伯爵令嬢×放浪者
少しお付き合いください
「はあ?」
驚きのあまり、常に被っている完璧令嬢の仮面が剥がれてしまう。
「どんなことがあっても淑女としての品を失ってはいけませんよ」と幼い頃からお母様に耳がたこができるほど言われ続けられましたが、突然の言葉につい素が出てしまいました。ごめんなさい、お母様。
私はガーネスト・ミジャルト。女王陛下が治めしフランドルの伯爵令嬢でございます。
腰まで届く豊かな透明度の高い青い髪に深い海を連想させるダークブルーの瞳。
美人という分類に入る整った顔立ちをしていますが、見だりに顔を出してはいけないということで扇子で顔を隠し他者からは見えないようにしています。
扇子の下には薄い化粧を施しています。
少し釣り上がっている目ですのでキツイ印象を与えてしまいますが、決して性格はひん曲がっておりませんので、あしからず。
しかし、大抵の人は華美ながらも装飾品が控えめな衣装を身に纏う私から、性格を見出せることができるのではないでしょうか。
しかし、自身をそんな風に取り繕っているのは、目の前にいるこの栗毛頭の優男のせいです。
この男の言葉のせいで、私の顔は強張り、目付きが鋭くなっているからです。
印象を良くするために被っていた仮面が素を晒してしまい、パアです。
許すまじ。
今はじぃっ、と目の前の男を凝視しています。
だって先程の御言葉が信じられないですもの。
「い、今。なんておっしゃたのかしら。アルベール様?」
「だから、何度言わせるんだい。ガーネスト。僕はここにいる御令嬢と恋人同士になったから、君とは婚約解消したいっていっているんだよ」
そういうと、男もとい私の婚約者のアルベール・グッドレーベン様は隣に座る令嬢の肩を抱き、にっこりと微笑む。
対して隣にいる御令嬢は恥ずかしそうに下を向いてもじもじしている。
アルベール様のスキンシップのせいなのか、知らない人物に会うことが気恥ずかしいのか、それとも別の理由か分からないけれど可愛い仕草をする令嬢ですね。
ええ、ええ、本当に可愛い子ですねぇ。
私はミジャルト伯爵令嬢として、様々な社交界に出席しては、それなりの人脈を持っています。それに、記憶力がとても優れていると私自身が自負しているため、一度会った人の名前と顔は絶対に忘れないという自信があります。現にパーティでは物忘れをしたことなど一切ありません。
そんな私が知らないとなると分家の娘かしら。
それとも、社交界デビュー前なのでしょうか。見たところ顔立ちが私よりも少し幼いので、その可能性が有力ですね。
明るいハニーブラウンの髪に大きい瞳が印象的な娘。今は下を向いていてお顔を拝見することができないことが残念です。
ん、この娘猫背になっているわね。
淑女たるものいかなる時も正々堂々と背を伸ばせ。胸を張れ。そんなことでは、社交界でいくら身分が良かろうと言い様にされてしまうのが目に見えるわ。
もう一度言いますが本当に可愛い娘です。仕草、背格好、容姿など、どれを取っても可愛いらしい。しかしどんなに可愛かろうと心揺さぶられようとアルベール様の恋人であると公言されたので憎い存在でしか思えませんがね。
もし、このような形で会わなければ絶対自分から話しかけていたのに。
「(私と婚約解消にしてこの令嬢と結婚したいですって~~!?)」
その事実に私の顔が引き攣る。呑気に御令嬢をしていたことに自分に少し後悔します。
ガーネストは普通の淑女(女性)にはない釣り上がった目つきをしているため初対面の人には特に印象が悪い。
ただ、視力が悪いだけですのに。
どんなに衣装や化粧で拭う努力をしても裏目に出てしまい、失敗続き。
可愛い彼女。
見つけてしまった自分にはない彼女の魅力に少し落ち込んでしまう。間の当たりほど辛いものはない。
彼の口から直接に聞いたことなかったけれどやっぱり殿方って可愛らしい淑女が好きなのかしら。
しかし、アルベール様が見初めたこの御令嬢はどこの家の人なのか。
そのことを彼に尋ねる。
「あ、ご紹介が遅れたね。彼女はラビスラピ・リアガーテン令嬢。リアガーテン侯爵家の息女令嬢で、君の隣で黙々と仕事をこなしているオブシディアンの妹さんだよ」
「えっ、ディアン様に妹様がいらっしゃたのですか!」
「うん、なんでも生まれつき彼体がとても弱くて、幼い頃から療養のために人里離れた場所にいたんだって。それに彼女の存在は秘密にされていたから」
私はビックリして同じソファに座るディアン様を見る。
艶やかな黒髪に鋭い目つきをして、冷たい雰囲気を醸し出している彼は、勘違いされてしまいますが、気を許した人物にはとても優しい人。今は淡々と次期侯爵の仕事をこなしているのでしょう。
アルベール様の幼馴染でもあり、親友である彼は、私の友達でもあります。もちろん、アルベール様経由ではありますが。今は良き友人関係うを築けていると実感しています。
しかし、妹が居たなんて今までに聞いたことがありません。本当なのでしょうか?
