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日常に潜む非日常

「ほんっと、お父さんってサイテー」

 連れ添って歩く大地たいちを相手に、華奈かなはずっとこの調子である。

 ーーー通学路の商店街。朝早くにも関わらず太陽は高く昇り、人々の不快指数を盛り立てていた。季節は夏、7月も終わりである。

「娘相手にセクハラとか、ほんと信じらんない」

 不機嫌な華奈は、可愛いと評する者の方が多いだろう、頬をむくれさせていた。袖口に赤いラインが入った半袖の白いシャツに黒のプリーツスカート。首元に赤いリボンを結び、手に鞄を持つ華奈の顔には、夏だというのに汗一つない。

 対する大地は汗をシャツの袖で拭う。

(あー怒った華奈も可愛いなーハムスターみたいって言ったら怒るんだろうなー)

「ちょっと!大地聞いてる?!」

「お、おぅ!?聞いてる聞いてる」

 幼馴染の怒り顏に見惚れていた大地は少しどもる。

「まぁおっちゃんもさ、皆を楽しませようとしたんだろ、きっと」

 腕にはめた時計型の端末に目をやりながら、善蔵に対する素直な思いを言う。華奈も左手に付けたブレスレットを見やる。

 三年前に二人に善蔵が贈ったもの。非力な己を変える為の鍵。壊れかけた大地の心を繋ぎとめた、強くなるための道標みちしるべ

 いい感じの雰囲気を実感しつつ、さらに言葉を重ねようとした大地に先んじて、華奈が口を開く。

「………ふーん……楽しかったんだ?」

「あっれ!?庇ったら矛先こっちに!?」

「そういや大地もセクハラーだもんね」

「やめて!セクハラに人を表す”er”付けただけの、何の捻りもないあだ名はやめて!良い雰囲気が台無しだ!?」

 華奈の怒りは意外に強かったらしい。また、今朝の風呂場での一件も少なからず尾を引いている。

 しかし、今後セクハラーと呼ばれ続ける事だけは何としても避けたい大地は、善蔵に教えられた、男達だけに許される奥義を躊躇なく繰り出した。

「俺が悪かった!このとおおおおり!」

 商店街のど真ん中で、サラリーマン顔負けの土下座を大地は即座に決めた。世の中、安易かつ即効性のある謝罪において、土下座の右に出るものはいない。

「え!?ちょっ……大地!?」

(決まった!)

 確かな手応えを感じる大地は、慌てる華奈の気配を後頭部で感じながら、この奥義を教えてくれた善蔵に感謝する。

 土下座に至るやり取りの発端が善蔵の所為であることは忘れて。

「あらやだ、夫婦喧嘩よ♪」

「ちがうわよ奥さん、夫婦めおと漫才よ♬」

 商店街のおばちゃん達が次々と冷やかしにかかる。周囲の冷やかしと興味の視線を一身に浴び、一気に顔が赤くだる華奈。

「ち、違います!夫婦なんかじゃないです!!もう大地……こんなとこでやめてよ〜……!」

 大地を立たせようとする華奈だが、大地はいっこうに顔を上げない。

「ちょっと大地、早く……」

「華奈」

「?」

 大地の真剣な声に華奈はドキリとする。

(何よそんな真剣な声出して……も、もしかして告白!?嬉しいじゃなくてこんな皆の前で雰囲気ってものが……でもでも強引な感じもいいかも……)

 乙女心全開の華奈。

「な、何よ………?」

 そんな華奈に下から大地は答える。

「地面って、冷たくて気持ちいいな」

「一生冷えてれば!?」

 大地に多量の水が降り注いだ。


 びしょ濡れになった大地が商店街のおばちゃん達にタオルを借り華奈に追いついたのは、商店街から電車の線路を挟んだ反対側のロータリーだった。

「ふー、やっと追いついた………全く、酷い目にあった」

「……………」

「そりゃ水をかぶれば涼しいけどさ、せめて頭だけとかにしてくれよ……服までビシャビシャだぜ」

「……………」

「華奈はいいよなー、水の魔法使えて」

「………大地のバカ」

「ん?何か言った?」

「別になにもー………あ、お父さんだ」

 そう言う華奈の目線の先を追う。

 駅から出てすぐのロータリーの右手に少し高めのビルがあり、その中腹部に大きな電光掲示板が掛けられていた。

 電光掲示板は、若い女性アナウンサーが壮年の男性にインタビューを行っている映像を映している。その男性こそが善蔵であった。左下には「魔法工業の牽引役。元魔法処断省もとまほうしょだんしょう職員、現東雲工業社長、東雲氏に独占インタビュー!」とのテロップが表示されている。

