目覚めた日
暗い部屋の中。
そして目の前には生を失って動かなくなった『肉』。
殺人現場と化した俺の部屋で、俺はただ立ち尽くしていた。
そう、俺は生まれて初めて『人殺し』をしてしまった。
2時間前
俺は友人である岸本隼人を家に呼んだ。
あることについてちゃんと話し合うためだ。
隼人には彼女がいる。
森本綾香、彼女とは俺と隼人と同じクラスだ。
なかなか容姿端麗で他の生徒からの人気も高い。
俺はその森本から度々、彼氏の隼人についての相談を受けていた。
隼人が最近冷たいとか、浮気してるんじゃないかとかの相談をされているうちに、それなりに俺と森本はそれなりに仲が良くなった。
しかしそれを見ていた隼人は、俺と森本が付き合っていると勘違いしたらしい。
もちろん俺と森本は仲が良くないわけではないが、ただ相談を受けているだけの仲、それ以上でもそれ以下でもない。
隼人には何度も付き合ってないと否定し続けてきたが、信じてはもらえなかった。
そして今日、その話に決着をつけるため家に隼人を呼んだのだ。
「いい加減分かってくれないか?俺は俺は付き合ってない。」
俺は冷静に話を切り出した。
しかし、それに対して隼人は
「ふざけんな!付き合ってないだと?綾香の態度が最近そっけないと思って探ってみたらお前が綾香と楽しそうに一緒にいるのを見つけた、それで付き合ってないってのを信じろって言う方が無理な話だろ!」
声を荒げて俺にそう言った。
怒りで自分を抑えられなくなっているようだ。
「だからそれは違うんだ、あれは…その…」
思わず口ごもってしまった。
森本には隼人のコトについて相談されてたことは絶対に言わないでくれと言われていた。
もちろんそれを隠すということが隼人をどれだけ煽り立ててしまうか分かっていた。
「なんだ?あれはなんだよ!?言えよ!えぇ!?言えないんだろ!!?だって付き合ってたもんなぁ!友達の彼女と勝手にデートしてさぞ楽しかったんだろうなぁ!!」
隼人は怒りのあまり顔を赤く染めていた。
隼人とは小学校からの付き合いだが、こんなに怒った隼人は初めて見た。
「いや、ちが…」
「違う!?んなわけねぇだろ!お前みたいなクズの言うことなんか信じられんわけねぇだろ!!」
散々隼人に罵倒されるうちに、俺の中にも怒りが湧いてきた。
なぜこんなに言われなきゃいけないんだ。
もう秘密なんてどうでもいい、明かしてしまおう。
俺はそう思い、森本との約束を遂に破った。
「俺は、森本から相談を受けてたんだよ!!!」
いきなりの俺の大声に隼人は少し驚いた様子だった。
「そ、相談?なんの相談だよ!?」
「お前のことについてだよ!お前が最近冷いって、友人である俺に言ってきたんだよ!」
思わず大声で言ってしまった。
首から上が熱い。
心臓の鼓動が大きく、早くなってるのが分かる。
「なんだよ…それ…」
隼人はさっきまでの威勢を失い、少し小さい声で言った
「何って、言葉通りだよ。俺はただ森本に相談されてただけだ!お前の最近の森本に対する態度とかが冷たいから、浮気してない聞いてみてくれってな!」
俺は威勢を失った隼人に更に強い声で言った。
「浮気?そんな、俺はそんなこと…」
「知らねぇよ!お前が悪いんだからな!!お前が森本にもっとちゃんとかまってやらないから!お前が森本を大事にしなかったから!」
追い打ちをかけるように俺は隼人を罵倒した。
まさにさっきとは立場が逆になったみたいだ。
そして俺は、
「さっき俺のこと屑って言ったよなぁ?でもさ、彼女放ったらかしにして急に勘違いして彼女を問い詰めたり友達疑ったり罵倒したり、一体どっちのほうが屑なんだろうなぁ!?」
隼人の心をへし折らんとばかりにそう言い放った。
隼人は顔を下に向けたまま俺の方を見なかった。
しかし俺の怒りはまだ収まらず、俺は隼人にこう続けた。
「おい、なんとか言えよ屑野郎!さっきまでの威勢はどうしたよ!!なんか言い返してこいよ!何も言えねぇのか!?ゴミかよ!」
今自分がどれだけ下衆なことをしているか分かっていたがやめられなかった。
今まで隼人にボロクソに言われてきて溜まった鬱憤がついに爆発してしまったのだ。
「俺はそんなの、知らなくて…」
「は?知らなかったから許されるって?お前今まで俺になんて言ってきたよ。友達にあれだけ言っといてよ、知らなかったなんて通用するわけねぇだろうが!!」
隼人はまるで絶望した可能よな暗い顔をしていた。
そんな隼人に更に暴言を吐く俺。
正直、その時の隼人の姿を見て俺は実に爽快だった。
今までの鬱憤がどんどん晴らされていく。
しかしその暴言を断ち切るかのように隼人は口を開いた。
「黙れ…」
突然低い声で言われて、俺は少しギョッとしてして、思わず黙ってしまった。
「お前に…何が分かる…」
低く震えているその声は確かに怒りが篭っていた
「お前に…俺の気持ちなんか…」
「分からねぇな、お前みたいな…」
再び暴言を隼人に吐こうとしたときだった
「黙れよ!!!」
隼人が突然俺に襲い掛かってきた。
あまりに突然過ぎて、俺は隼人に押し倒されるがまま倒れ込んでしまった。
「お前に、何が!!」
怒りのまま隼人は俺に殴りかかる。
「ちょ、やめろよ!何すんだよ!!」
隼人を止めようとするも、馬乗りで殴られてしまってはどうすることもできない。
俺は必死でジタバタしてもがくが、隼人はそれを全身を使って止めている。
