アイドル修行は苦行の連続です 1
高校二年になると、授業も選択が多くなるのでHRの後は自分の教室で授業を受けない日も多い。今日はそんな日の一つだ。ゆっくりと教室にいるのは昼休み位だろうか。
「なあ、周防。昼飯ベランダで食べないか?」
「どうしてだ?」
「後で話すさ」
大原同様に小学校からの腐れ縁でもある石川に連れられて俺は弁当を片手にベランダに出た。暫くすると教室が騒がしくなった。
「だから周防はいないって言っているでしょう。しつこいわね」
大原が声を荒げている。一体何が起こったんだろう?
「悪い、向かいの校舎から見えない様に座るぞ」
「何?俺を見に来ているのか?」
「そういうこと。アイドルの卵君とお近づきになってあわよくばって女がな」
石川はそう言うと、げんなりとしていた。
「お前と同じ授業を取っている奴以外がな……。それ以上は言わなくても分かるだろ?」
俺は外部受験も視野に入っているコースを受講している。俺を追いかけまわしているのは、付属短大で十分と思っている女子のグループだろう。
それなりに名前の知られている大学まである一貫校ではあるけれども、内部進学の基準はかなり厳しくて、思った通りの内部進学が出来る生徒なんて全体の3割位しかいない。
後は、学校から提示された学部に入るか、外部受験をするしかない。
しかも俺達の学校は成績至上主義だから、クラスが分かるとそれなりに学力も分かる。
俺達は一組で、全員が去年と同じ顔ぶれだ。ほとんどが小学校からの顔見知りばかりで自然と仲がいい。中学受験をしてから入って来たものもいるし、募集が20人あるかどうかだけど、高校から入ってくる人もいる。それでも同じクラスの仲間だからと偏見を持つことはない。
芸術科目とか必修クラブでは確かに高校からの入学者もいるし、普通に接してくれるのなら特になんとも思わないけど、見た目だけとか上辺だけでちやほやされる事を俺は好まない。
「ありがと、石川……って事は、俺の暫くは俺の平和な昼休みは訪れないって事か」
「そうだな。お前の避難先は……ちょっと待て。俺が考えてやる。午前最後の授業は弁当持参もありだな。ちゃらい女が来なそうな場所ならどこでもいいだろ?」
「ああ。生徒指導室でもいいぞ」
俺は基本的に生徒が足を踏み込みたくないとされるその場所を指摘した。大抵は説教部屋で誰も近付きたくなんかないところだ。
「成程な。昼休みの使用許可を取ってやろう。俺の権限を使って。無理だったら俺のホームに来い。それでもいいだろう?」
石川のホームって事は……。あそこか。あそこでも隠れ家にはなるな。
「そうだな。見事な位なうなぎの寝床だけな」
「悪かったな。うなぎの寝床で」
まあ、今日はここで我慢してくれよって言いながら俺達は弁当を食べ始めた。
「で、どうだよ。アイドル修行」
「どうって。普通の高校生の感性は重要だから学校は今のまま通いなさいって」
「へえ、アイドルが良く行く学校かと思っていた」
「あの事務所は、卒業に時間かけてもいいなら通信制って言ってた。折角だから高校はここを出たいって思っている」
「大学は?」
「できれば経済学部って思っているけど、どうだか」
今までの俺は付属の経済学部の進学を希望していた。これからはどうなるか分からない。
「今のままでは問題ないだろ?法学部じゃないのだったら」
「石川、お前は?」
「俺?実家継ぐから医学部だけど、国立受けたいって言ってある」
「お前としては意外だな。なんか理由があるのか?」
「親達が、祖父母のいる地方に病院を増やそうとしているから、俺は最初からその地域で大学から過ごしてもいいかなって思っている」
のほほんとしている石川からは意外にもしっかりした答えが戻って来た。
「じゃあ、その地区の国立以外は受けないって事か」
「そうなるな。だからここにいる確率は5割って所」
「医学部だけは内部の考慮はあっても通常の受験だよな。それでもいいって言うのがお前らしい」
「それにうちのクラスはなんだかんだと言っても、うちの大学に進学が多いらしい」
そりゃあそうだろう。うちの大学は総合大学。うちの学部でないのはマスコミと獣医学部位だ。
「二人とも。そこから出てきてもいいわよ。皆がカーテンと廊下のドア閉めてくれるって」
ちょうど弁当を食べ終わった頃に大原が俺達を呼びに来た。
「悪いな、皆も」
「周防が悪い訳じゃないし。お前がそのままアイドルになってくれたら面白いなって位?」
「それは……前向きに努力するよ。あの女子って何組?」
「確か……六組だったと思う。一人だけ必修クラブで一緒だった」
クラスの誰かがそんな事を言っている。だったら担任に直接苦情を言おうぜとか、どこかに周防が落ち着けるところはないかとか言っている。
「石川……どこかない?」
「あるぞ。生徒指導室」
「思い切りガチなところ選んだな。しかも防音つき。申請通るのか?」
「俺が交渉して通せない事があると思うか?」
「いいえ。あるとは思えません。生徒会長様」
そう、石川は生徒会長だ。こいつに任せておけば今回の件は一気に解決するだろう。
しかしそんなところで会長権限を振りかざしていいんだろうか?
「気になるのなら、最初は生徒会室でもいいんだぜ?」
「じゃあ、生徒会室に暫くお世話になろうかね」
「ああ、あの調子だとお前の学校の姿を写メで移して雑誌社に売りつけるんだろうな。対策は立てているか?」
「そこのところは大丈夫だと思う。そう言った写真を掲載するとすぐに事務所が対処してくれる……らしい」
「へえ、SNSで流出してもすぐに差し止めるらしい。お前らもブログで俺が出そうな時の対応が気になったら直接事務所に問い合わせて貰えるかい?」
「いいよ。その位」
「部活の方にも説明しないと」
「それは私がやっておくよ。任せておいて」
大原が本来は俺がやるべき事をやってくれるという。
「ってことは、俺達が冗談で言っている周防の嫁は辞めた方がいいのか」
「俺は気にはしないけど、誰が聞いているか分からないからさ」
「面倒くさいな。アイドルって」
「皆、一度は経験するみたいだよ。楓太さんからも言われたから。親しくしていないのに近付いた奴には注意しろって言われた」
「そっか……。一度は経験があるってことか」
俺達は昼休みが終わるまで、変な女対策とか、マスコミ対策について話し合った。
マスコミは名刺を貰ってその場で電話をかける。本人と確認したら、取材を受けたと証拠の為動画撮影と音声録音。悪質に利用されたら、法的にこうぎをすることになった。
「弁護士だったら、うちにお任せを。兄貴もヤメ検になって実家に帰ってきたから」
そう言いだしたのは、加藤だ。こいつの家……父親は警察官僚で上の兄貴二人が検事という家だったはず」
「へえ、検事辞めた理由って?」
「奥さんを貰って地方勤務で転々とするのが嫌だからって。来年には俺……おじさんになるんだぜ」
加藤はそう言うと肩をがっくりと落した。どうやら一番上の兄貴らしい。ここの家、かなり兄弟が多い。確か5人だっただろうか?それだけ兄弟がいたら普通はそうだろうよ。
「それじゃあ、トラブルになりそうな時は加藤の兄さんに相談って事でよろしくな」
「分かった。兄さんには話しておくよ」
そうして、俺の周りで起こりそうなトラブルの話をして昼休みは終わっていった。