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狼、勇者と決着を付ける

 あれから数日、特にレイラ周りを中心に警戒しているが特に異常は起こっていない。

 ただ、勇者の姿をギルド会館だったり市場だったり、更にはフィリアたちとも話しているところを目撃されているという。

 俺への情報収集か?

 しかし……フィリアがそんな簡単にあの怪しさ満点の勇者と会話するもんかなぁ……?


 俺は一抹の不安を抱えつつもギルド会館へと向かった。

 中に入ると、少し離れた席で周りの様子を伺っている勇者とライルの元許嫁の女の姿が見えた。

 勇者は俺の姿に気付くと、何やらニヤリと笑みを浮かべる。

 なんだあいつ……?


 「あ、アルさん。少しいいですか?」


 〔んっ? ロザリア姉ちゃんどうしたんだ?〕


 「いえ、少しアルさんだけにお話ししたい事がありまして。ティナさんはそこで待っていてください」

 「はーい?」


 俺だけに話ってなんだろう?

 俺は背中に乗っていたティナを降ろし、一人ロザリア姉ちゃんについていく。

 受付のカウンターへと戻ったロザリア姉ちゃんと目線を合わせるため、カウンターへと俺は身を乗り上げる。


 〔んで、俺にだけ話したい事ってなんだ?〕


 「えぇ、それはですね。えーっと……なんでしたっけ?」


 〔おいおい……しっかりしてくれよ……〕


 ロザリア姉ちゃんはうーんと悩んでいるが、一向に思い出せないのか、時折俺に笑いかけるように誤魔化す。

 ただ、一つ気になったのはロザリア姉ちゃんの目がどこか虚ろなように見える気がするだよな。

 寝不足とかかな?


 〔全く、じゃあ思い出したらまた呼んでくれな〕


 「アルさんダメですよ」


 カウンターから身体を離そうとすると、ロザリア姉ちゃんは俺を諫めるように俺の前足を掴む。


 〔いや、思い出したらでいいから……〕


 「ダメですったら、勇者様の邪魔をしちゃいけませんよ」


 〔!?〕


 俺は慌ててティナがいる方を見ると、ティナが勇者と一緒にギルド会館の外へとゆっくりと歩いていくのが見えた。

 急いで追い掛けようと思い、ロザリア姉ちゃんが掴んでる前足の手を振り払おうとするが、予想以上にがっしりと掴んでおり、このまま思い切り振り払うとロザリア姉ちゃんに怪我を負わせてしまう……。


 「おいロザリアちゃんどうしたんだ!」

 「ふふふふふ……」


 異変を感じてダールトンがロザリア姉ちゃんの肩を掴むが、全くダールトンの言葉に反応せず、ただ俺の前足を掴んでいた。

 それを見て俺はロザリア姉ちゃんは普通の状態ではないだろうと悟った。

 そう思って俺は鑑定でロザリア姉ちゃんを視ると、ステータスに魅了状態と書かれてあった。

 となれば!


 〔すまん、ロザリア姉ちゃん!〕


 俺はロザリア姉ちゃんに浄化魔法を掛ける。

 するとロザリア姉ちゃんは途端に意識を無くし、崩れ落ちた。


 「うおっと!?」


 突然崩れ落ちたロザリア姉ちゃんを俺とダールトンが支える。


 「なんだかやべえ感じがするな。アル! ここはいいから嬢ちゃんを追え!」


 〔あぁ! 頼んだ!〕



 ◇



 「くっくっく……」


 まさかここまで上手くいくとはね。

 まぁ準備をしっかりとしてたからね。

 特にあの狼が来るギルドの受付嬢には念入りに掛けといたからね。


 「さて、じゃあ改めて君の名前を教えてくれるかな?」


 僕は隣で虚ろな目をしながらついてきている少女の方を向いて尋ねる。


 「はい……。ティナはティナっていーます……」

 「ティナちゃんかー。それで早速だけど僕のお願いを聞いてくれるかな?」

 「はい……お兄ちゃんの言う事なら何でも聞きます……」


 よしよし、ちゃんと魅了の魔眼は効いているな。

 ならさっさと本題に入ってしまおう。


 「いい子だ。僕はね魔獣がこの平和な街を我が物顔で歩き回ってるのはおかしいと思うんだ。だから君の連れている魔獣はね、はっきり言って邪魔なんだよ。だからアレには消えてほしいんだ。でも君が協力してくれるならそれも容易くできるんだ」

