狼、勇者と出会う
ダールトンたちもレゾ王国から帰ってきて早一ヶ月。
マオたちは勇者対策で忙しいのか、一週間ほど前に一度転移魔法で簡単な報告をしてすぐさま魔国へと戻ってしまった。
魔国も魔国で大変だなぁ……。
結論、全部勇者とレゾ王国が悪い。
とりあえずこっちに面倒事が来なきゃいいけど……。
そんなある日、俺はティナと一緒にギルド会館でヴィトニル族購入のための資金集めの相談をダールトンたちとしていたところにとある一報が届いた。
〔おいおいマジかよ……〕
「俺も信じたくはねえけど、情報は確からしいぞ……」
その一報を聞き、俺らは揃って項垂れるように肩を落とす。
「アルもダールトンさんもどーしたの?」
「あぁ、ちょっと嫌な情報が入っちまったんだよ」
「勇者がどーって聞こえたけど、そのせいなの?」
「んまぁ……そうだな……」
ダールトンもそういう情報をティナに教えたくないのか、めっちゃ言いよどみながら話す。
ダールトン、俺もその気持ちはよくわかるぞ。
「その勇者って人ってマオちゃんたちが困ってるげーいんなんだよね? なんでそんなに困ることしてるの?」
〔えっとだなティナ、なんつったらいいか……その勇者はな、自分の行動が困ることだと思ってないんだよ〕
「皆困ってるのにわからないの?」
〔そうなんだよ……〕
「その勇者って人はティナみたいに小っちゃい子なの?」
〔えーっと、そこら辺についてはどうなんだい? ダールトン君〕
「いや、普通に成人してるぐらいだったはずだぞ」
ちなみにこの国では成人は15歳からであり、他の国もほぼ大差はないようだ。
「えぇー! そんなおっきいのに皆を困らせるのー!?」
うっ……ティナの言葉が地味に刺さって辛い……。
どんだけ大きくなろうと何に対しても迷惑を掛ける事に代わりねえからなぁ……。
って、そうじゃなくて。
〔まぁそんな迷惑を掛けるやつが国境を越えてこっちに向かってるっていうんだよ。理由としては修行の一環でこの国にあるダンジョンって言う事らしいがな〕
「ダンジョンって他の国にもあるんじゃないっけ? ダールトンさんもこの前教えてくれてたよ?」
「ダンジョンつっても規模が違うんだよ。この前嬢ちゃんに説明した中でもこの国にあるダンジョンが一番最大なんだ。最大な分深層も深いし、修行という意味ではある意味一番なんだ」
「そうなんだー」
まぁティナはよくわかっていないだろうが、俺らは勇者たちが国境を超える時既に通行料で軽く揉めた話を聞いている。
レゾ王国から見ればあくまでこっちは他国である。
そんな勇者の飾りがどこまで通用するかという話にもなってくる。
実際俺とティナは国御用達の冒険者という事で、ノヴァ公国の国境や砦を越える時には多少通行料を減額されたが、それはあくまであちらの配慮としての減額だ。
こちらがとやかく言う事ではない。
だがそれを勇者は関係なく権威として利用している。
つまり、この国の中でも勇者の権威とやらで好き勝手やらかす可能性が高い、というかやらかす。
そんな事を察して俺らは頭を抱えているというわけだ。
つか勇者が来るならライルとレイラの二人にしばらく外出は控えてもらった方がいいだろうなぁ……。
でもライル……どんだけ優秀だったのか、一ヶ月も経たない内にレスティア王国の薬学試験受かってて、しかもその試験監督をした王宮薬剤師がライルを気に入って仕事が決まるまでしばらく王宮で働かないかとかとかで早速働いてるんだもんなぁ……。
仕事しているその二人に家から出るなっていうのは無理があるよなぁ……。
あー! どうしろっつうんだ!
