極天の夜明けにて
※本作品は2017年度全国高校生創作コンテストに応募されたものです。
地球の誕生日って、いつなんだろう。
よかったら、あなたも考えてみて下さい。
極天の夜明けにて
地球の誕生日って、いつなんだろう。
異様に良かった目覚めの後、ふと胸の内に湧き上がった疑問だった。
僕は着替えながらその答えを求めたけれど、目覚めたばかりの頭では何も思いつかなかった。
窓の方を見やる。
スモークがかけられたそれから差し込む光の量に、小さくため息をついた。
今日は、僕らの命日だ。
詳しい話はわからないし別段わかろうとも思わないのだが、どうやら恐竜を滅ぼした時よりもずっと大きな隕石が落ちてくるらしい。
その結果、地球という星の形成そのものが打ち砕かれるのだという。
どうなるかをわかりやすく言うと、地球は木っ端微塵、地球上の全生命も木っ端微塵。
つまり、地球滅亡である。
けれども、僕は地球最後の日に特別な何かをする気にはなれず、ただ散歩に出た。
空には天蓋の雲など在りはしない。ただただ宙まで突き抜ける蒼穹が広がっていた。
真冬なのに寒くない。
西の空には既に滅びの光が煌々と灯っていた。
夜にはあれが地球にぶつかり、全てを終わらせる。僕は西の空を一瞥し、前を見て歩き出した。
既に生命は滅んでしまったのかと思うくらいに、街はしん、と静まり返っている。
鳥の囀り一つだって聞こえない。
世界の全てが死に絶えてしまったかのように、いっそ自分の聴覚が損なわれたのではないかと疑うほどの静寂。
けれど、現実はそんな都合の良い疑念を持つことを許さない。
死者の街と為り果てた街を前にして僕は、もうじき世界が終わってしまう事を痛感した。
閑静な住宅街を抜け、坂を下り、街一番の交差点に出た。
この交差点は人と車の往来が非常に激しいわりにガードレールもなく、いつか絶対に事故が起きるからその前にガードレールや歩道橋をつけるべきだ、という意見が前々から出ていた。
けれど、ついぞその提案が実現されることは亡くなってしまった。
二度と光が点くことは無い信号機が木偶のように突っ立っている道路のど真ん中を歩いていく。
軒並み閉じられた商業施設のシャッター通りを抜け、街全体を一望できる高台がある公園へと向かう。
そこには、例えもうじき世界の全てが無に還ろうとも決して忘れる事はない、彼女が居た。
「やっほ。今日はいい滅亡日和ね。でも、こんなにいい滅亡日和なのに貴方は全然変わらない」
彼女の他愛のない挨拶に、僕は首をすくめながら答える。
「本当にね。君こそ世界最後の日なんだから少しはしおらしくすればいいのに。僕も優しくするよ?」
「何?私を慰めてくれるの?それとも私で自分を慰めるの?」
「なんでそうなるのさ。そんなこと一言も言ってないだろう」
「ふふっ、冗談だって。そんなすぐヘタレないでよ」
「だからなんでそうなるんだって」
言いながら、僕は彼女の座るベンチの横に腰を下ろす。
鳥の囀りが聞こえる、様な気がした。
何故だか無性に泣きたくなった。
数舜の間隙を破り、彼女が僕に話しかけてきた。
「ねぇ」
「何?」
「セックスしない?」
「は?」
「だから、セックスしないかって言ってるの。聞こえなかった?」
「いや、何を言ってるか分からなかった」
「そう。でも今わかったでしょう?」
「いやわかったけども。わかったからはいセックスしましょうとはならないよ?」
「さっきは貴方から誘ってきたのに……」
「あれそういう伏線だったかー」
思わぬ返しに僕は背もたれに全力で寄りかかりながら、うあー、と声にならない声を出した。
「地球最後の日にセックスを要求されるなんて誰が思うよ」
「最後の日だからこそ、でしょう?」
彼女は少し体勢を下げ、僕の顔を斜め下から覗く様に見てくる。その表情は蠱惑を帯び、声は淫靡なものになっていく。
「全ての生命が死に絶える日、私たちは生命を生み出す行為に耽る……。なんてすばらしいことなんでしょう……。あなたもそう思わない?」
そう言って魅惑の微笑を浮かべ、彼女は僕にしなだれかかってきた。僕は自分の気がおかしくなる前に可及的速やかに否定の意志を伝える。
「いや思わない。要は適当な事を言って僕を揶揄いたいだけだろう。いくら声と表情が良くたって、目で丸わかりだ」
「ばれちゃった。つまんないのー。でもさ」
舌を出してあっさり認めた次の瞬間、彼女は僕の耳元まで迫って言った。
「本気、って言ったら、してくれるの?」
「……本当にしたいのなら、ね。けど、自棄になってただ貞操を投げようとしているのなら、しない」
僕は、本心でそう言った。
「本気半分、自棄半分、かな」
彼女は先程とは違い、薄く自嘲的な笑みを浮かべ言った。
「どういうこと?」
彼女の言葉の真意が読み取れず、聞き返す。
「私が起きた時には両親は先に寝ていたの。永遠にね」
「……もう目覚めないってことか」
「自殺したとかそういうわけじゃないの。睡眠薬の過剰投与で寝ただけ。けど、もう目覚めない。『あなたも飲みたければ飲みなさい。』って書置きと私の分の薬もあった」
「睡眠薬も飲み過ぎたら死ぬって聞いたことあるけど」
「そうね。だけど、もうみんな死ぬんだし、結局変わらないよ」
「変わらないなんてそんな」