 「何でですか……?」

 「それは勿論君がテイマーであの魔獣を従えているからだ! 従えているという事は自害も指示できるという事なんだろう? だからあの魔獣にこう一言言えばいいんだ、『死ね』とね!」


 これで僕の邪魔をするやつはいなくなる!

 本当だったらレイラに魔眼を使わないでおきたかったが……まぁ仕方ない。

 レイラに魅了の魔眼を使ったらさっさとこの街を出てしまおう。

 くくっ……つい声が漏れてしまうが、これも仕方ないだろう。

 だってここまでうまくいったのだからね!

 だが、目の前の少女は予想外の言葉を口にした。


 「それは……できません……」

 「は? え? 今なんて言った?」

 「それはできません……」

 「なっなんでだ! 君はテイマーなのだろ!? だったら従えている魔獣への指示はできるはずだ!」

 「ティナは……テイマーではありません……」

 「なっ!?」

 「嘘ッ!?」


 僕だけでなく、今まで大人しくしていたルースさえも驚いた表情を見せる。


 「バカな!? テイマーでもないのにどうして魔獣が君と行動を共にしている!?」

 「アルは……ティナを助けてくれました……。アルは……ティナが一緒にいたいと願ったから……一緒にいてくれています……。アルがティナを殺したいなら……ティナはそれに従います……」

 「あり得ない! 魔獣に殺されたいなんて狂ってる! まさか僕より先にあの魔獣が魅了か洗脳を!?」

 「ティナは……せんのーなんてされていません……。ティナは……アルと一緒にいたいです……。ティナはアルに助けられました……だからこの命はアルのものです……。でもアルはティナに優しくしてくれます……解体の方法も……色々なふーけいも……ともだちも……ぼーけんしゃの事も……いっぱい教えてくれました……。アルのためなら……ティナはなんでもします……。それが……ティナにできるゆーいつのことだから……」


 狂ってる。

 僕はこの少女は狂ってるとしか思えなかった。

 助けられたから殺されてもいい!?

 そんなわけあるか!

 魔獣は悪しき存在で、人類の敵なんだ!

 その魔獣が優しいなんてあり得ない!


 少女の言動に困惑していると、遠くからあの魔獣が迫ってくるのが見えた。



 ◇



 〔ティナー!〕


 ティナは俺の念話にピクンと反応するが、一向にあの勇者から視線を動かそうとしない。

 となればティナもロザリア姉ちゃんと同様に……くそっ!


 「くっくそっ! それ以上近付くな!」


 勇者は慌ててティナの腕を掴み、盾にするようにティナを移動させる。


 「よくも騙してくれたね。まさかテイムされてないどころかこの子がテイマーでもないとは思ってなかったよ」


 俺は勇者の話は適当に聞き流しつつ、ティナに鑑定を掛ける。

 するとやはりティナも魅了状態と出ていた。

 となるとやっぱりそういう能力持ちって事か。

 マオたちが勇者は特殊な能力を持つとは言っていたが、こういう系は確かに厄介だな。


 〔つかいつまでティナの腕を掴んでんだ! 離しやがれ!〕


 俺はティナに浄化魔法を使ったと同時に、ティナの影に潜ませていた影狼を出現させて勇者を飛ばすように指示を出す。


 「ぐっ!?」

 「あぅ……」


 ティナの影に潜ませていた影狼の内の一匹がティナをこちらに運んできたのを、丁寧に影で俺の背中に運ぶ。


 〔ティナ、大丈夫か?〕


 「アル……? 頭痛いよ……それに……気持ち悪い……」


 恐らく魅了状態の後遺症かなんかだろう。

 そりゃ無理矢理精神を操られてたようなもんだしな。

 気持ち悪くもなるわ。


 〔少し横になるか?〕


 「ううん……アルの側にいたいの……」


 〔そっか……〕


 「うん……」


 そう言ってティナは俺に全体重を掛けるように気を失った。

 少し休んでな、ティナ……。


 「くそっ! 突然攻撃してくるなんて! やっぱりお前は危険な魔獣なんだ!」


 あ”?

