狼、帰路につく
「テメェら急げっ!」
騎士団と合流したダールトンは、馬を駆りて共にアルを追い掛けている。
普通ならば目印がなければ探すのは難しいが、今のアルは周囲に威圧感を出しながら移動しているため、その気配を追えばアルに辿り着けるというわけだ。
「にしても剣帝様まで来るとはな」
ダールトンは隣で馬を走らせているジークに顔を向ける。
「もし仮にアルが盗賊団に使役などされたら一大事だからな。最悪の事態になる前に仕留めなくてはならない。お前たちもその覚悟なのだろう?」
「まぁな。俺らは関係ないなんてことで見逃されるとも思えないしな。だったら勝算のない時内に殺されるより、可能性がある内に賭ける」
伝承通りなら一日に呼び出せる数には限りがある。
ならばまだこちらの数が多い内に仕掛けなければ勝ち目は完全になくなる。
冒険者も家族を残している奴は多い。
もしアルが使役され、その猛威が振るわれた時にはその家族すら危うくなる。
ならばここで命を賭けて挑む以外道はない。
今ここにいるのは王都の防衛と冒険者に貸せる馬の数を考え、冒険者含め150名程だ。
そして剣帝もいるこの現状、ここでアルを止められなかったらどの道王都は終わりという判断なのだろう。
「っ!?」
「なっ!?」
アルの威圧感を追い掛けて山脈に着き、ようやく盗賊団のアジトらしき場所を見つけたと同時に物凄い殺気と威圧感を感じた。
その殺気と威圧感を受け、一割から二割程度の者が腰を抜かしてしまった。
「おいっ! しっかりしろ!」
「いや、無理もないだろう。威圧感だけならともかく、この殺気を喰らってむしろこの程度で済んでよかったぐらいだ」
「剣帝様は楽観的なのか?」
「そうでもない。まだ百名以上残ってることに安堵しているだけさ。では行くぞ!」
ジークの指示に従い、動ける騎士団の者が周囲を警戒しつつ前進する。
ダールトンたち冒険者も、動ける者はランクが上の者が一番前と一番後ろにそれぞれ半分に分かれ、騎士団とともにアジトの入口へと向かう。
そしてアジトの入り口へと近付くと、中から人が走ってくる音が聞こえてきた。
足音の大きさから、少なくてもティナとアルではない事は確かであり、出て来るものに対して武器を構えて警戒する。
「ひぃぃぃ! たっ助けてくれぇぇぇ!」
アジトの中から出てきたのは、アルやティナや魔獣でもなく、片腕を無くしながらも必死の形相で逃げているスキンヘッドの男だった。
だがジークたちがその男を視認したと同時に、アジトの中から黒い影のようなものが男の足を捕まえる。
「嫌だ嫌だ! 頼む助けてくれぇぇ! もうお前らに手出しはしない! だから助けてくれぇぇぇ!」
男は影に捕まり強制的に地べたに這いつくばるが、影は引っ張るように男を再びアジトの中へと引きずり込もうとする。
男は必至に地面を掴むが、影の引っ張る力の方が強いのか次第に男はアジトの中へと引きずり込まれていく。
悲鳴を上げても泣き叫んでも引っ張る力は弱まらず、地面を掴んでいる指の爪が剥がれ、ついには男はアジトの中へと引きずり込まれてしまった。
そして数秒後、先程よりも大きな悲鳴が響き渡り、それと同時にグロテスクな音が微かにアジト内に反響していった。
ジークたちはその光景と音に唖然とし、一瞬何が起こったのか理解できていなかった。
そして悲鳴と音が止んでしばらく静かになると、再びアジトの中から何かがジーク達の方へと向かってくる足音が聞こえてくる。
その足音は人の足音よりも軽いように感じられ、逃げているというよりも悠然と歩いているといった方が適切なのではと思えるぐらい軽かった。
そしてアジトの入り口から顔を出したのは、アルよりも少し小さいように見える黒い狼だった。
その黒い狼は、ジークたちを見ると勢いよく駆け出して来た。
一同は慌てて武器を構え、防御態勢を取る。
しかしその狼は、ジークの手前で止まって座り込んだ。
「攻撃の意思は……ないようだな……」
「その……ようだな……」
ジークとダールトンは武器を降ろし、一先ずアルは使役されていないのだろうと結論付けた。
◇
ティナを背中に乗せ、俺は盗賊団のアジトの外を目指す。
その途中何匹かの俺の影から出た黒い狼たちが現れ、俺の前に咥えていた魔石を置く。
えっと、これは献上品とかそういうのだろうか?
てか君ら誰?