「あーいうのを観ると、お父さん、やっぱ凄い人なんだって思うね」

 そう言いながらも、華奈は複雑そうな表情を浮かべている。

「日本で一番デカい魔法工業メーカーの社長だもんなー」

 東雲工業は国内随一、世界的にみても有数の魔法工業メーカーである。魔法を日用品などの様々なものに活用したり、また、魔法の使えない人でもそういった品を使えるような発明を次々と世に送り出している。

 また、国内の魔法軍需産業においてもそのシェアは高い。しかし、そこからだけは手を引いて欲しいというのが華奈の本心である。一年前に起きた事件を、嫌でも思い出させられるから。

「しっかし、おっちゃんも丸くなったよなー」

 電光掲示板に映し出された善蔵は朗らかな笑顔で女性アナウンサーと話している。

「三年前、魔断まだんを辞めてお爺ちゃんの会社継いでからかな……」

 魔法処断省、通称「魔断」。日本の行政機関の一つで、魔法に関する事案を一手に引き受ける所である。その仕事は様々で、魔法の研究に始まり、魔法を使える者達の監督や使えない者達のケア、さらには魔法を使った犯罪への対処も含まれている。

「まあ俺はこっちのおっちゃんの方が好きだけどな!昔は超怖かったし」

「大地はよく怒られてたもんね、お父さんと天地おじさんに」

「ほんとほんと……俺達の若い頃はー、とか、もっと修行しろー、とか……親父おやじとおっちゃん、息合い過ぎだぜ、あれ」

「二人仲良かったしね。魔断の龍虎って呼ばれてたみたいだよ?」

「おっかねぇな……でもまぁ、魔法使って悪さするやつらを捕まえるってのはカッコいいよな」

 互いの両親の話をしながらロータリーを迂回して大通りに差し掛かったとき、


 ピリリリリッ


 二人のスマホが鳴った。それもかなりの大音量である。一瞬スマホが壊れたのかと思った華奈だったが、周囲を見回してその考えを打ち消す。二人のスマホだけではなく、周囲にいる全員のスマホや携帯が音を立てる。突如として、辺り一帯に緊張が走った。

「あれ?俺ちゃんとマナーモードにしたのに……」

「大地のバカ!これ非常事態警報だよ!」

 周囲と比べ緊張感の無い大地に、華奈は焦ったように告げる。

 非常事態警報。緊急地震速報のように国、特に魔法処断省が扱う、危険の報知手段だった。ただしこの警報は地震等の自然災害を知らせるものではない。魔法に関する危険が付近に生じていることを知らせるものである。

 華奈はスマホを取り出し手早く操作する。

「近いよ、これ!………魔法を使った犯人と魔断の職員とが戦ってるみたい……犯人はBクラス一人って」

 言うやいなや、少し離れた所から轟音が聞こえた。そちらを二人が見ると、50メートル程離れた場所にあるビルの一つが煙に包まれている。

 その中から男が一人飛び降りた。それを追って同じように五つの影が地面に降り立つ。

「大地、避難しないと!」

「いや、見に行く!」

 避難を促す華奈に、大地は首を振る。

「なんで!?危ないよ!!」

「よく見ろって!相手は怪我してるみたいだし……魔断の職員があんなにいるんだ、大丈夫だろ!」

 大地の言うように、犯人だろう男はいたる所から血を流し、片足があらぬ方向を向いていた。対して、スーツに身を固めた者達は4人で男の包囲に掛かり、残りの1人は周囲に避難を呼び掛けている。5人とも、その腕に魔法処断省の職員であることのあかしである銀のブレスレットを嵌めていた。

「それに犯人はBクラスだろ!そこまで強くないし、実戦が見れる機会なんてめったに無いんだしさ!」

「もう!」

 事が起きている方向から逃げてくる人々を躱しながら、大地は眼を輝かせてそう言い放つ。

 このような状況に遭遇したら先ず避難という教え(親からも学校からも教えられた)に反することに優等生の華奈は躊躇いながらも、大地を一人に出来ないためついていく。

「ん?何だあれ?」

「??」

 大地の言葉に華奈もその視線を追う。

 見ると、犯人の男が俯きながら、一枚のお札を取り出していた。しかし、二人の位置からは何が書いてあるかまでは見えない。

「動くな!それを捨てろ!」

 魔断の職員が警告する。その右手は犯人の男に向けられており、指先が淡く光っている。

 しかし、犯人の男はお札を捨てないまま、ゆっくりとその顔をあげた。

「っ!?」

 その顔をみたとたん、華奈は心臓を握られたような感覚に陥った。手が震え、歯の根が合わない。気が付いたら、大地のシャツを掴んでいた。視線だけで大地を見ると、大地も冷や汗を浮かべ、眼を見開いている。