 ティナに魅了掛けといて何言ってんだこいつ。

 この落とし前、どうつけんだ?


 「ふっふん! お前を危険と思ってるのはぼくたちだけじゃないんだぞ! ほら! 周りを見て見ろ!」


 勇者の言葉通りに周りを見ると、ゆっくりとこちらに迫ってくる街の住人の女性たちの姿の他にも、フィリアとフィリアのお母さんの姿も見えた。


 「魔獣は危険……魔獣は危険……」

 「魔獣は死ね……魔獣は死ね……」

 「消えろ……消えろ……」

 「死ね……死ね……」

 「アルは危険……アルは危険……」

 「アルちゃんは危険……アルちゃんは危険……」


 街の住人達は虚ろな表情をしながら過激な言葉を口にしながらこちらに向かってくる。


 「はははっ! ほら見ろ! やっぱりお前は危険な魔獣なんだ! 」


 はっはっは……。

 いやスゲーわこいつ。

 どんだけ俺を怒らせるのが上手いんだろうな。

 次の瞬間、俺の全力の殺気と威圧が溢れ出た。


 「「ひっ!?」」


 勇者とその連れの女はあまりの恐怖に尻もちをついて冷や汗を流し始めた。

 俺はそんなやつらなど一欠片も気にせず、街の住人たちに片っ端から浄化魔法を掛けて魅了状態を解除する。

 その際、地面に倒れて身体を打たない様に影狼で支えさせることを忘れない。

 中にはティナのように意識のある住人もいたが、ティナと同様に頭痛と吐き気に襲われていた。

 となると魅了状態の時間によって症状が異なるのだろう。

 ロザリア姉ちゃんは大丈夫だろうか?


 さて、こっちの対処は終わった。

 あとはあの勇者だけだな。

 俺はゆっくりと勇者たちに近付く。


 「なっ何なんだよお前は! ちっチートだ! そんなのチートじゃないか! 僕は勇者なんだぞ! 勇者の僕が勝てないなんておかしいじゃないか!」


 何を言ってんだこいつは?

 あんだけ好き勝手しといて分が悪くなったら相手のせい?

 ふざけてんのか?


 〔一つ教えてやるよ、後輩(・・)……。この世界は俺らのいた世界じゃない。そんな道理は通用しねえんだよ!〕


 俺が影を操って攻撃しようとした瞬間、俺と勇者たちの間にマオとシスティーナが転移して現れた。


 「やぁアル、少し遅くなって……」

 「お久しぶりですアルさ……ま……」


 マオとシスティーナは周りの様子を見て驚いたようにキョロキョロと辺りを見渡す。


 「えっと、アル様? これは一体……」


 システィーナが事情を聞きに俺へと近付いてくる。

 だがマオは不思議そうにその場で首を傾げている。

 そんなマオの姿を見て、後ろにいた勇者は目を見開くようにしてマオを見つめる。


 「赤い髪に独特な角! お前が魔族か!」

 「えっ?」

 「魔族は僕たち人類の敵だ! 死ねっ!」


 そう言って突然光の剣を出してマオへと斬りかかった。


 「マオ様!」


 くっ! 光が強すぎて影を伸ばすまでの時間がっ!


