狼、決意する
ドルフ帝国の侵攻の話を聞いて日も経ち、ティナの様子も表面上は落ち着いたように見えた。
人前では気丈に振舞っているティナだが、俺と二人っきりになるとずっと泣きっぱなしだった。
家でもフローラたちにティナを気遣ってもらうように言ってはあるが、ティナの事だ、きっと平気と言ってしまうだろう。
にしても本当に腹の立つ話だ。
まだ二桁にもなっていない子供を戦争の出しにするとはな。
それが王族とかならまだわからないまでもないが、その出しにしたのは自分たちが捨てた村の子供だ。
しかも入ったら生きて出られないと言われた魔の森に捨てておいてだ。
んでその追撃とでもいうのか、厄介な手紙が冒険者ギルド経由でティナへ届けられたのだ。
その手紙の内容を見た時のダールトンたちを止めるのが本当に大変だった。
いやまぁ俺もかなりぷっちんしそうになったが、ダールトンたちが先に怒りを露わにしてくれたおかげで冷静になれた部分が大きい。
まさか『開戦までに王国を脱して帝国側に来なければティナたち一族は裏切り者として帝国に名を残す』なんていう脅しを掛けてくるとはな。
ティナを出しにしておきながらとんだ言い草だ。
この手紙はティナに大きなショックを与えた。
両親の事を大事にしているティナだ。
自分だけならともかく、両親や一族までも裏切り者とされるとなればティナは心に大きな傷を抱える事になるだろう。
冷静になったダールトンからこの手紙の真意を聞くと、どうやらアルスキラウルフである俺を参戦させないためだと言う。
何故俺が関係しているのかと思ったが、帝国もティナがテイマーで俺を使役しているという認識なんだろうとダールトンは推測した。
だから俺を封じるためにティナ宛にあのような手紙を書いたというのがダールトンの考えだ。
つまり、俺が本当は使役されてないから勝手に王国側に参戦したとしても、帝国側はティナが使役したとして裏切り者の烙印を付ける事ができるというわけか。
「ぶっちゃけ帝国が一番警戒しているのがアル、お前なんだろうよ」
「まぁ普通に考えて一匹で数万、数十万の軍勢を作れる魔獣を警戒するなって方が無理だぜダールトン」
「確かになぁ……」
〔じゃあ王国側から俺らに対してそういう要請が来ないのは……〕
「お前らを気遣ってくれてるんだろうな。ドラゴンの件に然り、アルがいなかったらヤバかったしな。全く……こんな緊急事態っていうのにこの国はよぉ……」
「まっお袋も魔国に避難できるっていうし、できるところまでやるっかねぇ」
「ここまで世話になってて分が悪くなったからって逃げるのはちょっと俺にはできねえなぁ」
「たくっ……ホントこの国の冒険者はバカばっかりだな」
「そいつはお互い様だろ? ダールトン」
「はんっ! 言ってろ!」
話からダールトンたち一部の冒険者たちは王国側で参戦するようだ。
そんな様子を見てティナが震えながら口を開く。
「な……なら……ティナも……」
「嬢ちゃんはダメだ!」
「っ!?」
ダールトンの怒声にティナは口を閉ざす。
「これから起こるのは人間同士の殺し合いだ! 嬢ちゃんにその覚悟があるのか!」
「で……でもティナ……アルと一緒にとーぞくの人を……」
「盗賊団と帝国との戦争は違うんだ!」
確かにティナが誘拐された時に俺が盗賊団を殲滅した。
相手が盗賊団ということで罪にはならないが、ティナも俺を使ったということで人殺しに加担したことにはなる。
だが戦争はまた別だ。
全員が全員悪人というわけではない。
そればかりかただ徴兵された農民や市民という可能性だって十分にある。
「……いいから嬢ちゃんとアルはさっさとこの国を出ろ。魔国だったら身を隠すのに十分だろうしな」
〔ダールトン……〕
「どっかいっちまえ! いい加減目障りだったんだよ!」
「っ!?」
全く……この男は……。
俺は泣き出してしまったティナを背中に乗せ、ゆっくりとギルド会館を立ち去った。
〔ただいま、フローラ〕
「お帰りなさいませ。……街の様子はどうでしたか?」
〔どこもかしこも忙しそうだったよ。でも俺らを見つけると笑いかけてくるんだからまいっちまうよ……。いっその事責めてくれた方が気が楽だ〕
「アル様の心中お察しいたします……。……ティナ様はまたお眠りに?」
〔あぁ、泣き疲れてまた寝ちまったよ〕
「左様でございますか……」
俺はティナをフローラに預け、少し広めのソファに上がり身体を伸ばす。
〔そういやライルとレイラはどうするって?〕
「はい、ライルさんに関しては王国から推薦状が渡されましたので、魔国へ避難後そちらで就職は可能だろうとの事です。まぁ本人は今回の件では役に立てない事を気に病んでおりましたが。レイラさんは他の住民の方同様に魔国へ避難という事になりそうです」
〔まぁそこはマオたちにお願いするしかないよなぁ……〕
マオの事だろうから、避難民を不当に扱ったりはしないだろう。
まぁ問題は……。
〔俺らがどうするかだよなぁ……〕
「はい……。特にティナ様が心配です……」
今日も帰りにフィリアとフィリアのお母さんにも会ったが、恨み言の一つも言わずに普通に接してくれた。
影狼経由で俺らと別れた後の話を少し聞かせてもらったが……ホント申し訳なくなるよなぁ……。
『我慢して偉かったわね、フィリア』
『だって……フィリアたちが助けてって言ったらきっとアルは助けてくれるもん……でもそうしたらティナちゃんに迷惑掛かっちゃうもん……』
『そうね……。あの子たちは優しいからきっと自分たちより他の人を優先しちゃうものね……』
ぶっちゃけこれ以上は俺が耐えられなかった。
だからだろうな。
これだけ思い入れのある国だからティナも悩んでいて苦しんでいる。
でもティナ、お前だけに辛い思いはさせない。
森でお前と出会って助けてからここまで一緒に来たんだ。
お前がとんでもなく賢くて、とんでもなく優しい事は理解している。
それ故に戦争で人が死ぬという事をちゃんと理解しているんだろう。
そして残された者たちの気持ちも。
そんなティナだからこそ一杯悩んで、苦しくなって、どうすればいいかわからなくなっているんだろう。
でもなティナ。
お前の出した結論がどうであれ、俺は従うからな。
お前が覚悟を決めたというなら、俺も覚悟を決める。
お前が逃げたいというならどこまでも逃げよう。
お前がこの国を守りたいというのなら守ろう。
お前が罪を背負うというなら一緒に背負おう。
これが俺の覚悟だ。
だからティナ、一人で背負おうとしなくていい。
俺はずっとお前の側にいるんだからな。
そして俺は静かに目を閉じた。
願う事ならば、ティナの選択の先が幸福であるように祈りながら。