う~ん、思い当たる節が全然見つかりません。相当大切に育ててきたということなのでしょうか。
貴族は人の噂をとても好むためあっという間に知れ渡ってしまいます。火の無い所に煙は立たないというが、たまにでっち上げた嘘が流れることもあるのでとても恐ろしいものなのです。。
しかし、デメリットばかりではなくメリットになる情報もとくさん入手できるため役に立ちます。
リアガーテン侯爵家の噂は最近あったかしら。少しかすめる程度の噂が流れている筈なんだけど。
ディアン様のリアガーテン侯爵家は貴族の中でも指折りの権力を有しているため、結び付きを求める家が後を絶たないと聞いたここがあります。今まではディアン様お一人で縁組を潰しては上手く捌いておられたようで、事なきを得ていました、しかし、ガードの堅い嫡子のいる家に娘がいる事実が知られればどうなるのか?
一気に噂は流れ縁談の話が持ち込まれるでしょう。今までの倍となって、ね。
うわー、大変そうですね。
縁談を避けたいのかそれとも……と私は思案する。
漆黒の髪とハニーブラウン。確かディアン様のお父様である侯爵様とその妻である侯爵夫人は両者ともディアン様と同じ黒髪だった気が……。それに『彼女の存在は秘密にされていた』という言葉。
まさか、彼女は良くて妾の娘か外で出来た娘なのだろうか?
だから、秘密にされていた、とかかしら。
だが、私はその考えを振り払うように被りをふる。
侯爵家とは家族ぐるみの長い付き合いです。
侯爵様のお人柄はある程度分かっているので、あのお方に限ってないと信じたい気持ちで一杯なのですが…。
…まあ、これはあくまでも私の勝手な想像であり考えですからね。
事実がどうかは分かりません。しかし、そうでないと祈るばかりです。
今後、私がそのことを知る機会があるか分かりませんが。
そんなことを数秒懸けずに考えていましたのでアルベール様との会話に途切れることなく進められました。
まだアルベール様に聞きたいことはたぁ~んとあるんですよ?
「へぇ~、そうなのですか。では、どのようにしてお知り合いに?」
「へ?」
「だから、ラビスラピ令嬢とどのような経緯でアルベール様は知り合われたのですか?かのお方は療養として人里離れた場所にいたとのことでしたが、いつ、何処で、どのようにして出逢われたのですか?お答えお願いします」
「……ああ、この娘との出会い、か。ええとだな…」
「確かラビスがこの家に引き取られて、初めて会ったんじゃないのか」
「ああ!そうだった。思い出した。うん。この屋敷でラビスちゃんと会ったんだ。そうだよな、ラビスちゃん」
「あ…、はい!そうです!アル様とはこの屋敷で会いました!」
あら、声まで可愛いな~。ホント、カワイイオヒトネ。
この娘さっき『アル様』といわなかった?そのことについイラッとしてしまいました。
しかもアルベール様のはっきりとしない物言いですね。釈然としないため、訝しげに眉を引き寄せてしまう。
そしてここに私の味方が一人もいないことに改めて気がつきました。
『話しがあるからディアンの屋敷に来てくれないか』というアルベール様の言伝を受け取り、共を一人も連れずはやる気持ちだけでここに来てしまったことに少し後悔してしまう。
だって、嬉しかったんですもの、アルベール様に会えることに。
アルベール様は放浪癖がとても酷く、伯爵家をふらりと出て行ったら最後最低一ヶ月は行方が分かりません。
しかし、アルベール様は真面目なため、時期伯爵の仕事をすべて終えた後に行ってしまわれるため、ある程度予想はつく。仕事を見積もってやっているため放浪期間も予想することができます。彼の周囲も多分理解していると思います。だから唐突ではありません。計画がはっきりと決まっていそうです。教えてはいただけませんでしたが。
しかし、何も告げずに出て行かれるため前兆が分かっていたとしても驚いてしまうことに代わりはありません。
今回は船に乗り異国の土地に行くとかで最後に会ったのは半年ぐらい前でした。無事に帰国したと聞きましたがこの目で確認できなかったのでとても不安でした。
妙に最近の旅行期間は長くなるばかりなので、余計に心配です。
「お身体は大丈夫かしら」、「今回はなにも事故は起こらなかったのかしら」とね。「今回はどのような冒険談を聴けるのかしら」と少し楽しみだったことは余談ですが。
なのに、私の気持ちを踏みにじるような「恋人宣言」。私は知らずに両手を強く握り締める。
痛い。
私の気持ちを返せ、と噛みつきたいのは山々なのですがまだ知らなければならない事があると自分に言い聞かせ押しとどめます。
「………へえー、そうだったのですかぁ。ではどれほどアルベール様はその御令嬢を愛していらっしゃるのですか?」
「……もうこの世の誰よりも愛しているよ。僕はもう彼女無しでは生きて生きてはいない」
「ア、」
「ガーネスト?」
「アルベール様の!バカアアアァァァ!!」
バシイィン、と乾いた音が響く。
私は挨拶も礼儀も忘れ、一目散に逃げ出した。
彼の口からそんな言葉は聞きたくなかった。最後の望みだったのに。
ナイフでグサリとえぐられたように胸がすごく痛い。
私はどうしたらいいの?