アイドルになるということ 1
今日は楓太さんと一緒にメンバー全員でコンビニ会社に向かう。
現地集合かと思いきや、事務所集合で楓太さんの車で行くという。
「ごめんね、今日は一日がかりだから僕が帰りは送って行くからどこまで載せたらいいか教えてね」
「楓太さん、運転するんですか?」
「するよ。折角免許取ったのにもったいないでしょう?」
「この車……自分のですか?」
「そうだよ。自分の給料で初めて買った大きな買い物かな」
大きな買い物って……この車結構人気の車種の7人乗り。天井が高いからマネージャーが乗っても窮屈感はない。
「ごめん、音楽は俺の仕事関連を優先させて貰っていいかな」
「構いませんよ」
昴が答えると、早速オーディオを操作して音楽が流れる。流れてきたのはニューミュージックと言われるものだ。
「ふう?今度のシリーズのヒントでも探してるのか?」
「まあ、そんな所かな。そっちも順調ですよ。こいつらの企画と同時進行で高山さんと打ち合わせる予定なので」
「高山さん……デスマフラグ立ってないか?」
「大丈夫。あっちは太田さんだけど、今日は出張でいないからピンチヒッターだそうです」
「成程。太田さんか……猛獣使いになるのか、猛獣になるのか」
「それよりも珍獣じゃないですか?太田さん、パワフルだから」
「まあ、確かにそれはそうだな。俺もあの時に洗礼受けたし」
「それに、個人的に高山さんに聞きたい事があるんですよ」
「個人的に?」
「そう、本当に個人的な大きなお世話なことです。大きな声で言うのも高山さんが可哀想だから言えないけど」
澤田さんと楓太さんは、仕事半分と雑談半分で話をしている。俺達は訳が分からなくなっている。
「ごめんね、いつも移動中はこういう感じなんだよ。寝ていてもいいし、車酔いしないのなら何かしていてもいいよ」
俺達がいる事に気が付いた楓太さんは俺達にリラックスするようにって言ってくれる。
そう言われると不思議と緊張してしまうもので、コンビニ会社に着くまでひたすら車窓を眺める事に専念した。
「ふうくん、ごめんね。あの人……急に工場に行く事になったから」
「いいですよ。あの人らしいから。今日があの企画の始動でいいんですか?」
「そういうこと。僕らの方も少しだけ進めたいんだけど」
コンビニ会社の担当さんが楓太君に手早く説明をしている。
「そうだと思ってこれに入ってますよ」
楓太君はUSBメモリーを手渡した。
「おおっ、助かるよ。データーコピーしてからゆっくり見てもいいかい?」
「そうですね。新人たちのアイデアも一部入れてあるのでそっちを優先して下さい」
「ふうくんは相変わらず仕事が早いから助かるよ」
「僕が出したアイデアは大したことじゃないし」
「君の謙遜は僕らの中では通用しないから」
会議室に行くと、そこにはスーツを着こなした男性がいた。
「高橋常務。どうなさったんですか?」
「いいや。夏の新作のキャラクターの新人君が来るって言うからご挨拶に」
「ご無沙汰しております。高橋常務」
「楓太君はいつも礼儀正しいね。いい子だね。これをあげよう」
常務さんはポケットから何かを取り出して楓太君に渡している。
「何ですか?これ?」
「飴。会社に出入りする保険のお姉さんがくれたりするんだよ。見たことないだろうと思って取っておいたんだ。初めて見た?」
「はい。あっ、いい事思い浮かんだ。高橋常務ありがとうございます。ちょっとメモしておかないと」
「楓太君は本当に思いついた事をメモするね。でもそれが重要な事だよな?高山?」
「僕だって、ちゃんとやってますよ」
「そうだったな。君たちだよね。今度のCMの担当は」
「「「「「はい、よろしくお願いします」」」」」
常務さんが振り向いたので、僕達は全員揃って挨拶をする。
「企画の方は、楓太君が君達の魅力を引き出せるようにってアイデアを出してくれているからね」
「楓太先輩……忙しいのに」
「そうでもないよ。思い浮かんだものを纏めて、今日はいない担当さんに送ってから打ち合わせているだけだから」
「楓太君のマカロンの新作シリーズもかなり好評だよ。楓太君は電車通学だったの?」
「はい、電車で通学していたのでイメージが作りやすかったです」
「成程。最期のシリーズのコンテが難しかったら、うちの店においで」
「分かりました。その時はお願いしますね」
それじゃあ、この辺で失礼するよといって高橋常務はいなくなった。
「はあ、常務は本当に急に来ますね」
「でも、ふう君の絡んでいるモノはチェックしないで決済しているらしいけど」
「いいんですか?それ?」
「常務の目聞きは本物だから……安心しなよ」
俺達は、会議室の名札の付いている所に座る事になった。
改めて、企画の資料を一人ずつ貰う。最初に貰ったものよりも更に重量感があるものが数冊にわたってテーブルに置かれている。
「置いてあるのは、CMコンセプト等の資料と、全員で撮影するCMの絵コンテと各自のルートの全部で三冊。今日はコンセプトの部分を中心にするから」
高山さんに言われた通りに俺達は資料を捲って中身を見ていく。
「今、課題になっているのは、どうやって冷えたままで持って帰って貰うかなんだけども……君達も何か意見ないかな?」
いきなり高山さんに振られてしまう。うーん、ゼリーだったら凍らせても平気だよな?
俺は思い浮かんだ事が書かれていないか確認をする。どうやらないようだ。
「店舗に搬入するまでは冷凍保存できないんですか?」
「伊吹、それどういう事?」
「だから、ゼリーだから冷凍庫に入れてもいいんじゃないかなって……これってアイデアで出ていました?」
「出てない。それなら、解凍までの時間も考えると持ち運び時間によっては冷凍を渡してもいいよね?」
「ふうくん、新人君よく思いついたね。それなら地元で買って海水浴場に着くまでにゆっくり解凍で食べ頃が海岸になるね」
高山さんは、早速僕の意見を手帳に書き込んでいく。
「他には?思った事を言ってみて?」
「保冷剤を入れたりできませんか?」
俺の次に、奏音が聞いている。
「それは考えたんだけども、入れるだけじゃあんまり効果がないだろ?」
「そうですけど、ゼリーの入れものの底に保冷剤を入れて更にケースに入れたら?ちょっと値段はかかりますがそれなら解凍済みのものでも冷たさは維持できます」
「それは考えがなかった。ケースの素材をもう少しコストダウンすれば出来なくはないかな」
高山さんは手帳の資料を見ながら呟いて、奏音のアイデアも書きこんでいく。
「他には?」
「専用の保冷バッグを作るのは?他の冷凍製品を入れて持ち歩いて貰えば結果的には同じになります」
次に陸が答えた。確かにコンビニで保冷バッグは見た事がないかもしれない。
「アイデアって出るものだろう?こうやって製品やCMを作っていくと仕事が面白くなるよ」
「そうだね。このアイデアの他に何か五人で考えてみたら?その間に僕とふうくんは別の仕事をさせて貰うよ」
高山さんはそう言うと、楓太君と一緒にさっき楓太君が渡した資料をチェックしながら打ち合わせをしていた。
多分、アレは君想いマカロンの打ち合わせなのだろう。そのうち、二人は手帳に何かを書き込んでいって終わったようだ。
アイドルになったとして、3年経ったら俺も楓太さんの様になれるのだろうか?今が必死な状態だけど、将来の自分に少し不安を感じたのだった。




