狼、計画を潰す
「はぁ……」
「レイラちゃん大丈夫かい?」
「あ、はい。大丈夫です」
いけない、つい昼間の事で気がめいっていたようだ。
それにしても……ルース姉さん……本当に変わってしまった……。
いや、元々上昇志向を感じられる発言はあった。
それがあの勇者の影響で一気にタガが外れたんだ。
叶わぬ望みが叶う望みになってしまった、ただそれだけで。
でも……それだからって兄さんの事を何も思わなくなるとまでは思わなかった。
いや、思いたくなかった。
「ダメだなぁ……私……」
この事は兄さんには隠さないと……。
アルさんたちには未練はないと言ってはいたが、心の奥ではルース姉さんの事を思っているんだ。
そうでもなきゃ何度も国王へ直訴に行かなかっただろう。
ただそのせいで廃嫡になってしまったのは心が痛むし、そうした父と母への怒りが湧く。
まぁ今頃私たち兄妹が同時にいなくなってあたふたしているだろうけど、私はもうあの家の事など知らない。
私には大好きな兄さんがいるのだから。
「っと、少し遅くなりすぎてしまいましたね……」
気を紛らわせたかった事もあり、いつもより遅くまで働かせてもらったのもあって、もう夜遅い時間となってしまっていた。
とはいえ、あまり遅くなると食事を用意してくれているフローラさんにも悪いし、アルさんやティナさんも私の事を待っているかもしれません。
そう思った私は、少し急いで大通りを駆けて帰ろうとする。
だが、その大通りの向こう側にあの勇者の姿が見えてしまったため、顔も合わせたくない私は仕方なく裏路地から家へ戻ることにした。
裏路地を進んでいると、突然見知らぬ人影が道を塞ぐように現れる。
「おいおい嬢ちゃん、こんな遅い時間まで何してるんだい?」
「へへっ、俺らと遊ぼうぜぇ~」
暗くてわかりにくいが、声からして全員男性のようだ。
「すいません、急いで帰りたいので退いてください」
すると雲で隠れていた月が映り、月明かりで道を塞いでいた人たちの姿が見えるようになった。
だがその人たちは、服はボロボロで髭も伸びっぱなしの見るからに薄汚れた格好をしていた。
「別に少しぐらい遅くなってもいいじゃんか」
「夜は長いんだしなぁ~」
道を塞いでいる人たちは目線を私の身体の方へと動かし、舐め回すような視線を向ける。
正直気持ち悪い……。
だが、前後を塞がれている以上、逃げる手立てが……。
にじり寄ってくる男性たちに私は冷や汗を流しながら警戒する。
その瞬間、真上から私の知る声が聞こえた。
〔おいお前ら、俺の知り合いに手を出すんじゃねえ〕
◇
「あっアルさん!?」
〔おうレイラ、ちょっと待ってろ。すぐ片付けるからな〕
俺はレイラのすぐ近くに着地する。
「なっなんで魔獣がここに!?」
「こんなの聞いてねえぞ!」
聞いてない……ねぇ……。
まぁ予想通りだな。
にしてもこいつら……自分が捨て駒扱いされてることわかってんのかね?
どうせあのクソ勇者の事だ、レイラを助けて何か都合の悪事を言われる前に全員の口を塞ぐだろう。
何ともお粗末な筋書きなもので。
つか少し離れた場所でずっとこっちの様子を見てた勇者も見つけてたしな。
だが相手が悪かったな。
夜って事もあるが、こちとら影に潜むことができるもんだから、影から影への移動は楽なんだよ。
まぁ最近知ったんだが……。
〔さて、と。今引くなら痛い目に会わなくて済むがどうする? それと言っとくが……もし次もレイラに手を出したら……わかってるよな?〕
「ひぃっ!?」
「こんなの付き合ってられるか!」
「逃げろぉぉぉっ!」
威圧しつつ話し掛けると、レイラを囲んでいた男たちは影狼を出す事もなく一目散に逃げて行った。
「あ、アルさん……」
〔気にすんな。つってもこういうのもあるかもしれねえし、レイラの影に影狼入れておくぞ〕
「あ、はい。ありがとうございます」
まぁ実は昼間の出来事の後、こっそり何匹かレイラの影に入れておいたんだけどな。
ただ影狼は喋れねえから、今回に至っては俺が出向くしかなかったんだよなぁ。
実際いきなり襲われる事になってたらレイラを守るようには言っといたけどな。
〔じゃ、帰るか〕
「はい」
俺はレイラを護衛しながらティナたちが待つ家へと向かった。
「ですが何故アルさんがあそこに?」
〔まぁー……昼間のレイラの様子が気になったもんでな、護衛も兼ねてって感じだ〕
「という事は……ずっと見ていたんですか?」
〔うっ……〕
少しジト目でレイラに睨まれて、つい口どもってしまった。
〔えっと……すまん……〕
「いえ、助けてくれた事は純粋にありがたかったです。とはいえ、あれは偶然じゃないんですよね? どうせあの勇者の仕業ですよね?」
〔……気付いてたのか?〕
「いくら裏通りとは言っても、一ヶ月も暮らしていればどこがどう危ないのかぐらいはわかります。それに、いくら新顔とは言っても私はアルさんの知り合いです。アルさんが身内に優しいのはこの街に住んでる人は知っていますので、その身内に手を出すとなるとそれを知らないスラムの人たちぐらいです。となれば後は簡単です。しかし、まさか初日から来るとは思わなかったのでそこは油断していました。ご迷惑をお掛けしてすいませんでした」
レイラの推測に正直俺は驚いている。
もしかしてこういう事態を予測してたのか?
〔レイラ〕
「はい?」
〔別に護衛とかなら影狼にさせればいいし、それぐらいなら何の負担にもなんねえからそういうのは言って平気だぞ。逆に気を使われるのは慣れてない〕
「……すみませんでした……」
まったく、レイラは真面目だなぁ……。
恐らく家を借りてる以外にも迷惑を掛けたくなかったんだろうな。
うん、ライルにもちゃんと伝えるとしよう。
◇
一方、二人の影を一人物陰で見つめていた勇者は悔しそうに爪を噛んでいた。
「くそっ……あの魔獣のせいで計画が狂ったじゃないか……。こうなったらこの『眼』を使って……いや、それよりあの魔獣の飼い主の女の子に使えば……くくくっ……。その態度でいられるのもあと少しだ……」
そう独り言を呟いて勇者は去って行った。




