検索男
1
『高校時代は、池袋にあるカフェに友達とよく行ってたの。
十三星座の名前のパフェがあるお店』
コミュニケーションアプリに表示された彼女からのメッセージを読んで、僕はブラウザで検索エンジンにアクセスした。
キーワードを入力して検索をかければ、知りたい情報はあっという間に入手できる。
『ミルキーウェイでしょ?
入った事はないけど、おいしそうなお店だよね』
彼女の「既読」の表示はすぐについた。
『すごい!よく知ってるね!!』
彼女は続けて驚いた、という表情の猫のスタンプを送ってくれた。
僕はとっさに、ふんぞり返ってドヤ顔を披露するカワウソのスタンプを返そうかと思ったけど、このぐらいでドヤ顔、というのもどうなんだろうと思い直して、止めた。
『池袋は、僕も大学生の時に行っていたから。
甘いもの、好きなんだね?』
『大好きだよ!
私の誕生日は十二星座だと射手座なのに、十三星座だと蠍座になっちゃうから、よく「蠍座の女」ってからかわれてたの』
からかわれてたの、の後にはちょっと拗ねた表情の絵文字がついていた。
ふむ、と僕は独り言を言って、また検索エンジンを開く。
『あれ、誕生日って11月だったっけ?』
『そうだよー!
11月26日。
覚えておいてね』
覚えておいてね、の後にいたずらっぽい笑顔の絵文字が添付されている。
5カ月後か、と思いながら、僕はスケジュールアプリにその情報を登録した。
2
彼女とは、4月から始まった職場の新プロジェクトをきっかけに知り合った。
新プロジェクトの若手メンバーのうちの一人、として紹介された彼女を一目見たとき、なんだかふんわりとしていて可愛い人だな、と思った。
何度かミーティングを繰り返して行くうちに、自然と彼女とも話をするようになった。
彼女の仕事に一生懸命真面目に取り組む姿勢にはとても好感が持てたし、時折見せる柔らかい印象の笑顔もすごく魅力的で、僕はどんどん彼女に惹かれていった。
ある時、お互いが実は同期入職だったことに気がついて、ちょうどプロジェクトも順調に進んでいたから、一緒に夕飯を食べに行こう、と言って僕たちはプライベート用の連絡先を交換した。
女性と二人でご飯を食べに行くなんて、実に学生の頃以来になっていた僕は、最初の食事でどこに行くかでいきなり困った。
あまり浮ついた事を相談できる友人は身の回りにいなかったし、何より部署が違うとはいえ同じ会社にいる彼女のことを周りに気付かれては、彼女に迷惑をかけかねない、と思った僕は、とりあえずネットで色々検索してみる事にした。
ネットの記事には書きたい放題、色々と書いてあった。
箸の使い方などその人の人となりが表れるマナーを見る事が出来るから和食が良い、だの、えてして女性はトマトとチーズが好きな事が多いからイタリアンが無難、だの、あまり高価な食事だと気負いすぎていると思われるから手頃なバルが良い、だの。
ただ、一番目をひいた、「とりあえず、食べられないものを聞いたうえで、それを外してどこか提案するのが良い」というのが一番無難な気がして、僕はその通りにする事にした。
初めて二人で食事に行ったにしてはそれなりに会話も盛り上がったと思う。
事前に彼女の好みをある程度把握しておくにこした事はないと、これまでのメッセージのやり取りから知っていた彼女の好みのミュージシャンだったり、作家だったりについて、簡単な世間話くらいは出来るように事前に検索をして下調べをしておいたのが良かったらしい。
自分の好きな音楽や本について話をしてくれる時の彼女は、本当に楽しそうで、その話し方、仕草も含めて僕は見ていて気分がよかった。
時折、僕も事前に調べた知識をもとに相槌をうつと、「それも知っているんだ」と嬉しそうに笑ってくれた。
その笑顔がまた素敵で、僕は自分の付け焼き刃の知識のぼろが出ない程度に、彼女の笑顔を引き出して、その度に嬉しくなった。
その日は、それなりにお酒も飲んだし、話も弾んだけれど、いきなり初めての食事からそれ以上関係を発展させられるほど僕に度胸はなかった。
それに、そもそも初回から無理に関係を進めようと気負うより、次回の約束を取り付けるのを目標にするくらいで良い、とこれまた検索した記事に書いてあったから、僕はこれで良いのだ、と勝手に自己満足していた。
話の途中で彼女が観たいと言っていた映画を観に行こう、と約束をして、その日は別れた。
