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いつもの日常

(まずい……これはまずい………)

 目を見開き驚く少女を前に、そんなことを思いながら少年は立ち尽くす。

 暖かな豆電球がだいだいに照らす室内は、ほのかな熱気、扇風機が生み出す風と騒音、そして少女から香るシャンプーの匂いに満たされていた。

 片手でドアノブを掴んだ状態で固まる少年、大空おおそら大地たいちは、黒のズボンに白いワイシャツという高校生によくある服装で、もう一方の手にはワックスを持っている。その黒髪は短いながらも様々な方向に跳ねて爆発していた。そして、端正ながらも野性的な顔には、冷汗がびっしり浮き出ている。

 対する少女、東雲しののめ華奈かなは肩ほどまで伸びた茶髪を乾かそうとしていたのだろうか。片手にドライヤーを握り、もう一方の手で洗面台に併設されたコンセントにドライヤーのプラグを挿そうという姿勢で硬直している。細いながらも出るところは出ている身体、パッチリとした眼に整った顔立ち。美少女と言って差し支えない華奈の頬には湯上りだからか、ほのかに朱がさしていた。

 そして、その白い肌の全てが空気に晒されている。

 一糸纏わぬ美少女との思わぬ遭遇により大地は身動き出来ず、その思考だけが動き出す。

(俺が悪いのか?!………いや、ドアが開いたってことは鍵が掛かってなかったってことだ……だとするとこれは不可抗力なんじゃないか?朝は皆洗面所を使うのが常識だし、鍵が掛かっていなかったなら開けても問題ない、むしろ開けてくださいと言ってるようなもので……)

 大地の人生16年の中で、脳は稀にみる高速回転をみせ、

(開けてください……つまり見られたかったってことか!?)

 ついに逆回転を始めた。

(にしても華奈のやついつの間にこんな美少女に……可愛いのは知ってたけど、ここまでとは……やっぱ一緒に住んでると見えないことってあるんだなー、うん、なるほど、良いオッパ……)

「早く閉めてええええええーーーーーーーーーーーーー!!!」

 ぼうっ、と。

 華奈の身体をまじまじと眺めていた大地に、数多あまたの炎が殺到した。


 杉並区荻窪の南側に位置する東雲家、その食卓。

 六人掛けのテーブルが置いてあるにも関わらず、カウンターキッチン付きの食卓は広々としている。

 テーブルの上には四人分の朝食が用意されていた。分厚いトーストに色鮮やかなサラダ。スクランブルエッグにはカリカリに焼かれたベーコンが添えられている。テーブルに置かれた牛乳とオレンジジュースに加え、奥のカウンターでは珈琲メーカーが音を立てていた。そしてテーブルの中央で存在感を放つ、銀の皿に盛られた様々なフルーツ。

 一見して上流階級のそれとわかる食卓には既に、上品なスーツを着こなす壮年の男性と、ほんわかした笑みを浮かべる女性が座っていた。

「ほんっとゴメン!!!」

「もういいよ……鍵掛けてなかった私も悪いし……」

 大地と華奈の話し声が食卓に聞こえてくる。

「そう言ってもらえると助かる」

「炎弾も出しちゃったし」

「あれは本気でビビった」

「…………だって、見たんだよね……?」

「何を?」

「私の裸」

「…………見てませんことよ?」

「その間!しかも何語よ、それ?!絶対嘘だよね?!」

 ギャーギャー言い合いながら食卓のある部屋に現れた華奈と大地。二人とも制服姿だった。

 二人に気付いた男性が読んでいた新聞から顔を上げる。髪をオールバックに纏め、眼鏡をかけたその眼光は知性に溢れていた。整えられた髭についたコーヒーを拭きながら、二人に声を掛ける。

「大地、華奈。結婚式はいつだい?」

「「何の話だあああああ!!!」」

 揃って突っ込む二人。一方、男性は年の割に可愛らしく小首を傾げる。

「大地が華奈を風呂場で襲ったんだろ?」

「襲ってねぇ!!」

「これはもう結婚しかないな。いやはや、子供が楽しみだ♪」

「人の話聞けよ!!」

 吠える大地に向けてこの家の家主である東雲しののめ善蔵ぜんぞうは満面の笑みで親指を立てる。

 文字にしたら語尾に音符が付くであろうその発言に、喰ってかかったのは華奈だった。

「ちょっとお父さん!何か色々違うし、そもそも子供が出来るようなことなんかしてないよ!!ていうか、私が襲われてたとして何でその反応なの?!普通心配するところだよ!」

「大地なら婿として大歓迎だからな」

 当然と言わんばかりの善蔵の発言に、華奈は顔を朱く染める。

「む、む、む、婿って?!わ、私達まだ高校生だし、そもそも順序ってものが…………」

(おっちゃん、すげえな……にしても華奈はなんでこんなに慌ててるんだ?)

