アンドロイドと同型機
あの学会の後、クレスタは実験室に籠もりきりになった。時折俺を呼んでデータの演算やプログラミングを手伝わせるけれど、それもほんの僅かの間。
クレスタはどうやら、俺に自分の研究内容を知られたくないようだった。いつの間にか、意識レベルと認知レベルにブロックが掛けられている。ある一定以上の内容になると、認識できなくなるように。
それが何を意味しているのか。答えは明白だ。クレスタは恐らく――
ああ、駄目だ。思考がまとまらない。端からばらばらと解けていく。考えてはいけないよ、とクレスタの声が脳内で響いている。
数ヶ月後、暫く家を空けると云い置いて、突然クレスタは出て行った。
俺なしで人並みの日常生活をきちんと送れるのか、非常に不安ではあったが、同行を求められなかったということは、恐らく研究の成果が纏まって、それに関する何かの為の外出なのだろう。
残された俺は、この家を守る。掃除洗濯補修に草毟り。やることは山ほどあるのだから。
「ただいま」
更に数ヶ月後。帰宅したクレスタは、ひとりではなかった。
「アドニス、君の兄弟だよ」
ああ、やっぱり。
完成した『それ』を目にした時点で、俺の中に掛けられていたブロックは解除されたらしい。漸く、ずっと判っていたことがきちんと認識できた。
「2号機、ということだな。彼も此処で?」
「いや、この子は財団所属だ。対人部分の君の学習データをコピーしたら、あとはメンテナンスくらいでしか顔を合わせることはないと思う」
だからまだ、AI部分は常時起動はさせていないんだ、とクレスタが続ける。能面なのは、やはりその所為か。
どこにでもいるような、平凡な顔立ち。けれど恐らく、モデルになったのはクレスタだ。俺よりも細くて華奢な体型だけれど、スペックは俺と同等か、若しくは上回るのだろう。
プロジェクトが凍結して資金提供がなくなるのは、流石のクレスタも拙いと思ったようだ。俺という前例があるからか、俺に掛けたよりもずっと短い期間で、こいつは俺の同型機を造り上げた。
「こいつの名前は?」
「それは財団がつけると思う。動作確認しかしてないから」
「そうか」
データのコピーを取る為、専用のブースに身を横たえながら思う。
俺は目覚めて直ぐ、クレスタに出会った。隣に寝転ぶこいつは、目覚めたときに誰を最初にその目に映すのだろうか、と。
俺とは違う、明るい翡翠色の瞳は、今はただの硝子玉だ。意志が宿ったとき、どんな輝きを持つのだろう。恐らく、俺が目にすることはないだろうが。
落とすよ、と囁く声に小さく頷いて、俺は目を閉じた。
クレスタがとても優秀な研究者だと頭では判っているけれど、普段の駄目ッぷりから、どうしてもそうは思えないアドニスだったり。(こういう人間っぽい反応をさせることができるくらい、優秀ということ)
家を離れていた間、当然の如く人間らしい生活は送っていないクレスタ。死なない程度に、が研究中の彼のモットーである。