 大地と華奈が見た犯人の男の、血に染まったその顔には、凄惨な笑みが張り付いていた。底なしの悪意に満ちた笑みが。

 魔断の職員達も気圧されたのか、何の行動にも移れず固まっている。

 すると、犯人の男の手にあるお札が一気に輝きを増し始めた。

「何かヤバい!」

「きゃっ!?」

 お札の輝きに得体の知れないものを感じた大地は、華奈を押し倒して覆い被さる。

「おい!そのお札を………」

 慌てて職員がもう一度警告しようとした直後、犯人の男の身体が内側から弾けた。血や骨や内蔵、その中身を盛大にぶちまけながら。

「あ………」

 一拍おいて、

「きゃあああああぁぁぁぁぁぁ」

「うわあああああぁぁぁ」

 逃げ遅れたり、大地達と同じように野次馬に来ていた人々が、次々に悲鳴を上げる。

「う………!?」

 大地は悲鳴を上げることはなかったものの、せり上がってくる吐き気を抑えることに意識を総動員する。

「大地?!何?何が起きたの?!」

 自分の下から響く華奈の声に、大地は我にかえる。華奈は地面に顔を向けた状態なので、今の光景を見ていなかった。

 そのことに大地が安堵したのも束の間、気付くと周囲からの悲鳴は消えていた。

 そして、皆一様に呆然と同じ所を見ている。

 先程、男が四散したところを。

 大地は恐る恐る目を向けるが、

「………?!」

 理解出来ない。

 いや、見たものは何かわかる。それが何で出来ているかも。ただ、それを理解するのを本能が拒否していた。


 そこにあったのは、「門」。

 鳥居の形をした、4メートルはあろう「門」がそこにそびえていた。

「門」が突如現れているのも問題だが、周囲の人間が皆思考を停止している理由はそこではない。

 その「門」は、先程四散した男の死骸でできていた。

 骨や臓物、今だ血が滴る肉によって、「門」は形作られている。

 まさに奇怪なオブジェであるその頂部に、先程のお札が輝きながら位置していた。

 そして、「門」の向こうに見えるは、やみ


 少しして、あちこちから嗚咽おえつや呻き声が聞こえ始めた。

 しかし、逃げ出せる者は誰もいない。

 死骸で形作られた「門」という、生命への冒涜的な光景。生きていく上で目にすることすら思い浮かばないもの。

 そんなものを目にしたとき、逃げるという当然の判断が出来る者は、実は少ないのかもしれない。皆、狂気の沙汰の光景を前に、己が精神を守る事で手一杯となっていた。

 荒事に慣れた魔断の職員でさえ、その光景に呑まれている。

 そんな中、大地の頭はある思いに支配されていた。

(あぁ……同じだ………あの時と同じ空気だ………)

 状況を空気で、肌で感じることが出来る人間は実は多い。極限状態となれば尚更。

(三年前の……あの時と………!)

 思いが至ると同時に、脳裏にフラッシュバックが起きる。

 燃え盛る、通い慣れた通学路。黒い煙に包まれた空。

 その中で、今と同じように華奈に覆い被さる自分。血にまみれて動かなくなった両親。目の前には、黄金の髪を風になびかせ、こちらを見下ろす黄金の瞳。

(あ……あ………あああ………!)

 大地の脳が、トラウマのフラッシュバックに耐え切れなくなりかけた時、

「大地!?大地!!」

 華奈の声が聞こえた。

「大地、大丈夫?!どうなってるの?!」

 徐々に理性が戻ってくる。

 自身の身体の下にいる華奈から伝わる温もりが、大地を案じる声が、飛びかけた大地の意識を繋ぎとめた。

「はぁ……はぁ……ふぅ………」

 盛大に息継ぎをして、心を落ち着かせる。

「……はぁ……はぁ……ありがとう、華奈」

「ふぇ?あ、どういたしまし、て……?」

 顔を地面に向けている華奈からは見えないが、大地が落ち着いた事だけは感じられた。

(華奈の前でかっこ悪いとこ見せちまった……)

 深呼吸を一度、そして、状況を把握するために、大地はもう一度「門」に目を向ける。

 しかし、視界に飛び込んだきたものは、またしても大地の理解を超えていた。


 ズンッ………と。

 門をくぐり現れた。


 人ならざるモノが。

こんにちは。

瑠璃色晶と申します。


第一話から続けて読んで下さった方、ありがとうございます。

この話から読んだ人、どんまい。

嘘です冗談です第一話ぜひ読んでやって下さいこの通り!


さて、第二話ですが、事件に巻き込まれちゃいましたね。自分から首を突っ込んだようにしか見えない?はい、正しい意見かと思います。大地くん、ちょっと危機感なさ過ぎですね。

後半、読む人によってはショッキングな描写があったかと思いますが、話の流れで必要なのです。多分。きっと。

最後出てきたものの描写をしてないのは演出です。あそこでグダグダ書いても……別に決めてないわけではありません。多分。きっと。


それでは、次話も(投稿されてれば)読んでいただければ幸いです。

ではでは。

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