「そういえば、華奈はどうやったら子供が出来るか正しく知っているのか?父さん不安だから今ここで説明しなさい」

「おっちゃん何言ってんの?!」

「お父さんそれセクハラ」

 朱く染めていた顔を一転、マグマすら凍りつきそうな視線を華奈は実父に向ける。

「さあさあ、父さんとチェリーボーイ大地に話してみなさい」

 冷凍視線を平然と正面から受け止めながら、善蔵は質問を続ける。

「何か変な二つ名付けられた!?」

「ほんと最低……」

「あれぇ?違ったのぉ?」

 冷めた目線を送り続ける華奈と、ついでにいじられた大地に、別の方向から声が掛かる。

「お姉ちゃん……お父さんに変に伝えたでしょ?」

「えー、ちゃんと伝えたわよぉ」

 そう答えるのは東雲家の長女、麗奈れな。ほんわかした雰囲気の中に気品を兼ね備えた、今年二十歳の女性である。

 先程の風呂場でのやり取りの時、騒ぎを聞いて様子を見にきたのが麗奈だった。

「何て伝えたのよ?」

「んー?大地ちゃんが華奈ちゃんのいるお風呂場に入ってぇ、熱く熱く燃え上がったって言っただけよぉ?」

「「アウトおおおおおお!!!」」

 再び華奈と大地が揃いの突っ込みをみせる。

「いや、何か間違ってないけど!姉ちゃん、その表現誤解生み過ぎ!」

「お姉ちゃん……それ絶対わざとだよね……」

「えー、そんなことないわよぉ」

 そう言いつつも顔は笑っている。麗奈は、三つ下の華奈をからかう事が多い。本人曰く、「からかいたくなる程可愛い」らしい。

「全くもう……」

 そんな姉の振る舞いに慣れているのか、華奈はそれ以上追求しない。

「羨ましい……私も若い頃は風呂場で母さんと……」

「お父さんうるさい」

「パパぁ、流石に親のそういう話は引くかなぁ」

 娘二人はあり得ないという顔を善蔵に向ける。

「そんな!大地、娘達が酷い!」

「いや、かばえねえよ」

 一人泣き崩れる善蔵を尻目に、大地達三人は食事を始める。

「パパ…麗奈お姉ちゃん…華奈お姉ちゃん……大地お兄ちゃん……おはようございます…です……ふわぁ」

「美奈!おはよう」

「あらぁ、美奈ちゃんおはよぅ」

「おー、美奈ちゃん早起きだな」

 東雲家の三女、美奈みなが、大きな瞳を眠そうに擦りながらパジャマ姿で食卓にやってきた。今年から小学校に通う美奈は、高校生の大地や華奈、大学生の麗奈より始業時間が遅いため、普段はもう少し遅く起きてくる。