 俺とシスティーナがマオを助けようと動こうとすると、マオは右手で俺たちを制止するように手を伸ばす。

 そして……。


 「なっ!?」


 マオは振り降ろされた光の剣を左手で軽々と受け止めた。

 それには勇者もひどく驚き、信じられないものを見るようにマオを見つめる。


 「バカな……光の剣は魔族の弱点のはずじゃ……」

 「……一つ勘違いを正すと、別にマオたち魔族に弱点といったものはない。人と同様に怪我も負うし、痛いものは痛いんだ。で、君は今回の勇者かい?」

 「嘘だ……僕の光の剣を軽々と受け止めるなんて……ありえない……」

 「どうやら話が通じていないようだね。しかも君、その右目は魅了の魔眼持ちだね? その魔眼は国際的に使用は禁じられているもので、通常は不用意な使用ができないように封印されるものなのだが……この惨状から察するに、君……悪用しているね?」

 「くっくっそおおおおお!」


 開き直ったのか、勇者はマオを掴んでその目を思いっきり見つめる。

 恐らくそれが魅了の魔眼の発動条件なのだろう。


 「バカな魔族め! 命令する! 今すぐ自害しろ!」

 「……はぁ……本当に困ったものだよ……」

 「なっ!?」


 マオは魅了の魔眼を喰らったにも関わらず、平然としていた。


 「魅了の魔眼は相手が精神耐性や魔法耐性が高いと効かないんだが……それすら知らなかったのかい? とはいえ、実際に悪用しているところを目撃してしまったからね。これは弁明はできないね。だから、その右目は奪うことにするよ」


 そう言ってマオの右手は勇者の右目へと伸びていき、グロテスクな音を出す。


 「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 ぐちゅっという音を鳴らした後、手を戻したマオの右手には勇者の右目が収まっていた。


 「あぁ、流石に麻酔も無しでは痛かったかな? 一応治癒魔法を掛けとくよ」


 そう言ってマオが勇者に治癒魔法を掛けると、右目から出血していたのは収まった。


 「おっおまえぇぇぇぇぇ! 僕の! 僕の右目をぉぉぉぉぉぉ! 返せ! 返せよぉぉぉぉぉぉぉ!」

 「マオも返したいのはやまやまなのだが、君は少しやり過ぎた」

 「やりすぎたって何がだよぉぉぉ! さっさと返せよぉぉぉ!」

 「マオたち魔族だけならいざ知らず、関係のないこの国の人たちを操り、果てはマオの友人であるティナにも手を出した。そんな事をされて、マオが怒ってないと思ったのかな?」

 「ひっ!?」


 静かだが恐ろしく冷たい殺気。

 仮にも次期魔王後継者といったところだろう。


 「本来であればこの場で八つ裂きにしても足りないぐらいだが、それではこの国に迷惑を掛けてしまう。だから来るなら魔国へ直接来い。ただ、一つ忘れぬことだ。マオはかつてないほど怒っていると」

 「ひぃぃぃっ!?」

 「まっ待ってよぉっ!?」


 あまりのマオの威圧に勇者は我を忘れて逃げ出し、それを追い掛けるように連れの女が逃げていった。


 「ふぅ……。……アル、済まない。本来であればアルが決着を付けたかったところをマオが怒りに任せてああいう形で終わらせてしまった」


 〔いや、むしろ助かった。俺もぶちぎれてあいつぶち殺すところじゃ済まなかっただろうし。というかレゾ王国滅ぼす時俺も呼んでくれ。いや、マジで〕


 「そうかい? いやーアルも手伝ってくれるなんて嬉しいな」


 〔はっはっは。とりあえず城はどう壊す? 投石か? 火あぶりか? 影狼たちに襲わせるか?〕


 「一先ず勇者召喚ができないようにそこら辺の書物を徹底的に消すのが第一だろうね。となれば火責めが一番だろうね。システィーナ、任せたよ」

 「とりあえずお二人とも落ち着いてください。全然怒りが静まってないじゃないですか……」


 〔あったりまえだろ。落とし前はつけさせるわ。つかマオが襲われたのにシスティーナさんやけに冷静だな?〕


 普段だったらむしろシスティーナさんの方が怒ってそうなのに、今回に至ってはむしろ冷静だ。


 「それはマオ様が次期魔王としての冷徹にして荘厳、且つ圧倒的実力差を示した上で慈悲と機会すら与えるお姿が見れたからですね。是非魔王様へお伝えしたいものです」


 あぁ……そういう理由ですか……。

 ともかくティナを休ませたら街中回って魅了状態のやつが残ってないから確認しねえとなぁ……。

割とマジで迷った結果こうなりました。

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