「お前なんか友達じゃない!!お前なんか!!!」
隼人は俺を殴りながらそう言った。
俺はその言葉を聞いて、怒りの炎が更に燃え上がった。
足で抑えられていた両腕が外れた。
俺はその両腕を隼人の首に持っていった。
そして…
「ぐうぁ!?」
俺は怒りのままに隼人の首を絞めた。
隼人は苦しそうに俺の腕を首から離そうとするが、俺は更に首を強く絞めて、絶対にそれが解けないように力を入れた。
何分くらい時間が経っただろう。
その頃の隼人はもはや抵抗するどころか手を動かすこともできず、ただ泡を吹いて痙攣していた。
我を取り戻し今の隼人の状態に気づいた俺は焦って首から手を話した。
が、もう手遅れだった。
俺が唖然として見つめる先で隼人は死んでしまった。
そして現在に至る。
俺は初めて人を殺してしまった。
しかも、口論していたとはいえ、小学校からの長い付き合いの友人を。
俺は焦った、どうすればいいか、救急車?警察?捕まったら俺の人生は…
そんなことを考えて泣きそうになっていた、そんな時だった。
俺はふとあることを思い出した。
「そうだ、生き返らせればいいんだ。」
実は、俺には生まれつき特別な力がある。
死んだ生き物を生き返らせる力だ。
俺がこの力に気づいたのは幼稚園児の時だ。
グランドに落ちていた死んだスズメに触ったら、その直後スズメは生き返り、元気になって飛び立った。
その力に気づいてからというもの、俺は死んだ動物を見かけては生き返らせていた。
縄張り争いで負けて死んだ鳥、車に引かれてシンダ猫、死んで海に打ち上がった魚、全てただ触って生き返らせたいと思うだけで生き返らせることができた。
母にその力を見られたが、母はその力を魔法みたいだと言って俺を褒めてくれた。
しかし、母はその力を乱用してはいけないと俺に叱るように言った。
それ以来俺はその力を使うことはなかった。
そのため、自分の力のことすら忘れていたのだが、今になって自分のその力について思い出した。
俺は隼人の胸に手をかざし、そして生き返れ!と心の中で念じた。
すると、驚くことに隼人が息を吸い始めた。
そして…
「う、うぅ…あ、あれ?」
隼人は目を覚ました。
そして俺の顔を見る。
「涼介?俺、何やってたんだっけ?」
感動した。
死んだ人間が生き返ったのだ。
だが、何か別の感情が俺の中に渦巻いていた。
何かよくわからない感情が俺の中に芽生えた。
「あっ、そうだ!涼介お前!」
「あぁ、ごめん…」
俺は素直に謝った。
生き返らせたとはいえ首を絞めたのは事実だ。
そして何より、一度俺はこいつを殺した。
「首を絞めたのは本当にごめん。俺も、なんか頭に血が上って…」
俺は言い訳を混ぜながら隼人に謝った。
しかし隼人は
「は?首を絞める?何言ってんだよ。俺が一点とは綾香との関係だよ!」
森本と俺との関係について聞いてきた。
「え?それはさっき話したろ、俺はただ相談を受けてただけで…」
「はい?相談?なんだよそれ、なんの相談よ?」
隼人はまるで初めて聞くかのような感じで聞いてきた。
「いやだから、お前が最近森本に対して冷たいからとかの相談を受けたってついさっき言ったろ?一回死んだから記憶をぶっ飛んだのか?」
「え!?綾香がそんなことを?てか死んだって何よ?」
隼人はどうやらさっき俺が説明した森本との関係どころか、自分が死んだことにすら気づいていない様子だった。
(殺されたことに気づいてない?俺がこいつを殺したことすら覚えてないのか?)
そう思った時だった。
何かわからない謎の感情が俺の中で更に蠢き出したのが分かった。
まるで俺が隼人を殺したことを、隼人が気づいてないのを喜んでいるかのような。
まるで、隼人を殺したことを喜んでいるかのような。
「おい!なんとか答えろよ!」
俺が考え込んで、黙り込んでいるのを見兼ねてか、隼人は俺に怒ったように言ってきた。
「いや、だから俺は森本に相談を受けてただけで…」
「そんな話信じられんわけねぇだろ!!大体、仮にそうだとしたらなんで最初っからそう言わなかったんだよ!」
「森本から止められてたんだよ、嘘だと思うなら本人から聞いてみろよ。」
その時の俺は案外冷静だった。
もう隼人を殺したことはなんとも思っていなかった。
隼人は携帯を取り出すやいなや森本に電話をかけ始めた。
どうやら俺が言ったことが本当かどうか確かめるのらしい。
電話の途中で色々喧嘩になってる部分もあったが、電話が終わると隼人はうちに来たばかりの時とは打って変わって律儀に頭を下げた。
「本っっっっっっっっっ当に悪かった!!!」
隼人は俺の身の潔白が分かるやいなや罪悪感で満たされたらしい。
俺にずっと頭を下げて、常に謝罪の言葉を繰り返している。
「いやもういいよ、わかってくれたならそれで。」
その言葉でやっと隼人は顔を上げた。
しかしそれでも尚隼人は申し訳なさそうな顔をしている。
「とりあえず、後は俺等の問題だから俺等でなんとかするわ。」
「あぁ、ぜひともそうしてくれ。」
そして隼人はそそくさと俺の家を出た。
俺の冤罪はやっと晴れたのだ。
だが、まだ心残りがある。
この胸の中にあるよく分からない感情。
俺はもう一度、隼人を殺してしまったときのことを思い出した。
普通なら罪悪感が湧くはずなのだが、俺にはそれが一切無かった。
それどころか俺は、
その初めての殺人の記憶を思い出して笑っていた。