狼、街に到着する
街道を歩いて数日、途中旅の人に会ったりもしたが、俺とティナを見るなり走って逃げてしまった。
ティアにお願いして話し掛けようとしても、すいませんのすの字の時点で逃げてしまってどうしようもない。
そのせいでティナが少し落ち込んでしまったので少しじゃれてあげた。
全く、こんな幼女が声掛けてるのに逃げるとは……。
ってよく考えたら幼女に声掛けるとか事案か。
いかんいかん、思考が狼に染まってる気がする。
そんなこんなですれ違った人に何か話を聞けたわけでもなかったが、石の壁に囲まれた場所が見えてきた。
たぶんあの壁の様子から大きめな街だろう。
〔これでようやくちゃんとしたところで休めそうだな〕
「アル、ありがと」
〔いいってことよ。とりあえずティナを保護してくれるところ探さねえとなぁ〕
「ティナはアルと一緒がいいよ? アルはまじゅーだけど、とっても優しいってみんなに言うね!」
良い子過ぎんだろこの子!
あれか!?
刷り込み的な感じになってんのか!?
〔ともかく街に行くか。少し走るから捕まっとけよ〕
「うんっ!」
ティナが俺の背中をぎゅっと掴んだのを確認して軽く走る。
5mぐらいの高さまで飛べるぐらいの脚力だ。
普通に走ればかなりの速度になるだろう。
だが今はティナを背負っているため、速度には気を付けなければいけない。
一応影でティナの事を落ちない用に掴んではいるけどな。
数分後、城門の前に辿り着きそうという時に、中から武装した兵士が次々に出てきた。
何か緊急事態でもあったのか?
一度止まって様子を見てみる。
すると兵士の一人が前に出て剣を構えて喋りだした。
「おっおいっ! そっそこの魔獣! 背に乗せている少女を解放せよ!」
魔獣?
俺は周りを見てみるが、魔獣らしき姿は見当たらなかった。
って、これもしかして俺の事言ってる?
てか何で兵士さんたち皆震えてんの?
今日寒かったっけ?
〔ティナ、今日って寒いか?〕
「んーん。ぽかぽかしてるよ?」
だよなー?
となると震える原因は……あの着ている鎧が冷たいとかか?
確かに熱してない金属は冷たいからなぁ。
でも普通ああいう鎧着る時は下に服着てるから直接鎧が触れてるわけでもないし……。
〔とりあえず、兵士さんがティナに降りろって言ってるっぽいから降りてみるか?〕
「そーなの? わかった!」
俺はティナが降りやすいように伏せの体勢になる。
その様子を兵士さんは驚愕したような表情をして見ている。
「これでいーですかー?」
「なっ……!?」
何かさっきより驚いてね?
だが兵士さんたちはこちらに近付こうとせず、むしろ後ろに下がっているようにも見える。
〔なんなんだ?〕
「??」
俺とティナは顔を合わして首を傾げる。
お互いの距離はそのままで睨み合い(と言っていいのかわからないが)が続き、兵士さんの顔がどんどん青くなっていると、その後ろから一人普通の兵士とは違う、少し立派な鎧を着た青髪をしたイケメン青年が現れた。
「皆! 無事か!」
「団長!」
団長?
って事はあれは騎士団とかそういうやつか。
臭いからして結構血の臭いがするし、強いのかもね。
てか強くなかったら団長とかやってないか。
「団長! 気を付けてください! あの少女は恐らくテイマーです!」
「そのようだな……。だがあの黒い体毛に威圧感……恐らくあの魔獣の正体は……」
威圧感?
いや、そんなの放ってないと思うんだけど……。
〔ティナ、俺ってそんなに威圧感ある?〕
「んーん? アルはやさしー感じがするよ?」
まぁこんな幼女が怖がってないし、威圧感なんてないよな?
きっと癒し感って聞き間違えたんだろ。
って俺癒し系魔獣なの?
「そこの少女よ! 目的は何だ!」
団長と呼ばれた青年に尋ねられ、ティナはこちらを向く。
「目的?」
〔まぁ街に入りたいっていうのは目的に入ると思うが……〕
「えっと、街に入りたいです!」
正確に言えば街に入ってティナを保護してくれる人を探すってのか。
まぁいっか、街に入るのが目的でもあまり変わらないし。
「そっそれはこの国を亡ぼすという事か……!」
んっ?