 椅子に膝立ちし、テーブルのオレンジジュースに手を伸ばした美奈は、次の瞬間、父親に抱きしめられていた。目にも留まらぬ早業はやわざである。

 可憐な童女が知的な父親に抱きしめられる風景は舞台の一幕を観ているようであった。

「美奈ああああ!美奈は父さんに優しくしてくれるよね!ね!」

「「「うわぁ……………」」」

 もちろん喜劇だが。

 抱きしめた美奈に全力で頬ずりしながら叫ぶ家主の、威厳の欠片も見当たらないその光景を、大地達三人は冷ややかに見つめている。

「ふわ……美奈わかんない……」

「があああああん!!!」

 再び泣き崩れる東雲家の大黒柱。

「すげえ、があんって口で言う人始めて見た」

「美奈ー、こっちおいで!オレンジジュースでいい?」

「パパ、流石に立ち直れなさそうねぇ」

「うゆ……」

 そんなやり取りの中、美奈は華奈を見て満面の笑みを浮かべる。

「華奈お姉ちゃん、今日の髪型可愛いね!」

「え?そ、そう?えへへ」

 華奈は肩ほどまである髪をストレートでおろしていることが多いが、今日はそれに加え、左右の耳の後ろで控えめな編み込みを作っていた。

 そこに気付いてもらえた華奈は余程嬉しかったのか、左右に付けたヘアピンをいじりながら、美奈にも劣らぬ笑顔を浮かべている。

「へー変わってたのか、気付かなかった……」

「大地ちゃんみたいな男の子には分かりにくいかもねぇ。ぱっと見は普段と変わらないしぃ……でもねぇ」

 と、麗奈はニコっと笑って、

「そういう所に気付けないと、一生サクランボだぞ♪」

「う……って!何で皆その弄り!?」

 突っ込む大地を見てニヤニヤする麗奈。

「ぐすっ……ぐすっ………」

 そんなやり取りの中、全員忘れ去っていた善蔵の啜り泣く声が聞こえてきた。

「お父さん……本当に泣いてる……」

「うわぁ……おっちゃんマジか……」

「パパらしいといえばらしいけどねぇ……」

 一同がさてどうしたものかと考えていると、オレンジジュースを飲み干した美奈が善蔵に近づき、その頭を撫でた。

「パパ、イイ子イイ子」

「父さん復かーーーつ!」

 美奈を抱きしめながら善蔵は再び立ち上がった。

「6歳の娘に慰められる父親って、大丈夫かしらねぇ?」

「本人がいいならいいんだよ、きっと」

「俺、将来ああなるのはやだなぁ……」

 口々に善蔵への毒を吐きながら、食事に戻っていく。

「皆食べてるー?ちゃんと朝は食べなきゃダメよ?」

 そう言いながら、華奈達の母、東雲しののめ那奈なながヨーグルトを載せたお盆を持ってキッチンから出てきた。

「母さん聞いてくれ!美奈が可愛くってさあ」

 親バカ全開の善蔵である。

「はいはい……あ、華奈、大地、急がないと遅刻するわよ」

「あ!もうこんな時間?!大地、急ご!」

「了解!」

 一気に食事を平らげた二人は、慌ただしく食卓を後にした。


「大地もすっかり元気になったわね」

 そう言いながら那奈は、美奈と自分の分の朝食を用意し始める。美奈は顔を洗いに洗面所に行っており、この場にはいない。

「うちは賑やかだしねぇ、主にパパがだけど」

 麗奈はそう言いながらフォークでトマトを刺し、

「そんな家で一緒に暮らせば、元気にもなるわよねぇ」

 パクリと頬張った。たっぷり味わった後に飲み込んでから続ける。

「三年前、うちで一緒に暮らす事になったときは大地ちゃん、大変だったものねぇ」

「無理もないわ………三年前のあの時、天地くんと沙耶…両親を一度に亡くしてるんだし」

「大地ちゃんも華奈と一緒に巻き込まれてたしぃ……」

「昔話はその辺にしておこうじゃないか」

 新聞を畳んだ善蔵は、コーヒーの表面を見つめる。そこには、かつての親友とその妻を悼む自分の顔が映っていた。

「大地は立派に成長しているよ………天国の天地や沙耶くんに胸を張れるくらいに、ね」

 ぐいっと、そんな表情を打ち消すように、善蔵はコーヒーを飲み干した。

「そうね………」

 那奈はそう言いながら善蔵の側に寄る。

「ところでぜんくん、さっき風呂場がどうのって言ってなかった?」

「ん?ああ、あれか。若かりし頃の夫婦愛を子供達に伝えようと……母さん?あれ、目が怖いぞ?え、母さん、ちょっ!それは洒落しゃれになら、母さああああああん?!」

「ん〜、パパもママも朝からお熱いわねぇ☆」

 その時、ピピピピピピと、テレビに速報が流れた。

「あら?事件速報……近いわねぇ」

 後ろで行われている一方的な制裁、もとい夫婦の営みを無視して麗奈は朝食を続ける。

「華奈も大地ちゃんも、巻き込まれてなきゃいいけど」

はじめまして。

瑠璃色晶と申します。


初めての投稿ですので至らない点が多々あったかと思いますが、ここまで読んでいただいた方に感謝を。

ここから読んだ方はすぐページトップへどうぞ。


さて、本作第一話はほのぼのとした感じで始まりました。いきなり登場人物が6人です。やっぱ多いですかね?ただ家族描写なので、そこはご堪忍を。

タグにR15やら残酷な〜やらが入ってますが、次話からそういう場面もある感じです。

もし「このタグいらねー」とか「こんなタグ入れろー」とかいうご意見がございましたら、ぜひぜひお教えください。


作品としてダメ出し所は多いかと思いますので、誤字脱字、意味不明、設定が他作品と被ってる、等々、ありましたらお教えください。心が折れない限り善処させていただきます。

まぁそんなこんなはさて置き、結局のところ読んでて面白いかどうかかと思いますので、そういった作品を作っていけるよう頑張ります。


うん、後書きで面白い事って言えないですね。

ではでは。

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