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装甲潜水機兵  作者: 応和紺太
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非正規作戦群潜水隊選抜課程

 我々はインド洋の水深1500mを潜航中の輸送潜水艇M-8の機兵室にいた。通常は人型装甲潜水機兵HB-28が八機収容できる機兵室に今日は非正規作戦群潜水隊の選抜課程訓練生グスマン搭乗の機と教官の俺が乗るHB-28二機しかない。ヘルメットのレシーバーから「標的発見!」の声が聞こえてきた時には、セーシェルのマヘ港を出港した偽装商船から輸送潜水艇M-8がインド洋上で分離潜航して72時間が経とうとしていた。


 「待つ」という行為は女性的だと誰かが言ったが、非正規作戦群の隊員資質としては知能や身体能力以上に作戦行動中のストレス耐性を強く要求される。俺は兵隊が待機中にするべきこと-すなわち食べられる時に食べ、寝られるときに寝ること-をし、その他の時間はシートをフルフラットに倒してショパンを聞きリラックスすることを務めていた。「標的発見!」の声で跳ね起きてシートを戻し、ハーネスを締め、コクピット内に自分で取り付けた音楽再生デバイスの電源を切った。メインモニタに標的の情報が表示される。推進システム、姿勢制御クラスタ、各種センサー等々、HB-28の全ての機器が正常に作動していることを確認する。


 「グスマン機、異常なし」

 「タチバナ機、異常なし」


  機兵室の照明が落ちてHB-28のメインモニタがアクティブ暗視カメラモードの表示に切り替わる。機兵室に海水が注入される。注水が終わるとHB-28を機兵室を固定してある装置が解除された。


 それぞれの装甲潜水機兵には例えば水中で直進してもわずかに右に進むといったクセが必ずある。グスマン機の場合は中性浮力制御システムにクセがあった。機兵室との固定が解除されたことで自由を得たグスマン機は機兵室内で浮上しはじめ頭部を天井にぶつけて金属音をたてた。慌てたグスマンが浮力制御システムをマニュアルでマイナス浮力としたことで今度は脚部を大股開きにして臀部を床に打ち付けた。


 「大丈夫か」と、俺は聞いた。

 「大丈夫です。ハーネスを締めない古参兵のようなことはしていません」と、グスマン。

 「お前のことではない。機器の確認!」

 「問題か?」と、スピーカーから艇長のケントン大佐の声がした。

 「異常なし!」と、グスマンが答えて彼のHB-28が立ち上がった。


 潜水艇M-8ハッチが開き、スピーカーからの「ゴーゴーゴー!」の声を合図にグスマン機から発進する。時速80㎞で水平方向に10分ほどに進み、急速浮上に転じたグスマン機と30mの距離を取って俺の機も続く。潜水機兵のコクピットは完全な球体となっており、「潜航モード」では装甲潜水機兵の水中での姿勢に関わらず常にコクピットを水平を保っている。今日の「標的」は大型のコンテナ船だった。俺が訓練生として選抜課程で「攻撃」した「標的」に選ばれたのが全長50mにも満たない500トンクラスの漁船だったことに比べると、ずいぶん大きくたやすい「標的」だ。隣国との緊張が高まっていることで陸海空の非正規作戦群も増員の必要があることも判らないではないが、選抜課程の訓練レベルが下がっているという噂を今回初めて実技教官となることで実感した。


 深夜のインド洋を速力30ノットで航行中のコンテナ船のキャピテ―ションノイズを捉えたグスマン機は水深40mでコンテナ船の船尾方向から接近し、水深を維持したままコンテナ船のブリッジ下にあたるところまで前進した。


 非正規作戦群の機体特有である国籍、所属等の一切のマーキングを排した全高7mの人型装甲潜水機兵が航空母艦なみの全長400mのコンテナ船の腹に併走している様はジンベイザメに取りまとうコバンザメのように見える。グスマン機の後方で哨戒と援護の任務である俺はコクピットを水平の「潜航モード」から装甲潜水機兵の頭部がコクピットの上になるように固定する「戦闘モード」に切り替えて船とグスマンを追尾した。


 コンテナ船下を20㎞併走したところで次のフェーズに移った。腰部に装着してある青色の演習用粘着機雷を手に取ったグスマン機はコンテナ船の船底にゆっくり接近した。この時間コンテナ船はブリッジのワッチ1名を除いて船室で眠っているころだろうが、粘着機雷を船底に取り付ける際は絶対に音を立ててはならない。船底に近づくにつれ複雑な流れとなる水流を読みつつ接近したグスマン機はブリッジの真下にあたる船底に粘着機雷を取り付けて俺に右腕部で合図を送った後、船底から離れてゆっくりと潜航を開始した。モニタ越しに船底の粘着機雷を確認した俺もグスマン機を追って潜航する。


 水深200mに達した我々は輸送潜水艇M-8との集合ポイントに変針し、さらに潜航した。再びグスマン機の右腕部がジェスチャーをし、「へその緒」を流し始めた。俺は右腕部で長く伸びたケーブル「へその緒」の端を掴んでHB-28の腰部コネクターに接続した。


 「タチバナ軍曹。どうでしたか、俺の実技は?」と、グスマンの声が「へその緒」の回線を通して聞こえる。非正規作戦は無線封鎖が原則で、バディの間での通信は「へその緒」を通した有線通信を行う。

「グスマン。ここまでは問題ないが潜航速度が速すぎる。燃料の残量に気を付けろ」と、俺は「へその緒」を通じてもたらされるグスマン機の各種情報をサブモニタで見ながら答えた。中性浮力制御システムに不安のあるグスマン機はコンテナ船と併走中にスラスタを余分に稼働させて水深を保っており、俺の機より燃料の消費が早かった。グスマン機で表示されている海中の位置情報を受信する機器SMPSの数値と俺の機体のSMPSの数値に殆ど誤差が無いことも確認した。


 「了解!」と、言ったグスマンは信号を送り込んで俺の機体から「へその緒」を切り離し、自分の機体へ回収した。


 そう、グスマン。なにも問題はない。集合ポイントで敵役の訓練生による装甲潜水機兵が待ち伏せて残燃料を浪費させるような我々には知らされていない対装甲潜水機兵戦闘フェーズでもない限りは…。

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