ありふれた未来
式場選びや新居探し、新婚旅行の行き先など、結婚にまつわる諸々について、たいてい男に決定権はない。
花嫁の希望が最優先だ。
男なんぞ提案に頷くだけのマッシーンである。
というのを、私は職場の先輩たちから聞かされていたし、そんなもんだろうと思ってもいた。
結婚式は女の夢っていうしね。
にもかかわらず。
いんすぱいとおぶ。
「なんなのでしょうか……この状況は……」
とあるホテルで開かれたブライダルフェア。ようするにうちではこういう結婚式プランニングしてますよ、という宣伝だ。
当たり前のように客は女性ばっかりである。
一応、男性の姿もごく少数ながら見受けられるが、あいつらはカップルの片割れ。
野郎一匹で参加しているのは、私くらいのものだろう。
とても、せつない、です。
なんか模擬結婚式とかまでやってるし。
いたたまれないっすよ。
まあ、私が望んでここにいるのだから、文句を言う筋ではないのだが。
というのも、私こと風間衛慈は、結婚を控えているため、式場だのなんだのを選定しなくてはいけないのである。
冒頭部分で、それは女の夢だと語ったのに。
私が決めるんですよ?
なにしろ私の相棒は、最初にいった説明会でウェディングプランナーの長々とした説明を聞くうち、すっかり結婚式に興味を失ってしまった。
「べつに式はやらんでもよかろう。めんどくさ……いや、疲れるだけじゃしの」
言い直したあげく元よりひどくなっている台詞で、もう入籍だけでいいじゃんって心境を語ってくれたのである。
さすがです。
我が麗しの竜姫。
たしかに、もっのすごいめんどくさいのはたしかなのだ。
細々とした雑事まで自分でやろうとしたら、それこそ気が狂っちゃうんじゃないかってレベルで。
ゆえに、私も入籍だけでいいかなーと思ったりもした。
したんだけど、思い直したのだ。
私の恋人はけっして弱音を吐かない人だし、なんか私より男前だけど、あんがい乙女チックな部分もあったりする。
結婚式やウェディングドレスに対する憧れだって普通に持っている。
めんどくさいって理由だけで割愛しちゃったら、後々さみしい思いをすることもあるかもしれない。
そして後悔したとしても、彼女は絶対にそれを口にも態度にも出さない。
自らの選択を他人の責任には絶対にしない。
そういう人だということを、私はよく知っている。
ならば、めんどくさい部分は私が引き受ければ問題ないのではないか。
そう思った。
より正確には、信頼できるウェディングプランナーを選択し、MARUNAGEしてしまう。
えらく情けない話だが、こればかりは仕方がない。
私がどんなに頑張ったところで、プロフェッショナル以上の仕事ができるわけではないのである。
どんなものにだって専門家がいる。私が彼らと同列になれるわけがないし、なる必要もない。
質の良い専門家を見極める目、というものが求められるだけだ。
つまり私に必要なのは、目を肥やすこと。
そんなわけで、休日には様々なホテルで行われるブライダルフェアに出掛けることになった。
男ひとりで!
そして、だいたい二回目くらいで私は後悔した。
違いがわからぬ。
私は違いがわからない男だったらしい。
コーヒーもインスタントを飲んでるくらいだしねっ。
提示されるプランも、試食した料理も、ほとんど大差ないように見えてしまう。
もうね。
どれでも良いんじゃね?
披露宴の料理を試食しながらそんなことを考えてしまう。
「とはいえ、やらないで後悔するよりは、やって後悔する方が良い……」
ここで私が諦めてしまえば、結婚式そのものがナシになってしまう。
であれば、たとえありきたりな式で記憶に残らなかったとしても、やるだけはやった方が良いのではないか。
「それを衝動の論理化というのじゃよ。エイジや」
こつんと背後から頭を小突かれる。
聞き慣れた声に振り返れば、苦笑をたたえて立っていたのは人間サイズのドラゴンではなく、ただの人間だった。
私の婚約者どのである。
「ティア……なんでここに?」
三嶋綾乃という本名とはまったく結びつかない愛称を呼ぶ。
どうしてこんなニックネームなのかは、もちろん二人だけの秘密である。
まあ、英語圏の人の名前の短縮形だって、原型とは似ても似つかないものもあるしね。
エリザベスがリジーとか、キャサリンがケイトとか、アンがナンシーとか。
なかには元より長くなってんじゃねーかってのもあるし。
アヤノがティアになったって、べつにおかしなことはないと思うよ。
きっと。
「週末ごとに恋人を放ってなにやらごそごそやっておれば、たいていは不審を抱くものじゃろ? 我がそう思わなくても、周囲がやいのやいの言うのは間違いないと思わぬか?」
ぺしぺしと後ろ頭を小突き回しながら言いつのる。
尻尾ではなく指先で。
使用アイテムが変わっても私には判ります。
怒ってらっしゃいますね?