そう思ってちょっと自分のステータスを確認し、怪しそうな能力を鑑定で調べてみた。
〔あー……この影狼作製っていう能力から出てきたのね〕
「アルが一杯なのはそれが理由なのー?」
〔そうらしいな。何か一日毎に部下が作れるんだってさ。しかも待機する場合は俺の影に入ってればよくて、俺の影に入っている数が増える毎に何か俺の展開する影も広がっちゃうらしい〕
「影がおーきくなると何かあるの?」
〔さぁ? 別に影が大きいからって身体が大きくなるわけでもないし……なんだろな?〕
まぁせっかく魔石を持ってきてくれたんだし、ありがたくいただくとしよう。
俺は部下が持ってきてくれた魔石を一つずつ喰らう。
数は全部で6つ程だったが、その内の2つは喰ったら力が少し漲ってきた気がした。
という事は割と強い魔獣がこのアジト内にいたんだな。
「アルのぶかのおーかみさん、いーこいーこっ!」
ティナは寄ってきた俺の部下の頭を撫でる。
見た感じティナには懐いているようだし、ティナの影に待機できるようなら何匹か待機していてもらおう。
今回みたいな事がまた起きないとも限らないしな。
っと、割と派手に殺ったみたいだな。
臭いで惨状が理解できる。
〔ティナ、ちょっと目隠しさせてもらうぞ?〕
「んっ? わかった?」
俺は影を操ってティナの目を隠すように目隠しをして進む。
道中には俺の部下がやらかした結果が辺りに散らばっており、臭いもあれなのでさっさと駆け抜けよう。
そして入口付近に近付くと、今まで見た中で一番酷い有様のモノがあった。
てかもはや人間なのかと思えないくらいに原型が留まっていなかった。
まぁこいつらがわりぃんだし、仕方ねえよな。
気が付けば俺の周りには部下の狼たちが集まっており、数は……あれ? なんか最初に呼び出した時より増えてね?
って、下級以外は数増やせるのか。
となると、ティナの護衛に振り分ける数考えとかないとな。
アジトの外に出ると、近くでジークやダールトンたちがいた。
てかこれ百名以上いるんじゃね?
もしかして追ってきたのか?
俺の姿を確認したのか、ジークの前で座り込んでいた部下の一匹が俺の元へと戻ってくる。
いや、俺の元というよりティナの側か。
入口に着いたので目隠しを外しているティナは、近寄ってきた狼に対して「なでればいーのかな?」と口に出しながら撫でる。
まぁその部下も満足そうだしいいと思うぞ。
さてと。
俺はジーク達に近付く。
〔わりぃな心配掛けて〕
「はぁ……。まぁ二人に何ともなくて安心だ……」
「いやいや剣帝様よぉ……。あれ……何ともないと言っていいのか……?」
ダールトンは俺の部下の狼たちを指差す。
それを見たジークは更に溜め息をつく。
「ちなみにアル……。あれらは以前から増やしていたりは……」
〔いや、今回ぶちぎれて無意識に使って知ったって感じだから初期値のままのはずだぞ?〕
「そうか……。いやまぁそうでなかったらもしもの時大変だったのだがな……」
どういうこっちゃ?
「まぁそれとは別にもう一つ聞きたいのだが……」
〔何だ?〕
「一応今回の事件の主犯についてだが……原型は残ってるか?」
〔主犯ってなるとスキンヘッドのやつか? あのアジトの奥から入口に戻ってくる際には見た記憶がねえなぁ?〕
「……んっ? スキンヘッド……? ……なぁアル、そいつ片腕から血を流したりしていたりとかそういう心当たりは……」
〔あぁ、何か服従の首輪とかいう首輪掛けようと手伸ばして来たから斬ったぞ?〕
それを聞いてジークは何かを察し、遅れてダールトンも何かを察した。
「わっわかった……。あとは私たちが片付けよう。アルはティナ君を休ませてあげるといいだろう」
〔おっ、サンキュ。まぁ何か手伝える事あったら言えよー〕
「あぁ……」
〔じゃあティナ、帰るか。んでフィリアのところに行ってお見舞い行こうな〕
「うんっ!」
さてさて、市場で事が起こったけど何かお見舞いの品買えればいいがなぁ……。
◇
王都への伝令を出し、ジークとダールトンたちは盗賊のアジト内を捜索した。
「……たぶんこれだよな……?」
「あぁ……おそらくな……」
一番入り口の近くで無残な残骸と化しているモノに対してジークとダールトンは顔を引きつらせる。
「まぁ普通に考えて生き延びたやつらはいないだろうな……」
「隠し通路があったとしてもそっちの方で襲われているだろう」
「一先ず解決……と言っていいのか?」
「アルに睨まれた時点でやつらの人生は詰んでいた。そこに生き延びる道などないだろう。しかもよりにもよってティナ君に手を出してしまったからな……」
ジークとダールトンは深く溜め息をつき、ティナに何か起こった時にアルがどうなるかを実感してしまった。
「つかあの王都の冒険者のやつらには俺が古い伝承やらそこらをちゃんと調べて理解するようには言ってるが、他の国だとアルスキラウルフなんてただの伝説の狼ぐらいの認識しかないだろ……。そんなやつらが来た時にアルたちといざこざになったらと思うと……」
「今回の件について少しぼやかして情報を流す事も考慮するか……。アルスキラウルフの怒りを買った盗賊団が見るも無残な姿で発見された、といった具合にな……」
「その方がいいだろうな。下手に嬢ちゃんの名前を出すとアルが怒りそうだ」
「その情報で他国が手を出さないでくれればよいが……」
「そればっかりは他国次第だろうよ……。たくっ……盗賊団のやつらホント余計な事をしてくれたぜ……」
「全くだ……」
二人は溜め息をつきながらもアジト内の捜索を続けた。