何言ってんだあの人は。
ティナが街を亡ぼすわけないだろうに。
きっと街を亡ぼすじゃなくて潤すって言ったんだろう。
まぁ狩った魔獣の素材が売れれば潤うかもな。
「くっ……! 皆! ここは私が時間を稼ぐ! せめて街の住人や陛下たちだけでも逃がしてくれ!」
「団長!」
「うぉぉぉぉぉ!」
青髪の青年は突然剣を抜いて必死な形相でこちらに向かってきた。
えっ? 何? これ戦う感じなの?
〔ティナ! 少し離れてろ!〕
「うっうんっ!」
森で俺の指示に従って俺から少し離れてくれていたおかげで、今回も俺の指示通り少し離れてくれた。
とりあえず部下の感じからして根っからの極悪人ってわけでもなさそうだし、あんまり怪我させるわけにはいかないよなぁ……。
まぁ強そうって言っても森で会った魔獣と同等かそれより少し上ぐらいだし……。
なら一発威嚇すれば止まってくれるよな。
「うぅ……わぅっ!」
「ぐっ!?」
確かに青髪青年の動きは止まったが、森の魔獣と違い動きを止めたのは一瞬だけだった。
正直驚いた。
もしかして死を覚悟してると効果が薄いとかそんな感じ?
「おぉぉぉぉ!」
仕方ない、影で動きを止めるか。
俺は影を操り、青髪青年を囲むように四方八方から影を向かわせる。
「はぁぁぁぁぁっ!」
それを彼は剣を素早く振って次々と弾き返していく。
普通にすげえな。
でも足元が疎かだよ。
次の瞬間、下から迫っていた影が彼の足を掴んで動きを止める。
「なっ!?」
〔チェックメイトだ〕
「頭に声がっ!?」
今明らかに動きが鈍り、次の瞬間彼は四方八方から迫っていた影に捕まって身動きが取れなくなってしまった。
「アル、だいじょーぶ?」
〔あぁ大丈夫だ〕
「また声が!?」
って、あれ?
俺の声聞こえてる?
〔あーあー。もしかして青髪のイケメン兄ちゃん俺の声聞こえてる?〕
「……青髪とは私の事か?」
やっぱり聞こえてるっぽいな。
もしかしてこの念話っぽいやつって範囲的なやつだった?
念話について考えていると、突然城門側から何人かの声が聞こえてきた。
どうやら先程いた兵士の半分程が剣を抜いて突っ込んできたようだ。
「うぉぉぉぉぉぉ! 団長を助けるんだぁぁぁぁ! 続けぇぇぇ!」
いやぁこの数を相手に無傷はちょっと……。
ティナもさすがに怖いのか俺の背中をぎゅっと掴んできてるし……。
「皆止まれぇぇぇ!」
「団長っ!?」
「この者たちは害意のある者たちではない! 剣を収めよ!」
「しっしかし!」
何か止めてくれるっぽいし、俺は青髪青年を捕まえていた影を戻して解放する。
青髪青年は剣を収めると、ゆっくりとこちらに近付いてきた。
「すまない。少し早とちりをしていたようだ」
〔まぁわかってくれたならいいわ〕
「そもそも本当に街を襲う気なら一匹なわけがなかっただろうしな……」
ん?
一匹?
もしかしてこの狼の種族って団体行動が普通?
「それで君はテイマーなのか?」
「えっと……はいっ! ティナがていまーで、アルの飼い主です!」
青髪青年はそれを聞くとこちらをじっと見つめる。
たぶん嘘って事がわかってんだろうなぁ……。
「そういう事にしておこう。いや、その方がいいだろう。それで、何故街に入りたいんだ?」
「えっと、色んなじょーほーを集めたかったのと……」
〔ティナの保護をしてくれる人を探すためだよ。この子口減らしで森に捨てられちまったからな。その時俺が保護してここまで一緒に来たって感じだ〕
その発言に彼は非常に驚いていた。
「そっそうか……。情報なら冒険者ギルドがいいだろう。そこまで私が案内しよう」
〔おっマジか。あんがとな〕
「ありがとーございます!」
「いや、君たち……アルと呼んでいいか?」
〔構わないぞー〕
「では私はジークと呼んでくれ。まぁ、アルたちを放っておいた方が大変な事になるだろうから案内するだけだ。それとその頭に直接話し掛ける能力は抑えられないのか?」
〔んーやってみるか〕
正直これが範囲ってのを知らなかったしな。
とりあえずティナだけにロックオンするイメージでやってみるか。
〔あーあー、テステス。これ聞こえたら右手あげてー〕
するとティナだけが右手をあげてくれた。
どうやら成功したようだ。
それを見て納得したのか、ジークが「大丈夫なようならついてきてくれ」と言って歩きだしたので、俺はティナを背中に乗せてジークについていった。