結局二人には勇者がこの国にきてるから注意しろというだけに留まることになった。
まぁ流石にそれで仕事休めは無理だしなぁ……。
二人は俺が気遣ってくれたことに感謝していたけど……。
はぁ……何も問題起こさないでさっさと勇者帰ってくれねえかなぁ……。
そんな俺の虚しい願いもあっさりと踏みにじられる出来事が起こった。
〔じゃ、ギルド会館でなんか仕事探してくるわ〕
「はい、アル様にティナ様も行ってらっしゃいませ」
「フローラさん行ってきます!」
いつまでも勇者の事で悩んでもいられないので、俺は気持ちを切り替えてギルド会館で貼られている依頼書を熟していた。
冒険者はこういった街の様々な依頼とかも受けたりしており、ただダンジョンに籠ってお金を稼ぐだけではないのだ。
そんな事を考えつつギルド会館へ向かうと、何やらギルド会館が騒がしいように見えた。
何事かと思ってギルド会館の中へ入ってみると、何やら癇に障るような厭味ったらしい声が聞こえてきた。
「全くこの国の冒険者はどいつもこいつも腰抜けばっかりだなぁ。この勇者である僕が中層の案内を君たちに任せようとしているのに誰も手を挙げようともしないのか?」
「この野郎……言わせておけば……」
「おい落ち着け」
「だけどよダールトン!」
「落ち着けっつってんだろ!」
「っ……」
身長約170cm弱の黒髪ショートの全身金ぴかの鎧を身にまとった男の発言に腹を立てた冒険者の一人が立ち上がるが、それをダールトンが抑え、渋々彼は再び椅子に腰を下ろす。
それを見た金ぴか鎧の男の横に立っていた赤髪で少し派手な服を着ている女性がクスクスと笑いながらその男に声を掛ける。
「ケイスケ、こんな腑抜けなんていなくたって真の勇者のケイスケがいれば中層だって余裕でしょー?」
「あぁそうだねルース。こんなやつらがいなくたって僕に掛かれば中層なんて余裕だよ」
「あ~ん流石ケイスケ~」
……うっぜぇ……。
おいダールトン、この前言った事撤回するわ。
お前らマジですげえよ、俺には無理だわ。
流石のティナもあの二人に対して嫌悪感を抱いているような雰囲気を背中から感じる。
そんな俺らに気付いたのか、勇者は俺らを見て驚いたように距離を開ける。
「おっおい! なんで街に魔物がいるんだ!」
「はっ早く退治しなきゃ!」
「よう、アルと嬢ちゃん」
咄嗟に武器を構えた二人に対して、ダールトンが片手を上げてこっちに来るように手招きをする。
それを見た二人は唖然として俺らがダールトンの側に行くのをじっと見つめる。
〔んじゃ俺は面倒事にならねえように範囲での念話止めるからな。二人とも頼むな〕
ティナとダールトンは小さく頷き、ティナがダールトンへ挨拶をする。
「ダールトンさん、こんにちは! アルは今日も元気だよ!」
「おおそうかいそうかい」
そう言ってダールトンは俺の頭をわしわしと軽く撫でる。
俺もそれを嫌そうな顔をせず、むしろ心地よさそうに撫でられる。
撫でられながらチラッと勇者と赤髪の女の方を見ると、あからさまに驚いた表情をしていた。
「なっ何なのこの国は!? 魔物に平気で触れるなんて普通じゃないわ!」
「こっこの国は既に魔物に洗脳されていたんだ! だからそんな平然と魔物と接しているんだ! 今勇者であるこの僕が解放してやる!」
そう言って勇者がこちらに踏み出そうとした瞬間、俺は全力の威圧を勇者に向ける。
「っ!?」
その威圧を受け、勇者は動きを止めて冷や汗を垂れ流し始めた。
それを見たダールトンが勇者に忠告する。
「おい、このアルはめちゃくちゃ賢いんだ。だから嬢ちゃんに従ってるし、この街の皆にも慕われてる。そんなアルをどうにかしようものなら……この国も黙ってねえだろうなぁ。それでもアルに手出ししようつってんのか?」
「くっ!」
勇者がこちらに向かってくる気配が無くなったため、威圧するのをやめると、勇者は思いっきり息を吐く。
「くそっ!」
明らかに敵を見るような目を俺に向け、勇者は俺を威嚇する。
まぁ全く怖くもねえんだけどな。
「アルさーん、こちらにいますか?」
そんな殺伐とした空気の中、突然ギルド会館に入ってきたレイラが俺の名を呼ぶ。
「あぁアルさん、こちらにい……」
俺の姿に気付き、近付いてこようとしてレイラが周りをチラッと見ると、明らかに驚いた表情をしてその歩みを止める。
「何であなたたちが……」
「あらレイラちゃん、貴女この街にいたのね」
「ルース姉さ……ルースさん……」
レイラと赤髪の女が知り合いって事は……まさかこの女がライルの元婚約者ってことか!?
