狼、凶報を聞く
レスティア王国での勇者騒動事件から早一年、本当に色々あった。
勇者騒動事件後のレゾ王国に然り、とある国での入れ替わり騒動に協力したり、死の門からドラゴンがレスティア王国へ向かってきたのを対処したりなどと、ホント色々ありすぎた。
まぁおかげでお金はある程度貯まってきたので、この分ならもう少しでヴィトニル族の買い戻しができそうだ。
それになにより、ティナが7歳になった!
ただ……身体はあまり成長していないのを本人は気にしていたが……。
きっと俺と会う以前の生活が厳しくて、無意識に成長が抑えられていたのではないかという感じで話しはしたが……やっぱりどこか不満そうだった。
まぁティナの誕生日にマオが持ってきてくれたケーキで何とかご機嫌は直ったのはよかった。
だがそんな穏やかな生活の中で一つ懸念材料がある。
レスティア王国から東に位置する海洋国家のオリス王国と南のドルフ帝国が戦争状態に入っているということだ。
陸路がダメなので海路をということらしいが、オリス王国は海洋国家なだけあって、軍艦などの海上戦用の兵器が多々あるという。
今のところオリス王国が敗北したといった情報はないが、危険なため今は国境が封鎖されているらしい。
一体どうやって封鎖されている国の情報をこの国が手に入れているのやら……。
その戦争の事を聞いたティナがどこか不安そうにしていたが、今のティナは帝国と関係ないのだ。
だから気にする必要はないとだけ伝えた。
だが、元々いた国が絡んでいるのだ。
気にするなというのも無理があるだろう。
だからティナの気分転換のために草原を走り回ったり、ダンジョンへ行ったりする日々を何日か続けることにした。
そんな事を続けていたある日、事件は起こった。
〔そろそろ街に着くぞー〕
「はーい」
いつも通りティナを背中に乗せて街へ帰宅すると、何やら城門前が騒がしく思えた。
何事かと思ってゆっくり近づくと、顔見知りの門番がこちらへ近付いてきた。
「おぉアルとティナか。お帰り」
〔ただいま。んで何やら騒がしいが何かあったのか?〕
「……いや、なんでもない。別の門番がちょっと失敗しちまって、他の門の方のやつらも同じような事をしないように注意されてただけだ」
〔そうならいいが……〕
注意喚起で何人も集まって話し合うもんなんかなぁ?
「アル?」
〔あぁすまん。じゃあ俺らは家に帰るわ〕
「あぁ、気を付けてな」
門番に軽く挨拶をして、俺らは街へと入った。
〔さて今日の飯はなんだろうなー〕
「フローラさん、アルのためにいっつもはりきってるもんね!」
〔少しは気を抜いてくれてもいいんだがなぁ……〕
如何せんフローラの俺への熱意が凄すぎて……。
っと。
〔そうだそうだ、ギルド会館の方いかねえと〕
「何かよーじがあるの?」
〔一応冒険者だからな。依頼の確認とかしとかないといけないしな〕
「でも夜だから少ないんじゃないかな?」
〔それでも確認しておけば明日の朝にすぐできるように準備はできるだろ? まぁホントは準備万端で朝から受けるのが一番なんだけどな……〕
ティナの関係上一応E級冒険者にはなれたが、それでもまだ初心者脱却ぐらいの依頼しか受けられないからな。
一応特例はあるが……。
ギルド会館へ向かい、中に入ると、こちらでも少しざわついているように感じた。
俺らの姿に気付くと、代表としてかダールトンが一人でこちらに近付いてきた。
「アルと嬢ちゃんか」
〔おう、どうしたんだ? そんな神妙な顔して?〕
「悪い事は言わねぇ、さっさとこの国から出ろ」
〔いきなりどうしたんだ?〕
いきなりこの国から出ろと言われても……。
ダールトンは少し悩んだ後、再び口を開いた。
「……東のオリス王国がドルフ帝国に敗れた」
「えっ……」
〔なっ!?〕
「そんでドルフ帝国は元々オリス王国を足場にこのレスティア王国まで侵攻する計画だったらしい。密偵としてオリス王国に潜っていたこいつからの確かな情報だ」
ダールトンがすぐ側にいる小柄な少年を振り向かず親指だけで指し示す。
「そしてレスティア王国を攻める大義名分が……嬢ちゃん、あんたの存在だ」
「っ!?」
〔なんだと!?〕
◇
「全くもってふざけておるな」
「おっしゃる通りです」
王城では王とジークが先程ドルフ帝国から送られてきた信書を読んで溜め息をついていた。
