしれませんが、息抜きのようなものなので、お許しください。