「浮気してるんじゃないかとか、ちゃんと上手くやっているのかとか、両親にまでくどくど言われたわけじゃ。わかるかの? エイジや。我がここにきた理由が」
「あ、はい。思います。判ります。さーせんっした」
必死に、かつ卑屈に揉み手などしつつ、謝ってみる。
ふうとため息を吐いた恋人が、私の隣に腰掛けた。
「どうせ汝のことじゃから、無理に我を誘えば負担になると思ったのじゃろう」
「…………」
「そうやって気を回して、汝が無理をする方がずっと嫌じゃというのにの」
「……ティア……」
「相変わらず、近くのものの見えぬ男じゃて。我のヒーローは」
差しのべられた手。
握り返す。
「ごめん。ティア」
「んむ。ではこれからは一緒に探すかの。共同作業というても新味はまったくないがのう」
なにしろ四十年も連れ添ったのだからと付け加えて笑う。
やや頬が染まっているのは、照れているのだろう。
どんなに長く一緒にいても、あるいは長くいるからこそ、本音をストレートに口にするのは恥ずかしくなるものだ。
もちろん私だって例外じゃない。
だから、
「そいつをいっちゃ、おしまいだよ」
苦笑しておどけてみせる私だった。
結婚式と披露宴はつつがなく終わった。
特筆することもないような普通の式だった。
結局のところ、こんなところで奇をてらっても仕方がないという結論に、私も妻も達したのだ。
なにしろ私たちの人生は、ちょっとびっくりするくらい波瀾万丈だったから。
「涙はない涙はないじゃな」
「それは全然、まったく違うよ」
「んむ。知っておる」
そしていま、二次会の会場である。
ごく親しい友人たちだけの集まりなので、べつに貸し切りとかではない。
具体的には、私たちを含めて五名。
札幌市は中央区の、ちょっと小洒落た飲み屋での会合だ。
ちなみにこの五人、全員がある奇妙な経験を共有している。
「あらためておめでとう。エイジ。ティア」
「おめでとうございます」
少年と少女が右手を差し出す。
六条燕と児玉理緒だ。
「次は、君たちの華燭の典だね」
微笑みかける私に、なぜか首をかしげる二人。
通じなかった!
いと恥ずかし!
「結婚式というのを、格好付けていったのじゃよ。昨今はあまり使わぬ言葉じゃな」
「うう……解説しないでよティア……さらに哀しくなるじゃないか……」
やや頬を染める年少者たち。
「アンタらはほんと変わんないねえ」
それを見ながら豪快に笑う中年女性は紫藤えみる。
この中では最年長である。
「ちなみに次点はエイジじゃな」
なんでわざわざ言ったし。
しってるよ! 指摘されるまでもなく!
妻は私より三歳年少。燕と理緒に至ってはまだ高校生である。
つくづくと変なチームだ。
その変なチームに、ウェイターが近づいてくる。
なにやら豪勢な料理をもって。
「あちらのお客様から、こちらのテーブルにおもちしてくださいとのことでございます。すでにお代はいただいておりますので」
頼んでないと言おうとした私に、安心させるように微笑みかける。
なんなんだ? いったい。
ウェイターの肩越しに覗き込む。
「誰もいないじゃないですか」
「はて。もう帰られたのでしょうか」
一礼して、従業員がさがってゆく。
「めちゃくちゃあやしい」
ぽつりと呟く理緒。
うん。
今日がお祝いの席なことを、私は店に伝えていない。
店が気を利かせたご祝儀、というラインはほぼないだろうし、仮にそうだとしてもちょっと豪勢すぎる。
「んむ。なにやらカードが添えてあるの」
妻の手が紙片を拾い上げた。
『華燭の盛典を祝すとともに、チーム神殺しの前途に幸い多からんことを祈る』
飾り文字が踊っている。
なんとまあ。
「降臨は、簡単な事じゃないって話じゃなかったかねえ」
やれやれと肩をすくめるえみる。
もちろん、このプレゼントの贈り主に全員が気付いている。
「ようするに。あやつも祝ってくれたということじゃろうの」
「ん。そうだね。ティア」
私はかつて、現地神にこう言ったことがあった。
五人でチーム神殺しだと。
訂正しなくてはならないだろう。
チーム神殺しは、私、ティアマト、リオン、エン、エミルの他にもうひとりいる。
六人チームだ。
「ありがとうございます。ごちになります。監察官」
私が杯を掲げる。
続くように大人たちがアルコールの、子供たちがソフトドリンクのグラスをそれぞれ掲げた。
ここにはいないチームメイトのために。
北の街の平凡な夜が、賑やかに更けてゆく。