僕にとっては、本当に夢のような時間だった。
彼女と別れた後、彼女が話していた彼女が好きな食べ物のことや、好みの飲み物のことを忘れないでいられるよう、僕はメモアプリに記録しておくことにした。
何だか彼女の情報をちまちまと携帯に入力していると、自分が彼女の情報を蒐集するストーカーになってしまったような後ろめたさを感じるから、極力情報は断片的に、本当にメモ書き程度に記録した。
3
その後も彼女とは何度か遊びに行ったり、ご飯を食べに行ったりした。
その度に、僕は彼女が好きなものの情報を仕入れ、メモ書きには断片的な情報の羅列が徐々に集積されていった。
服の趣味、お気に入りのアクセサリーのブランド、よく使う香水の種類、よく行くヘアサロンの名前。
僕は時にそのメモ書きをキーワードにして検索エンジンで調べ、そうやって得た知識を少しずつ使う事で、僕は彼女の「それも知っているんだね」という笑顔を引き出す事に成功していた。
そうこうしているうちに、あっという間に四カ月が過ぎた。
僕が彼女に惹かれている、というのは僕の中でごまかしようのない事実になった。
僕は彼女のちょっとした言動一つ一つで一喜一憂して、今度はここに行こうと提案しては断られたらどうしようと不安になり、可愛い絵文字つきのメッセージで了承してもらう度に小躍りをしたい気分になった。
でも、そうやって彼女に夢中になっている僕の気持ちを、僕は彼女にまだ打ち明けられないでいた。
星を見るのが好きだ、という彼女に喜んでもらいたくて見つけた、銀座にある星空をモチーフにした内装のイタリアンフレンチのお店で食事をしているとき、僕はふと思った。
彼女は僕の事をどう思ってくれているのだろう?
こうやって食事に誘って、ついてきてくれる、というのは少なくとも僕に対して負の感情を持っているとは考えにくい。
ただ、だからといって僕に対して恋愛感情を持っているとまで断定することは出来ないように思った。
話をしていて楽しい友人のうちの一人、として僕を見ているのかもしれない。
あるいは、仕事で知り合って、今後も一緒に仕事をするから誘われても断りづらくて、付き合ってくれているだけなのかもしれない。
ちょっと考え込んでしまった僕を覗き込んで、彼女は不思議そうな表情をした。
「何か、考え事?」
その日は彼女と別れた後も、同じ事を考えてしまっていた。
でも、考えれば考えるほど、彼女の気持ちを知る事が出来ないことが僕を焦らせた。
お得意の検索エンジンだって、彼女の気持ちにはアクセスできないだろう。
彼女の気持ちは、オンラインでインターネット上に浮かんでいる訳ではないからだ。
逆に彼女の気持ちを知る方法、というキーワードで検索してみても、直接聞いてみるしかないだの、手をつないでそれを嫌がられなければ少なくとも手をつないでも嫌がられない程度の好意は持ってくれているだの、僕が何らかのアクションを起こさなければ結局彼女の気持ちは分からない、ということが分かるだけで、僕が求める検索結果ではなかった。
彼女の気持ち、という不確定性の塊について知りたい、と思うのであれば当然しかるべき観測をしなければならない、というのは僕だって検索しなくても分かっている。
ただ、その観測する、という行為はまさにその行為そのものが観測する対象に影響を及ぼす。
観測する行為そのものが、観測して得られる結果を左右するのだとしたら、観測する方法は慎重に選ばなければならない。
例えば、直接的に僕が彼女に「僕の事をどう思っているの?」と聞いたとすれば、それは僕が彼女の事をどう思っているか、という気持ちを間接的に彼女に伝えている事に他ならない。
もし、彼女が良い友人として僕とともに過ごす時間を楽しんでいたのだとすれば、僕のこの不用意な一言が、僕たちの関係を著しく損なうきっかけになりかねない。
僕の思考は、見事に堂々巡りをしていた。
誰もいない自室で一人、検索エンジンに「教えてくれよ」と入力しても、淡白に「何をですか?」と返ってくるばかりだった。
4
『今度の日曜日に、水族館に行かない?』
だからこそ、彼女がそんなメッセージを送ってくれた日は凄く嬉しかった。
その日に予定が入っていない事を確認して、すぐに返信をした。
行き先の水族館は、彼女が前から行ってみたかったという横浜の水族館を指定された。