「貴女がこの街にいるって事は、ライルも一緒なのかしら?」
「あなたには関係のない事です」
「そうね、私はもう何も彼には未練なんてないものね」
「っ!」
ルースの発言に苛立ちを覚えたのか、レイラは明らかな敵意をルースに向ける。
それを見た勇者がさっきとは変わって気軽な声でレイラを呼ぶ。
「やぁレイラ、相変わらず綺麗だね」
「お褒め頂きありがとうございます、勇者様」
「はははっ、そんなに照れなくてもいいんだよ?」
「っ……」
おいおい……今のレイラの発言は完全に嫌味の意味で言ってただろ……。
こいつどんだけ拗らせてんだよ……。
「まぁここで会ったのも何かの縁だ。君も僕と一緒に来ないか? 国王には僕から何とかしてもらうからさ」
「いえ、遠慮します。私はここでの生活が気に入っていますので。それにアルさんとティナさんたちにはよくしてもらっておりますので」
「ちっ……」
レイラの発言を聞き、勇者は舌打ちしてこちらを睨みつける。
「そうかいそうかい。まぁいつでも僕を頼るといいよ。女の子一人じゃ危険だろうしね。君みたいな綺麗な子は特にね」
「……お心遣いありがとうございます」
うっわ……勇者の視線……完全に身体目当ての目じゃねえか……。
めっちゃニヤニヤしてるし、ありゃ男でも引くわ……。
「じゃあ僕たちはそろそろ行くよ。君も気を付けるといいよ」
「じゃあね、レイラちゃん」
最後にレイラに一言言って勇者たちはギルド会館から出て行った。
その二人が去った後も、レイラはその場に立ち竦み続けた。
俺はティナを背中に乗せたままレイラに近付く。
〔レイラ……〕
「申し訳ありませんアルさん、ティナさん……失礼します!」
近付いて気付いたのだが、レイラは目に涙を溜めており、それを一気に流してギルド会館を走って出て行った。
「レイラさん……」
ティナはそんなレイラを心配そうな目で去っていく姿を見つめていた。
立ち竦む俺らにダールトンが静かに近付く。
「なぁアル」
〔なんだ?〕
「女を惚れさしたりする手っ取り早い方法って知ってるか?」
〔あぁ、吊り橋効果とかが挙げられるな〕
「それはよくわからねえが、確実に言えることは一つだな」
〔奇遇だな。俺も一つ思いつくぞ〕
「〔危険な目に合ったところを助ける、だろ?〕」
俺とダールトンはお互いの顔を真剣に見つめる。
「ああいう手合いの男はな、そう言う事を平気でする。しかも故意にな」
〔となると使うとしたらスラムのやつらか?〕
「だろうな。つっても俺らは夜目がきかねえ、だから……」
〔あぁ、任せろ〕
元々レイラを狙っていたやつだ。
それが国の制限を離れたらどうなるか、容易に想像できる。
それに異世界からの勇者だしな。
そういった事は考えるだろう。
だがよぉ……。
俺の知り合いに手を出されるとわかって大人しくしてるわけにはいかねえだろうがよぉ。
勇者、お前の好き勝手にはさせねぇ!
アルが主人公をしている……だと……!?