その信書にはドルフ帝国の大義名分とでもいうべき内容が書き記されていた。
「全く……ティナ君をこの国が無理矢理労働させているなどという世迷言を……」
「大義名分などいくらでも作れる。とはいえ、冒険者ティナがこの事を知ったとしたら気に病むであろうな」
「口減らしでティナ君を魔の森へと捨てておいて、どの口で自国の民と言っているのでしょうか」
「それで、魔国への要請はどうなっておる?」
「はい。魔王様も住民の避難要請を受けてくださり、現在避難地区の準備をしてくださっております」
「ありがたい事だ」
「はい、これも次期魔王候補のマオ様の助力の賜物ですね。しかし……魔国からの援軍はやはり……」
「うむ。過去の悲劇を繰り返さないためにも援軍は出せぬとの事だ」
「それも……仕方のない事ですね……」
魔国は基本的に専守防衛としているため、やたら無闇に他国へ援軍を送ることができない。
圧倒的な力を持つ魔国が先立って手を出せば、人族全体に敵として連合を組まれる恐れがあるからである。
そうなれば過去にあった魔族と人間との血みどろな戦争を再び起こしてしまう危険性があり、それを防ぐために魔国は表立って動くことができないのだ。
特にドルフ帝国はレゾ王国と同様に魔族を敵と認識しているため、下手に手を出せば本当に連合を組まれる可能性があるのだ。
「とはいえ、勝てる見込みはあるのか?」
「正直におっしゃいますとありません。侵攻軍の兵力は最低10万、それに別動隊として南の街道沿いから5万を進軍させるという情報があります。それに対してこちらの兵力は精々1万……。冒険者を雇い入れたとしても、このような戦に出てくれる者などいないでしょう」
「南の街道の方の貴族たちもその5万で動けぬとして更に兵力は下がる、というわけか」
「はい。オリス王国とドルフ帝国の戦争を聞き、新兵の訓練を急がせましたが、それでも到底……。他国も同様にこちらに援軍を出す余裕はないとのことです」
「そうであるか……」
そもそもティナがいようがいまいが、ドルフ帝国は何かしらの大義名分を立てて侵攻してくる気なのは二人ともわかっていた。
そのためここでティナを逃がしたところで、監禁したなどというでまかせを作り、結局は攻めてくるのだ。
「にしてもまさかオリス王国はただの足掛かりとは思わなかったな」
「密偵の情報によりますと、王都を陥落させた後は捕えた王族を人質に取ったとのことです。それにより残存しているオリス王国支配下の抵抗を無くさせたとの事です」
「かの国の王族も慕われていたからのぉ……致し方あるまい」
「逆に言えばオリス王国の王族を救い出せれば一気に反乱が起きるでしょうが……」
「そんな簡単には行くまい。それで、帝国が来るまでどれぐらい猶予があるのだ?」
「補給と制圧したオリス王国の処理を考えて……最短で一ヶ月程かと」
「猶予はそうないという事か」
「はい。仮にも南の覇者、軍事力という背景においては大陸最強です。逆に言えばそのような大国を相手にオリス王国は半年持たせたという事です」
「だがそれは海の上での戦いであったからだ。陸となればまた話は別となろう」
「ともかく、避難を急がせます」
「頼んだぞ」
◇
〔要するにティナをだしにしたわけか〕
「あぁ、だから嬢ちゃんは……」
チラッとティナを見ると、ティナは小さく震え、ポロポロと涙を流し始めた。
「ティナが……悪いんだよね……? ティナが生きてたから……てーこくが……ティナのいた国が……」
「おい嬢ちゃん、そいつは……」
〔違う!〕
俺は力強くその言葉を否定する。
〔元々大陸の統一を目指してた国だ。ティナがいようがいまいが攻めるつもりだったんだ。だからティナが気にする必要はない!〕
「でも……アルぅ……」
〔不安なら俺が言ってやる! ティナは悪くない! だから自分を責めるな!〕
影を操って無理矢理ティナの頭をわしゃわしゃとする。
ティナは「あわわっ」と声を漏らすが、俺は気にせず続ける。
〔だから自分が生きてた事を間違いのように言うな! ティナのお母さんもティナに生きてほしかったんだろ!〕
「……うん……」
〔だから、笑え! ティナは笑ってる顔が一番なんだ!〕
「うん……」
俺の言葉に動かされるように、ティナは少し無理して笑みを浮かべる。
でも今はそれでいい。
だが……この問題をどうするかだな……。