何だか、こうやって彼女の側から提案してもらうのも珍しい気がしたけど、僕も一度も行った事がない水族館だったから、レンタカーを借りてドライブがてら遊びに行く事にした。
水族館には、当然なのだけれど、たくさん魚がいた。
巨大な水槽を悠々と泳いで行く魚を、僕と彼女は「へー」とか「おー」とか、よくわからない声を出して見ていた。
他の水槽ではアザラシが飼育されていた。
アザラシ達はほ乳類だから、ときおり呼吸のために水面に顔を出す。
その時の表情がまたとぼけたような顔で、可愛いのだと彼女は楽しそうにしていた。
それにしても、彼女はどうして今日、水族館に行こうなんて提案してくれたのだろう。
相変わらず彼女の気持ちを知る事が出来ない僕は、帰りの車の中で少しやきもきしていた。
このまま、彼女の気持ちがわからないまま、ただ一緒にいるだけで楽しい時間を過ごし続けていれば良いのだろうか。
信号待ちをしながら、検索エンジンで見つからない答えを求めて、僕の視線は宙をさまよった。
ドライブの時間はあっという間に過ぎた。
「今日は楽しかったね!」
彼女を自宅前まで送ったとき、彼女はいつもの笑顔を僕に向けた。
「そうだね。すごく、楽しかったよ」
それは、僕の偽らざる本音だった。
例え彼女の本当の気持ちがわからないのだとしても。
「はい、プレゼント」
だから、突然目の前にそれを出された時に僕はとっさに何の事だか分からなかった。
「ほら、今日は誕生日でしょう?
いつだったか私の誕生日の話になった時にそんな話をしていたじゃない」
彼女にそう言われて、それでも僕はまだ現状が飲み込めていなかった。
「あれ、違ったっけ?」
彼女の表情が一瞬曇ってしまったので、僕はあわてて返事をする。
「いや、今日だよ。間違ってないよ。
すごい。
僕の誕生日の話なんて、したんだっけ?」
「忘れてたの?
本当に、私の事はよく覚えていたり、知っていたりするのに、自分のことは忘れちゃうんだね。」
彼女はあきれた、というように笑って、改めてプレゼントを僕に渡してくれた。
「ありがとう、今、見ても良い?」
「もちろん」
それは、携帯電話のケースだった。
僕の携帯にぴったりの、手帳型のケースだった。
その時点で、僕が使っていた携帯ケースはすでにぼろぼろで、そろそろ買い替えないといけないな、と思っていたのだ。
「ほら、私がいない時、よく携帯を見ているでしょ?
ケースが最近ぼろぼろでって話もしていたから、ちょうど良いかなって。
それに、職場でも携帯は取り出すから、使っていても恥ずかしくないようなのが良いと思って手帳型にしてみたんだ。
手帳型だとほら、ここに名刺を入れたりする事も出来るんだよ。」
僕はとにかく驚いてしまって、そうやって僕に色々と説明してくれる彼女と携帯ケースを、交互に見た。
「えっと、赤なのはもしかして…」
その瞬間、彼女は得意そうな表情をした。
「そう!
色の中では赤が好きでしょ?
職場でしているネクタイとか、手帳のカバーとかも赤だったし。
赤色がよく似合ってるから、携帯ケースも赤にしようって思ってたんだ。
意外と、赤いケースが見つからなくてちょっと大変だったんだよ」
その瞬間、僕は敵わないな、と思った。
僕は今まで彼女の事を知ろうとして、彼女の断片的な情報を蒐集して検索して、彼女に近づこうとしてきた。
でも、彼女はそんな検索エンジンなんてちっとも使わずに、僕の普段の生活スタイルや、好みを、ピタリと言い当ててしまった。
この観察力は、どうやって身につけたのだろうと、本当に思う。
そして何より、そうやって僕を喜ばせようとしてくれた事が何より嬉しくて、僕は不意に泣きそうになってしまった。
「ありがとう。
すごく、嬉しいよ」
にこにこと微笑みながら僕を見ている彼女を見ていると、僕の気持ちなんてとうに見透かされているような気がしてきた。
あるいは、今見透かされていないのだとしても、いつまで僕の気持ちを見透かされずにいられるだろうか。
何れにしても、彼女の表情を見ていると、僕の気持ちをこのまま隠し通す事なんて、出来そうにないと思った。
伝え方を検索する余裕なんてない。
それでどうなったとしても、僕の気持ちを伝える事が出来ればそれでいいんだと思いながら、僕は彼女の名前を呼んだ。
最後まで読んでくださりありがとうございました。