「変わらないわ。ただ……最後は一緒にいて欲しかった。それだけだった」
「……うん、そうだね」
独白をする彼女の声は鼻声だった。
泣きながら肩によりかかる彼女の頭を撫でながら僕は出かけてくる時、泣いていた母のことを思い出した。
母は今も泣いているだろうか。
わからないけれど、泣いていない気がする。
僕は夕暮れになれば最後の時を家族と過ごす為に帰らなければならない。
けれど、彼女は家に帰っても、もう何もない。
「……確かに、自棄になるね」
彼女は僕を地球最後の日だろうと変わらないと言った。
僕も、君は変わらないと言った。
しかし、そんなことは全くなかったらしい。
僕らだって、きちんと人間なのだ。
やるせなくて、思わず苦笑しながら空を見上げた。
空には何もなくて、在りもしない神様に馬鹿野郎と言いたくなる。
空に何もない今ならもしかしたら届くかもしれない。
何かが、分かった気がした。
数舜の間隙を破り、僕は彼女に話しかけた。
「ねぇ」
太陽はじきにその姿を地平線の彼方に姿を隠そうとしている。僕らにとっては、これで最後の日の光。
「セックスって、あんまり気持ちいいものじゃないのね」
「互いに初めてのことに気持ちよさを求めちゃだめだよ。こういうのは気分と気持ちだよ」
「次があっても私は進んでやりたいとは思わないかな」
「次を考える余裕があるとは流石ですね」
「ふふん。でしょう?」
甘いしゅうまつの帰り道、僕らは身もふたもない感想を言いあいながら互いに歩調を合わせて歩く。
「もう別れ道だね」
「ええ」
互いの言葉には悲哀の色なんて無い。
「さて、戻ったら何をしようかしら」
「撮り溜めしてるドラマがあるっていってなかったっけ。それでも見れば?」
「それはもう見ちゃったのよね。ま、帰ってから考える事にしましょう。あなたは?」
「僕は家族と一緒に過ごすよ。姉貴と親父も帰ってくるから、大富豪でもするんじゃないかな」
「ふふっ、楽しそうね」
彼女は本当に楽しそうに笑った。
「それじゃあ、ここで」
「うん。また……」
僕はそこまで言って、何を言うべきか迷って口ごもる。
けれど、彼女は何も躊躇わず、
「また明日!」
ただ、笑顔でそう言った。
涙が一粒、その頬を伝っていく。
それは、太陽の光でとても輝いて見えた。
「また明日」
僕も、そう言って、お別れをした。
家に帰ると、家族が僕を待っていた。
親父の提案で、大富豪をして過ごした。
そうするうちに夜になっていく。
そして、遂にその時が来た。
僕は最後の瞬間をこの目で見ようと思い、ベランダに出た。
太陽は既に沈んだが、東の空は隕石の光の影響で明るく、黎明の様な光景に少し感動を覚える。
もうじき死ぬのだから、走馬灯の一つでも浮かばないかと期待していたが、何も浮かんでこない。
心は不思議なほど落ち着いていた。
だんだんと空が白みだす。
僕は、彼女との会話を思い出していた。
全ての生命が死に絶える日、生命を生み出す行為に耽る。
……ああ、確かに素晴らしいな。
遠景から白く染まっていく視界、いっそ無音に聞こえる轟音の中、僕は、今日得た一つの疑問の答えを口にした。
「ハッピーバースデー、地球」
澄み渡る空、鳥の囀りも、身も心も全てが洗い流されたような爽快感の中、僕は一人ベンチで人を待つ。
街全体が一望できるここからは、学校に向かう学生、会社に向かうサラリーマン、犬の散歩をする女性など様々な人の営みが見える。
街一番の交差点では、ガードレールと歩道橋を取り付ける工事の為、交通整理がされている。
「学校をさぼらせてこんなところに呼び出してなにをするつもりよ」
そういって、軽く不機嫌そうにする彼女が来た。
「君と話したくなったんだよ」
「毎日話してるじゃない」
「ここで話したかったんだよ」
「ふーん?」
彼女は僕に胡乱気な目を向けて、肩に寄りかかりながら言った。
「まあ、あれから一年だものね」
「うん」
僕らはあの日、終わる筈だった。
けれど、終わらなかった。
理由は、分からない。
「理由って、結局何なのか分かってないんでしょ?」
「地球滅亡を止めてくれたであろう物はわかってるけど、その理由と方法が分からないって感じかな」
話によると、黒騎士衛星というオーパーツが関係しているらしいが、よくわからないし、わかろうとも思わない。
「実は私達ずっと夢の中だったりしてね」
彼女は悪戯っぽく笑い、そんなことを口にする。
「あながちありえなくもないから怖いよね」
僕は空を見上げながら、続ける。
「運命だとか人生なんてそんな原因不明の理不尽なことばっかだよ。けどそれでも生きてかなくちゃいけないって国語の教科書の李徴も言ってたよ」
「ふふっ、懐かしいわね。李徴」
彼女は笑い、空を見上げた。
僕も空を見上げながら手を上に、ずっと昔のような記憶の言葉を紡ぐ。
「ハッピーバースデー、地球」
初めましての人は初めまして、それ以外の人はこんにちは。
この作品は前書きで注意書きした通り、コンテストに応募した作品となっております。
何の賞も受賞できなかったため、供養の様な形でここに残そうと投稿に至った次第にございます。
これから少しずつ短編を投稿する時もあるかも知れませんので、その時は是非見ていって下さい。
お目汚し失礼しました。