一杯目
喫茶店ブームに乗っかったわけではないです。でもコーヒーは大好きです。
連作短編にする予定なので、無事に最後まで連載出来たらと思います。
一杯目 しーちゃん、親友に裏切られる
ビルが立ち並ぶ表通りから隠れるように、その喫茶店は裏路地にひっそりと
建っている。
緑色の屋根。 壁に伝う植物のツル。レトロな茶色のドアには、金色の鐘が
ぶら下げてある。
店名は、『喫茶 ヴィーナス』。
その昭和の匂いに満ちた喫茶店に、若さをはじけさせた、女子高生が、
泣きながら訪れた。
「こんちわ!」
「いらっしゃい……、うわ、詩織ちゃん、どうしたの?」
黒髪にメガネの青年が、コップを磨きながらカウンターの向こうから驚いた顔を見せた。
喫茶ヴィーナスの店主、山田翔である。
「また彼氏とケンカかよ」
くわえたばこで器用に言葉を紡いだのは、ヴィーナスの常連、というか毎日来る、
小池柳である。年は、20代後半とみられるが、だれも本当の年齢は知らない。
「違う!」
茶髪の女子高生――詩織は、涙を流しながら叫んだ。
「響子に彼氏取られたの! 親友だったのに・・・・・・!」
「まーそれは、お気の毒なことで・・・・・・」
小池が新聞を眺めながら、棒読みの口調で言った。
「真面目に聞いてよ!」
「ハイハイ、、聞いてますよー。 そんで、詩織はその彼氏とやったことあったの?」
「最低! 言えるわけないでしょ、このクズ!」
「どうせクズだよ。イケメンの」
「アンタなんかより私の彼氏のほうが百万倍かっこいいから!」
「元彼氏だろ」
「はあ!? 信じらんない! もう、帰る!」
「え、詩織ちゃん、いつものカフェラテ飲んでいきませんか?」
店主が、作業の手を止めて、言った。
「アンタは空気読めー!!」
詩織はカバンをひっつかむと、足音も高くドアを乱暴に開け出て行った。
ドアベルが苦情を言うようにガラガラと鳴った。
「おー、最近のガキは元気な。マスター、チーズケーキくれ」
「かしこまりました」
それから数週間、詩織はヴィーナスに来なかった。
「天気わりーな。今日」
「そうですねえ」
いつものように小池はカウンター席でブラックを飲んだり、新聞を眺めたりしていた。
店主はいつものように、コップを磨いていた。
いつもなら常連客が一人か二人はいる店内も、小雨の降る今日は誰もいなかった。
その時、カランカラン、と、ドアベルが軽快な音を立てた。
「おー、すげー!」
店に入ってきたのは、金髪の男子高校生だった。ワックスなどで髪をいじっておらず、サラサ
ラのストレートなので、外国人みたいだな、と小池は思った。
「詩織、いつもこんなところ来てんだ!?」
「う、うん……」
少年の後に続いてきたのは、詩織だった。どうやら、少年は新しい彼氏らしかった。
人目もはばからず、二人は手を恋人つなぎしていた。
「詩織、ここスダバより高くねーの!? つか、マジ人いなくね!?」
「親がうるさいから、いつもここで宿題とかしてる」
「へー! 詩織がコーヒーおごってくれるなら、これから俺もここ来よーかな!」
「うん! おごる! あたしも勉強仲間欲しかったし!」
小池はお冷を飲みながら、ぼそりと店主に聞いた。
「チャラい割にはあの二人、べんきょーがどうとか言ってるな」
店主が、ひそひそ声で言った。
「受験生らしいんです。詩織ちゃん」
「へー……」
小池は横目で詩織たちを見た。
詩織は、幸せそうだった。
数週間後。
詩織が、また泣きながらヴィーナスを訪れた。
「マスター、聞いてー! また、親友に彼氏取られたの!」
「そいつもう、親友じゃなくねえか」
「うるさい!おっさん!」
涙を流しながら、小池の横に詩織は座った。
彼女の前に、オレンジジュースが、コトリと置かれた。
「おごりです。詩織ちゃん、本当はコーヒー苦手なんですよね?」
店主が微笑みながら詩織に言った。
「知ってたの……?」
「いつもカップに半分以上、コーヒーをお残しになるので。あ、別に怒ってはいませんよ。でも、
これからは、ご自分の好きなものを頼んでくださると助かります」
「わかった……」
鼻をぐずぐずと鳴らしながら、詩織はうつむいた。
「うー、このままじゃ、一生、一か月記念とかできないよー。みんなは半年記念とかまでしてる
のに……」
「ったく、なにが一か月記念だよ、受験生なんだからおとなしく受験しやがれ!」
少し強く、小池は詩織の頭にチョップした。
「イタッ」
「小池さん、暴力はちょっと……」
店主が、おろおろと小池と詩織を見比べた。
「あ? 暴力じゃねーよ。調教だ、調教」
「もっと悪いです!」
店主が詩織の様子を見ると……。
なぜか詩織は、満面の笑みだった。
「し、詩織ちゃん? どうかしました?」
「あたし、怒られたの初めて……」
小池がうるさそうに、
「まじか。だからそんなんなんだな」
と返したが、詩織は恍惚とした様子で、
「小池さん、付き合おう! ね!」
と、詩織は小池の腕に、抱きついた。
「はあ? ていうか、お前胸でか、じゃねえ、ばかだろ」
「決めた! ね、付き合お?」
「冗談じゃねえ、俺は帰るぞ」
「いっそ体からの関係でもいいから!!」
「なおさら悪いわ!」
二人は言い争いながら店を出て行った。
残された店主は、磨いていたコップをシンクに置くと、
空っぽの店内を見渡し、
「さて、僕もコーヒーを飲みましょうかね」
と、自分のためにコーヒーを入れ始めた。
喫茶、ヴィーナス。
ここは、コーヒー愛好家も、コーヒーが嫌いな人も、分け隔てなく集う場所。
<一杯目・終>
なんかつたなさがにじみ出てますが、精進します。
四杯目まで続く予定です。
お読みいただきありがとうございました。




